工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ブラックウォールナットの色褪せ、退色について(なんちゃって Walnut)

ブラックウォールナットでの家具制作依頼があったのですが、この方、木工家具全般への知見豊かなご様子。

既にいくつもの調度品を作ってもらっているとのこと。

そうなれば、当然ながらも材種についてもお詳しいようで、このブラックウォールナットの経年変化による色褪せの問題を聞き及び、大変懸念されているとのことでした。

さて、このブラックウォールナットの色褪せですが、この方の懸念はごもっともな、如何ともしがたいネガティブな問題ではあります。

今日はTopicsとして、この問題を取り上げます。

半分の正しさ

以前より、このBlogでもブラックウォールナットという樹種に関わるポストを上げてきていますが、必ずしも、この退色との関わりから言及してきたわけでもありませんでしたので、ここで簡単ながら解説しておきます。

まず、結論から申しましょう。

ブラックウォールナットが退色する、という「木工界の常識」ですが、これは半分は正解ですが、残り半分は間違っています。

以下、簡単に説明していきます。

まず、半分の正しさですが、これは限定的な了解事項なのです。

確かに退色するブラックウォールナットという樹種はあります。
「樹種」という表現は誤りですね。「ある種の材木」と言い換えた方が良いでしょう。

ブラックウォールナットの「ある種の材木」では退色が歴然とし、これを防ぐことは容易ではありません。

しかし、本来のブラックウォールナットは、この「ある種の材木」とは異なり、言われるほど退色することはありません。

何やら禅問答の如くですが、決して難しいことでは無く、とても簡単な話なのです。

この退色するブラックウォールナットは、いわゆる本来のブラックウォールナットとは似て非なるものであるからなのです。

いわゆる人工乾燥を経、市場で製品として流通しているブラックウォールナットがこれにあたります。
米国から流入する乾燥材の製品のほとんどはこれです。

詳しいデータを持ち合わせているわけではありませんが、たぶん市場で流通している製品の9割以上のブラックウォールナット材は、こうした退色という経年変化をもたらす材木になります。

メーカーが製作するブラックウォールナットの家具のほとんどはこちらでしょうね。

ではもう片方の真実。これは何を指すのでしょう。

天然乾燥のブラックウォールナットの場合

天然乾燥、あるいはスチーム・ド、という人工乾燥を経ていない、ブラックウォールナットがそれです。

私の個展などで、訪れてくれた同業者の少なく無い人が、私が制作した家具に用いられているブラックウォールナットの材色の素晴らしさに言及するのです。

理由ははっきりしています。
市場で流通している製品のブラックウォールナットではなく、原木丸太で求め、自ら乾燥管理している材を用いているからなのです。

ブラックウォールナットの製材を経験している人もいらっしゃると思います。
製材されたばかりのブラックウォールナットは、辺り一面に甘酸っぱい芳香を漂わせながら、緑黄色から紫色まで、実に独特の色調を見せながら、帯鋸機から放たれます。

それらの色調は瞬く間に酸化変色し、渋い灰褐色へと遷移していきます。

この製材された板は、桟積みされ、最低でも3年以上の天然乾燥を経て、作業場へと持ち込まれ、様々な魅力ある家具、工芸品へと姿を変えていきます。

仕上がれば、これに塗装を施すわけですが、オイルフィニッシュにしろ、ウレタンフィニッシュにしろ、一瞬にしてブラックウォールナットが自ら有する鮮やかな色調を放ち、人々を魅了していくことになります。

これらは、一般的な室内環境であれば、退色することはまずありません。
(もしこの話しを信じていただけないのであれば、ぜひうちのショールームでご確認ください)

さて、この違いはどこから来るのでしょう。
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植林材への乾燥過程での詐術

話しづらいことですが、言ってしまえば詐術の結果なのです。

ブラックウォールナットという樹種の生命線は、この独特の色調にあることに異論はないと思います。
この色調こそが市場価値の主たる部分を占めることになります。

ところが、ブラックウォールナットのこの色調は丸太の芯材部分に発することになり、その外周部、辺材と言われる部分は、真っ白けです。
芯材の黒色とは好対照な白です。

この白が入ると、当然にも市場価値は下がってしまうことになります。
これは他材種には無い、ブラックウォールナット固有の悩ましい問題ということになります。

ブラックウォールナットという樹木はご存じの通り北米産ですが、現在は日本のスギヒノキ同様に植林され、全世界へと輸出されています。
もちろん天然木もまだまだ豊富にあるようですが、一般に市場に流通する製材品のほとんどは、この植林されたものです。

したがって、樹齢は比較的若く、樹径も細いです。
樹齢が長ければ、歩留まりが高くなるのと逆に、樹齢が若く細い樹木の芯材は、丸太の太さに対し、歩留まりは当然にも低くなります。

辺材の幅は、樹齢に関わらず、ほぼ一定の幅(年輪)であるため、当然にも樹齢とともに歩留まりは変わっていくのです。

さてそこで、植林材の宿命として、辺材の比率は高くなり、市場価値は悪くなるため、この歩留まりの悪さを人為的に変えてしまうのです。

詳しくは分かりませんが、この植林材の人工乾燥工程で、ある種の詐術が行われるのです。

スチーム・ド、という乾燥工程を経ることで、芯材の赤身から、辺材の白太へと、芯材の色調を移行させるわけですね。
蒸気で蒸し上げることで、この赤身のエッセンスが辺材へと浸透し、染められるわけです。

