工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

天秤指し(続) 小函の場合

小函、あるいは旧い呼称であれば〈手許箪笥〉、欧米流に言えば〈Chest of Drawers on Desktop 〉といったようなもの。

サイズはA4書類が収納できる程度のもので、3杯の抽斗が入る。
甲板、帆立は天秤指で構成。

制作意図

まず制作意図から始めようと思う。
かなり以前のことになるが、突板専門の材木屋でまとまった材積を購入した際、ブラックウォールナット7分板の突き尻(ツキジリ→スライサーで突き板を穫った残りの材のこと)をサービスで付けてもらったことがあった。
尺六寸ほどもある幅広のもので長さも2間近いものだ。
残念ながら厚みが無いので、これまでほったらかしにしてあった。

この活用をと考え、筺にした。
材の特性、状況から発想したというわけである。

木工品、木工家具を制作する場合、このように所与の材から発想する、ということは決して少なくは無い。

様々な契機で工房にやってくる材は、もちろん具体的な目的に即して調達されることが多いわけだが、全てがそのようなものではなく、職人の発想と意欲の充実を待って、はじめて加工の場に持ち出されることもあるというわけだ。
材にとってみれば、これはもっとも有効な使われ方の1つであり、シワワセな処置と言えるだろう。

突尻板での木取り

かなり幅広の突尻だったが。芯持ちであるためにその部分を除去し、再接合し、9寸幅の板を造った。結果、本柾で3つの筺分が穫れ、さらにこれに板目の幅広材を1セット加え、計4台分の材を穫り、加工に入った。

長いまま、左帆立|甲板|右帆立、と連続して木取ることにより、木目が連続し、より美しく高品質なものができる。

ここでは帆立、甲板の接合に用いる天秤指部分について記述していこうと思う。

天秤指しと意匠

この小函は、板でぐるりと構成されるので、それ自体はとてもシンプルな意匠であるために、これといった見せ所があるわけでは無い。
そこで、見付け全体をなだらかな円弧状にすることとし、さらに板の木端を内側にさりげなく削り込む(前回のエントリのTop画像のチェストにも同様の面形状が施されている)ことで、予定調和に陥ることを廃し、破調にこれ務めた。

同様に帆立、甲板の接合を天秤指とすることで、木工品らしさを主張させることとした。
前々回のエントリで触れたように、上述の面形状の処理にはやや手間取ったものの、他方、一見やっかいかと思われる天秤指は難なくきれいに加工することができた。

この“難なく”という表現だが、決して自慢げな物言いというわけではなく、4台が4台とも、寸分の隙も無く、あるいは割裂をもたらすこともなく、まさに予定調和として仕上がった。

ここではその背景について語っていく。

天秤の割り付けなどは定型的なモノなどあるわけではなく、自由に、好きなようにすれば良いと思う。
ここでは小さなサイズなので、前後に2つのピンと中央にやや大きめの台形とした。

ボクなどは頭脳明晰では無いので、間違わないような切りの良い数値で割り付ける。
台形はその残った数値で決まってくるという、とてもイージーな決め方に過ぎない。

加工プロセス

墨付け

次に加工だが、まずは墨付け、
簡単な勝手墨を付ければ、後は内側だけに毛引きを入れる。
他、細かな墨など一切入れない。

板厚方向の毛引きだが、ここでは板厚 + 1mmで処置する。メチバライのためだね、(前々回の画像参照)

甲板 機械加工

さっそく機械加工に入る。
まずは甲板側の加工。
縦挽きの丸鋸を傾斜させ、所定の位置(設計通りの位置、という意)に鋸を入れる。
ここでは左右均等な割り付けなので1度の設定で、1枚の甲板につき前後1ヶ所づつ、さらに左右1ヶ所づつ、計4ヶ所に鋸が入ることとなる。

この加工方法で3回の位置設定で加工を進め、これが終われば、フェンスを逆にし、同様の加工を進める。
3回の位置設定とは言っても、定寸のピッチで決めておけば、そのためのコマを作っておけば、フェンスの設定は1度で事足りる。

また、高精度の加工で進めないといけないので、必ずテストピースを用い、慎重すぎるほどに心配りをすることは言うまでも無い。
なお、寸法精度だが0.05mmオーダーでのチェックが求められる。

そうすれば、アバウトな領域はほとんど排除され、機械加工だけで十分に高精度の加工が可能となる。
今回のように4台分を、それぞれ個別に1ヶ所づつ、オスメスの具合を確認しているようでは木工職人は務まらない。

不安なために、やや甘く鋸を入れ、残りを手加工で調整する、などということは考えないようにしたい。
慎重さと、大胆さは、こうした加工の全てにおいて求められる要諦である。

次に、天秤底のカットは、うちではピンルーターで可能な範囲で攻めておく。
ピンルーターの活用だが、垂直にまごうこと無く、胴付のカットが行えること。幾枚でも高水準のカットが行えることでの採用である。

