「津久井やまゆり園」惨殺事件から10年、映画『急に具合が悪くなる』が公開
2つの事柄を結びつけるタイトルですが、映画『急に具合が悪くなる』を観ていない人からすれば何のことかと怪訝に思うばかりか、映画を観た人からも牽強付会に過ぎると笑われそうですが、カンヌ国際映画祭において最優秀女優賞に輝いたこの映画、「障がい者など生きる価値が無い」と憎悪を滾らせ、19人もの入所者に柳刃包丁を振り下ろし、惨殺に及んだ憎悪殺害事件と、その10年後を考えるうえで、とても重要なエッセンスを私たちに提示する映画のように思え、このようなタイトルにしました。
以下、その辺りを中心に考えてみます。

「津久井やまゆり園」惨殺事件から10年
2016年 7月26日未明、津久井湖と相模湖に挟まれた緑豊かな郊外に立地する、障害者施設「津久井やまゆり園」に、元職員の植松聖(うえまつ さとし、事件当時26歳)が侵入し、入所者19名を惨殺、26名に重軽傷を負わせるという、日本の犯罪史上、実に特異な憎悪犯罪として日本社会はもとより世界へ衝撃を与える事件でしたが、あれから10年が経過します。
植松は殺人などで起訴され、横浜地裁で死刑判決を受け、自ら控訴を取り下げ、この死刑判決は確定するも、その後再審請求が繰り返されているようです。
この犯行の詳しい経緯、およびこの事件に纏わる、あるいはこの特異な事件が与えたその後10年の経緯などについては、事件から10年を迎えるところから、多くの報道が出されていて、詳しくはそれらに譲るとして、
私自身としても、当時、本件につき3本にわたる記事を本Blogに上げてきており(こちら)、10年を経た今、あらためて事件を振り返り、犯行を強く指弾するとともに、犯行に遇われた入所者とその遺族の怒りと無念を偲び、あらためて深く哀悼の意を表したいと思います。
当時は事件そのものの衝撃に驚き、次いで、被害者家族や社会の反応、あるいは行政当局の官僚主義的でおざなりな対応に苛立ち、障がい者に関わっているわけでも無いけれども、尽きぬ涙とともにあふれ出る思いのままに書き起こしたことを昨日のように振り返ることができます。
そしてあれから10年、先週辺りからポツポツと10年を振り返り、再建された「津久井やまゆり園」の現状や、被害者家族らの今の思いなどの取材から構成された記事が出されていて、
そうした記事を通し、あらためて思うところからこうして書き始めているというところです。
また、現在 上映中の映画『急に具合が悪くなる』(濱口竜介監督作品)を観て、大いに思考を揺さぶられるものがあったのですが、実はそこに描かれているテーマから「津久井やまゆり事件」を考える上でいくつもの示唆を受けることがあり、この2つを並記しつつ、問題の在り様、思考の基準点を探り、そこからあり得べき方向性を見いだしてみたいのです。
それを語る前に、1つ、私にとっては朗報と言うべき、『津久井やまゆり園事件』10年後の光景としてここに書き置きたいことがあります。
私は10年前のBlogにおいて
「障害者を殺すな」
「障害者は私たちと供に、生きる権利がある」
「ナチスの優生学思想は全くの誤りである」
との普遍的なメッセージを繰り返し発すると共に、
事件後、警察や報道からは、犠牲者の名前が公表されなかったことへの違和感を厳しく指弾しています。
以下、10年前のBlogから引用すれば
人の生き死にというのは、その人の人生の一大事である。
また、ある犯罪での犠牲者が、どんな事情で、どんな最期を迎えようと、その事件に報道する価値があるとするれば、その報道内容には犠牲者の人定が必須であることも異論を挟む余地は無い(はずだ)。
しかし、今回は全く違っていて、警察発表においては19名の犠牲者の氏名は誰一人として明かされず、あくまでも19名という数値のみだった。

