工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

2010年を終えるにあたり

最近の天気予報精度は、思いの外に高いようで、今日は以前より予報されていた通りに極寒の年越しになりそう。
南の鹿児島でも大雪、太平洋側の各地域でも降雪を記録するというように、強い寒気団が南下。
残念ながら、さすがにここ静岡では雪雲に近いものが西からやってきたものの、降雪には至らなかった。

さて、今年もこの記事が最後のエントリとなってしまった。
数えてみればこの1年間にわずかに179本という投稿数、その多くは読者にとりつまらない記事であったかも知れないが、こうして継続してこれたのも読者、コメント氏によるアクセスに拠るものであり、心から感謝している。

10月から11月に掛けてのBlog引越では、やや騒ぎすぎの感もあったかも知れないが、当人にとってみれば、未知の世界への踏み出しと言う深刻さも浅からず、お許しいただききたい。

Blog移行作業も、これまでにほぼ無事に終わり、構成、レイアウトも安定してきている。
個別記事の読みやすさはもちろんのこと、膨大なアーカイブへのアクセスも分かりやすくすることに努めているが、WordPressの仕様上、旧いOS、旧いブラウザなどからはコメントができないなどの問題も明らかになってきたものの、一部には何ともしがたいものがあり、お許しいただきたいと思う。

本Blog運用の考え方については、Blog移行後の投稿記事に記してきた(「Blog 継続の意味って ?」同、続)ばかりなので繰り返しは避けたいと思うが、Blogツールの有用性と、一方のその問題性、限界性を意識しつつ、楽しんでアクセスしていただけるよう今後も励みたいと考えているので、どうかよろしく。


ところで今朝の朝刊、読売、毎日、朝日、サンケイの4紙に全面4段抜きの企画広告に目を停めた方はどれだけいただろうか。
「新聞とことばのちからプロジェクト」というもの。
オノ・ヨーコ氏からのメッセージだね。

  ことばのちから
  あなたのことばは
  水に落とした小石が
  世界中の海に
  ひびくように
  永遠に
  かけめぐるのです。
  その力を、
     信じましょう。
  山をも、海をも
   動かす
  おおきな力

  yes
          オノ・ヨーコ  12月 31日 2010

どのような経緯で、この企画が成ったのかは知らないけれど、今日、メディアにおける新聞の社会的影響力が劣化の一途を辿っている中、かなりアイロニカルな響きで伝わってくる。
オノ・ヨーコ氏のように、ホモサピエンス・ヒトを他の生物と隔てる絶対的基準としての“言葉”を、信じるに足るツールとして考えたいのはボクとて同じだが、むしろ今の新聞はその言葉を信じるに足りない腐臭漂うコンテンツとして濫用しているのではと言いたくもなってくる。

いや、今の時代というのはコンテンツがどうのこうの、というのが問題なのではなく、コンテクストが重視されるのだとさえ言われているらしい。

しかしそれでもなお、コンテンツの大切さを信じ、語るべき事は語り、批評すべきところは全身で批評し、共有すべきことは広く伝え、綴っていきたいと思う。

bach/グールド年越しはNHK紅白だ ! と数日前から騒がしく宣伝これ務めていたが、当然にもこれに抗い、ウィスキーをちびちび飲りつつ、静かにグールドや、キース・ジャレットのバッハを流し、来し方・行く末に思念を巡らせている。

これは10代半ば頃からのボクの習わしでもあるが、人の魂を去勢させるが如くの国営放送の企みより、少しは増しだろう。

ちょっと前、小さなものだったが新聞に吉本隆明氏による美空ひばりの評伝のようなコラムがあり、いかにも、という思いで読んだ。
美空ひばりが戦後歌謡界において、いかに傑出した歌手であったかとの対比で、今の歌謡界を論じたものだったが(逆だったかな?)、幼児退行化の一言で言い尽くせるほどのものだった。
無論時代精神ということを勘案せざるを得ないとしても、歌から普遍性を失ったものからは永く人の記憶に留めるものとなり得ないのも、宜なるかなというところだろう。

どうぞ皆さまには佳い年越しでありますことを祈念しつつ。

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