工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

鉋掛けという工程について(その5、最終)

ミズナラの甲板への鉋掛け

ミズナラの甲板への鉋掛け

木材加工における精度のファジーさ(有機素材ならではの特徴)に機敏に対応する切削の道具

木のモノ作りとは言っても、その世界は多彩ですが、そんな中にあり家具制作というのは、木の部材を組み上げ、目的とする形にしていく、というところに大きな特徴があります。

框を組んだり、ハコモノを組んだりといった作業内容です。

私たちは、それらを構成するいくつもの部材の段階で可能な限りに完璧な仕様で作り上げ、これを一気に組み上げ、仕上げ段階へと進んでいきたいと考えるわけですが、しかし必ずしも、そのようにはいかないのが現実です。

組み上がってからも、余分なチリ(組んだ個所からはみ出してしまった部位)を払い(サスリ、などと呼びますが、所定の平滑な面に揃えるための切削工程の呼称です)、本来の仕様を満たすための工程は欠かせません。

あらかじめ、この仕様を満たそうと高精度な墨付けからはじまり、様々な加工における精度の追求を心がけるのですが、必ずしも完璧にはいかない事の方が多いのが、木という素材を用いる宿命です。

硬い部分、柔らかい部分が不定型、アマルガムに混在するという有機素材ならではの加工精度のファジーさは常についてまわり、極力こうした曖昧さを排除しようと心がけるわけですが、どうしても微妙な精度誤差が出てしまう。

あるいは木工機械サイドでも、設定した寸法で寸分違わず常に正しく切削してくれる、と言うものでも無いわけです。
この曖昧さを排除すべく、職人の勘所に依拠し、機械の操作を行い、また手ノミや、手鋸など手道具を高精度に使いこなしていくのですが・・・、

鉋イラスト

そんなわけですので、組み上がれば、この精度差により生じた誤差を除去していかねばなりません。
ここで活躍するのも、やはり手鉋なのです。

天秤指しの函の組み立てと仕上がり

天秤指しの函の組み立てと仕上がり

もちろん、手鉋ではなく、サンダーで平滑にしてしまう人もいるでしょう。
しかし、これまでも見てきた通り、サンダーでのメチ払いはかなりリスキーで無理な手法といわねばなりません。

そもそもチリを払いつつ、面としての平滑さを出す工程に、サンダーは不向きです。

やはり、凸凹を取り去り、平滑にするには、刃物で高能率的に、高精度に切削していくのが合目的的ですし、合理性に適っているのです。

ただサンダーにはワイドサンダーという厚み規制の可能な高機能なタイプがあり、これであれば、モノによってはかなりの程度に平滑性が確保され、仕上げられるかも知れませんね。

ただ、機械的に強力な動力で研削していくため、メチの出方によっては、過度な研削から想定されないほどの量で研削され、結果、破綻してしまう可能性もあるでしょう。

加え、かなり目の粗い番手で研磨せざるを得ませんので、前にも触れたように、本来の木肌を求めるのは、かなり無理があると言わざるを得ないでしょう。

しかし手鉋であれば、最低限の切削量で平滑性を出せ、また高品質な木肌が求められますので、これまで述べてきたように様々な意味合いにおいて目的に適っていると言えるわけです。

【塗装方法から見た仕上げ方】
これまで触れるのを失念していたことを補記します。
サンダー研磨により産み出される木肌と、手鉋のように、刃物で切削して産み出す木肌のい違いですが、一般に化成塗料(ウレタン、ラッカーなど)であれば、その後の幾層にもわたる塗装工程(+ 研ぎ工程)で平滑性を出したり、表面の化粧を行いますので、サンダー仕上げと鉋仕上げとの差異はあまり認められないと言って良いでしょう。

しかし、拭漆仕上げ、あるいはオイルフィニッシュでは、歴然とその差が出ます。
塗装の方式、物理的な差異があるからですね。
オイルフィニッシュでは、木地の美麗さが、あるいは汚さがそのまま結果します。

【鉋掛けでの熟練度の差がもたらすもの】
修行の足りない学徒の多くの場合、このメチ払いの鉋使いを正しく理解していない人が多いものです。

メチの残る部位を払おうと心がけてはいるのでしょうが、面として切削し、平滑にするという思考に掛け、またその技法も足りない、というケースが多いです。

この「面」として仕上げる、ということは、実はかなり高度な技能なのですが、それが理解されていない事が多いようです。

鉋の運行方向での平滑性に意識的ではあっても、その直行方向には意識が廻らず、外側に垂れたり、内側に垂れたりするものです。

さらにまた、職能の高い人は、仕上がりも綺麗ですし、スピードがあります。
これはいくつもの加工、仕上げ段階における精度の総量差として結果するわけです。
職能の高い人は、墨付けも無理、ムダが無く、加工も高精度。スピードも速い。

その結果、組み上げた後のメチも少なく、仕上げにおける作業量も少なくなり、結果スピードの差として、さらにはムダな切削が無いために、所定の仕様に限りなく近い形で高精度、高品質に仕上げることができるわけです。

