工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

マホガニー李朝棚

李朝棚

いわゆる李朝棚と呼ばれる伝統的なスタイルの飾り棚を、換骨奪胎させたものと言えばよいか(「換骨奪胎」という語彙は「焼き直し」などと誤用されることも多いと聞くが、この場合はそうではなく本来の意味で)。
この李朝棚を語るにあたって、そもそもこのような北東アジアにルーツを持つ家具にマホガニーという樹種を用いたことから説明しなければはじまらない。
18〜19C、欧米における建築、家具の用材として盛んに用いられた樹種であるマホガニー材を、この伝統的な李朝棚に用いることの違和感は否定しない。
しかし、マホガニー材の材色、質感、プレーンな表情には、こうしたやや没個性的なしつらいには向いていたりする。
飾り棚とは、飾られるものを引き立てるものであって、そうした要請に応えるものであるわけだ。
またこのマホガニー材が経年褪色した古美の美しさは例えようのない程のもので、こうした寂びた趣向の家具には向いていると思う。
ところが実は家具を専門にする人でも、建築関連の人でも、残念なことにこのマホガニー材に関する知見を持たない人は多い。これ、ラワン?、なんて言われると脱力するしかないのだが、何故に欧米でこれほどにももてはやされたのかは、実際に刃を入れて、削って、そしてオイルを掛けてみれば、無知であったことを思い知らされ、その質感のすばらしさに驚嘆の声を上げることだろう。
ただ、市場にはワシントン条約の規制もあり、いわゆる真性マホガニーと称される、ホンジョラス、グァテマラに産する良質なものは入手困難。
一般に流通していて入手可能なものは、アフリカンマホガニーと言われる、著しく質が劣るものでしかない。
どこが違うかと言えば、マホガニー材の固有の特性である、材質の粘り、均質で重厚な物理的特性 etc‥‥。
つまりは、靱性が高く、緻密であるために細かい細工にも適し、シャープな切削ができるという特徴において大きな差を認めざるを得ない。亜種のものはヘンにふかふかとケバ立ち、シャープに仕上がらない。素地調整のサンディングにおいても効果は乏しい。
色も淡い。(ホンジョラスのものは赤黒い濃色)
簡単な見分け方だが、良いマホガニー材は、導管からゴマがこぼれてくる。アフリカンはゴマがない。


ラワンと見間違えられる、ということだが、これは木理が平板で、環孔材ではあるものの、早材、晩材の差異が不明瞭なところからくるが、それも決して忌むべきではないマホガニー固有の魅力ではある。(特殊日本における欅信仰の弊害もあるのか)
なお、同属のものにサペリをはじめ多くの●▼マホガニーと称するものがあるようだが、入手される場合はよくよく注意しなければならない。(材木屋でも見分けが付かないところがある)
少し材種の解説に字数が奪われてしまったが、国内では稀少材であればそれも許していただくしかない。
この真性マホガニー、4インチの幅広材を含めまだまだ多くのストックを所有しているので様々な需要に応えられる。

寸 法:890w 390d 1530h
材 種:マホガニー,黒柿
仕上げ:オイルフィニッシュ

フォルム概観は、伝統的な二層の李朝棚そのものだが、ディテールに於いて“換骨奪胎”される。
何よりも4本の柱。そもそも比較的細身で通直な柱を立てるのが基本のところ、あえて互平にし、しかもテリ脚とした。
前回のカップボードの解説の際にも触れたところだが、このテリ脚は初期の頃の形状。
互平のバランスだが、テリ脚形状の問題はあるものの、再制作するにあたっても、同一のバランスにして良いだろうと思う。
見付の広いところで2.5寸、厚みが1.3寸。
3枚の棚板、いずれも無垢の一枚板。納めは前の柱にはホゾを1枚入れ抱き合わせとし、帆立部分、および後桟には大入れで逃がす。帆立は框構成であるため桟の小穴(3分)に大入れで納め、反張を防ぎつつ伸縮に対応させるというものだね。
大昔、ある画廊から著名な木工家の同種構造の飾り棚の修理を依頼され、断り、断りの末に押しつけられた事があった。
それは框構成であるにも関わらず、無垢の棚板を前後の柱にご丁寧にホゾ差しされていたのだった。
当然にも棚板は経年変化による痩せが生じ、その結果大きく割れてしまっていたのだった。(著名と言うことと、良質ということは、必ずしも一致しないものなんだ、ということを気付かされた分かりやすいケースではあった)
帆立下部は4分無垢一枚板を柱、横桟に穿った小穴に嵌める。
扉は無垢一枚板だが、反り止めを兼ねた吸付桟を上下2個所の蟻桟に通し、桟端末側を組み手構造の木製丁番で支え、また機能させている。
こんな手法は李朝棚では掟破りだろうが、これも“換骨奪胎”。
桟は他の抽手などと共通とし、黒柿を用いることで雅味、色調をアクセントとした。
抽手部分は画像のように の形状で遊んでみる。周囲の円形は黒柿2t厚みのインレイ。
棚口は柱、扉面に対して8分ほど出ている。平板な見付面の表情を豊かにすることに寄与する。
なお、柱上部、ツノを出すことへの異論があるかもしれない。
これをオリジンと強がるつもりはないが、1つの考え方として如何だろうか。
大凡以上だが、既に知見のある人はお気づきと思うが、扉に課題を残す。
無垢の一枚板は問題。吸い付き桟を施したとしても。
現在は積層板で芯を造り、これに3mmほどの単板を練っている。
ディテール他の手法として、例えばハシバミなどを施すことで無垢板を扉に用いることを考えたとしても、これだけの幅を持つ一枚板では経年変化で必ずや痩せていくのでかえって良くない(と考える)。
無論、様々な考え方があるのだが、積層+単板という手法は有用だろう。
単板は裏表、1枚の板から割り割いて同一木目で構成するのが望ましい。
なお、下の画像は、同種李朝棚、1層のもの。
間口はほぼ同一。材種は楢だが、扉、および抽斗前板は400〜500年ほどの樹齢の目の詰んだ固有の杢をを醸すユニークな木だった。
仕上げは拭漆。
こちらの扉はラミネートして単板を練ったもので。したがって吸付桟など施さず、また木の丁番もシンプルに納まった。
ところで、こうした棚物の市場での需要が如何ほどのものであるかは分からない。
しかし個展などで出品すると、比較的引き合いの多いものであることを教えられる。
カップボードなどとは異なり、決して一般的な必需品ではないわけだが、それだけにまたうちのような家具屋には向いているのかも知れない。
しかし重要なことは、市場の要請がどうあれ、進んで作者がそのジャンルの古い物を研究し、好んで、“換骨奪胎”した造形にチャレンジして、モノにできるならばそれは幸せなことだろう。
そうしたものには自ずから訴求力が備わってくるものと信じたい。

李朝棚B

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