工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

土砂降りの雨の日は、チェリーについて語ろう

チェリー1
春への胎動とはいえ、この雨には塩をたっぷりと浴びせ掛けられたナメクジみたいにしおれてくるね。弱りましたな。
加工は中断し、窓の外の雨音を聞きながら刃物の研ぎに精を出す。
いつも使う数丁の平鉋、小鉋、手ノミ、そして最後は彫刻刀にまで手を出した。
今の作業に必要な刀だが、しばらく使用していなかったものなので少し丁寧に研ぎ上げる。
こうしたある程度まとまった時間を使い、刃物を研ぎ上げる時間は“無心に ‥‥”というところかもしれないが、俗人のボクには様々なことが脳裏をよぎるということになる。
‥‥ 雨が降り続くことでの作業の影響をどのように修正すべきか‥‥、今回の抽斗の前板のデザインをどうすれば良いのか‥‥、抽手は設計通りに巧く納まるのか‥‥、次の制作の準備で事前にすべきことは何か‥‥、ベルトサンダーのサンディングペーパーの在庫は底を突いてきたが、次の調達ではメーカーを代えよう ‥‥、様々な懸案が浮かんではそれぞれの解決案を導き出し、研ぎの手を止めて手帳に書き記す。
時には良いアイディアの仕口が浮かんで、さっそくテストしてみたりもする。
そして今日は気分転換に少し早めに切り上げて、友人を誘い隣町の蕎麦屋に。
天ぷらを肴にグイッと、蕎麦掻きで締め‥‥。
蕎麦屋の亭主も交え、ワシントン条約談義。

鉋イラスト

さて、現在キャビネット制作途上であるが、4年前に製材したブラックチェリー材を桟からバラして使ってみている


うちでは過去、使用材種としては樺、ミズメが比較的多かった。現在も9分〜3寸板、4寸角まで様々に製材したものを在庫して使っている。
こうした材種選択は松本民芸家具に在籍していたことでの影響なのだろうと思うが、木工家具といえば樺、ミズメという狭量な固定観念に縛られて確保し、使ってきたというわけだ。
この材は家具材としてはとても良質であることは言うまでもないとしても、加工が難儀。
とても重く、堅い。鉋掛けから何から、加工の難易度は高い。
しかしこれを完全に制御し、鉋で仕上げることができれば、その緻密な木肌面は見事な艶を放つ光沢面として表れる。
この樹種には多くの場合、我々職人の間では虎斑(とらふ)と呼ぶ紋様が表れるが、これはつまり細胞的には逆目であるために起こる表情であり、それだけにまた鉋掛けの技量も問われる。
しかしこの材は堅い。
昔はそれが当たり前のものだと信じて疑わなかったが、今考えればあの材での座刳りなどは監獄の中での労役のようなもの。半端な覚悟ではできるものではない。
うちを訪ねてくる家具職人をめざす若者には、まずは鉋掛けをさせてみるのだが、自信があるような者にはこれらの樺を掛けさせることもある。
ほとんどは首尾良くとはいかない。多くがこんなはずではなかったのにと音を上げる。
しかしその後、見事に虎斑を美しく出せるようにまで習熟すれば、ほとんどの樹種の鉋掛けは苦労することなくできるようになっているものだ。
そして職人としての自負を獲得し、揺るぎない精神力を携えて困難な人生へと立ち向かっていくことになる。

