工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

宮本茂紀さんを迎えての椅子の講習会

宮本茂紀

今日は椅子のお勉強。
先にお知らせしたように、株式会社ミネルバの宮本茂紀さんを迎えての椅子の講習会があり、参加させていただいた。
いつであったか忘れてしまったが、昔同じような開催主体による数百名を集める同氏の講演会があった。15年ほども昔のことになるか?
今回は50名ほどの小さな規模でのものであったためか、講師も少しリラックスされた風での展開でもあり、また聴講者にとってもより近しく交流が図れたようで、良い講習会であった。
講習内容は「椅子の考え方・作り方」とタイトルされたもの。
前段はスライド投影でのレクチャー。後段は会場に持ち込んだ椅子の名作、および宮本さんが手がけた椅子の数々を対象としたデザイン、仕口に至るまでの解説。
戦後間もない頃からの新橋付近における宮本さんの修業時代から説きおこされ、その後経済発展とともに椅子を中心として、様々な家具の試作、小ロットでの制作、そして時には玉座を含めた特殊な需要層へ向けた制作、あるいは修理と、そのフィールドは広く、今はまさに戦後家具業界の生き字引として後進指導にあたっているというところまで、その人生を賭けてのもの作りの世界の魅力を縦横に語ってくれるものだった。
個人的に交流があるわけではないものの、著名な人でもあり、また著書にも触れてきているし、あるいは朝日新聞社の「暮らしの中の木の椅子展」の講評の場に選考委員として登壇された場での交流などもあったせいか、場所もわきまえずに親しく語りかけ、また質問の機会を得ることができたのも良かった。
これも実は宮本さんの講演の最後の方に、北海道に建てられた別荘のファサードてっぺんに取り付けられたシマフクロウをスライド投影しながら、ヘーゲルのあの名句「ミネルバの梟」に触れられたことに大いに驚かされたからでもあったのだが‥‥、


その仕事の対象は、まさに小さなマイチェアからはじまり、対極の玉座まで、想像の域をはるかに超えたものであるわけで、そこでの制作に向けた思いの丈の違い、あるいは挑む姿勢の違い、などを問うたのだった。
言うまでもなく、椅子という特異なカテゴリーの根源には、ヒエラルキー、位階性というものの要素があることを身をもって体現してきた宮本ワールドというものの一端を知りたいが為のものだ。
ミネルバ社内での宮本師匠が抱く思いと、若いスタッフのそれとの埋めがたい思いの差異は、恐らくは如何ともし難いものがあるのだろうということは察して余りある。
何となれば椅子製作のそれぞれの背景にある時代相の変容から逃れることはできないのだから。
宮本さんはこうしたひねた質問にも全く逃げることなく、幾人かの著名なデザイナー、評論家の名前を挙げ、彼らとの対比でもの作りの最先端に生きるものとしての矜持というもの(矜持というよりも、性[サガ]という表現がヨリ近いか)を示してくれた。
こうした応答を通し、いわば大きな人という印象を強くしたのだった。
いやいや身体も大きいのだが、やはり日本に於けるもの作り50年を越える歴史を全て自身に還元させてしまうほどのキャパシティーというのか、強い自負とともに、後進への責任ある立場というものを内に秘め、あるいは軽やかに見せてくれた3時間であった。
会場には若い職人も多く、いろいろな示唆を受けたと思うが、もっと積極的に講師に質問をぶつけるほどの若さ、無謀さが欲しいと思わされたのは少し残念でもあったか。
会場を後にするときに、若い職人風情の子が「ブログ見てます」と元気に声を掛けてくれたが、そこの君 !、若さというものは所与の条件ではあるけれど、無謀さ、溌剌さを発揮されずに死蔵させてはいけないのだよ。
宮本さんの今日の講演の中での若い頃の夢、世界一の椅子屋になってやるんだ ! という情熱というものは、50年にもわたるもの作り人生を支える大きな骨格であったろうことをぜひ考えてもらいたい。
宮本さんと主催者に感謝します。ありがとうございました。
明日からまたがんばろう。

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • いい感じにエイジングしたスーパーレジェーラですね。
    今日だったら参加できましたのに。残念です。
    宮本さんも新社屋建ててますますお元気そうで
    訓練校で講師をしてる友人が酒席で宮本さんと
    ご一緒したようで『子供のように夢を語るんだよ』と
    言ってました。

  • ユマニテさん、さすがですね。お見立てが鋭い。
    宮本さんも触れていましたが、籐の質、張り方なども現在のものとはずいぶん異なるようですよ。(画像はスーパーレジェーラの仕口の解説ですね)
    実はこれは「静岡県工業技術センター」のコレクションの1つです。他にも名作の初期Lotのものがたくさんありますよ  (^^)
    管理が良くないので、喜多俊之氏のWINKなど埃だらけで薄汚れ‥‥、
    >『子供のように夢を語るんだよ』
    おいくつなられるか詳らかにしませんが、小僧の頃(徒弟制度下、修行時代の職人の呼称なのでごめんなさいね)その頃の夢を今に持ち続けている“力”を感じさせる魅力的な人です。
    彼の系譜を継ぐのはユマニテさん?

  • ブログを見て今回の講習会を知り、参加することができました。
    ありがとうございます。
    例えば椅子で言いますと、ただ背もたれと座面と脚があればいいということではなく、『すわる』という抽象的なテーマに対する様々な夢や想いを
    大切に、枠にとらわれず実現し続けている姿が、とても勉強になりました。
    家具というテーマを大きく柔軟にとらえて、モノづくりにのぞみたいと思いました。

  • おざわ さん。コメントありがとうございます。
    >『すわる』という抽象的なテーマに対する様々な夢や想いを大切に、枠にとらわれず実現し続けている姿
    >家具というテーマを大きく柔軟にとらえて、モノづくりに
    あなたのような若い志しがある限り、宮本さんの椅子への思いの伝承は懸念することも無さそうでうれしいですね。
    今後もコメントください。

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.