10年目の今、津久井やまゆり園」のファサードに建立された〈鎮魂の碑〉には、11名の犠牲者の名が刻まれているという。
19名の犠牲者遺族の約半数が、名を刻んで欲しいとの思いを届け、刻まれることになったようで、10年という月日は犠牲者遺族に、亡くなった子らを偲び、生きてきた証しとして匿名のママではなく、石碑に名を刻み、末永く伝えていくことを選んだということであれば、たいへん喜ばしく、その思いと尊い意志を心に留めたいと思うのです。
当初、全ての人が匿名というか、単なる記号で示されるという、それこそ障害者差別を打ち固め、再生させるような考え方、あるいはそれを強いる同調圧力の下での障害者差別というものは、いわばこの日本社会における風土の写し鏡であり、私はそこを糾し、イラつき、嘆いたのでしたが、
犠牲者家族と、その周囲の人々の、顕名への踏み込みへの過程の葛藤と、それでもなお、犠牲者の生きてきた証しとして刻もうとの意志は、とても尊く、当初よりそれを望んできた者の一人として深く、深く敬意を表したいと思います。
✅ 関連記事(朝日新聞 2026.07.06)「やまゆり園の碑に11人目の名前 「19人を忘れないで」遺族の願い」
なお一方、犠牲者家族の中には、「息子を殺され、安堵した母」もいるというリアルな現実もまたあるようです。
しかし、この母を難じる資格など私にあるだろうかと沈む込む自分もいれば、この日本社会に潜む、あるいは私自身の奥底にある差別意識に暗澹とせざるを得ない闇があることに気づくのは何も難しいことでは無いのです。
「障害者の息子を殺され、安堵した母 死の3日前に記者に残した言葉」(2023.12.1.朝日)
この事件は、日本社会に大きな衝撃を与えたことは間違い無いとはいえ、当時のBlogでも語ったように、死刑囚植松が日本政府に障がい者へのナチス的な迫害を求めた末の犯行であったにも関わらず、当時の安倍首相は、何らメッセージを発すること無くおざなりに口を濁すという対応に留まっていました。
(この辺りについては、同種犯罪に対するアメリカ大統領の全米へのメッセージ発布との比較も含め、当時のBlogで難じています)
(昨日7月25日の朝日。オピニオン覧では、当事者からも同様の指摘を含む記事がきていました。⬇下 画像)
植松の政治的主張に何ら反駁する意志も持たず、表さず、やったことと言えば、「精神保健福祉法の改正案」。
つまり、植松自身が精神科病院への措置入院歴があったことから退院後の措置入院患者への管理強化を求める方向での対応が為されただけで、この「憎悪犯罪」としての本格的な検証も為されず、したがって、事件から何ら有為な教訓を得ようとはしてこなかったところに、私たちの日本社会の著しい鈍感さ、ズルさ、問題の隠蔽、真の改革への不作為を観て取ることができ、残念でなりません。

時の首相であれば
「障害者を殺すな」
「障害者は私たちと供に、生きる権利がある」
「ナチスの優生学思想は全くの誤りである」
と、強いメッセージを発するべきだったのです。
そうした日本政府トップの不徹底さは、10年後の今、この「津久井やまゆり園惨殺事件」の風化として結果し、「共生社会」という掛け声は名ばかりで、ましてや、「生産性」を殊更に重視する高市首相と維新のタッグであったり、「日本人ファースト」を掲げ、躍進した政治党派などに観られる今の政治風土というものは、ますます障がい者、弱者を排他的に扱い恥じぬ社会へと、後退していっているように思えてなりません。
映画『急に具合が悪くなる』

