工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

“手作り家具”と機械設備(その17)

米国など海外の木工との比較において考えてみる

国内の木工界における海外からの影響はどの程度に及ぶのであろうか。
確かに現在の木工家たちにとって、インターネットの普及による恩恵でとても容易く海外の木工スキル、インテリア家具デザインの情報が手にはいるようになっている。
あるいはオンラインではなくても、関連する様々な文献も手軽に入手できる。
さらには国境を越えての木工留学、海外木工家との人的交流も盛んに行われている。

ところでこうした交流は決して今に始まったものではなく、限られた諸条件の下であったとしても古来より連綿として続けられてきたものであることは、正倉院の宝物を典型として確認することができる。
無論この中には宝物そのものがシルクロードを辿り、日本へと帰着したものも少なくないようだが、一方では海外からの工匠の渡来がもたらした木工に関わる様々な技法、デザイン、道具の数々があったことだろう。

つまり木工に限らず、芸術分野、工藝全般において、いつの時代にあっても決して閉ざされた世界で独自に形成されてきたと考えるには、多くの無理があるだろうし、様々な物的交流、人的交流を介した技術体系の相互流入というものを前提としたところでの、それぞれの共同体、あるいはそれぞれの国における独自の発展形態があったと見るのが自然であろう。

これらはその時代における世界的な生産様式、あるいはその国々の支配形態に規定されつつ、既存の技術体系の基盤に影響を与え、あるいは国々の国民性、エートスなどにも影響され、さらには社会的要請(社会的需要)に従いつつ、独自に換骨奪胎されたものとして定着、発展していったということもあるだろう。

これまでこのようにして歴史的に形成されてきた技術体系の特性というものも、ネット社会という1つの情報革命を経て、大きく変容しつつあることも確かだ。
良く言われるようにフラットな世界になりつつあるということは、この技術体系においても例外ではないのかも知れない。


FWW誌のサイトを覗けば、いつでも誰でも米国の最新の技術情報、デザイン情報が入手できる。
これは熟練者であってもアマチュアであっても、その技術レベルに関係なく全く等しく享受できるものだ。
(ネット以前の社会では、そうした知の体系を取得できるのは、閉ざされた一部のアカデミックな領域の者であるとか、独自の人脈を介したルートを獲得できた者などの選ばれ、限られた人のみに許される世界であったことも事実だろう)

しかしながら、このフラットなネット社会という一般論は、もの作りの世界では必ずしも簡単に敷衍できるものではない。
海外のネット情報を自らのものとして体得し、自身の制作環境に有効に導入することができるのかどうかということは全く別次元の問題である。

つまり手業という特異なジャンルの安易なコピーが許されない(=困難な)世界では、その技術レベル、スキルの体系を一気に越えての新しいステージに自らの世界を築き上げるのはとても困難だということを指している。

あるいはまた、日本の伝統的技術体系の宝庫を自らのものとして学習し、体得する環境が許されているボクたちにとって、果たして海外の情報というのが真の意味で有益であるのかということは問うに値する問題でもあるのだ。

海外の情報に飛びつく前に、実は日本の旧い文献をさらえば、もっと豊かで確かな情報があったりするというのも経験しているところだ。
いや、文献に限らず、古老の木工家を訪ねれば、そのようないかがわしい(?)海外情報に依らずしても、日本の古来からの伝統工法に準じた手法で獲得できるものであったりするものだ。

あるいはまた逆の視点から考えても見よ。
ボクたちが忘れ去ろうとしている、多くの日本の木工技術体系を正当に再評価し、これを獲得しようといている木工家は、むしろ海外においてこそ存在すると言って良いのかも知れない。

さて、今回は「“手作り家具”と機械設備」を海外の木工との比較において見た場合の基本的な姿勢について考えてみた。
次回は少し具体的なケースを取り上げて考えてみたいと思う。

閑話休題。
当地、ソメイヨシノが本日22日開花したとのこと。
いよいよ春本番だ。

hr

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