工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

TPPを巡る混乱が意味するもの

APECでのTPPをめぐる“言った、言わない”

言った、言わない、といったことなどは世間にはいくらでも転がっている話しなので、ことさら取り上げるのも如何とは思うが、しかしこれが国際政治、国家間の交渉ごととなれば等閑視するわけにもいかない。

他でも無い、TPP(環太平洋パートナーシップ協定=Trans-Pacific Partnership)[1] をめぐる日米政府の発表の食い違いのことだ。

米政府が「野田首相は『全ての物品、サービスを貿易自由化交渉のテーブルに乗せる』と述べた」と発表したことについて、野田首相は15日午前の参院予算委員会で「一言も言っていない。事実関係を米側も認めた」と全面否定。

質問者の山本一太氏が米政府に訂正を申し入れないのかをただしたのに対し、首相は「米国も認めたことを共有すればそれでいい。意図的にやったとは思わない」と述べ、訂正は求めないとしたという(毎日jpから)

一方米側は
アーネスト副報道官は会見で「(米国の)声明は野田首相とオバマ大統領の会話に基づいて作成された」と述べ、声明を訂正する考えはないことを明らかにした。(毎日jp)

外交交渉の場での物言いと、国会の場での物言いの違いは、過去何度もくり返されてきた話題であるようにも思うのだが、しかしこれほどまでに短時日に明かされ、微妙な言い回しと言うよりも、かなり本質に関わる問題への言及だけに、ちょっと間抜けと言おうか、異様な光景と言うしか無い。

しかし、さもありなんかなと、変に納得してしまう自分がちょっと怖い。
何を言っているかというと、“どぜう”くんの政治姿勢、政治手法、政治信念、パーソナリティーからすれば、なるほど、あなたはこうしたキャラだったんだと、より深く納得できる一件だったというわけだ。

TPP交渉参加への方針を持って臨んだホノルルAPECだったわけだが、しかし「国権の最高機関」であるはずの国会では、議論の果てに決して「TPP交渉参加への姿勢」は明確に示さず、その後の記者会見で「TPP交渉参加への協議に参加」などと訳の分かったような分からん説明をして飛び立ったわけだが、帰ってくるや、またしても「国権の最高機関」であるはずの国会の委員会で「言った、言わない」の低次元なやり取りでは、俺たち市民は、ただ脱力し、いよいよ政治への不愉快な印象を深めるだけ。

この首相の自由貿易主義というものは、1つの信念的なものがあるそうで、それが松下政経塾で養われたものなのか、個別の心情に由来するものなのかは分からないが、ともかくもリーマン・ショックをもって新自由主義的経済社会の破綻が示されたものの、再びそこに自分たちの未来を標榜しようという松下政経塾の多くが共通に持つ信念であるのだろう。

それとともに、TPP交渉参加が米国からの強い要請であることへの無謬的な追従姿勢の表れであることも明らかだろう。
TPPの核心はここにあるわけだから‥‥。

TPPとは

TPPは当初、ブルネイ、ニュージーランド、シンガポール、チリ、など小国が提携することで市場での競争力を上げようというものであったところ、昨年10月、ここにアメリカが参加したことで状況は一変。

基本的には例外を認めず、加盟国間の関税を一切廃止し、工業品、農業品、金融サービスをはじめとする、政府調達、医療サービスなど全ての品目について非関税障壁を撤廃し、貿易自由化を目指す経済的枠組みだ。

パックスアメリカーナという時代は既に終わりを告げたということは誰しも否定しがたい歴史的事実であり、BRICs諸国の台頭、なかんずくGDP世界第2位となった中国の驚異的な経済的伸張は「共産主義」国家という特異性と相まって、世界の秩序を揺るがすほどのものとなり、いよいよ米国経済社会を激しく揺さぶっている。

一方の欧州は統一的なブロックを拡張してきたEUが、今や瀕死の状態に陥りつつある。
ギリシャの国家的な財政悪化はユーロ圏全体を巻き込みつつ、イタリア、スペイン、ポルトガルへと飛び火する勢いとなっている。

こうして今や戦後支配体制のパラダイムは体を為さなくなりつつあり、まずは多極化へとパワーシフトしつつあるらしいことは明らかなようで、戦後体制の核であったドル支配体制は弔鐘のベルが大きく鳴り響きつつあるというのが実相なのだろうと思う。

ブッシュ・アメリカのねらい

オバマ政権はウォール街の占拠に見られるように、本来は民主党支持層である人々にも愛想を尽かされ、2012年の再選も危うくなりつつある中、必至に「輸出倍増計画」を打ち立てることで、失業者への「雇用対策」を行おうとしている。

