巨樹 〜緑の魔境・和賀山塊〜(NHK放送)
地球上で最も巨大な生物とは一体何でしょう。
地球上で最も生命が長い生き物とは何でしょう。
樹木ですね。いずれの答えも樹木です。木です。
ここ十数年、社会的にもいわゆる巨木・巨樹というものに関心が向き、様々な媒体がこれを伝え、旅行会社によるツアーなども組まれ全国のファンが森へと押し寄せるという光景もめずらしくなくなっているようだ。
昨日のNHK番組「巨樹 生命の不思議 〜緑の魔境・和賀山塊〜」は奥羽山脈奥深く探訪し、日本最大のブナの木をメインに、周囲のいくつかの巨木を取材したフィルムだ。昨年3月に放送されたものの再放送だが、見逃していたのでありがたい放送だった。
地元のガイド、和賀仙人と呼ばれる佐藤隆さんの案内で巨木の森へと踏み入れ撮影されたものである。
ブナ林としては白神山地が有名だが、この和賀山塊は樹林帯が一様ではなく、様々な落葉広葉樹が混在し、それだけまた豊かな森を形成し多くの巨木巨樹が発見されているという。日本一のブナをはじめ、クリ、ミズナラ、クロベ、シナノキなど、いずれも日本で1、2の大きさを争うものばかり。
取材場所は、奥羽山脈中部、岩手県と接する角館町と田沢湖町にまたがる和賀岳、白岩岳のなどがそびえる奥深い山。
熊なども出没し、これまでマタギを除き誰も足を踏み入れるものはいなかった密林の秘境だ。
案内人佐藤隆さんは子供の頃地元のマタギに連れられ山奥深く遊んでいたという。
Googleマップだとこの辺かな。
航空写真もこの区域だけ精細度が高いのはどのような理由か不明なるも、巨樹の森があるということが考えられるのだろうか。
取材対象の巨木は以下のようだ。
樹種 | 幹周 | 順位 | 推定樹齢(年) | 立地 | 備考 |
ブナ | 8.6m | 1 | 300〜600 | 仙北市、国有林内 | 日本一 |
栗 | 8.13m | 2 | 300 | 仙北市、国有林内 | 日本2位 |
ミズナラ | 6.9m | 9 | 不明 | 仙北市、国有林内 | 空洞 |
シナノキ | 8.25m | 2 | 不明 | 美郷町、国有林内 | |
クロベ | 8.3m | 1 | 600 | 仙北市、国有林内 |
タイトル補記に〈日本映画テレビ技術大賞受賞〉とあるように、この撮影取材は撮影技術とデジタル編集を駆使したもので、その視覚的効果と迫力は実にすばらしいものがあった。
少し映像のすばらしさについては触れておきたい。「徹底した定点観測撮影」ということが基本になっており、これを映像編集することで1本の木をめぐる四季の移り変わりが見事に連続映像として再現されていたことだ。
この手の手法は良く用いられるもので決してめずらしいものではないが、しかし特徴的なのは単位が1年ほどの長いスパンでのものであり、そうした長い時間の流れを全く不自然さが無く数秒の単位で見事に圧縮編集されている。
無彩色の雪をかぶった樹形を俯瞰しつつ徐々にクローズアップしていく過程が、同時に春のまばゆいばかりの新緑へと時間的経緯を一気に進めるという風だ。
この編集技術はオドロキだった。
随所にこの技法が使われ、しかしそこには決してあざとさは無い。
これは恐らくはデジタルハイビジョンの撮影機材と、これをデジタル編集するソフト、およびこれを使いこなすカメラマン、ディレクターの力量であろうと思う。
ただ分からないのは、標高の高い山地で、過酷な環境の中でこれを撮影したことのオドロキだ。定点撮影の条件を整えるにはカメラの堅固な固定が必要であるが、長い月日を雨風に晒し続けたとも考えにくく、恐らくは三脚をガッチリと埋め込み固定し、放置し、スポット的に登山しつつ撮影を継続したのであろうと考えられる。
生命の輝きである春の芽吹き、過酷な夏の陽ざしによる高温と乾燥、そして冬を待つための葉を落とす準備としての紅葉、落葉。これに失敗すると雪の重さに耐えられず、最悪の場合死さえ意味する。そして春を待ちつつ、1年で最も過酷な豪雪に耐える。
これらの移ろいがカメラワークとデジタル編集で見事に繋がり、変化を視覚的に表現してくれる。
もう1つのオドロキは、数十mもある幹、そして横に張り出した20mもある枝に近接撮影を試み、見事にこれを納めていることである。
カメラは20数メートルもある樹上からゆっくりと樹幹を舐めるように撮影しつつ降りてくる。
葉っぱで受けた雨水を幹の根元に誘う生命維持のための水の流れ(樹幹流というそうだ)を追うものだが、その水流の音とともに密着撮影して届けてくれるのだ。
鳥のように、あるいはリスのように。
平地であればクレーン車を操作してやれば済むことであるが、このような密林奥深く山腹でそのようなことが出来ようはずもない。樹上から降下しながらの撮影はワイヤで身体を支え操作したことが推測される(しかし映像にはそれらしき機材は全く写らない)。
