様々なスタイルの作業台

工加工プロセスでの手加工から仕上げに至るまで、そのための作業台はとても重要です。
私はこの木工の世界に入ってから様々な作業台を使用してきました。

まず最初は信州の訓練校でのいわゆるアテ台(写真 右下)といわれる座業の作業台です。
これは日本における作業台として、かなり古来からのスタイルだろうと考えらます(要 調査ですね)。

1尺から1尺5寸(約30cm~45cm)幅、6尺~7尺(1.8m~2.1m)の長さ、厚みは3寸(9cm)以上の樺材で作られたものです。(素材としては、普通一般にこの樺材が用いられることが多い>> 散孔材で、堅牢、緻密という物理的特性を持つため)

この樺材を削り、裏には前後に畳ズリを打ち付け、また手元に加工材を止めるためのストッパーを蟻桟にて設けただけの実にシンプルな台です。

一般に木工所では、これが各職人に与えられます。
私が木工の基本を習得した訓練校でも同様でした。(画像 右下)

州の家具は、いわゆるカマチものが主たる構造様式ですので、通常はこれで事足りていたのだろうと考えられます。

またこのアテ台の先端近くに、取り外しの効く特殊な万力が付けられる構造になっていたことは特徴的なことです。

信州では椅子などいわゆるクセもの(曲もの)の制作が多かったことによるものと思われますが、それまではあまり重視されなかった西洋の万力という圧締道具が、椅子の制作という3次元加工の必要性に迫られ、折衷の対案としてこのようなスタイルが形成されてきたものと考えられます(このスタイルは信州独特のものなのかどうかは不明)。

私が独立し工房を構えた際、機械の設備とともに頭を悩ませたのが、この作業台でした。
どのようなスタイルがよいのか、いろいろ研究、観察し、最終的にはスカンジナビアンタイプの作業台ーWorkbenchにすることにしたのです。

これは J.クレノフの書物、あるいは『Fine Woodworking』誌などの紹介記事に影響されたということもありますし、また当時近くにいた、スウェーデン、カールマルムステン校帰りの木工家の工房に度々訪ねているうちに感化されてしまった、ということもあるでしょう。

決断における要因をいくつか挙げてみます。

  • 加工物の固定方法の確かさ
  • 多様な形状の加工物の固定が可能な構造
  • 作業台天板(Worktop)のある程度の面積の確保
  • 道具、刃物などの収納機能を有すること
  • 重量物加工、長年の使用に耐えられる堅牢性

などです。

これらは決して特殊、工房 悠だけの要請というより、一般に作業台を制作するうえで、私たち木工家にとりいずれも欠かすことのできない重要な要素と考えて良いでしょう。

ところで何故伝統的なスタイルである〈アテ台〉の方を選択しなかったかと言いますと、座式は疲れる、広い甲板が置けない、などの理由だけではなく、私にはとても使いこなせないと考えたからです。

それはある古老の職人の作業スタイルを見てからです。
その職人はアテ台を前にドッカと座り、抽斗の側板を削っていたのですが、その所作にはあっけにとられたものです。

まず一方の板面をササッと削り、これを裏返しまた鉋をかけていくわけですが、なんとこの返しに、板を足の親指と人差し指ではさみ回転させているではないですか。

まさに長年にわたる修練のなせる職人技で、木工を30半ばから始めようというトンデモナイ考えの職人志願者にはマネのできる芸当ではないなと、ただ圧倒され、アングリと口を開け、見つめるだけでした。

さらに、これは私にでもできるようになってきたことなのですが、板の木端を削る際に片手で板を支え、もう片手で鉋を持ち、削るという作業ですが、簡単なようで初心者にはとても難しいものです。
鉋を片手で、バランスを崩すこと無く、┏(カネ)を維持しつつ適切にかけるということは、鉋がけという技術を高い水準で修得していなければ望むようにはいきません。

これに対し、後述しますようにスカンジナビアンタイプのワークベンチ(以後「ワークベンチ」と省略)ですと、加工物をいとも簡単に、確実に、しかも好みの角度で固定できますので、片手は自由になり、鉋に適切で存分な力を集中することができるのです。

かに、足の指で板を返すというアクロバティックな技能というのも、日本の伝統的木工技術体系のひとつの要素(エピソード?)として、後世に伝えていくことにも意味はあるのかも知れませんが、残念ながら“遅れてきた青年”だった私にはそうした職人技を習得するだけの時間的余裕はなく、確実に緊締してくれるワークベンチを選択することによる、受益の方を評価したのです。

