工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

江戸指物〈NHK「美の壺」〉

昨夜NHK教育の番組「美の壺」では「江戸指し物」が放映されたので、ご覧になった方も多いはず。
ブルーノートのナンバーを中心としたBGMが流される中、谷啓さんが様々なジャンルの日本の生活に根ざした美術品を紹介するという番組だが、なかなかに見所も多くテーマによってチェックしている。
今週は「江戸指物」ということで数人のコレクターに登場願い、いくつかの指物を紹介しつつ、伝統的木工芸の美的価値について紹介するという趣向とともに、戸田敏夫さんの工房から加工工程を取材するという内容であったので興味深く拝見させていただいた。
番組では専門用語の紹介もされていたが、残念ながら本来の江戸指物では使われることのない呼称もあったので気になって仕方がなく、その旨NHKに連絡しようとも思ったが思いとどまった。(例えば、頻繁に使われていた“内ほぞ”)
そのようなことをしてもほとんどの場合訂正がされることのないことは明らかだから。
しかし、これは単に用語の問題だからさほどのことではないだろう、ということにしてしまう考え方にはやはり抗っていきたいと思うね。
専門用語というのも、やはりその分野において職人達により営々と築き上げられてきた伝統的技法のエッセンスそのものを表すものであり、そうであれば歴史的に形成されてきた文化的営為を表象するものであろう。シニフィエと言い換えても良いかも知れない。


桑飾り棚さて言語学はともかくも、興味を持ったのはやはり最後の方に紹介された前田南斉氏による桑の飾り棚だった。
ボクはこれを数年目に拝観させていただいた。
正しくは「四季草花象嵌飾棚」と言われる銘品だ。作家の前田南斉とは現在松本在住で現役の木工芸家である純一氏の祖父にあたる人。
拝観させていただいたのは「遠山記念館」が公開展示された時のこと。
確か記念館前の庭の蓮の花が美しい頃で、川越駅からかなりの距離をバスで北上し、さらに降車したバス停からとても暑い田舎道を歩いた記憶があるので、今日のような真夏の頃だったように記憶している。
この記念館の木工芸のほとんどが前田南斉氏によるもの。
近代木工芸の集大成とも言うべきものとして製作されたものたちだ。
この「飾棚」も象嵌部は木内省古によるものであるが、その時代に於けるそれぞれの分野の最高度の木工芸家たちが技を競い合い、あるいは協働作業をしながら、すばらしい作品群を造り上げている。南斉氏はそうしたところでは名プロデューサーとしての資質をも備えた人物であったのだろう。
ところで現代に於いてこのような作品を造ろうと考えても難しいのではないだろうか。
この作品は島桑によるものだが、そもそもこの材料の入手も困難。あるいはこれだけの精緻な象嵌を能くする作家はいるのだろうか。
さらにまた、現在の日本にこれだけの仕事を依頼するだけの数寄者が果たして存在しうるのだろうか。(単に金銭的なことにとどまらず、木工芸にそれだけの価値を見出すブルジョアジーたちを指す)
*訂正(09/01/06)
本稿、記述内容の重要な部分においてコメントから誤りの指摘があり、お詫びして訂正させていただきたい。(詳しくはコメント欄で ↓)
*画像は『木工芸 ─ 明治から現代まで‥‥』より

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • 毎週楽しく見てます>美の壷
    まあ、いろいろとありますが
    広く浅くという部分ではいい番組です。
    呼称は確かに、???という部分ですね。
    つっこみを入れたくなりますが
    その程度のものです。悲しいかな。
    わかる人が分かればいい。
    最近そう思いつつテレビを見てます。
    ほんと、テレビを見なくなりました。

  • kentさん、ご覧になっていましたか。
    >その程度のものです。悲しいかな。わかる人が分かればいい。
    kentさんは達観していらっしゃる。
    ボクは以前、著名な文筆家による朝日新聞での木工に関するコラムでの用語の間違いに気づき、その人の事務所へとその旨指摘したことがありましたが誠意のある回答はありませんでしたね。
    一方ネットの記事なんて間違いだらけですので、一々指摘していたらそれで一日終わっちゃうしね。

  • 私も拝見しました。
    毎年、谷中で開催される江戸指物展が時々NHKのニュースで
    話題になるくらいでメディアでとり上げられることは
    少ないので興味深く見ました。
    7月8日の新日曜美術館は角偉三郎の特集だそうです。

  • acanthogobiusさん、あなたも指物、漆などもおやりになるようですので、参照されるのは良く判ります。
    上野、谷中には江戸指物を扱うお店がまだ数店残っているようですが、この先どうなるか不安ですね。
    角偉三郎さんの放送の件、今日エントリーしました。

  • 1年半も前の記事にコメントを送るというのも妙な話ですが、「島桑」を検索していてここにたどりついたところ、気になる記載がありましたので、投稿します。
    「本来の江戸指物では使われることのない呼称」として、「内ほぞ」をあげ、「隠天秤(かくしてんびん)、あるいは隠蟻組(かくしありぐみ)と言うのが正しいはず」としておられますが、これはまったく逆で、「内ほぞ」が江戸指物で普通に用いられる用語であり、一般的な呼称の「隠蟻組」で呼ばれることはまずありません。江戸指物師と呼ばれる人たちは、もう20人足らずしかいませんが、間違いなく全員が「内ほぞ」の呼び名を使います。
    木工を長くやっておられる方にも、「内ほぞ」は聞きなれない呼び名だと思いますし、「隠蟻組」「隠蟻留組継」「留隠蟻」など、さまざまな名で呼ばれるこの加工法を知ってはいても、実際に仕事で使う方は稀でしょう。だから「内ほぞ?」と疑問に思われるのかもしれませんが、私は縁あって江戸指物の近くに身を置いておりますので、よくわかることなのです。
    ちなみに、江戸指物では、引き出しの側と先の接合部に、3枚の組継ぎ(蟻ではない)を用いますが、これを「外ほぞ」とも呼びます。もちろん、これらは正式名称というものではなく、手押しかんな盤のことを単に「手押し」と呼ぶのと同じで、業界内の符丁のようなものです。
    時間がたっておりますので、解決済みの事項でしたら、ご容赦ください。

  • kassyさん、誤りへのご指摘、ありがとうございます。
    指摘内容に関しまして、あらためて確認作業をしましたところ、確かに仰るように「内ほぞ」あるいは「内ぼそ」という呼称は、「隠し天秤」、「隠し蟻」と言われる仕口への呼称として広く使われているようですね。
    お詫びしまして訂正させていただきます。
    ボクがここで「“内ほぞ”という呼称が使われていない」と記述したのは決して無根拠なものではなく、こうした仕口を実際に取り入れている江戸指物の系譜を辿る木工家などとの交流の中では出てこなかった表現、呼称であったためです。
    そうした方々は「隠し天秤」などと呼称していたのでした。
    しかし、NHK番組における表現において、「使われることのない云々」、というボクの記述はそうしたことに関わらず明らかに誤りです。
    木工の仕口などの呼称というのは、とても難しいですね。
    同じものを指す場合でも、地域性の差異もあれば、カテゴリー別の差異もある。
    これらはしかし決して疎ましく考えるのではなく、日本の技術体系の多様性という面から見ることも出来るのかも知れない。
    今後記述にはより精度を高めていきたいと思います。
    ありがとうございました。

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