映画『1975年のケルン・コンサート』(原題:Köln 75)

Jazzを少しでも興味を持つ人であれば知らぬ人のいないジャズピアニストのキース・ジャレット。
そして驚くなかれ、ジャズ史上最大の400万枚を売り上げ、その名を世界に知らしめた、ケルン・オペラハウスでのキース・ジャレットのソロ公演〈The Köln Concert〉(1975年)(日本版:ケルン・コンサート)を収録したレコードは、Jazz界の金字塔とも言うべきものです。
このレコードのリリースから50年という記念すべき2025年に公開されたのが、この映画・『1975年のケルン・コンサート』(原題:Köln 75)企画でした。
この映画はコンサートの実現へ向け奔走する若い女性の迸るエネルギーが描かれるもので、決してキース・ジャレットの演奏をフィーチャリングした映画などではありません。
詳細は不明ですが、演奏者・キース・ジャレットや、ツアー Liveのマネージメントを担っていたマンフレート・アイヒャーの監修を受けたものでも無いと思われますし、事実、このライブ演奏の音源はまったく使われることなく終焉を迎えてしまうのです。

キース・ジャレット自身、このあまりに有名になりすぎた〈The Köln Concert〉に対しては、「サウンドトラックに堕落してる」「私たちは音楽を忘れることも学ばなければ」などと自虐性を込め、不快感を露わにするほどで、映画での使用権も認めなかったようです。
考えてもみれば、インプロビゼーション(即興演奏)が真髄のキース・ジャレットのソロコンサートを再現させようとすること自体、いわば形容矛盾でしか無いことは明かでしょうからね。
権利上の問題以外でも、体調不良の中、指定していたものではなく、調律も不十分、ペダルの調子も悪い、とても演奏会で使えるものでは無いピアノを前に、絶望的になるジャレットの姿などが丁寧に描かれ、あれほどの名演奏が繰り広げられたLive会場であったはずの、その舞台裏の絶望的とも言える対比に焦点が当てられていたのは、監督の狙いでもあっただろう映画的手法とはいえ、結果的にフリーJazz Liveならではの奇跡的演奏であったことが描かれることになります。
ただ、映画的手法での描かれ方、編集の妙を評価しつつも、しかし残念ながら、キース・ジャレットのこの奇跡的名演への、パトス、技法、アイディアなどといった演奏者・キース・ジャレットの内面的なものはほとんどといって描かれていないことへの無念さは残ります。
指定したピアノではなかったことなどから、演奏を拒否するキース・ジャレットに対し、駆け出しのプロモーターのヴェラ・ブランデス(18歳の高校生、ご本人の近影を下段に置きました)は、コンサート実現のための費用を親から貸与されていたこともあり、演奏できずにドタキャンともなれば自身のこれからの音楽活動への夢は打ち砕かれるところから、何としても演奏して欲しいとキース・ジャレットに懇願し、あるいはアルバム制作を前提とした録音エンジニアも待機していたりで、ついにはこの小娘の熱情にもほだされ、ケルン・オペラハウスでのLiveは敢行されることに。
1975年 1月 24日 23:30 のことでした。

