工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

職業としての家具作りについて (番外)

一昨日(20日)の「職業としての家具作りについて (3)」記事へしっかりと応えねばならないコメントが投稿されたので、こちらで記述することにする。

Genji Sugiさんなる人からのものだが、恐らく初コメント。
>私は全くの趣味で木工らしきことをしています
というのだが、どの程度木工について携わってきたかは不明。
しかし全くの素人でもないので、その指摘にも頷かせるものがある。
逆に少し誤解されているのではないかと思われるところも散見されるので、それらも含め見解を述べたいと思う。

あらかじめ断っておかねばならないが、こうしたコメントへの回答は相手が例えどのような方であっても誠実に対応したいという姿勢に変わりはないが、今回のようにかなり具体的な問題への言及であれば、その回答も相応させるべく、かなり専門的、かつ厳しいものにならざるを得ないものになるだろうということ。

またかなり手厳しいコメントを含むものなのだが、個人的にはむしろそうした厳しい評価がないところからは何も進歩はないだろうし停滞するだけだろうから、むしろ今回のようなものも大変ありがたく頂きたいと思う。
この「厳しい見解」もまた、発信者が有すると考えられる資質を担保として可能となると思うからだ。

さてSugiさんの論旨は

  1. 特定の危ない方の好むようなデザイン、
  2. アーリーアメリカン様式家具をカントリー調なとど称して高く売る
  3. 天板のエッジはナチュラル(=ノタ付き、皮付き、)
  4. 塗装はオイルフィニッシュ(何故ラッカー塗装をしないか)
  5. 椅子のシートハイ(お尻の部位の高さ)が低すぎる
  6. 図面を添付させよ

といったところだろうか。
まずは個々にボクの見解を述べよう

  1. 「特定の危ない方のデザイン」とは何を指すのか不明ですが、意訳すれば「あまり一般的ではない特異なデザイン」ということなのだろうか。
    木工家の製作する家具のデザインも様々。木工家としての根幹を為すところでもあるが、デザインを究極まで追求するために日々努力している人から、様式をほとんどそのままコピーする人、あるいはあまり考えもせず家具らしきものを製作する人、人それぞれだ。
    個人的には「木工家」と呼称する対象としてふさわしいのは最初のデザインを追求する人でなければならないと考えている。
    ただここで「危ない方のデザイン」があまりお気に召さないのは何故なのかが不明なのだが、恐らくはこの方が指摘されるデザインは、残念ながらあまり優れたものではなかった、ということになるだろうから、その指摘は甘受すべきだろう(もしかして工房 悠のものだったりして…)。
    ただデザインの評価はユーザーの好みも大きく左右するので、この方とはマッチングしなかった、とも取れるので、なかなか難しい。
    ボクなどもこの方と同様にデザイン的に気に入らない木工家の家具はたくさんありますもの。
    一般論としては木工家はまだまだデザインの鍛錬が足りないということだけは言えるので戒めとしたいと思う。
  2. アーリーアメリカン様式家具はボクも好きな部類です。コロニアル家具とも言いますが、あまりデコラティブでもなく、シンプルで美しいものもたくさんあります。
    発信者が指摘している「カントリー調」というところにヒントが隠されているように思うのだが、どうもその対象は針葉樹を用いて作られたような、かなりアバウトな(日曜大工的な?)ものを言っているとすれば、批判対象として俎上に挙げられるのは理由がないわけではなさそうだ。
    しかし一方そうしたカテゴリーのものも事実市場性はあるので、好んで制作する人もいるでしょう。家具も多様だから。
    ボクはそうしたものは作らないし、買わない、ただそれだけのこと。
  3. エッジの処理への批判は正当だろうか。これは両論あるだろう。
    ボクも両方使う。
    ナチュラルエッジ(J・ナカシマ言うところの)が好まれるのは米国の一部と、日本だけなのでは?(欧州では好まれない)
    これはデザイン、および用いられる素材が木であることからの文化的背景に言及しなければ解明できない奥深い問題だと思っている。
    ただこのナチュラルエッジだが、量産家具との差別化を殊更に見せるものであったとすればSugiさんの指摘は正当なものだと思う。
    つまりJ・ナカシマにおいて用いられるナチュラルエッジはデザイン的必然性の結果としてあるのであって、他の部位におけるモダンデザインとの微妙な対比のなかでより美しく魅せることに貢献しているのではないだろうか。
    むやみやたらにナチュラルエッジを使うのはただやっぼったいだけ。
    (ただ誤解の無いように言っておけば、タイトにカットする方が後処理は簡単なんですがね)
  4. 塗装におけるオイルフィニッシュの位置づけだが、
    これも実はウレタン塗装、ラッカー塗装に比しオイルフィニッシュの方が大変なんですよね。
    塗装屋さんはオイルフィニッシュはめんどくさいと言ってやってくれません。
    これはどういうことかと言いますと、
    本来のオイルフィニッシュとは10数回にも渡って油研ぎを重ねないと本来のオイルフィニッシュのテクスチャーが出ません。
    この油研ぎというのが手間が掛かりやりたがらない理由。
    逆に木工屋がラッカー、ウレタンをやらないのはただ単純に設備およびノウハウがないからだろう。
    個人的には日本の白木にはオイルフィニッシュは向かないと思う。横変して汚くなる。もともとオイルフィニッシュは濃色材向けのものだ。
    ラッカーもウレタンも(ラッカーの方が工程数は多いが)もちろん中研ぎを入れますが、ドライな研ぎなのでラク。油研ぎは大変だ。
    またオイルフィニッシュはひとに優しい、などと言ったりするのだが、しかしこれも半分は正しいが、さてウレタンは人に害を及ぼすか?
    塗装工程の作業者、および廃棄処分する時の焼却時に出る石油化学製品独特の悪性ガスは確かに問題だが、はたしてユーザーにはオイルフィニッシュと比し、どうなのかはもっと科学的に分析されねばいい加減には評価できない問題だ。
  5. シートハイは制作者によっても、また同じ制作者でもデザイン、機能によって様々だろう。Sugiさんは余程体格が良い方のようだが、然るべく採寸させて別注させるべきでしょう。
  6. 図面を添付させよ、という提言は大いに考えさせる指摘だと思う。