無論、それだけで終わるわけでは無く、6mmビットではさらえない隅は手ノミ(鎬ノミ)でさらうことになるが、あらかじめルーターで切削されているので、この手ノミでの切削加工はとても軽快な作業で済ますことができる。

垂直に手ノミを入れるための治具は必要だが。

帆立 機械加工

次は帆立だが、これも甲板と同じような工程を踏むだけ。
もちろん、鋸は垂直に直し、三日月定規(マイター定規)を所定の角度に設定しての加工となる。
言うまでも無いが、この定規は、内角と、外角用に2つ用意していくと、仕事は早い。

胴付きの切削は、甲板同様にピンルーターでさらっておく。
ボクは慣れたもので、天秤の傾斜に合わせ、ルーター切削の深さをコントロールしている。
そこまでやらなくとも、ピンに掛からないよう、注意して切削していく。

これも甲板同様、残りのわずかな部分を手ノミで攻める。

機械加工はここまで。

留め切削加工

帆立、甲板接合の見付け部分は留めで納める。
留めでは無く、どちらかの木口を出して済ます、ということもあり得るが、ここでは本来の筺組として留めで納める。

留めの切削加工だが、機械でもやれなくは無いが、せめてこのぐらいは手鋸で行う。
あらかじめ、45度の左右、および天秤角度の左右、それぞれのジグを作っておくが、鋸であまり痛めないよう、堅木がいいだろう。

これを胴付きで入れていくわけだが、45度の方は横挽きで、天秤の傾斜の緩い方は縦挽きの胴付鋸を使う。(ここを横挽きで行うと、鋸がのアサリが傷む)

これも慎重に行うが、ジグにしっかりあてがいやれば、さほど高度なテクニックでは無いだろう。

これで全てが終わる。

組む前には、入り面を取っておくと良い。
組むときはぜひ、やや大きめにカットした天秤加工を施した当て木を用いたい。

まとめ

さて、このように、加工のほとんどを丸鋸昇降盤で行うという方法を取っているが、これは加工精度の追求と、複製加工がいくらでも可能であるということによる。

またルーターだが、ピンルーターでは無く、ハンドルーターでも同様のアプローチで行うことができると思う。
そのためのジグをつくったりと、やや工程が増え、また切削位置があまりよく見えないなどといったマイナス面も否定できないが、工場スペースに余裕があれば、ルーターマシン(ピンルーター)の導入を考えることをお薦めしておこう。

なお、ご覧の通り、ピン先は2mmほどしかない。
ここでの丸鋸は1.8mmの薄いものを使っている。
さほどの意味があるわけでは無いが、あえて言えば、ボクの天秤への美意識の反映である。
ピンが大きいと、あまり美しく感じないからだが、これは人それぞれだろうから、自意識の赴くところで決めれば良いだろう。

ただピンが6mm以上あると、いかにも機械加工してるでしょ、などとあからさまに言われるのはいやでしょ(事実は、機械加工なのだけれどね 笑)

2mmだと脆弱なのでは?とのギモンがあるかも知れないが、ボクの考えるところでは全く関係無いと思うがいかがだろうか。

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  •  「大胆」の為の「慎重」、結局その方が早く正確でストレス少ないですね、伝統的な指物でも考えは同じです。
     テストピースも見積のうち、と弟子にはよく言いますが、仕事が終わった途端、焚き物扱いになるのは少々薄情だなといつも思います(笑)。
     小僧の頃、親方がフリッチを加工工場に持ち込んで突き板にしてもらっていましたが、煮沸や電子レンジの効果なのか帰って来た突き尻には独特の乾燥感がありました。杉、栗、松などの突き尻は細かく割って使う物や指物部門に廻していた記憶があります。突き尻のサービス、なんともお得な感じでいいですねぇ。

    • たいすけさん、ドウモです。
      >テストピースも見積のうち
      なるほど、そのセンテンスいただきます。

      >帰って来た突き尻には独特の乾燥感
      仰るように、煮沸することが多いので、
      木の物性も変化するでしょうし、ブラックウォールナットのような場合、
      色調の変化 – 色が褪せる、が避けられません。

      今回のものは、煮沸せず生木の状態のものをスライサーに掛けたと見え、
      チョコレートブラウンの色鮮やかな木肌が現れました。

      突き尻ですが、突き板屋が扱う上等な材質のものですので、
      あだや疎かにはできませんね。

      ここ静岡には多くの突き板屋があり、大いに助かっています。
      業界の雄、北三もありますが、残念ながら15年ほど前に工場機能を閉鎖。

      突き尻の他、“端(短)コロ”と呼ぶ丸太を安価に入手するのも、お薦めです。
      これはロータリーレースの機械の規定の長さを超える部分を切り落としたモノですが、
      上質であることに変わりは無く、短いものではあるものの、家具屋、指物師にとっては
      価値の高いものとなりますね。

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