工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

神無月、新月の日には巨樹伐採へ

伐採1
建築、家具用材に供する材木の切り旬(伐採時期)は、10月から3月頃までというのは関係者にとってほぼ常識とする。
加えて、新月に伐採することの効用に関する知見は徐々に浸透しつつあるようだ。
今回、国内でも有数の豪雪地帯で知られる奥会津の山中に眠っている樹齢300年を越す栃の新月伐採に立ち会う機会を得たので、少し素描させていただく。
新月伐採に関しては、弊Webサイトに少し解説している(こちら

伐採

「栃の王国、新月伐採見学会」と銘打たれた企画である。
この山は地元の町の共有林だが、戦後日本の国土を杉ヒノキで埋め尽くせとばかりの歪んだ植林政策、林業経営からは免れた広葉樹林が拡がる一角である。
マタギが熊を追い、農家が山菜採り、木の実採り、キノコ採集へと春に秋に深く分け入る豊かな森だ。
数百年の樹齢を数える様々な広葉樹が人間を含めた動植物の生存を助け、生物の循環系を何不足無く構成している森だ。
新月を翌日に控えるこの日、懸念された天候だったが、早朝から紅葉が見事に映える真っ青な空が迎えてくれた。
前泊させていただいた地元の農家でのその夜の山菜をふんだんに使った歓迎食事会に参加したスタッフ、参加者の面々が緊張感と期待を顔に滲ませて集まり、地元のスタッフの車に分乗して渓流沿いに上流を目指す。
標高は450mほどのものだが、既に紅葉前線は降りてきているようで、見上げる山々は錦の装いで目を楽しませてくれる。
地元の建設会社職員、営林署職員(業務外での家族連れでの参加)、自然観察指導員、アーティスト、デザイナー、学者、先端科学専攻の大学院生、工芸家、地元農家等々、様々な職業、老若男女の30数名の参加者を得ての賑やかなものだった。家具職人はボクだけかな。
それぞれに熊除けの鈴をぶら下げ、ハチ刺され対策を確認し、ヘルメットに身を固め、40度近い山の斜面を、目指す栃の木へと向かう。
既にコース上の邪魔になる下草、灌木の枝は切り落とされ、足場もちゃんと確保されている。
前日に木樵(きこり)はじめスタッフが整備していたのだろう。
伐採対象とする木の根元には、既にSTIHLでも最大級の機種を含む4、5台のチェンソーをはじめ、数本のロープ、ハシゴなどが用意されている。
スタッフはまず伐採対象の栃の木の樹高、目通り周などを測定。
いよいよ若い木樵は規格許容最長の安全帯をホイッと肩に掛け、軽かろうはずもない大型チェンソーを片手に持ち、ハシゴを登り詰め、さらに枝分かれした上へと昇り、三番玉の元あたりに安全帯を反時計回りに放り投げるようにして廻し、バックルを止める。
左右の作業靴に取り付けたアイゼンを数回打ち込み、身体を安定させる。
チェンソーのスターターロープを数回引くと、ブルン、ブルン、ブルルン〜、とエンジン音が響き、空冷2サイクルエンジン特有のオイルの焼けた匂いと白い排気を撒き散らす。いよいよだ。


伐採3

伐採4

最初は枝の切り落としではあるものの50cmを超える径があるので、セオリー通り倒れる方に半分ほど鋸目を入れ、次に姿勢を変えて残り半分に鋸を入れる。栃の真っ白いオガコが四方に飛び散り、遠巻きに見上げる参加者にも降り注ぐ。
ほぼ9割ほど鋸が入った辺りで、「良いですか、いきますよ〜」との掛け声で、一気に切り落とす。声掛けは参加者のシャッターチャンスを知らせてくれているものだ。
切り落とされた枝が傾斜した山腹を下草をなぎ倒しながら落下していく。
木樵は安全帯を外し、また肩に掛けて、アイゼンを使いながら、次の伐採ポイントへと降りる。
同じように2番玉の元で切り落とすが、先ほどよりもかなり太いので、バーの長さの異なる2台のチェンソーを駆使して行う。
最後の根本の伐採は大変だ。
可能な限り、ぎりぎりのところまで切るため、また作業空間の確保のために根本部分の周りの土を丁寧に掘り下げてある。
事前の環境整備も大変である。
STIHLでも最大級のエンジン(排気量122cc)に105cmのバーを取り付けての作業。総重量15kgほどもあろうか。このロングバーのチェンソーを任意の角度を維持しながら、安全を確保しながら操作する。
まずは倒れる側の周囲1/4程を鋭角に切り落とす。
続いて右側面、左側面と切り込みを入れていくのだが、105cmのバーの長さでも中心部分(Pith)には届かない。
何と今度は最初に落とした倒れる側の切り込みの中央から鋸先を入れていく。
まだまだミシリとも言わない。
そうした作業が30分ほども続く。まさに300数十年生き続けてきた命との格闘といった様相。
そしてほぼ90%ほど切り込みを入れたところで、残りの部分に掛かっていく。
あらためて倒れたことによる被害を防ぐため、参加者に近づかないように警告が発せられる。
そして、チェンソーを操作する木樵の手に伝わって来る感触からのものであるのか、「よ〜し、いくよ〜」との切り落としへと向かう掛け声。
カメラのシャッターチャンスを逃すまいと、ギャラリーの側にも緊張が走る。
と、思う間もなく、ビシビシッ、バリバリッと、一瞬のうちに地響きを立てながら傾斜面を落下していく。
伐採5

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  • こんばんは、
    立派な栃ですね。自分もこのような巨樹の伐採見学会があればぜひ参加したいものです。樹に対する新たな思いを抱きたいものです。

  • mu-さん、コメントありがとうございます。
    栃の大径木については各地にまだまだ多くあると思いますよ。
    ただ、今回の伐採企画は一般的な材木の生産、供給、流通経路とは異なる、独自のものであるところに特徴があります。
    >樹に対する新たな思い
    を 樹木 – 生産者 – 使い手
    といった目に見える関係性によって取り戻そうという試みの1つと言えるかも知れませんね。

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