アテ台を前にしての訓練スナップ  松本技術専門校  朝日百科『日本の歴史』Vol.38より ぎごちの無い手足捌きをしているのは私



スカンジナビアン ワークベンチの特徴


さて、本題のスカンジナビアンワークベンチについて、少し詳しく見ていきます。

まずその特徴から。
第1に天板(削り台:Worktop)構成のユニークさがあります。
天板そのものの構成、およびDogholeと呼ばれる四角い穴が一定間隔で穿ってあることです。

ここにはBenchdogと呼ばれる棒状のストッパーが抜き差しされ、これが被加工物を確実、安定的に固定する機能をもたらします(画像 右下)。
第2に、天板のの周囲に2種類の万力(バイス)が付いていることですね。
主万力(Tail Vise)と、側万力(Shoulder Vise)の2つです。
以下それぞれ少し詳しく解説していきます。



天板(削り台:Worktop)

ワークベンチ(作業台)を構成する部位の中でも、この天板(ワークトップ)は最も重要なところです。

木工加工作業のプロセスのうち、手作業の多くをこのワークベンチ上で行われるわけですので、板をフラットに置き、削ったり、穴を開けたり、あるいは組み立て作業の場合には、大ハンマーでホゾを打ち込んだりと、様々な工程に対応できるユニバーサルな力量が問われます。

一言で言えば、周囲の環境変化、経年劣化などでフラットな板面が変形すること無く安定的に維持され、また過酷な作業にも余裕をもって対応できる、堅牢な構造体でなければなりません。

上述したように、アテ台の場合を見ますと、3寸板の樺1枚の無垢板だけすが、そうした条件に叶うものであることが分かります(環境変化、経年変化での反張への対応は、年1回ほどの頻度で削り直せば良いわけですのでね)。

フラットな一定の広さの板面を持ち、かなりの厚さですので、大きな部材の組み立てにもビクともしないでしょう。

別項で少し詳しく述べますが、合板をこれに代用するというのは、求められる条件のうち、フラットな板面という項目のみクリアするだけで、後は赤点ですね(フラットな板面でさえ、合板特有の木質から劣化の一途を辿ることは言うまでもありません)。↗

さて、ここからはスカンジナビアンスタイルの場合での天板構成を見ていきます。
大きく3つのブロックで構成されます。手前(作業者側)には、上述の1列のDogholeを挟むように、2枚(2本という方が良いかも)の厚い板を矧ぎます。
私はこのWorkbenchの製作用に、脚部用の3寸角と天板用の2寸板の樺材を用意したのですが、この手前の天板は脚部用に用意した3寸角を使います。(荒木:90 × 90 → 仕上げ:75 × 85)
他の中央部は2寸板で十分なのですが、手前はこのように厚くします。

理由は簡単です。この部分は組み立て作業の際、もっとも過酷な状況に置かれるためですね。
大ハンマーを使ったホゾ組みという場合もあるでしょう。
3寸角を合わせた天板であれば、そのような強い剛性が求められる作業環境でも十分に耐えられます(もちろん脚部も3寸角で構成します)。

次の中央部は2寸板で構成します。
(2寸板の幅 = 全体の幅 – 手前の3寸角×2 – ツールレストの幅)

なお、一般にスカンジナビアンスタイルでは、この2寸板はフラットな板であるだけですが、私はDogholeを2列にしましたので、この2寸板の部分にも、もう1列設けました。

最後がツールレストと言われる、Worktopから一段下げた部位を設けます。↗

画像 上は私の場合の天板の割り付け寸法です。
工房のスペースに余裕があれば、さらに広い板面が欲しいところですが、これでも一般のスカンジナビアンスタイルより広いのですね。

画像下はBenchdock。

このベンチドックはWorktopに3度の傾斜角で穿たれたDogholeに埋め込まれ、加工物の厚さに応じて上下させつつ咥え込むストッパーです。
粘りのある楓(あるいはメイプル)で作ります。

上下スライドがスムースに運び、かつ任意の個所で停まるようにスプリングを埋め込みます。
(最初は楓の粘りに期待を掛け、スプリングは無しで作ったのでしたが、やはり数年経たずしてスプリング機能を失ってしまいダメでした)

主万力(Tail Vise)