公式サイト:Bitters End
この濱口竜介監督による映画はフランス・ドイツ・ベルギー共同製作のドラマ映画で、第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、W主演の女優ふたりが最優秀女優賞に輝いた話題の作品です。
パリ郊外の介護施設「⾃由の庭」の施設長であるマリー=ルー・フォンテーヌは⼊居者を⼈間らしくケアすることを理想としつつ、人手不足やスタッフの無理解などに悩まされている。
そんな中、マリー=ルーは森崎真理という日本人の舞台演出家に出会う。
がん闘病中の真理が演出するのは、自閉スペクトラム症の孫・智樹と行動を共にする俳優・清宮吾朗の一人芝居。
真理の描く演劇に勇気をもらったマリー=ルー。
同じ名前の響きを持つ偶然に導かれ、二人の交流が始まる。
しかし、あるとき真理は「急に具合が悪くなる」。
真理の病の進行とともに、二人の関係は劇的に深まり、互いの魂を通わせ合うようになる……。
(公式サイトからの借用)

原作はがんの転移を経験しながら生き抜く哲学者と、臨床現場のフィールドワークに勤しむ人類学者が、死と向き合いながら交わした20通の往復書簡『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂著/晶文社)
濱口竜介監督はこの原作をもとに舞台をパリに移し、日本人の舞台演出家とフランス人の介護施設長の交流という設定に大胆に換骨奪胎させ、ヒューマンドラマとして映画化。
私は濱口竜介監督作品で観たのは『ドライブ・マイ・カー』、『悪は存在しない』くらいで、それらからは必ずしも深い感銘を覚えるほどではなく、今回も期待しての鑑賞というものではありませんでした。
あえて言えば、主演のTao(岡本多緒)さんの謎めいた雰囲気から足を運んだと言っても良いほど。
しかし、本作品だけはいくつものプロットからテーマに至るまで、強い感銘を覚えたものです。
まず注目させられたのは、施設に入所する認知症の高齢者に対する〈ユマニチュード〉というメソッドを取り入れようと格闘する介護施設の施設長の姿でした。
限られたスタッフで、個別具体的な症状を抱え、その発現形態も様々な入所者に合わせた介護は、例えキャリアの介護士、看護師であってもとても容易なものではなく、せいぜいマニュアルに沿った技法で事済まされる事がフツーだろうと思われ、ここに日仏の差はさほど大きくは無いと思われるのですが…、
しかし、〈ユマニチュード〉は、入所者の目線に合わせ、正対し、フレンドリーな笑顔で声を掛け、手を取り、ゆっくりと歩む。
寝たきりの状態で介護するのが、安全面でも「効率的」ではあるのだろうが、そうではなく立って歩くことを基本とした考え方だ。
こうした介護はスタッフの並々ならぬ意欲と経験、入所者の人権を最優先に考える技法なのだろうと感銘を受けたことは言うまでも無く、映画ではこれを介護スタッフ全員が実践すべく、その意図をスタッフに解く施設長マリー=ルーの指導に、ベテラン看護師が強く反駁する緊迫のシーンは見どころです。
いかにも人権の国、フランスで生まれた〈ユマニチュード〉と思えましたし、原作には無い、こうしたプロットを取り入れた監督の慧眼に好感しました。(朝日「濱口監督がケアの技法を題材にした理由とは」ユマニチュード創始者と監督の座談会から)
〈ユマニチュード〉の実践を拒む、施設運営では絶対的に欠かせぬキャリア看護師との葛藤を抱え、思い悩む施設長マリー=ルーですが、
偶然誘われた演劇に強く魅了され、この演劇の舞台演出家でステージ4のがん患者、真理(Tao)との交流が始まっていくことになります。
原作には無い部分とは言え、この劇中演劇こそ、この映画の核心を為す部分です。
