工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

抽出の材は何をお使いですか

桂の製材


これまでキャビネットの抽出の側板には様々な材種を用いてきた。
もちろん、前板と共材で使うこともあったが、その多くは桐、朴(ホウノキ)、榀(シナノキ)、桂(カツラ)などの、いわば軟材に属する樹種たちだ。

大昔、朴の代替材として材木屋が持ってきたのが〈イエローポプラ〉という材だったけど、色こそ似てはいるものの、とても使えるような代物で無かったことを苦々しく思い起こしてしまう。
乾燥後もなお反りまくり、まったく安定性に欠ける材だった。

つまり、抽出の側板とは言え、スムースに出し入れするという基本的な機能に応える物理的資質に全く欠けるものだったというわけだ。

上に挙げた材は、そうした要請にちゃんと応えてくれる。
概して、イエローポプラといったような南洋材はそうした品質を持つものは少ない。
いろいろと理由はあるだろうが、古来から木工職人達が使ってきたこうした国産材はやはり使われるだけの理由があるということになる。
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ご挨拶と告知です

本年1月末日から冬眠(休眠)状態だったこのBlog、ボチボチと、再起動します。
無沙汰につきましては深く詫びねばなりませんね。
どうか、以前と変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。

投稿のペースも以前と同等程度のスタンスで臨みたいと考えていますが ‥‥ 。
ただ、次に述べる理由もあり、ややペースダウンするかも知れません。

この間、決して多くは無いものの、周囲からは休眠状態にいたった理由をあれこれと訊ねられ、返答に窮したものですが、工房を訪ねて来られた方には説明など無用の状態。
どういうことかと明かせば、工房施設をめぐり、甚大な損傷があったのでした。
ま、あまり詳しくは語りたくは無いのですが、いわば“天変地異”のようなものに見舞われた、といったところ。
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曇り空を見上げて

皆さんのところでは観測できましたか?
金環食。
当地ではあきませんでしたわ。
気象予報通り、と言うか、太陽の周囲だけが厚い雲に覆われてしまった。
早朝から雲が多かったものの、7時頃からは少し晴れ間が出てきたので、期待は高まったのですがね。
真っ黒いビニルの袋と双眼鏡、そしてカメラも準備して‥‥‥、
ただ専用のグラスまでは用意しなかった、その構えの甘さを突かれたのか ?!

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お知らせ



読者の方々へお知らせがあります。
しばらくBlogの更新が滞ることになります。

本人はいたって元気に活動しているものの、
いくつかの事情により、Blog運用から離れます。

その期間は短い期間で済むか、長くなってしまうか、まだ分かりません。
しかし、永遠ということにはならないはず。
さ・よ・な・ら、ではありません。

また元気に発信できる日がくるだろうことをお約束し、
いったん、この場から離れます。

寒気団が次から次へと押し寄せてきていますが、
どうぞ暖かくしてお過ごしくださいね ciao !

テオ・アンゲロプロス 死す !


  アンゲロプロスが死んだ

絶句 !  

昨24日アテネ近郊の港近くの撮影現場。
新作「The Other Sea」(もう1つの海)の撮影中、非番の警官が運転するバイクにはねられ、頭部外傷で死去。

享年76才。
まだまだ現役で意欲的に新作に取り組んでいた最中のできごと。

とても信じられない事態だ。

新聞夕刊で知ったのだが、しばし絶句。
全ては空無。

思考はさっぱり定まらず、涙すら忘れてしまっている。

今は、ただ、この不慮の事故に深い怒りと哀しみを、世界の多くのファンとともに共有するだけだ。

ボクは多くの映画作家、芸術家、工芸家、音楽家に影響を受けてきたが、これほどの哀しみがかつてあっただろうか。

同時代を生きる者として、生きる支えとなる人物の死去は、痛い。
例えそれが世界の巨匠と呼ばれる人であってもだ。

いかに世界が不条理であったとしても、それを共有する師がいれば生きていけるものだ。
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「ウメサオタダオ展-未来を探検する知の道具-」

日本科学未来館・ファサード


昨春、国立民族学博物館で催されたものが巡回してきた企画だが、「日本科学未来館」で開催されているところもまた、梅棹忠夫を総覧するにはふさわしい場所なのかと思った(これについては後述)。

良く知られているように、梅棹は国立民族学博物館の創立に奔走(時の首相への嘆願書も展示されていた)、最初の館長として日本の民俗学をより大衆のものへと定着させるなど、その実践的活動(政治的な?)においては、類種の学者の行動規範を大きく超える人物だった。

ボクが最初に読んだ本は、恐らくは同じ人も多いと思われるが、岩波新書『知的生産の技術』(1969 岩波新書)という知的作業における指南書。ベストセラーだったようだ。

最近でこそ、多くの学者が同様の分野の本を著しているが、当時は学生をはじめとし、知に飢える(今、tiniueru、とタイプしたら、[血に飢える]と変換されてしまい慌てた)人々を魅了したものだった。

今ではこのような教養主義的な人文書を出しても、あれほどの売れ行きにはならないと思う。
ケータイやスマホで読める手軽なものしか、若い人々は手に取らない。

あるいは教養主義そのものへの懐疑も定着している昨今であれば、格好の批判対象であったりするというわけだ。
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都内某所で


