工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ジャコメッティ《歩く男》94億円で競売、落札

アルベルト・ジャコメッティの作品《歩く男I》が英サザビーズで競売に掛けられ、6500万ポンド(約94億円)で落札されたというニュースには驚いた。( REUTERS
REUTERSが伝えるこのニュースには無署名の写真が張り付いているが、これは《歩く男》の彫像とともに逆方向へと歩く姿勢の男性を構図の中に対比的に移し込んでいて、カメラマンの意図を強く感じさせる。
昨年末にStingの演奏に乗せてブレッソンとサルガドの写真の動画版(Youtube)を貼り付けた(美術展・2009回顧と、見逃せない企画)が、この中にもジャコメッティの1枚があったことは記憶にあるだろうか。
そうでなくとも有名な写真なので記憶にある人も少なくないだろう。(Henri cartier-bressonサイトの《歩く男》と並ぶアルベルト・ジャコメッティ
このジャコメッティの1枚に写っていたのが、競売対象の《歩く男I》と同じものであるかは不確かだが、ご覧のようにこの写真では作者その人が《歩く男》と共に前傾姿勢で歩むところがショットされている。無論これはブレッソン特有のの意識的な構図によるショットであるのは言うまでもない。
これが演出によるものか、ジャコメッティのアトリエ内での行動をつぶさに観察した上での見事なショットだったのかは不明だ。ただ二人は良い友人同士だったことは知られているので、そっちからこっちへ歩いてきてくれるかい、などと促したということも無くはないのかな。


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さて、REUTERSのあの写真は、間違いなくこのブレッソンのベストショットを意識してのものに違いないと見たがどうだろうか。
ブレッソンと、一方のビジネスマン風(競売に掛けられたこの彫像はある銀行のものだということだから、銀行員なのかもね)の歩く姿は、2つとも同じようにブレがあるのも、ますますこの無署名カメラマンのブレッソンへのオマージュであると見られなくもない。(プロの報道写真家として、このブレッソンの写真を知らないはずがないからね)
ちょっと話が隘路に差し掛かってしまったが…、
今回美術史上最高額での落札ということで話題になったということは、ジャコメッティの彫刻は世界の美術界で相当の人気であることの証しなのだろう。
ボクもとても好きな彫刻家だ。
最も好む彫刻は、箱根の森の美術館に何体もの作品を観ることのできる、あの量塊豊かに人間存在の愛を歌いあげたヘンリー・ムーアなのだが(凡庸だと、何と言われようとも)、それとは全く逆に、極限まで肉付けを削ぎ落とし、人間存在の不条理、現代世界の不安を象徴するかの如くの、この一連の針金のような彫像もまた、強く惹き付けて止まない。
ピカソ、サルトルを驚愕させたというその消え入るような彫像は、本人に言わせれば「細長くなければ現実に似ない」からだと語る芸術家の苦悩の胸の内は測りようもない。
過去ジャコメッティの美術展を何度か観てきた。
最近では神奈川県立近代美術館、葉山での《アルベルト・ジャコメッティ ─ 矢内原伊作とともに》がかなりの質量で観覧でき、あらためてその魅力、いや謎に魅入られてしまった。
残念ながらここには「歩く男」ではなく、確か「歩く女」が入り口の最初のコーナーに設置され、観覧者を招き入れてくれたものだった。


* 参照
■ 国内で観ることのできる主な作品(こちら
■ 神奈川県立近代美術館、葉山での、《アルベルト・ジャコメッティ ─ 矢内原伊作とともに》
■ MoMA(ニューヨーク近代美術館での2001年の展覧会
Tate Collection(ロンドン)
■ 「歩く男」flickrから(高精細)

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • うちにある矢内原伊作『アルバム ジャコメッティ』に
    製作途中の「歩く男」が写ってました。
    しかし94億とは・・・
    ぼくはブルトンの『狂気の愛』にその製作過程が
    叙述されてる「不確かな物体が」好きです。

  • 神奈川県立近代美術館、葉山の展覧会場には矢内原伊作の頭像があり、親愛に満ちた二人の関係性を彷彿とさせてくれるものでしたね。
    参照にあげた、MoMAのPDF内に、矢内原伊作の頭像制作途上の“3ショット”の写真があります。(flash内のメニュー最後の「CREDITS」にも同じものがあり、拡大閲覧が可能)
    >ブルトンの『狂気の愛』
    同時代の多くの詩人、哲学者、思想家、芸術家がシュルレアリスムに“いかれて”いくという潮流にジャコメッティもまた強く感化されたのでしたね。
    それらのほとんどの人がブルトンの下を離れていくように、彼もまた戦後は具象へと戻っていったようです。
    『狂気の愛』、読んでみたいものです。

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