工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

君は「浅川巧・伯教兄弟の心と眼-朝鮮時代の美-」を観たか

ボクの陶芸に向かう眼差しは、木工という本業への傾斜を機として、つかず離れずの距離でいつも傍にあった、といえば良いだろうか。

木工の訓練校に通う前後から「駒場民芸館」に足を運び、ここでいわゆる民芸派といわれる濱田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチ、富本憲吉の作品に近しく触れるようになったことを手始めとして、その後、工房を起ち上げた同じ地域にに窯を構える著名な陶芸家と親しくさせていただき、モノ作り全般にわたる指導を仰ぐという機会に恵まれことなども幸いした。

一方で、一時世話になった松本民芸家具の制作に携わる過程で、「柳宗悦」の民芸論は避けて通れないモノ作りにおける1つの道標であったことは隠すまでもないことで、これは必然的に木工というジャンルを超えたモノ全般への視座をもたらしてくれることにもなった。

さて「柳宗悦」を語るとき、若い頃の西洋近代美術への傾斜(白樺派としての)から、当時、誰も見向きもしなかった東洋美術へと目を向けていくことで、いわゆる「民芸論」の基礎が打ち立てられていったことは知っての通りだが、これを誘った(いざなった)のが「浅川巧・伯教兄弟」だったことは果たしてどれだけ知られているのだろうか。


ここ数回にわたり記事にした小海町高原美術館・椅子展の関連イベントに向かう道程、中央高速道、須玉ICを降り、一路小海町へと向かう一般道に出て間もなくの地域でのこと。

車両のカーナビに従うままに走行していたのだが、突然この「浅川兄弟」の名が刻まれた標識が目に飛び込んできた。その時はかなり驚いた。周章狼狽 ?!(驚いた理由については後述)

彼らの生地が甲州であったことだけは知っていたのだが、この高根町であるとは知らなかった。
カーナビの示すコースとは言え、とても幹線とは言いがたい抜け道のような狭い道路であったことがむしろ幸いしたのか、小さな標識でも見逃すことはなかったというわけだ。

行き過ぎた道を回り込むために迂回すると、さほど大きくもない社があり、ここにも浅川巧・伯教の名前が記された標識が迎えてくれた。
詳しく読めば、近くに資料館もあるとのことだったが、先を急がねばならないドライブだったので、お墓に参ることだけで、今回は通過することにした。

路辺の野花を摘み取り、探し当てた、銘の上に小さなクロスが彫り込まれた墓前に手向け合掌するだけだったが、ふと記憶を辿れば、この墓には遺骨は無いのだろうと思った。
確かソウル近郊の墓に手厚く葬られているはずであったからだ。


浅川巧の死去は1931年だが、往時は朝鮮併合下であるにも関わらず、葬式には大勢の朝鮮人が哀しみを寄せ合い、我も吾もと、その棺を担いだというエピソードが伝えられている。
それほどに朝鮮を愛し、また深く愛された数少ない日本人の一人だった。

因みに画像からも分かるように、標識の全てが日本語、ハングル併記であったことは特記しておこう。

さて、周章狼狽の方だが、実はこのドライブの前日、「浅川巧(たくみ)生誕百二十年記念 浅川伯教(のりたか)・巧(たくみ)兄弟の心と眼-朝鮮時代の美-」という展覧会を観覧したばかりだったからである。

遠く大阪市立東洋陶磁美術館に足を運び、朝鮮古陶、あるいは李朝膳などを親しく観覧したその翌日にたまたま生地を旅し、墓前に詣るという、この無意識の巡り合わせを単なる偶然として処理するだけでよいのか、非合理的なことが苦手なボクには処理しがたい何ものかに囚われてしまう思いだ。

さて、この大阪市立東洋陶磁美術館も、ただ安宅コレクションを展覧させたということぐらいしか認識が無く、コレクターだった安宅英一が、浅川巧・伯教兄弟のものから蒐集したものがあるのか、そうではないのかすら知らないのだが、ただ単純に染め付け、辰砂などが施された、たっぷりとしたとても良い形の力強い壺、瓶などに目を踊らされる、至福の時間を過ごしただけだった。

恐らくは浅川兄弟が朝鮮の地で陶工から入手したものであったり、骨董屋から買い求めたその鑑識眼の目先に見えたものは、ここで鎮座する名器のごとくの輝きとはまた異なる、泥臭い朝鮮の風土に根ざしたものであったかも知れないなどと、想像を巡らすのも自由であり、シアワセな関係性(民族を超えた純粋な美と向き合う自由さ)を思うことで、とても豊かな気分になれるから不思議なものだ。

ボクの稚拙な感想などは、実は無用であり、柳宗悦の心を強く打ち、その後の「民芸論」へと連なる強い力を持つ陶芸、朝鮮の膳が、数多く展覧されているというだけで十分な紹介になるだろう。

会期は来月24日まで。
その後、千葉市美術館、山梨県立美術館、栃木県立美術館へと巡回するそうだ。

ボクももう一度、いずこかであらためてじっくり対面したいと考えている。
至福の時間は何度巡っても悪いわけがないだろう。

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  • おはようございます。
    先週、やっとハンス・コパー展見てきました。
    とても、素晴らしい作品で、いい刺激になりました。
    来週は、バンジ美術館へ社会見学へ。
    美術の先生と遠足です。

    安宅コレクション、NHKでも紹介してましたが
    是非見てみたいものです。

    • 「ハンス・コパー展」人気のようで、うれしいですね。
      ルーシー・リーのものも代表作数点がありますので見応え十分です。

      「ヴァンジ彫刻庭園美術館」今はどんな企画展なのでしょうか。
      ロケーション含めて美しい美術館でしたね。

      >安宅コレクション
      ぜひ機会があればご覧ください。
      JR新大阪からも地下鉄1本のアクセスです。

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