工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

第60回正倉院展

正倉院展
ひときわ寒さを感じさせるそぼ降る雨の中、すさが露わになった土塀の細道を抜けると一気に視界が開け、緑の芝生の奈良国立博物館 の敷地に出る。
既に東西新館脇には牛歩の歩みの長蛇の列が二重三重に連なり、さらにその列は興福寺側へと果てることなく続いていた。
第60回正倉院展」も最終日を明日に控え、かつてないほどの混雑状況。
同行したZさんは毎年のように拝観する熱心なファンだが、これほどの混雑は知らないという。
入館待ちの列脇の立て看板には、入館まで90分、という怖ろしい予測時間が示されていたが、ほぼその通りの行列を強いられ入館。
ただしかし、その忍耐は決して悔いるものではなく、待つにふさわしいだけの感銘を与えてくれるものだった。
今回の拝観の主要な対象は黒柿両面厨子紫檀木画双六局などの木工芸品他、平螺鈿背八角鏡白瑠璃碗といった著名な宝物の数々であったが、それらとの対面はもちろんのこと、刻彫尺八金銅幡他、多くの銘品、天平文化の煌めきを目にすることができた。
確かに明治期に修復されたものも少なくないものの、その保存状態は1,300年の歴史を越えてきたものとはとても信じられないほどの良好なもので、単に宝物としての価値に留まらず、美術工芸品としての第一級の歴史的資料として評価が高いものなのであることがよくわかる。
よく知られたようにこれらは国内で制作されたものの他、シルクロードの長い旅路を渡ってきたペルシャ、西方のものも多く、まさに国際的な価値のある工藝資料だ。
これほどの歴史を越えての工芸品というものの多くは出土品として世に出ることが多いものの、この宝物は「正倉院」という校倉造りの中で良い保存状態で管理され、近代から現代へと伝えられてきているところに最大の特徴がある。(今回の出展宝物白瑠璃碗の輝きは各地から出土する同種のものと比し、著しく状態の良い逸品)
ここではそれらの歴史的価値とその特徴、工藝的価値とその特徴を語ることはしないが、まずは90分の待ち時間という長蛇の列に並ぶ覚悟と意志をもち、それら宝物と対面するところから感じ取って見ることだろう。
大勢の観覧者のために流れるように拝観するのだが、宝物をを前にじっと凝視する人あり。はて、と周囲を見れば分厚いファイルを抱えた学芸員の解説者と、SPと思しき黒づくめの数名の厳つい男子。凝視するのはスポーツ大会貴賓席でよく見かける宮家の女性、その人だった。
そう言えば入り口間近の車寄せには黒塗りの高級車数台あり。その主であったのか。
退館後、公園内の茶屋の暖簾をくぐり松花堂弁当を食す。
女将に聞けば明治中頃の建築であると言うから志賀直哉もくぐった茶屋であったか。
博物館を振り返れば、入場待ちの列はまだまだ長く続いているようであった。

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