さて個別具体的に回答してきたが、指摘を受けた部分へは真摯に応えていきたいと思う。
またいくつかの誤解への返答にはお解りいただけただろうか。

どうかSuigiさんのような指摘、疑問などには今後も誠実に対応していきたいと考えているので臆することなくコメントを望みたい。

なお最後に老婆心ながら一言付言させていただく。
「特定の危ない方のデザイン」という物言いは何を指すかは不明なるも、あまり良い表現とは思えない。指摘が正当性を有しても、こうした物言いは時として個人攻撃の様相を帯びることでその切っ先はあらぬ方向へと歪む危険性があるのではないだろうか。

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  • おはようございます。ヨタ的な質問にもかかわらず、大変丁寧なる解答を頂き、頭の下がる思いです。やはり職人(名人)はこのように有るべきと学びました。有難うございました。一点私の質問が正しく伝わっていなかったので、この場を借りて訂正をいたしておきます。椅子の件ですが、高さもさることながら、奥巾が日本製の家具においては極端に短く、座れますがくつろげません、これは何も家具に限ったことではなく、自動車のシート列車のシート等にも同様にいえることですが、何とかならないものでしょうか。行儀良く座る分には問題ないのですが、実用として果たして何割の人がそんなに行儀良く座って使っているのかと考えます。たとえて言えば外車か国産車のシートサイズの差ではないでしょうか。参考までのお話ですが。先だって陶器を作成しているマイセンに銀行の頭取と一緒に訪問したことがあります。そのおりに先方のCEOいわく。我々は日本に追いつけ追い越せでやってきた、それなのになんで我々の所に学びに来る的な事を言われました。いまの日本の陶器で世界に売れるのはノリタケくらいのものであり、他は一品物で補充が全くききません。マイセンではどんな古い製品でも全く同形同色に復元が可能なようです、上薬のレシピを保存し、図案の形も真鋳で作成されており、何がちがうかと言えば裏のサインが昔と再生品とを区別している状況を見るにつけ、本当に消費者サイドに立っての商売だと感心というより、商売の原点を示された感がいたしました。陶器も革製品もましてや木製品は壊れるのです。利用することすなわち壊しているのだと思います。最後に装飾的小物家具以外はどうしてもオイルフィニッシュは好きになれません、しみが気になってしまいます。ま、これは個人の好みの問題だと思います。
    貴殿のコラム今後も楽しみに読ましていただきます。ご本業もサイト名同様にあられんことを切に希望します。
    2006/4/24   Genji Sugi

  • Sugiさん あらためてコメント頂戴しましてありがとうございます。
    ご批判に対する回答には基本的なところで受容していただけたものと思います。安堵いたしました(笑)。
    しかしいくつかのご指摘は陥りがちな悪しき傾向への戒めとして心せねばイケナイものと考えています。
    なおマイセンにおける自社工芸品への品質管理、ユーザリビティーの徹底性は肯けるものです。詳しくは存じ上げませんが世界に誇るべき陶芸品として今も尚愛好者の期待を裏切らないブランドとして確立している背景を見る思いです。
    椅子の座に関するご批判は、ご意見として伺っておきたいと思います。(椅子と申しましても様々な用途、構成のものがありますので、なかなか適切にお答えするのは難しいという側面もあります)

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