当然ですが、鉋掛け作業で排出される鉋屑も少ないでしょうね。
これは疲労度にも関わってくる話です。

まとめ、のようなもの

今回は手鉋の有用性、あるいは優位性につき、様々な側面から考えてきました。

CLARO単板の削りと完成形

CLARO単板の削りと完成形

機械化万能の時代にあって、一見鈍くさい手鉋が、前近代的で、守旧派の古ぼけた職能として博物館入りするものではなく、現在もなお、いかに優れた道具であるのかを見てきました。

さて、例えこれが真実ではあっても、必ずしも一般性があるのかと問われれば、一瞬、たじろいでしまうかも知れません。

手鉋は他の大工道具と同様に容易に入手できます。
しかし、それをそのまま使っても、無前提に、これまで縷々述べてきた有用性に直ちに繋がる保証は無いからです。

手鉋を使いこなすには一定の学習と経験が必須だからです。

鉋台の仕込み、刃の裏出し、刃の研ぎ、そして、様々な樹種、様々な部位を、目的とする切削を行うまでには相応の熱意と、経験、あるいは熟練が欠かせません。

しかし、それを回避し、他の方法、サンダーやヤスリに依存してしまえば、その木工はそこで停まってしまいます。未来から見放されるのです。

鉋イラスト

南京鉋によるフィーリング切削

南京鉋によるフィーリング切削

例え迂遠な手法であっても、自らの職能を極めようと自覚的に挑む職人には、拓けた未来が待っているでしょうし、何よりも木を扱うという職能の前提にある心構えと、木との親和性が鍛えられ、いよいよ楽しみが増していくということだけはお約束しましょう。

私は確かに思考手法はどちらかと言えば“愚直”な方で、したがって手鉋を駆使できない程に老いれば、そこで私の木工人生はオワリだと覚悟しています。

その工程を機械に依存させ、代替させ、しぶとく木工にしがみつく考えも無くは無いでしょう。
しかしそうしてまで、堕した自分を視るというのは耐えがたいというものでしょう。

確かに、現代の木工現場においては、多くの工程が機械化されており、木の切削工程も同じで、機械に依れば高精度に切削してくれます。

したがって、この工程を一昔の木工所のように手鉋で行うというのは、現実的では無いでしょう(一部の指物師ではそうした“ストイック“な工程を自らに課している人もいるかも知れませんが・・・)。

鉋イラスト

木製ハンドル(ローズウッド)の仕上げ切削

木製引き手(ローズウッド)の仕上げ切削

ただその後の工程で、手鉋で切削し、仕上げ肌を求めるというのは、サンディングマシーンで行う工程との時間の差異を比較した場合、必ずしもサンディングマシーンの方に合理性があるとは言えない場合も、実は多いものなのです。

あるいは框を組んだり、ハコモノを組んだりした後の仕上げ工程、つまりメチ払いの工程などでは、明らかに手鉋を駆使した方が、圧倒的に合理性が高く、対し、サンディングマシーンでは多分に様々なリスクを伴いながらの工程にならざるを得ないわけです。

木工に親しみ、良い木工を志し、職能への確信を掴むということは、手鉋を自らのモノにすることと、ほぼ同意と言って良いでしょう。

鉋イラスト

所与の状況下、なかなか思うような鉋掛けができずとも、上手に鉋を仕込めずとも、そこから逃げずに、日々の技能の進化に確信を持ち、やがては明日へと飛翔できる、と言うのが、手業、手仕事を志す全ての人に与えられた人間的な才であることは間違いないのです。yuh.rakkan

《貼り付けた画像のキャプション》上から順に

  1. 寸八の平鉋による一般的な鉋掛け
  2. 小さな引き出しを持つキャビネットの組み立てと仕上がり
    これは天秤指しの仕口なのですが、直行する帆立の面に対し、オスを0.3〜0.5mmほど延伸させて加工し、組み上げてから、そのメチ(余分にはみ出した部分)を手鉋で払います。
    もちろん、帆立側もサラッと鉋掛けすることになります(既に仕上げていますので、ほんの薄皮1枚鉋掛けする程度です)。
  3. CLAROの李朝棚の扉部分。
    CLAROの単板を木取っているところです。
    帯ノコで、わずかに5mmほどの厚みに挽き、その後手鉋で削ります。これを積層板に錬り付け、扉とします(無垢材では無く、積層にするのは、框に組まずに、1枚の板で構成するためです。反張の懸念から自由になりますので。ただし3mm以上の厚みであれば、仕上がりは無垢材と何ら変わりません)
    やや横摺りで掛けています(CLAROの根杢細胞配列は実に複雑ということなどから)
  4. 南京鉋の事例です。台鉋であることを意識し、目的とする形状にフィーリングを合わせ、切削していきます。
  5. ローズウッドの引き手の仕上げ工程です。これはルーターマシンで制作したカスタムメイドの引き手ですが、サンダーでは無く、このように南京鉋で仕上げます。サンダーでは型崩れが起きやすいところですが、手鉋であれば、元の形状を損なうこと無く仕上げられます。