しかし他の立木を縫うように太陽を求めて真横に伸びた20mもの枝の撮影はどうしたのだろう。これも同じく枝に寄り添うように近接撮影される。
脚立を設置し、これに梯子などを掛け撮影したか、あるいは数本の脚立状の間にワイヤを張り、この下を索道(リフト)のようにぶら下がり、撮影したものであるのか、興味は尽きない。
環境省、秋田森林管理署もその手法については相談を受けたことだろうし、安全にかつ現場を荒らすことなく撮影されたものと考えたい。
これらの撮影スタッフの努力が実を結び、木の生命力へのオドロキと畏敬というものが伝わってくるとてもすばらしい映像だった。
自然を取材対象としたTV映像は人気番組でもあるだろうから数多くのものが放映されている。しかしこれほどまでに対象に接近し、長い時間を通したフィールドワークは知らない。学術的にも意味があることなのかも知れない。
イギリスBBCのこのジャンルの映像に見られる企画力、撮影手法およびその編集にはいつも感心させられるが、今回の巨木の撮影と編集は、十分にこれと拮抗する品質を獲得しているといっても良いかも知れない。
また語りの北村和夫(文学座の名優)も良かった。この5月6日に呼吸不全で死去。享年80。
最後の仕事の1つであったのかも知れない。
「女の一生」「欲望という名の電車」などで杉村春子との共演。そして今村昌平監督の映画には欠かせない役者だった。晩年にはその老成した飄々としたキャラクターが買われTVにも数多く出演していた。
あらためてご冥福をお祈りしたい。(文学座の訃報)
この映像は既にNHKからDVDも販売されているようなので、見逃した方はTop画像をクリックしてどうぞ。
<参考文献>
秘境・和賀山塊
巨樹紀行―最高の瞬間に出会う
■ 全国巨樹・巨木林の会
■ 日本の巨樹・巨木
(ネットには多くの関連サイトがあるが比較的データとしても網羅的でしかも構成のしっかりしたサイトであろうと思われる)
*なおこの地域は国有林内のため、入山には土地所有者である秋田森林管理署の許可が必要
Tags:和賀山塊 | 巨樹 | 北村和夫
kokoni
2007-7-11(水) 00:36
良い番組があったのですね
見逃してしまいました
巨木ツアーにのって 屋久島に行ってしまったkokoni家でした・・(>_<)
artisan
2007-7-11(水) 07:29
kokoniさん、屋久島行は2003年ですか。縄文杉のところまで行ったのですね。
今では屋久杉の伐採はできないようですので、その老成して緻密な木目の材料も入手が困難なようです。我々木工家は立派な立木を見るとすぐ製材後の木肌を思い浮かべてしまうと言う反自然派的習い性があるので困ったものです(__;)
acanthogobius
2007-7-11(水) 20:41
昨年見ました。
植物の生命力には感心します。
また、それが良く描写されていたと思います。
撮影技術や美しさなどはトップクラスだと思うのですが
その内容についてはイギリスBBCの特にデイビッド・
アッテンボローのシリーズ物などには、まだ追い付いて
いないと個人的には思います。
企画力、構成力の違いでしょうか。
細かい話で恐縮ですが「様々な照葉樹が混在し」ではなく
「様々な広葉樹が混在し」だろうと思います。
artisan
2007-7-11(水) 22:28
acanthogobiusさん、コメントありがというございます。
NHKの自然関連番組とBBCのそれとの違いを感じることはほとんど毎回と言っても良いでしょう。スゴイ映像だな、と目を見張っていると、やはりBBCのものであったり、共同制作のものであったり、です。
仰るように企画力、構成力の差異であることは間違いないところでしょうが、どうもそもそも各々の民族の自然との関わりにおける関係性の違いが背景にあるのかもしれませんね。
ヒトが生き延びるために過酷な自然を如何に支配するのか、という対立する彼我の関係に対し、日本では自然界との交歓というところに力点があったということも遠因にあるのかもしれない。宗教観の違いも同様ですね。
この辺りのことはボクにはちょっと難しすぎ。
しかしカメラワークなどの違いを見ていますと、日本はハードを作るのは上手だけれど、ソフトはイマイチという差異としても表れていますからね。
しかし、今回のNHKはがんばったかな、というところです。(BBCから学習している)
acanthogobiusさんの評価も、否定できないところですがね。
そうそう照葉樹は全くの間違いです。落葉広葉樹ですね。
いかんいかん。訂正してお詫びさせていただきます。
ご指摘ありがとうございます。