土蔵に納められた栗拭漆 エグゼクティヴ長大デスク
天板に用いた1×3mを越す巨樹の栗材
天板は拭漆の仕上げ
脚部の構成
脚部の納入現場での組み立て作業
脚部・前部パネル
ある地域の名士だったお屋敷の主がリフォームにあたり、家具部門の一式を私に委ねていただきました。
ご依頼を受けた数日後にお訪ねした時は、いささか驚きました。
数寄屋造りの豪壮な佇まいの住宅。
リニューアルされたばかりのようで、広い庭を通り抜けた先にある大きな建物の玄関や廊下などは拭漆の総欅。
本件はどなたかの紹介というものでもなく、家具制作にあたり、Web上の家具屋を徹底して探索したようで、最後、本Webサイトをたまたまご覧になり、ご訪問いただくという経緯であったとのこと。
ショールームに展示してある家具の数々をご覧いただき、その作風、意匠、仕上げ品質などへの信頼を寄せていただき、大きなボリュームの契約となったのでした。
まずここで取り上げるのは事務デスクです。
お屋敷の一角には、大きな土蔵があり、これを全面的にリノベーション。母屋と繫がる事務棟とし、ここにデスク、書棚、センターテーブルを納めました。
このデスク、何よりも甲板がすばらしいものになりました。
1mを超える幅と、3mを超える長さのある1枚板です。
この栗材は施主ご自身でリフォーム用に求めたもので、外構、庭を仕切る塀に繫がる門。この観音開き、框組扉、および鏡板にも用いられています。その残りを在庫していたplank、厚板からの木取りでした。
樹齢、200〜300年を優に越す栗材です。
幅広の板を家具などに用いる場合、乾燥度合いが懸念されるものですが、含水率も15%ほどで、ほぼ乾燥されており問題ありませんでした。相当に枯らしたものであるようです。
このplank状態の栗材を預かり、地元で再製材し、工房に持ち込み、加工に供するという流れでした。
これだけの板を削る機械の鉋盤はありませんし、電動工具では平滑性を確保するにはかなりのリスクがあり、結局は面倒でも手鉋での仕上げに依るしかありません。
製材の帯鋸の刃の痕跡は粗く、拭漆の塗装に適正な素地にまで仕上げまでは決して容易なものでも無く、またこの1×3mという大きさからも大変な工程です。
荒仕込、中仕込、仕上げ、と何丁もの台鉋、長台鉋などを用い、最後は#320から #600ほどのサンドペーパーで素地調整できるほどの精度まで手鉋で削っていきます。
こうした困難な手鉋での削り作業というものが重労働であることは言うまでも無いのですが、それを達成させる精神力というのは、この高樹齢の栗材への畏敬の念と、仕上げた時の歓びがあるからこそです。
この甲板の栗材に合わせ、脚部、および、このデスク下に置かれるワゴンタイプの抽斗などに用いる栗材は別途、銘木屋で求め、加工に備えます。
若い栗材ですと甲板の樹齢と大きく異なることとなり、木目から色調まで違和感が出てしまうため、この材料選びも大変でした。
またこの大きなデスクですと、そのままでは部屋の中へと搬入することはできませんので、全てノックダウン方式です。
ただ、このノックダウン方式ですが、いっさい金具は用いていません。
すべて古来から用いられてきた木工の粋を集めた技法を投下し、木の特長を活かした接合仕口で行います。
その主要な技法の1つをご紹介すれば「寄せ蟻」というものです。
2つの部材の接合部位にクサビ状に咬み合わされる突起を持つオスと、これを受けるメスの組み合わせで構成されますが、緊結力は不抜のものがあり、かつ経年使用においても、金具が錆びて支障をきたすのに対し、数100年間〜は耐えられる木と木の接合で、耐久性抜群の方式です。
意匠はご覧の通り、仕上げ塗装が拭漆ということもあり重厚なイメージのデスクですが、軽快な感じを醸させるため、モダンなイメージで設計しています。
後部の脚部は片面をテーパーに削り出し、傾斜カットされたズリ脚に納まり、楕円の断面を持たせた前脚で支える。
背部は、幅広の幕板で左右を繋ぎ、ここに追柾に木取られた3mの長さの板を2枚、本核(ホンザネ)で繋いだ背板を嵌め込んでいます。
デスクというのは、着座する使用者側も大切ですが、対面する背部の意匠も、実は重要で手抜きは許されませんからね。
背部の中央には、3mという長さから構造的な要請もあり、1本、中柱を設けています。
この中柱から延長させた腕木を天板の吸い付き寄せ蟻桟にしています。
3mもの長い天板ですので、中央の脚部に天板を支持しつつ、天板の平滑維持のための寄せ蟻桟を兼ねた「持送り」様の部材としました。
決して広くはない土蔵の中での、拭漆という、繊細な仕上げ塗装と言うこともあり、細心の注意を払いつつの、施主を含め、4人掛かりでの作業となりましたが、あらかじめ工房で仮組みを行っていることもあり、全ては無事にセットアップすることができたのです。
デスク本体と同じ栗材で制作。
いわゆる板差しという構造。
左右の側板に天板、地板、内部の支持板、そして背板。5枚の板で構成されるシンプルな構造です。
ただ、それだけに、接合の仕口、あるいはディテールの意匠に拘りを与えます。
▼天板と側板の接合は天秤差し、接合部、見付けは留め(45度で接合)
▼正面の木端はなだらかなR面形状を持たせた断面とします。ここに収まる引き出しの前板の接触面の面形状と併せ、立体感がもたらされます。
引き出しは事務用のデスクと言うこともあり、スライドレールを用います。
また、鍵も設けます。ワンロックで全ての引き出しがロックされます。
側板を並べた画像の中の金具の突起部分が、この鍵のロック機構になるものです。
黒い引手は自作のオリジナルなものです。
ローズウッドという銘木を用い、造形なども含め全て自作です
顧客の要望でもあり、キャスターを付けましたが、数あるキャスターメーカーの中でも、国内で入手可能なものの中にあって、最高級品として評価の高い、オーストリアのTENTE、というメーカーのものを調達しました。
主に、世界的には医療現場などで広く用いられているものです。