さてその結果、まるで市場価値をもたない、辺材の白太もそれなりに黒くなり、市場価値を獲得するというわけです。

しかし、このブラックウォールナットは本来有する色調をあえて捨ててしまった「なんちゃって ウォールナット」に変質してしまっているというわけですね。

詐術の結果、本来の色味が失われ、やがては退色へと

さてそこで、これにより副次的な問題が起きてしまいます。
このブラックウォールナットを扱った人であれば、もうお気づきでしょう。

芯材が本来有していた赤身も失われてしまうのです。
蒸し上げる詐術を狙った結果、本来のブラックウォールナット固有の、チョコレートブラウンから赤紫、緑黄色等々、実に多様な色調を有する本来のブラックウォールナットの色調は破損され、平板な灰黒色に貶められてしまいます。

多くの方が使われているブラックウォールナットは、ほとんどがこちらです。

こうした事実をご存じの無い人も実に多く、中には取り扱っている業者すら知らないということもめずらしくありません。

私の場合、こうした市場で流通しているブラックウォールナットを使うことももちろんあります。
ただ、ブラックウォールナットで作って欲しい、といった制作依頼のケースや、個展などで展示するようなものは、専ら原木丸太を求め、これを製材し、自身で乾燥管理(天然乾燥)した、本物のブラックウォールナットを用います。
残念ながら白太は薪にするしかありませんが・・・。

さて次ぎに、退色の話しです。
もうこれ以上説明は不要なまでに、既にお分かり頂けたと思いますが、

人工的に詐術されたブラックウォールナット材の方は、既に本来の色調を奪われてしまっている残念な樹木ですが、これは経年変化を辿り、さらにさらに、色を失っていく宿命にあるのです。

天然の自然木までが、工業素材とされてしまう不幸な現実

私たちは家具製作に関わらず、ほとんど全てのモノづくりが60〜70年代に訪れた大衆消費社会の到来とともに、工業化されてきました。

これは人々からの、社会からの強い要請であったわけで、それに殉じていくのがモノづくりの現場のあり得べき姿であったことにに疑いを挟む余地はありません。
(それに抗う生き方も可能性として無いワケではありませんが、生き残るのは至難でしょう)

そうした抗いがたい社会経済のシステムの中に、我々家具屋の主たる素材である、材木も放り込まれていったわけです。

これは市場に流通する木材資源が、何も無垢材から合板へと大きく変貌しただけではなく、無垢材そのものも、変容を余儀なくされてしまっていたのです。
その典型がブラックウォールナットの色調の人為的コントロールの実態なのです。

対処方法として何が考えられるか

結論は分かりきったことでしかありません。
市場で流通しているブラックウォールナットからは距離を置き、天然乾燥のブラックウォールナットを使うだけです。

桟積みされたブラックウォールナット

桟積みされたブラックウォールナット

しかし、これでは対処方法になりませんかね。苦笑
市場で流通しているスチーム・ドの乾燥材は、いつでも、どこでも入手可能です。
このところ高値安定であるようですが、天然乾燥の板材よりは安価であるため、専らこれが使われているのです。

他方、私のように原木丸太を求め、気長に天然乾燥を施すという方法は、それ自体大変な事業です。コストも市場流通のものとは大きく跳ね上がってしまうでしょう。

でも、木工というのは、本来そうしたものだという認識をもつ必要もあるのではと、あえて言った方が良いのかも知れません。
何事も安易に進め、このブラックウォールナットは色が悪いな、退色しちゃったな、と嘯かれても困るのです。
そうした安易さを求めるが故に、そうした方々へ向け、詐術が提供されているのではありませんか。

っと、話しは対処法でした。

灰色に貶められたブラックウォールナットを元の色に戻すことは不可能です。
細胞レヴェルで変えられてしまっているのですから。

やむを得ませんので、仕上げ塗装段階でブラックウォールナット色のステインで着色し、ウレタン塗装を施すのが最善でしょう。

ウレタンフィニッシュを目の敵にし、全てオイルフィニッシュだという方であれば、水性の着色剤(顔料系)で着色し、オイルフィニッシュということになるでしょうか。

こうした手法であれば、かなりの程度、退色は防げます。

あるいはスチーム・ドではない人口乾燥材が入手できるのであれば、次善の策としてこうした製品を求めれば、かなりのグレードで制作に臨めますね。

昔はこうした乾燥材も比較的容易に求められましたが、残念ですが最近では見掛けることがありませんね。


頻繁にブラックウォールナットを使っていらっしゃる方も、以上のようなことにお気づきで無い人は意外と多いかも知れません。

上述したように、材木屋でさえ知らない人も少なく無いという現状からも、やむを得ない事であるのかも知れません。

この読者であれば、今後はあまり色の良くないブラックウォールナットを前にしても、故無き非難は止めましょう。
そして、ブラックウォールナットの本来の色味がどういうものなのかを、ぜひ眼に焼き付けていただきたいものです。

そしてブラックウォールナットのある程度の樹齢を持つものであれば、すばらしい鮮やかな色調を、均しく持っているものだということをぜひ理解してやって欲しいと思います。

そうした理解が進めば、市場で流通しているものは、やがては退色していく宿命にあることを想定し、何らかの対処法で、色調を留めるなり、あるいは限定的な価値を理解して使ってやることでしょう。

hr

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