鉋イラスト

そして、今度のブラックチェリー材。
鉋掛けはすいすいと、片手で十分なほど(いやホントに 笑)
樺は民芸家具の店頭ではサクラ材などと説明しているようだが、それはウソ。
似て非なるもの。サクラは桜。カバは樺。属からして異なる。(サクラはバラ科。樺はカバノキ科)
そうしたテキストとしての了解における差異とは違い、実際に削ってみることで全く異なる性質を持つ材であることを知る。
ブラックチェリーはかなり軽軟ではあるものの、比較的肌目も精であるために(導管が細く配列も粗で、繊維細胞が緻密に構成されている)、丁寧に鉋掛けすることで光沢を放つ。
こういう場合には素地調整としてのサンディングなどしたくなくなる。
サンディングは材面を荒らし、毛羽立たせてしまうから。
あまりにも楽に鉋掛けでき、美しく仕上がったので、材に向かって拝みたくなるほど。
国産でもシュリサクラ、山サクラ、など家具材に用いるサクラがあるが、恐らくはこのチェリーほど加工性の良い材種は無いのではないか。
今回の場合、かなり樹齢を重ねた材だったせいもあるかも(末口で60cm)
材面を美しく鉋掛けするには鉋の仕込み、刃の研ぎ上げが重要なのだが、このためには一定の広さを持つ板を如何にシャープに削り上げられるかをチェックしながら調整していくことになる。
一見問題なく研ぎ上げたと見える鉋刃も、鉋台にすげて削ってみれば、鉋枕が出たりすることが良くある。
ボクは鉋掛けした板面をチョークでなぞることでこれをチエックする。
指先、手のひらなどでなぞることでかなりの程度で小さな鉋枕も感受できるものであるが、それで問題ないだろうと思っても、その後にチョークでなぞれば細い一条の鉋枕、あるいは“畝”というものを視認することになる。
これは明らかに鉋のどこかに問題があるという証左であり、あらためてその原因を究明し、再調整を繰り返し、納得のいくまで追求していく。
そうした愚鈍とも言える営為は、しかし木という複雑な繊維細胞を有する天然有機素材へ向かう者としてこの樹木への畏敬を暗黙の了解とする心がけの1つであるに過ぎない。
このブラックチェリーは樺への鉋掛けとは異なり、過度の緊張を強いられることなく素直にそうしたことへ向かうことができるという意味では木工職人との親和性が高いとも言えるだろう。

ブラックチェリー (『世界の木材200種』須藤彰司 著 産調出版 より)
Black cherry、Cherry 学名:Prunus serotina バラ科
気乾比重:0.56 やや重厚 肌目は精、木理は通直。乾燥後は安定
切削などの加工は容易で仕上がり面はよい。
日本産サクラ類同様、ピスフレックという障害の組織が点々とみられる。ときには粘液状の物質をためていつ小さなポケットがでる。
用途:材面が独特の美しさをもつので、家具、キャビネット、楽器、銃床(ブラックウォールナットに次いで好まれている)、タバコのパイプなどに使われることが知られている。ハムの燻製の材料として使われる。

比重においては樺が0.6〜0.78というから、ブラックチェリーが如何に軽軟であるかが判るが、しかし広葉樹種では中庸であろう。過度に軽軟というものではない。
樺ばかり扱ってきた者からすれば‥、という感想にすぎない。
部位によっては緑色の縞が表れたりもして、豊かな表情を見せてくれる。
ミネソタからテキサス、フロリダからグァテマラ、ボリビアまで広汎に分布するというので、アメリカでは古くから最も馴染みのある家具材として使われてきている。
シェーカー家具にはメイプルと並んで欠かせない樹種だ。

鉋イラスト

今回の材は、その製材を遡ること5年ほど前に、友人の木工家からフリッチのチェリーがかなりまとまった量であるのだけど、一緒に買ってくれないか、との依頼で4インチ上の乾燥チェリー材1バンドルを入手したのだった。
しかしフリッチ材だけではなかなか使うこともなく倉庫に眠るに任せるままになっていたものだ。
そこで世話になっている材木屋の亭主に原木を探してもらい購入し、キャビネット用に丸太から製材したものだった。
最初のフリッチ材とは若干色目は違うものの、こうして刃物をあててみれば、期待以上の良材だったというわけである。
ところで、板指しであるが、この雨で、組み手が合わなくなってしまった。
甲板に比較して、帆立側が狭くなっている(逆か‥‥甲板が湿潤な大気で膨潤しちゃった)。
ちょっと暫く、甲板を乾燥した大気で湿気を抜かないと組む時に割れるね。
弱り目に祟り目だ。アチャッ〜。
明日は晴れ上がるというので、乾燥した大気に触れさせれば組み手も合ってくるだろう。
チェリー2

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