お若いエンジニアの男性からの注文でした。
前年に大きなデスクの制作を依頼された方で、その出来映えからの信頼があったためでしょうか、新たにベッド制作の機会を与えてくれたのでした。
木工家具への深い知見と、無垢材と材種への強い拘りを持たれる方で、最初の設計から着手まで半年を超えるやり取りを経て、制作、納品に漕ぎ着けたものでした。
工房来訪時、ショールームでご覧いただいた際、ミズナラのワードローブの色調が気に入られたことから、ミズナラで制作することに。
因みにこの色調というのは、阿仙という植物染料で生地着色したもので、無着色のものと較べ、材色に渋み、深みを与えるもので、今回のベッドにも塗装の際、同様の生地着色を行うことに。
ヘッドボード、フットボードのパネルは、当初はデザインされた格子の意匠で提案し、進めてきたのでしたが、依頼者は一枚板に拘りが強く、手持ちの在庫から、幅広、柾目のミズナラ材を厳選し、それぞれ一枚板のパネルを納めたシンプルな意匠にしました。
柱にこの幅広のパネルを接合させる構造ですが、板目の場合、反りや伸縮への対応が難しくなるのに比し、柾目であれば、こうした無垢材ならではの季節要因、経年変化による変形はかなり限定的に抑えられることから、柾目がより望ましいというわけです。
なお、ミズナラの場合、柾目木取りをしますと、板面には虎斑と呼ばれる髄線が明瞭に表れ、塗装しますと、これが独特の表情をもたらすのですが(英国アンティーク家具ではこの“トラフ”が意匠として積極的に取り入れられているのがよく視られます)、これには好みがあることから依頼者との相談の上、それもまた良し、ということで Go!となったのでした。
ヘッドボードは、就寝前、このヘッドボード部位に身体を預け、読書の姿勢を取りたいという要望に応え、やや屈曲したものにしました。
外側はあえて平面の形状では無く、中心から左右に20度欠き取り、シャープな面を施しています。
フットボードも同様です。
また、このベッド本体には、マットをセットするところに、ウッドスプリングのスノコが入ります。
(依頼者がマットと共に、このウッドスプリングも商品選択、購入されました)
本格的なベッドの構造上のキモは、ヘッドボード、フットボードと、サイドレールの結合方法にあります。
廉価なものですと、独鈷金具を使ったものが多いものですが、欧州での伝統的な手法である、ヘッドボード、フットボードの柱からボルトを通し、サイドレールと緊結するという方法を取りました。
こうした構造の場合、ボルトの頭が外部に露出してしまうのですが、これでは美質が損なわれますので、制作過程で内部に埋込むという方法を取りました。
木は経年変化で痩せてきますが、独鈷金具ですと、これへの対応はできません。
ボルトナットであれば、増し締めすることで、この経年変化による結合部分の緩みへの対応が可能となります。
木工家具は長期使用を前提とした堅牢で、また経年変化にも対応する作りで無ければなりません。
加え、人の身体を長時間にわたり支える人体家具であることで、そうした要求はより強いものとなります。
植物染料、阿仙で生地着色し、オイルフィニッシュを施しました。
阿仙水溶液をやや濃いめにしたことで、落ち着いたダークオーク色になりました。
ベッドの制作機会は他のジャンルのものと較べれば決して多くはありませんが、人生の一生の時間のうち、ほぼ1/3を占める時間を委ねる家具ですので、今後も美しく良質なベッドを制作していきたですね。