hr

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  • 鉋かけ前のバンドー引き肌ナッツツリー粗杢テクスチャーが
    一番ですので、このままで良いといったら
    鉋をかけないと気(木)が済まないと
    ツルツルピカにした腕利きが居ます。
    製材所から帰って来た木理の
    美しさはお客さんには
    見えない至福の時間
    ザックリした木壁
    色気捨てがたく
    そのまま
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    • 折ぎ板(へぎいた)という古来から伝わる板材の扱われ方など、
      刃物を使わない、木の繊維テクスチャーを活かした手法は
      建築の他、工芸の分野(角偉三郎氏など)で高評価。
      製材美:乾燥後には失ってしまう、製材直後の
      色調は特記すべきほどのものがあります。
      黒胡桃など、鮮やかな深緑色が発色。
      みるみるうちに酸化して逸する。
      時には釘や番線が食い込み
      周囲を黒色彩色させ
      慌てさせます。
      それもまた
      味わい。

  • 木の内科では、はっとする毎日です。
    教科書の間違いは、150年も続き
    誰も言わず直せないまま
    木学は発展しません。
    フレッシュ質感
    味わう現場は
    至福の時間
    素材の質
    至極

    • 木を
      学術的に
      調査、研究
      されてきた歴史
      はあるものの、建築、
      美術、工芸、雑器、文化、
      といった、学際的、総合的な
      分野として、まるごと捉え、研究する
      という領域に踏み込む酔狂な人は皆無でした。
      日本が木の文化においては世界に冠する歴史と現実を
      有しながら、近代社会の到来と共に始まった本格的な木の学問も、
      実は、欧米の知の体系のパクリが主体で、木を扱う現場の豊かさに学ぶことも
      少なく、無念でならないわけです。ABEさんの企みは、この実態をブレークスルーする
      ものとして、歴史的、現在的に有用であるわけです。孤軍奮闘の成果は歴史により評価されます。

  • 現場のIP
    インデペンデント プロフェッサー栄養たりず
    給料鳥ばかりの森では自前は
    なかなか目立たず
    当分は「木美」を邪魔されず
    堪能できます。
    学識系は接近禁ず
    寄らし務こと
    あたわず
    儲け梨
    金筋

  • 検索してたどり着きました。

    どの記事のコメントしようかと迷いましたが、鉋の関連でこちらに。

    私の父は、大工の一人親方をやっておりました。
    当然のことながら木工に関する道具、機械はそろっていて、鋸や釘、鑿、鉋などは日常にごく自然に存在していました。

    日曜大工(今ならDIY)の真似事も何回かしたのですが、鉋を使用した際にかなり叱られたことが印象に残っております。

    その内容は、「(プロである父ですら滅多に使用しない)仕上げ用の鉋を使用した」というものでした。

    金槌や鋸、鑿などはわりと無造作に使っていたのですが、叱られて初めて「用途に応じた工程の道具がある」ことを知りました。

    ただ、いまに至るまでその違いが分かりません。

    砥石でしたら粒度によって変わるのはわかるのですが、鉋や鑿も「普通用」と「仕上げ用」でなにかが変わったりするのでしょうか?
    本体は同じでも、刃の砥ぎ方の違いだけで「普通用」と「仕上げ用」に分けることが可能だったりするのでしょうか?
    (例えば普段の鉋は#5000で仕上げ、仕上げ用の鉋は#12000で仕上げ、など)

    • Hいまじん さん、ようこそ。

      大工の親方である父親の仕上げ用の鉋を無断で使い、叱られたのですか。
      彷彿とさせられるシーンですね。
      もしかすれば、私も同様の振る舞いをしたかも知れませんね。バカ者!とか言って… 苦笑

      鉋を工程ごとに、あるいは作業内容ごとに使い分けるというのはごく一般的な使い方です。
      ここでは、質問の「普通用」と「仕上げ用」、に限定してお話しします。

      手鉋は一般に「荒仕込」「中仕込」「仕上げ」と言ったように数種の鉋を用います。
      現代では、事前に手押し鉋、自動一面鉋、などであらかじめ機械で平滑に削られた状態の板が対象になりますので、よほどのことで無い限り「荒仕込」は不用なことが多いです。

      さて、ご質問のこれらの鉋の「違い」ですが、いくつかの要素がありますが、ここでは代表的なものを書きます。
      ▼台下端の調整法が違う。
      「荒仕込」「中仕込」はより重切削できるよう、下端のスキをヨリ大きく、「仕上げ」にいくにしたがい、台頭、刃口、台尻はフラットに近く、調整します。
      鉋のキレは台下端の調整で決まります。

      研ぎの違いですが、大きな差は無いです。
      ただやはり、「仕上げ」は丁寧に研ぐことになります。
      番手の違いは無いですが、「仕上げ」は刃先を真っ直ぐになるように研ぎ上げ、かつ裏金も両端まで隙が出ないよう、合わせます。

      これ以上は、専門書で学習しましょう。

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