今、自由貿易の権化、アメリカが輸出できるものって、一体何があるのだろう。
米国最大の産業であった自動車製造も日本に市場を奪われて久しく(日本もアジア諸国の台頭に頭を悩ましているけれど)、世界に打って出る産業と言えば、ITと農業分野ぐらい(軍事産業は別枠として)しか残っていないというのが実態だ。

IT分野は確かに世界に誇るべきものがある。Googleにしろ、株式時価総額No.1のApple.incにしろ、残念ながら一部のきわめて優秀な人材しか必要とされず、一般的な雇用吸収産業たりえるわけが無い。

残るは農業だけ。
強大な国家アメリカの最大の特徴は、広大な国土に膨大な人口を抱え、産業としては自国一国のみで完結できうる環境にあり、また二度にわたる世界大戦を通しても1度たりとも戦火にまみれたことの無い希有な国家である(9.11はそうした歴史的背景を大きく塗り替えるエポックであったわけだが)ために、いわば必然的に世界の覇者で有り続けることができたのだった。

栄枯盛衰ということで簡単に片付けるつもりは無いが、上述したような凋落しつつあるアメリカにとって、最後のあげきが農産物を「自由貿易」の御旗を振りかざしつつ洪水のように輸出するという戦略を鮮明化しつつあるというのが、TPPに乗った最大のねらいであることは間違いが無いところだろう。

これに巻き込もう画策する米国に、ホイホイと追従しようとする日本の姿は、かつて小泉首相が竹中と一体となって郵便貯金をハゲタカの前に晒そうとしたことに重なるものだが、小泉同様、いやそれ以上の売国行為ではないか。

農業分野の大打撃

最大の問題といわれる農業分野だが、日本の農業は大打撃を受けてしまうだろう。
高品質なカリフォルニア米では、国産の米と較べ近年は数倍するほどの価格差では無いようだが、しかしはるかに廉価であることは間違いが無。

一方、生産者と、消費者・市民の長年にわたる努力により獲得してきた、食の安全・安心というものは世界に誇るべき、豊かな食文化を作り上げてきているが、GM食品(遺伝子組み換え食品)の流入も止められないだろう。
これらの維持のための様々な規制も「非関税障壁」として退けられるのは明らかだから。

所得保障などの農業対策で凌ぐなどと言っても、2桁ほど異なる農業規模と、どうして闘えるというのだろう。
アメリカの大規模農業の効率性、ドル安、賃金下落とという状況下、ここを関税撤廃して勝てる方法があると言うなら、教えて欲しい。

現在の日本経済のデフレ状況のなか、安い製品、安い農産品が洪水のように入ってくればどうなるか。
日本経済は立ち直れないほどに沈んでしまうだろう。

問われているのは経済だけでは無い、日本の文化にまで

問われているのは、「自由貿易」の御旗の下、アメリカの「属国」としての位置に転げ落ち、営々として築き上げてきた、日本の誇るべき文化、風土、田舎、地域をダメにしてしまうのか、ということに深く関わる問題ではないだろうか。

リーマンショックを前後して、世界は一方ではスローフード運動、フェアトレード運動などで世界貿易経済の在り様、極限にまで進行した消費社会の姿の偏倚を問いかけるオルタナティヴな経済活動が社会的な認知を獲得しつつあり、既存の流通ルートから脱した独自の生産者と市民の結びつきによるゆるやかなネットワークが世界のあちこちで生まれつつあるという、この時代に、これと逆行するような新自由主義的世界経済の暴虐を、ボクは許せないと思っている。

ボクは戦争を憎み、平和を愛する、という立場から、リベラリストを標榜していますが、しかし一方、世界規模の格差水準に日本経済を平準化すべきではないという立場から、TPPには参加すべきでは無いと考えます。
これは一見、矛盾するように思えるかも知れないし、ヘタをすると“ナショナリスト !! ”などと後ろ指を指されるかも知れない。

しかし、断じて日本市場を丸裸にして、ハゲタカの前に熨斗を付けて差し出すような真似には与したくないと思っている。

* 参照
TPP・通商問題(REUTERS)
中野剛志:TPPはトロイの木馬──関税自主権を失った日本は内側から滅びる

■ YouTube〈中野剛志:自由貿易を考えるシリーズ・TPPに見る「自由貿易の罠」〉
[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=NvqX5dbG77M&feature=fvst[/youtube]

■ YouTube〈宇沢弘文が語る「TPP」 11/03/05〉
[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=t31kfmOQUP0[/youtube]

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❖ 脚注
  1. TPPの解説:毎日jpから []
                   
    

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