手工具について
木
工を一言で言い表せと言われたら、少し考えてこう言うしかないでしょう。木工とは、カンナとハートですかね・・・
カンナとは、鉋に代表される手工具の取り扱いの習熟を意味します。
現在、木工の制作プロセスは、様々なスタイルがあります。そのほとんどの工程を機械で行うことのできるフラッシュ構造(いわゆる合板を主材とした量産もの)の家具から、工程のほとんどを手加工で進める指物の世界まで様々です。
昨今、手作り○○○といった括りがよく見受けられますが、木工においても同様、“手作り木工作家”なる紹介記事を見かけたり、あるいはまたこれを自称する人々も多いようです。
ここで問題なのは、その作品の評価とはトータルなクォリティーを対象とすべきで、断じて制作プロセスのスタイルではないのではないかということです。
械生産でも完成度の高いクォリティーの高いものはいくらでもありますね。(日本でも人気のスカンジナビアンの家具などは、これらの代表的なものでしょう。)
一方、手作り○○○のなかには、完成度、洗練度は低く、例えば、ただただ重硬な無垢板を使っただけの、デザイン性のない、いわば稚拙なものも見受けられるのも残念ながら事実です。手作り○○○って?
もちろん日本の伝統的な木工の技術体系を今に伝えるすばらしい指物の作家、さらにこれを現代の調度品として実にモダンに大きく発展させるような木工家も多くいます。
工房悠は基本的な木工機械を設備し、この木工機械の能力をとことん使い、なおかつ手工具でなければできないプロセスは決して逃げることなく、いやむしろ喜々として手工具に向かうのです。
上述のように機械を持たずにその全てを手工具で進める木工家のいることも知っていますが、機械の持つ能力(決して疲れることなく、不平、不満などもらさず、その加工精度はとても人間にはマネできません。)を使わない手はありません。
ただ問題は対象とする素材ー樹木が有機素材だということでの特殊性にあります。
例えば、板の削りを考えてみましょう。
今では、1mほどの幅のある板でも、ベルトサンダーなる大型機械で研削することは可能です。しかしその削り肌は所詮砂ペーパーでの研ぎによる削りですので、板の繊維をシャープにカットしてはくれず、ただアバウトに平らにしてくれるだけです。
他の素材と異なり複雑な繊維構成を持つ木ならではの問題です。
このような削り肌では良い仕上げはできません。繊維はシャープにカットされていませんので木理はぼやけ、塗装をすれば逆目部分は黒くなり、あるいはまた、春材、晩材の固さの違いでボコボコとうねってしまうことでしょう。
日本には世界に誇る台鉋というものがあります。
この台鉋という道具は木の繊維をシャープにカットしてくれ、また習熟した職人ならばどんな広い大きな板でも見事に真っ平らにしてくれるでしょう。
大汗をかきながら、その木の繊維の方向を見定め、木の特徴を読みとり、何度も何度も、刃を研ぎ直しながらも、その板が持つ生命力をよみがえらせるために、また板へと向かうのです。
この苦しいけれど、しかしまた楽しくもある木との対話こそ、木工の神髄そのものだと考えたいものです。
界にはさまざまな木工加工に使われる刃物があります。
それぞれ特性があり、私も入手できる範囲内ですが試用しています。(一例を挙げますと、Scraper:スクレーパーというものがありますが、これは曲面の研削には有用ですのでよく用います。こういう作業には通常「南京鉋」という鉋を使うことがほとんどですが、小さな曲率で、この南京鉋が使えないような場合に重宝します。)
しかし研削作業のほとんどは、日本の鉋が最高に調子が良いようです。これは鉋台が木製で、使用環境により、また研削作業のプロセスにより、さらにはその職人の熟練度により、自由に調整できるという利点があり、一方鉋刃はいわゆる炭素工具鋼を打ち鍛えたものですが、この切れ味は世界に誇るものがあります。
今では海外の多くの木工クラフトマンが日本の鉋を入手し使っているようです。
はこうした昔からの当たり前の基本的な木工というものが、心身の衰えでできなくなった時は、潔く工房を畳まねばならないと考えています。
因みに「カンナとハート・・」の、ハートとは、心、愛情の意ですね。
換言すれば、職能だけではない、モノ作りに勤しむ情熱と、人間性のことです。
モノづくりとしての木工には、技能とともに、大きな意味での作家性がそこにともなわなければダメなのではないでしょうか。
普段用いる手工具の代表的なものを並べてみました。
先日、数えてみたところ、手鉋だけでも大小100丁を少し超すほどの数があり、自分でも驚いたものです。
中には同じようなものもありますが、ほとんどが、それぞれ目的、機能、寸法などが異なります。
小鉋、曲面鉋などの代表的なものを集めてみました。
椅子など、三次元曲面を切削するのに、とても優れた鉋ですが、こうした部類は日本で最も発達し、今に伝えられています。
ただ利用する職人は低減の一方ですので、産業としての衰退が懸念されます。