今日の三枚の写真、都内某所でのスナップ。
ある目的の場所へ向かう道すがらに撮ったもの。さて、どこでしょう。

首都圏在住の方なら、クイズにもならないありふれた場所だが、
初めて訪れたボクにとっては、カメラを向けたくなる被写体の数々だった。

このところ、業務内外のProjectに忙殺され、Blog更新もままならない感じだ。

今日もこんな画像だけの構成でお茶を濁す。

ところでTopの雑草だが、品種の分かる方がいらっしゃれば、
ご教示賜りたい ェ(__)ェ
ご覧のように、現世のものとも思えぬ、奇妙な造形と色彩を魅せている。


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クルミ材と国産材の需給逼迫

画像は鬼グルミだ。
この原木を購入したのは10年以上も昔のこと。

クルミは乾燥後であっても、白太に限らず赤身にまで虫が入るので、あまり放置しておけないのだが、コイツの虫食いはかろうじて白太で停まっていた。

昨今、国産のクルミを求めるのは容易ではない。
製品(乾燥材)で流通しているクルミには国産ものはほとんど無いようだ。

15年ほど前には製品で流通しているものは中国産がもっぱらだったが、今では中国からの輸入も途絶え、極東ロシア産のものが主流か。

こうしたものは、概して質が悪い。
無論、その品質は様々だろうが、国産のように材色が濃く、靱性の高さなど物理的特性においても、比肩しうるものは、無い。

大変残念なことだが、それが現実。

そうしたものを求めるならば、材木屋に相談し、各地で展開する原木市で競り落としてもらうしかないだろう。

市場に流通していないとはいえ、原木を探せば何とか入手できる。
安定供給が無いと言うだけで、枯渇したわけでは無い。

今回の材は脚物の家具制作のために木取ったものだが、クルミ材としては色も濃く、比較的良質な部類だ。経年変化でさらに濃色に推移していくはず。

うちではクルミはクルミでもブラックウォールナットを使うことの方が多いが、軽快な感じで仕上げるには、やはり鬼グルミが良い。
イメージとして軽快というだけでなく、事実、重量も20〜30%ほど軽量だ。


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旧型おうちプリンター、まだまだ使い倒さねば

このところ、我が家のインクジェットプリンターを巡り問題が頻発。

LAN接続機能がダウン

まず、昨年11月頃だが、LAN機能が使えなくなってしまった。
LANにぶらさがった複数のMacは、これまでは意識することも無く快適に繋がっていたのだが、それ以降は1台、1台、USBポートで抜き差ししなければならなくなってしまった。

USBハブを使えば良いと思うでしょ、
でも簡単にはいかない。ポートと端子の関係が適合しない。
A-Aという規格の特殊なUSBケーブルがあれば、ハブも使えると踏んでいるが、わざわざ投資するのも気に入らないので、抜き差しの日々である。

修理に出しても良いのだが、メーカーでの修理となると、委細構わず、一律に15,000円ほど請求される。
市場を見れば、この経費があれば新たにプリンターが買えてしまう。
これは迷うよね。
まだまだ使えるのに、更新するわけにはいかないだろう。

15,000円の投資を新規更新に向けるのか、あるいは修理に投資して、さらに使い続けるかは、いくつかのパラメーターを入力したとしても、クリーンな結論は出ない。
果たしていずれが賢明な考え方であるのか ??

プリンターの価値は高い。しかし市場価格はとんでもないほどに廉価だ。
ご存じのように、高額なインクを販売することで、このビジネスモデルが成り立っているということだが、修理代と販売価格の差が無くなっている、この珍妙な現象もまた、IT関連機器の成熟の後の今日的現象ではあるよね。
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映画 [グレン・グールド – 天才ピアニストの愛と孤独]

映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』原題【Genius Within: The Inner Life of Glenn Gould】
これを「‥‥ 天才ピアニストの愛と孤独」と邦題したのは、果たして賢明であったのかは口ごもってしまうが、興業上の戦略からなのだろう。
日本では何事も分かりやすく、過剰に説明しすぎる嫌いがある。

しかし、映画の構成、内容は、確かに邦題を裏切るものでは無かったように思う。

これまでグールドに関する伝記は数多く出版され、また映画化されてもいるが、このピーター・レイモント(Peter Raymont)とミッシェル・オゼ(Michèle Hozer)両監督は「これまで公の場でグールドについて語ったことのなかった人々へのインタビューと、未公開の映像や写真、プライベートなホーム・レコーディングや日記からの抜粋など」新たに発掘された素材を駆使し構成している。(公式サイトからの引用)

日本でもグールドファンは多いと思われるが、純粋にCDに向かい合うことで得られる音楽世界からの愉楽とは異なる、一人の苦悩する芸術家の魂の背景に接近することもできるだろう。

また、グールドの独特の楽曲解釈、あるいは彼が紡ぎ出す音楽の一粒一粒が際立って迫ってくる独特の奏法の謎にも接近できるはず。

出版物の伝記では得られない、映像表現の豊かさというものは、やはりボクのような凡夫には得がたい説得性をもって迫ってくるものがある。
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