このひとり芝居の演劇を演ずるのは、学生時代、パリで演劇を学んだ経歴を持つ、長塚京三氏。(朝日、インタビュー記事「これまでにはない映画の中で
初めて見る自分に出会えた喜び」より)
この長塚京三演ずる演劇のテーマは「“Da vicino nessuno è normale”(近づいてみれば、誰もまともな者はいない)」というものですが、
これはイタリアでの精神病院を廃絶させた、通称「バザーリア法」と言われる精神医療の改革を担った実在の人物・フランコ・バザーリアという実践的思想家を演ずるものです。
「健康な者たちは本当に生きているのか」
「誰が精神病院を解体できると思った? 重要なのは不可能が可能になることを示したことだ」
この演劇終了後のQ&A、舞台上の演出家であるステージ4のがん患者、真理と、客席のマリー=ルーと対話を交わすシーンこそ、監督のメッセージではと感じ入りました。
曰く
「不可能が可能であることを見せ付けられ、苦しくなりました。
本当に不可能なことは可能だと思いますか?」
施設長としてユマニチュードを取り入れたいマリーの最大の関心事に絡め、演出家・真理に問う。
真理はこう応える。
「私、進行ガンで余命半年って言われて。
精神病院をなくせる、誰かが固定観念を打ち破った実話って、単純にすごく勇気をもらえる」
こうして、二人は急速に友情を交わす関係へと向かっていくのですが、、
しかしある時、真理は「急に具合が悪くなり」、治療に専念するため、京丹波の実家に居を移そうと、マリーと二人で飛行機と新幹線で帰郷したものの、
結局はマリーの強い意向に応えるかたちで、パリに舞い戻り、余生を送ることを決断、
いつ急迫するか分からない身体を抱え、真理はマリーの介護施設に住み込み、演劇的、身体的メソッドを活用した介護の技法を取り入れるなど、深く関わっていくことに。
storyの展開はここまでとしますが、その間、認知症を含む高齢者介護の在り様というものがドキュメンタリータッチで描かれ、ユマニチュードというメソッドが持つ人間主義とでも言うのか、入所者へのケアを豊かな感情と意志を持つ一人の人間として捉える姿勢から、人間の尊厳を損なわないケアの哲学を教えられた思いがしてくるのですが、この脚本と編集もまた、濱口監督ならではのメッセージであることは明らかでしょう。
また劇中劇でのイタリアの精神病院を廃絶させるという「不可能を可能にした」精神医療の到達地点がバザーリア法というものですが、ここに、現代社会における「精神障害者」と「健常者」の関係性のあるべき姿が投影されているように思えてきます。
いえ、たぶんそうではなく、「精神障害者」と「健常者」という枠から離れ、隔てる境界を取っ払い、アマルガムな状態へと、最初は意識的に…、しかしやがていつかは無意識に世界は溶け合う瞬間に立ち会えるかも知れない、そんな「夢」のような希望を信じたくなってくるのです。
無論、このドラマでは余命いくばくも無い進行ガンを抱える真理の「死」という厳然たるテーマが横たわり、まったくHappyなものでは無いのですが、Finを迎えるシーンに、真理の「死」を暗喩させる、あるシーンが差し挟まれ、これを演じた俳優・清宮吾朗と孫の自閉スペクトラム症の智樹のあっけらからんとした明るさに涙腺を緩ませながらも、救いと希望を観る思いがしてならないのでした。
3時間16分という長尺の作品ですが、いろいろなエッセンス、テーマを盛り込みながらも、生命の輝き、障害と健常の境界、介護の在り様と希望への未来というものが見事に1つの映画としてまとめ上げられ、ちっとも3時間を越える冗長さを感じることも無く、大いに思考を揺さぶられつ、人間社会というものの可能性、人と人との関係性の豊かさに、心が満つる思いにさせられたものです。
「すべての人間は障害者である。」(辺見庸)