種類の万力のうち、主万力の方は、加工材をしっかりと削り台(Work Top)に固定、圧締するものです。

この圧締用万力部分の機械的構造の詳細については、専門書(『The Workbench Book』Taunton Press)などに譲りますが、国内では販売取り扱いがなく、また私が自作した頃は、残念ながらこれらの圧締用の金具を個人輸入する術を有しておらず、国内に一般的に出回っているネジ(1″以上の太さの、いわゆる角ネジでなければならない)の付け根部分を旋盤加工するなどして対応したものですが、現在ではいくつもの米国の木工関連通信販売会社(〈The GarrettWade Tooll〉、〈WOODCRAFT〉など)から簡単に輸入できます。

この固定という機能は実に有益です。
もちろん削り工程の作業において有益であるということですが、他にもサンディング作業なども含め、あらゆる仕上げ作業などにおいても有効です。

この機能により、鉋がけを含む仕上げ作業の際の、加工物を支えねばならない片手が自由になります。

削り作業についてさらに付け加えますと、自然有機物としての木材、とりわけ広葉樹、雑木には様々な木理があり、これは一様ではありません。

この板はプレナーで機械削りされたあと、手鉋で仕上げ削りする際、局所的には逆目が止まりずらかったり、大きく広い板では反りが残りますが(置かれる環境で刻々と変化する)、どうしてもその状態で削り上げねばならない時、裏にカンナくずなどを敷くなどし、両サイドを強く圧締することによりやや強制的に反りを戻し、削り挙げるという芸当も時には必要なのですが、このようなことも、こうした高機能、確実な万力がそなわっていれば簡単なことです。

主万力

この加工物の固定に活躍するのが、〈Bench dog〉というものです。

これを可動式の主万力に穿ったDog hollに差し込み、適当の高さにし(Bench dogの内部にスプリングを設けるなどして自在に高さを変えられる)、相手方の天板(Work Top上)に一定の間隔で複数穿かれたDog hollにも差し込み、加工物はこれを介し、安定、確実に締め付けることでしっかりと圧締することができるのです。

万力(Tail Vise)には、もう1つの機能があります。
側万力(Shoulder Vise)とも共通する機能ですが、この万力の口板に加工物を立てて締め付け、固定することができます。

もちろんいわゆる普通の万力でもこうした機能はありますが、これらは挟む主機能部である口板の下部にガイドロッド、メインスクリューなどの邪魔な機能部品があり、加工物を上下に長く縦に挟むことはできません。

対し、このワークベンチの主万力は、かなり広い面積(私のものでは約15cm×9cm)の口板があり、この部分は下部に何も邪魔する機構部などなく、自由にどのような形状の加工物も挟み、固定することができるのです。

しかも、常に水平方向にバランスを崩すこと無く、均一な加圧がなされる機構となっているのも特徴的なところです。

この機構はとても有益です。
例えば、長い棒状の加工物の木口に垂直方向への加工をする際(ドリルアタッチメントに取り付けたハンドドリルでのボーリング加工など)、X-Y方向で垂直に固定することなどに実に有効となります。

いくつものクランプを動員することなく、簡便、かつ確実に固定することが可能なのです。

Bench Docを使った固定、鉋の刃の裏押し作業


主万力(Tail vice)顎を使った固定1

主万力(Tail vice)顎を使った固定2

主万力(Tail vice)顎を使った抽斗の固定(側板仕込調整)


側万力(Shoulder Vise)

尺ものの板の木端や、木口の削り、あるいは様々な仕上げ作業というものはいささか困難な工程になります。
上述のように削り作業というものは、加工物の確実な固定というもことが前提になるからです。

いわゆる伝統的なスタイルでのアテ台ですと、こうした条件を満たす機能はありません。

対し、このようなケースでは、側万力(Shoulder Vise)が威力を発揮してくれます。

ビックな板の木口へのアプローチ

主万力と同様、咥える部分には、ここでも邪魔する機構部品などありませんので、任意にどのような姿にでも挟むことができます。

例えば木端削りの場合には先端をこの側万力(Shoulder Vise)に挟み、他方を、Bench slave(補助具/画像参照)で受け、支えてやればよいわけです。

また木口削りはというと、床から垂直に加工物を立てかけ、側万力(Shoulder Vise)に挟めばよいだけです。

5尺を越える長さのものなどは、作業者はワークベンチ上に乗り作業すれば良いでしょう。
身長の低い私でも7尺近くまでこのスタイルでの水平姿勢での木口削りが可能です。

Shoulder Viseでの長尺物.木端へのアクセス

Shoulder Viseは邪魔な機構部が無いため、汎用性が高い。これはスタッキングスツールの仕上げ鉋掛け


様々な作業台スタイルの選択について

ークベンチのスタイルにはスカンジナビァンスタイルの他にも、様々ななものがありますが、これから作業台を制作しようという人は、それぞれの作業環境にあわせ、最も適切なスタイルのものを選び、制作したいものです。