こうした背景が描かれれば描かれるほど、名演奏として遺すことになったキース・ジャレットの内面の葛藤への踏み込みが無いことへの無念さは募ります。
映画ではドイツ国内、各都市、ローザンヌとバーデン間、11都市でのLiveツアー強行軍で疲弊しきっていたことが描かれます。
ローザンヌからケルンへの移動も空路ではなく、Liveツアーのマネジメントを担っていた、ECMレーベルの創立者・マンフレート・アイヒャーの運転(日本の軽自動車ほどの小っちゃな〈ルノー・R4〉)による長距離移動は往時のECMレーベルの財務内容を彷彿とさせるものがあります(映画でも、航空便のチケットを払い戻し、現金化するシーンも織り込まれていました)。
この〈The Köln Concert〉の爆発的な売り上げは、ECMの財務内容を一気に潤沢なものへと進化させたことも確かだったはずです。
やはり、そうした描かれ方(Jazz音楽の映画では無い、と言ったことも含め)からは、キース・ジャレットを聴いてこなかった鑑賞者には、この映画の魅力を届けるのはかなり難しいように思いました。
制作国のドイツでは、今の若者の親世代(いわゆる団塊世代)では、この〈ケルン・コンサート〉は伝説的に伝えられてきているのかも知れず、このあたりは日本固有のJazz受容の在り様 そのものとの差異なのかも知れません。
そうした側面からではなく、70年代の欧州ドイツの社会的、文化的状況を活写した映画とみれば、それはそれで興味深く鑑賞できると言えるでしょう。
その頃はドイツではJazzよりも、Rockの方が広く受容され、若者文化を牽引していたと思われ、このヒロイン、ヴェラ・ブランデスもまた、Jazzというよりパンクロック文化の先端を楽しむようなライフスタイルであったように描かれ、なぜこんなはっちゃけた女子がキース・ジャレットにイカれてしまったのかが分からん、といったイメージで脚色されていましたからね。
18の女子高校生で喫煙はともかくも、テーマとどう結びつくのか不明な解放的な性的交流の描写などもふんだんに盛り込まれ、親世代との葛藤、決裂など、まさに世界的ムーブメントとなった60年代末からの激動の時代、社会的価値観の大きな変動期を経てきた若者文化が背景に描かれることで、この〈ケルン・コンサート〉も、ある種、歴史的に生まれ出た奇跡、キース・ジャレットという創作力溢れた感性を持つ、天才的な音楽家により生み出された音楽表現であったと読み解くこともできるのかも知れません。

なお、個人的には、ECMレーベルの創立者・マンフレート・アイヒャーが描かれていたことは、とても興味深く感じたものです。
なぜなら、マイルス・デイヴィスのコンボで演奏していたJazzピアニストの時代から、ソロ演奏者として自身の音楽世界を極め、求道者の如くに探求していく、その請負人こそ、このマンフレート・アイヒャーだったからです。
彼が創立したECMのレーベル(Edition of Contemporary Music)は、ドイツ・ミュンヘンにオフィス、スタジオを構え、現代音楽としてのJazz、前衛音楽としてのクラシックを2本柱として、世界の音楽界を牽引しているのですが、その中核にキース・ジャレットのアルバムがあり、この映画では50年前の二人の関係性の一端が描かれ、その意味で興味深いものがあります。

熱演しているヒロインのヴェラ・ブランデスを演じたマラ・エムデですが、若い頃によく観ていたドイツ映画の女優、ハンナ・シグラに似たようなところもあり、好感します。
因みに、この映画のヒロイン・ヴェラ・ブランデスは現在69歳になりますが、この〈ケルン・コンサート〉をプロモートした後も、数多くのコンサートツアー、フェスティバルを企画するという人生を送ってきたようです。
現在は医科大学の音楽医学研究プログラムのディレクターをしているとのこと。
上の画像は、ドイツでの映画公開にあたっての舞台挨拶でのものを拝借しました(左:ヴェラ・ブランデスを演じたマラ・エムデ、右:ヴェラ・ブランデスご本人)
2025年製作/116分/PG12/ドイツ・ポーランド・ベルギー合作
原題:Köln 75
監督:イド・フルーク
配給:ザジフィルムズ
日本公開日:2026年4月10日
公式サイト:https://www.zaziefilms.com/koln75/
ECMレーベル:https://ecmrecords.com
ともかくも、名盤〈Köln Concert〉をあらためて聴きたいと促されるだけでも、キース・ジャレットのファンとしてはありがたい映画と言って良いでしょう。
なお日本国内での映画上映ですが、4月10日に封切りされ、現在も多くの劇場で上映中です。
上記の公式サイトからご確認ください。


木工家具のデザイナー & 職人のartisanです。