ところで、「津久井やまゆり園」事件の翌年、辺見庸氏はこの衝撃的な障がい者惨殺事件をテーマとする小説『月』を刊行し話題を呼んだものです。
(朝日〈好書好日〉『揺らぐ人権、書かなければ 辺見庸さん小説「月」、相模原事件から着想』)
またその6年後の2023年には、この小説『月』が映画化されています。
監督・脚本が石井裕也、主役が宮沢りえ ということもあり、私も観ています。

また、辺見庸氏には、この事件が起きる直前の2016年2月29日の日付で、「すべての人間は障害者である。」と題したインタビュー記事があり、興味深い思考が展開されています。(こちら)
自身もまた、脳出血と癌という二重の病を抱えながらも、というか、抱えているからこそ?、辺見庸ならではの厳しい眼差しから、前述のイタリアのフランコ・バザーリアと同様の哲学的、社会学的、医療臨床的な側面から〈障害〉と〈健常〉の境界こそ無化されるべきではとばかりに喝破するのです。
曰く
僕は人間というのはすべて病者、あるいは障害者であると思っている。人間は健常ではあり得ず、障害者でない人間はいない。したがって、僕の中では健常/障害という二項対立は意味をなさない。
ここでは名前こそ出されていませんが、以下の段落の「ある外国の学者」と語っているその人こそ、
劇中劇で演じられたフランコ・バザーリア、その人である事は間違い無いところでしょう。
ある外国の学者が、こう言っています。「人間というのは疾病なのだ」と。僕も、ほぼ同感ですね。巨視的に見た場合、物質には健常体などというものはありませんよね。それと同様に、人間存在にも健常体などというものはない。哲学的な意味で「人間とは疾病なのだ」というイメージを持つことにより、僕なんかは個人的にほっとするところがある。
もしかしたら、映画『急に具合が悪くなる』の濱口監督は、辺見庸氏のこの辺りの論考に接していたかも知れません。
さて、「津久井 やまゆり園」障がい者惨殺事件から10年目の今日、メディアでは溢れんばかりの取材記事、論考が公開され、専門家、学者などからのメッセージも出てくるのだろうと思います。
そのような中にあって、私は何よりも、犠牲者や遺族の語りに耳をそばだて、か細い声であっても、接近して聞く耳を持ちたいと思いますし、また重い病を抱えながらも新たな小説の構想を描き、日を置かずBlog執筆に余念が無い辺見庸氏の毒気にも時には晒されてみたいと思う。
そして「人間というのは疾病なのだ」「近づいてみれば、誰もまともな者はいない」と喝破するバザーリア氏の「精神病院解体」の未来に希望を託したいと思えてくるのです。
なお、映画『急に具合が悪くなる』ですが、6月19日に劇場公開され、優れた映画であるからでしょう、観客動員も鰻登りだそうで、7月17日からは、ミニシアター系へと拡大し、現在もなお上映中の劇場がたくさんあります(上映劇場 リスト)。
3時間余の長尺ですが、ぜひ劇場まで足を運びご覧ください。
また辺見庸原作による、映画『月』ですが、amazon prime による配信もありますので手軽にご覧いただけます。

木工家具のデザイナー & 職人のartisanです。

阿部蔵之
2026-8-1(土) 11:45
再度の社会時評・論考を拝読しました。青年期までに自然体験を重ね、まともな生命感覚を修学し、体験から平衡感覚に目覚めて、良識を知る「場」が失われてきたと感じます。人生のプロは捨て置かないのですね。「行き交う人もまた旅人なり_多少の縁」
artisan
2026-8-3(月) 21:57
>まともな生命感覚を修学し、体験から平衡感覚に目覚めて、
良識を知る「場」が失われてきた
私なりに解釈しますと、障がい者の存在というものが一般社会から見えなくなり、
本来、身近にいるはずの障がい者の在り様と健常者との関わりが断絶され、
彼らから学ぶ機会が奪われているとも言えなくも無い。
可能な限りに施設を無くし、社会の中で支援者、介護スタッフとともに在る、そのような志向性を模索したいものです。
阿部蔵之
2026-8-1(土) 12:19
「樹木 近づく樵夫に木陰を」
この哲学的精神は、理解不能かもしれません。
仇も我が家に来りなば 彼を歓び迎ふべし
樹木近づく樵夫にも 蔭を惜まぬその如く
浅草橋最中屋の額装サンスクリッド語の箴言にありました。
中村 哲 医師は、見事に実践され 歴史を刻みます。
artisan
2026-8-3(月) 21:58
Dr.中村哲 氏の任侠の精神に学びたいものです