工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

好みの“面”はありますか

蛙股面
好みの“面”、と言われても、建築や工芸について関わる人でないと何のことか分からんね。
“面”とは一般にはある矩形の物のエッジ(角)に施す切削断面のことを指すと言って良いのかな。
この“面”は建築や工芸という人々の手に触れるところに施すわけなので、やはり必須のことだね。
以前、ご一緒した展示会で隣り合わせた著名な木工家の作品の背中側で接客するということがあったが、そのキャビネットの背中の柱、桟などの面が全く取られておらず驚いたことがあった。
裏側だからということで無視したのだろうが、運搬の際などで手に触れることはあるわけで、ピン角では怪我しちゃうでしょ。
人間はあまり丸くまとまるのはかえって気味悪く、少しはエッジが効いていた方が魅力的だと思うが、キャビネットなどではせめて坊主で丸めてもらいたい(エッジが効いているボクが言うのだからね)
ちょっと本題から逸れつつあるので軌道修正する。
“面”はこのように単に「優しく」というだけではない効用があることは言うまでもない。
建築、家具、あるいは工芸品の意匠を構成したり、イメージを形成する上でとても重要なエレメントだ。


鉋イラスト

例えば日本の伝統工法における和室、あるいは茶室などの柱を考えて見れば明らかなように、その面形状によっても「真」「行」「草」と格式、軽重が異なる。
くだけて、面皮であれば丸面になるだろうし、角柱であれば切り面(角面、あるいは建築では糸面とも言うが)がバランスがよい。
またその面の量もかなり気を遣う。1分ほどが一般的だと思われるが、わずかに変わるだけでその納まりにおける意匠は異なってくるからおもしろい。
建築では柱の見付寸法に対して面見付の幅を、七面取り、十面取り、十四面取りなどと呼称されたりもする。
面の幅/見付寸法、において分母を指す数値のことだね。
このエッジが効いた柱があってこその日本の建築様式美だとボクは思っている。
家具においても大きく変わるものではないよね。
納まりと全体のデザインイメージに大きく関わってくるものとなるからね。
ちょっと前に突然訪ねてこられたアシスタント希望の若者がいたのだが、なぜうちなんかを希望するの?、との問いに対し「工房 悠の家具には面取りまで気を遣っているように感じた。鎬面(しのぎめん)がきれい」とのたまったのだ。
そこで訊いてみれば、かなりデザインも修めてきた学徒だったようだ。
そうか、よく分かってるじゃん、と気をよくしたのは言うまでもない。
普通の若者はただ気に入ったからと語るのが精一杯だったりするからね。
また脇に逸れるが、框組で縦框、横框の接合部に面を取っていることも量産家具ではよく見掛ける。
これは接合部を“さすり”(面一:ツライチ)に仕上げる過程を省略するための方法である。正しく言えば「ごまかし」である。
面をこのようなところに使うという考えはボクたちは無縁でいたい(残念だがそうでないケースが良くあるようだが)。
ボクは物言いにおいてエッジを効かせたいなどと考えているわけではないが(そのように思われている節もあって困るのだが)、家具設計、加工においてはエッジを効かせた面取りをしたいと考えている。
つまりあらゆるところを糸面、坊主面だけで簡素に納めるのも悪くはないが、時としてエッジを効かせその陰影を活かしたいと思うことがある。
鉋イラスト

Top画像はあるキャビネットの受け桟の木口だが、ここに蛙股(カエルマタ)の面を施しているところ。
さほど頻繁に用いるわけではないが、これは比較的好む“面”だね。
座卓の板脚の木端などに用いる事が多いが、ただの大面に較べ、エッジが効き、陰影ゆたかになり良いと思う。
意匠登録したいほどだ。(当たり前の話だが、こういうのは古来から多くの大工、家具職人が用いてきたのものであるので、今更意匠登録などという恐れ多いことはできようもない)
モダニズムというデザイン要素において何でもかんでも簡素なのがよいというわけではないだろう。
伝統的に生きながらえてきている様々なデザイン要素をいかに今に活かすのかは、もっと関心を持って良いことだろうね。
画像の蛙股面だが、普段はカッターで一気に切削してしまうところだが、この場合貫通のホゾがすぐ近くにあるので、機械が使えない。
したがって手鋸と、ノミ、南京鉋での成形となった。
これもまた楽しからずや。
* 参照 過去記事
蛙股
* 参照 事例(センターテーブル、板脚への蛙股)
センターテーブル

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