簡便に作ろうとするならば、分厚い板にそれなりのバランスの脚部を付け、然るべき所にストッパーを設ければ立ち台式の作業台はできるでしょう。
この側面に国産の木工バイス(例えばナベヤなどの)を付加させれば尚よいですね。

でもやはり、スカンジナビアンタイプの作業台を制作、活用してきた者としては、是非このタイプをおすすめしたいと思います。

木工全般にわたり、あらゆる手加工、仕上げ作業に有効だと確信できるからです。


うちの、もう1台のWorkbenchから

Workbench 収納抽斗1

Workbench 収納抽斗2

作業台に用いる材種について、少し考えて見ましょう

既述の通り、材種は古来から一般に樺材が最適と考えられ、使われてきました。
これはその物理的特性から導き出されるものです。
気乾比重:0.6〜0.75という重硬さで、均質な材質を持ち、耐摩耗性に優れるなど、作業台として求められる条件にもっともふさわしいものと言えます。

なお、ここまでの記述で既にご理解いただけると思いますが、天板(Worktop)に合板を用いるというのは、お薦めできる考え方ではありません。

合板においては、平面が簡便に確保できるというメリットがあるものの、作業台として求められる剛性には全く欠ける材質ですし、また長期にわたる使用に耐えられる素材とはなり得ないからです。

剛性とは何を指すかと言いますと、ホゾ組の場合、大きなホゾであれば、打ち込む際、かなりの重力を掛ける必要がありますが、この際に求められるWorktopの剛性を指します。
合板にこれを求めるのは、あまりにも酷というものでしょう。

自分の加工スタイルにカスタマイズを

ご存知のように、西欧の木工刃物はノコにしても、カンナにしても押す方向での作業になるのに対し、日本のそれは引くことでの作業となります。
ワークベンチは言うまでも無く西洋生まれのものですので、そうした作業スタイルの差は問題にはならないのでしょうか。
このワークベンチのスタイルは、加工物を完全に固定し、いずれにも対応してくれるので、“押す”、“引く”というスタイルの差では本質的な問題はないでしょう。

ただ私の場合にはテーブル甲板など広い板の仕上げ作業にも活用させたいので、天板の幅を欧米の一般的なサイズよりやや大きく70cmほどの幅にし、またDoghollも2列に配列させ、加工物固定をヨリ確かなものにすべく改良、設計しました。

さらにまた、このワークベンチ下部には手工具の収納箪笥を設けました。

外でも日本でも、鉋をはじめとした手工具を作業室壁などにパネルを設け、ここにぶらさげて置くのをよく見掛けますが、日本の鉋のように木製の台はあまり環境にさらさないほうが、暴れにくく安定して保存できると考え、クローズの収納にしました(壁に並んだ様々な鉋というものは、なかなか壮観で見応えがあるのですが、道具は見世物でもありませんのでね)。

ワークベンチ下のツールチェストはかなりの収納スペースが取れますので、大小40数台の鉋をはじめ、鑿、罫引き、スコヤ等々、通常必要とされる手工具のそのほとんどを収納することができました。
またこのことで、作業中、手工具が全て手の届く範囲に収納管理されていることは、とても快適に仕事ができるということに繋がり重宝しています。

さらにBenchtopにはTool rest(別称Tool tray)という一段低くしたトレイを設けています(これがスカンジナビアンタイプの一般的なスタイルなのですが)。

ここには加工物の板面を置いたときに、工具類が邪魔にならないように、一時的に置くためのスペースとなっています。
ちょっとしたことですが、多くの工程に欠かせないメジャー、スコヤ、鉋、鑿などの工具、計測機器は常にベンチトップに置きたいもの。しかしこれらが邪魔になるときに仮置きする重宝なスペースになります。
ぜひ設けたいスペースです。

以上、簡単ですが、ワークベンチ制作に関わる解説を試みました。
これを通して、木工における作業台の重要性について考えていただけるとするならばうれしいです。

これから制作しようとする人はぜひしっかりとした、あなたのベストパートナーを演じてくれるようなものを制作していただきたいですね。

Hold down治具を用いた加工物の固定。天秤指し部分・仕上げ切削