工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

沈丁花の香漂う製材所

沈丁花
桜もほころび、今朝も春爛漫の陽気だった。
実は昨日の朝は雷鳴で起こされ、あわててADSLモデムのライン、電源を抜くなど春先には良くある大気の怒りに震えてしまったが、何と、雷鳴が止んだかと思ったら、屋根を叩く音は豪雨のものとも違う金属的な音に替わった。
はぁ?、何とそれは雹(ヒョウ)。金平糖大(こんぺいとう、って知っている年齢層は50代以上?)の小さなものだったが、一時は積もらんばかりに降り注ぎ、間もなくそれも止み、気温が高いのであっという間に溶けてしまった。
しかし今朝はおだやかな霞掛かった晴天。
やっと製材所のスケジュールが空き、今朝3本の丸太を製材することができた。
以前は工房から比較的近いところに賃挽きを請けてくれる製材所があったのだが、まだ若かった主人が突然病に倒れ、閉鎖されてしまっていた。
しかしここ島田という地域は昔より製材業が盛んなところ。
南アルプス山系を背後に控え、大井川という水運の地の利、東海道に面しているという陸路の利を活かし、一地域は丸々製材業で埋め尽くされるほどの産地であった。
一頃に較べれば、その勢いは衰えてきているとはいうものの、数カ所の賃挽き業者も残っているようだ。
数週間前に丸太の皮むきを7割ほど済ませておいたのだが、今朝は製材の予定時刻より1時間ほど早く到着し、残る皮むきから始まった。
しかしTop画像の楢材(道産)の何と皮の剥き辛いことか。
残り2本のブラックウォールナットはベロッと比較的簡単に剥けるものの。外の鬼皮と甘皮、そして幹肌がびっちりとくっついている。
近くに咲き誇る白い沈丁花の香に助けられながら、何とか剥き終えた頃には、予定時刻になり、製材所のご夫婦と力合わせて、3本を製材し終え、次いで桟積みもやり終えた。


ブラックウォールナット製材製材というものは、ある種のバクチという要素があり、想定通りにいかない場合も少なくはない。
しかし今回はいずれも想定を大きく外れることはなく、なかなか良い板が獲れた。
このところ原木価格の値上がりも留まるところを知らないが、しかし家具制作の基本素材である以上、舌なめずりしているだけでは済まない。
大枚はたいて、数年後の受注、作品制作に備えておかねばならない。
この原木は、名古屋の丸ス松井木材から購入した物だが、主人曰く、昨今、家具屋で、うちで原木を買ってくれるのは、○△さんと杉山さんぐらいだわ、とのこと。
確かにウォールナットも楢も市場では既製品としてそれぞれの厚みの板が流通している。
しかし残念ながら、由来が明確で良質なものを入手することは、こうした一般的な市場流通ルートではほとんど無理であろう。
例えあったとしても、いわゆる銘木扱いの物となり、かなりの割高な支出を強いられる。
ミズナラ製材原木購入の良いところは、丸々1本の丸太から、一定のボリュームでの共木が確保できる。
良質な原木であれば、銘木に値する板が、かなりの割安な価格で入手できる。
家具制作というものを生業とする者として、流通市場から可能な限りに距離を取り、自身で管理できる範囲を拡げることでより高度な木工に挑む環境が整えられる、といったところだろうか。
ボクは木工を志し、訓練校の門をくぐったその年に既に原木を調達していた。
松本という原木調達には恵まれた地域であったことも幸いしたが、訓練校卒業後、数年の実業経験の後、自営をする覚悟であったので、それを前提とし逆算すればこの年に材木を誂えていくというのは、合理的判断だった。
その後は、一貫してそうした原木での材木管理運営を前提とした考え方を旨としている。
その頃は毎年全国規模での「全国優良広葉樹特別記念市」などというものが地元で開催され、必ず参加し競り落としていたし、地元で月に2回開催される原木市にも頻繁に出掛け、競り落としていた。
これらがあったればこその、これまでの工房運営であったし、仕事の質を高めるのに大いに寄与してくれるものでもあった。
ところで原木があまり買われないということが意味するものは、どういうことなのだろうか。
様々な理由があるのだろうが、木工業、家具制作というものの低迷、劣化ということを示す指標であるとするならば心中穏やかではない。
若い木工家諸君、気迫を持って臨んでもらいたい。
さて今日は桟積みするところまでで終わりとし、明日、木口割れ止めの処理、屋根を設けるなどの補足的な作業をしなければならない。
上述のように原木での材木管理というものはいくつかのメリットがある反面、そのお守りは決して安易なものではないことも確かではある。
今日の作業も大変辛いものだった。心地よい疲労感などとの形容は当たらず、疲労困憊というところだね。
しかしこれらから逃げないということもまた木工家の当たり前の在り方なのだから。
全ては、より良い木工家具の制作へ向けてのこと。
桟積み

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  • こんばんは。
    artisanさんの家具製作における姿勢には
    頭が下がりっぱなしです。
    せめて腕前だけでも向上させたいと思う今日この頃です。
    昔BC工房の鈴木さんが
    「製材の時の木はまるで肉を切ってるようできれいだよ」
    と言ってましたが、上のミズナラの断面、きれいですね。
               

  • こんばんわです。
    いつもお世話になってます。
    画像を拝見する限り、きれいな感じの板が取れて
    おるようですね。 ちょっとホッとしてます。
    ただ一つ製材方法について、
    ナラは、最初から板目をとるつもりでの製材でしょうか?
    或いは、丸太を半分に割ってから、板目にするか柾目にするかを考えて、結果、この面では板目をとるという事になったのでしょうか? 
    通常、板目を木裏からとるのは、かなり難しい気がします。
    しかし、この原木の場合、どちらの選択も有りですね。
    両木口のワレもほぼ同方向のまっすぐな木でしたからね。
    では では 

  • ユマニテさん、コメントありがとうございます。
    鈴木/BC さんは大規模にテーブル天板用に原木製材しているようですので、手慣れたものなのでしょう。
    ユマニテさんのところでは小割りすることが多いでしょうし、原木への需要は無いでしょうね。
    でも可能であれば実地見学しておくのは悪いことではありません。

  • どうも、カワウソさん、こちらこそです。
    ご覧のようにまずまずの品質でした。
    楢の製材ですが、中央5寸ほどの厚み(フケ部分)でポン割りして、良いところを柾目取りし、残りは板目に丸挽きしちゃいました。
    画像はポン割りした直後そのまま1枚1.5寸で挽いているところ。
    その後に反転させ、木表から再開しました。
    材木業からすれば楢を丸挽きすることのリスクは高いということについては認識しています。
    個人的にも楢の柾目、追い柾も好きです。
    しかし今回は使用目的をイメージして2/3を丸挽きにしちゃいました。
    >両木口のワレもほぼ同方向の
    そうでしたね。チルトしていなくて、ストーンとした直材でしたので、フケを除けば、素直な道産ミズナラでした。(チルトしていると丸挽きでは乾燥過程で大きな歪みが出ますけれど‥‥)
    ボクはどちらかと言えば、ややヌカ目な方が好きなので、好みの木味だったかも。

  • この普通の板が(失礼、なんせ素人な者で)工藝家の手にかかると、工房悠HPのような美しい家具になるんですね。ちょっと信じられない感じですが、この何年間かの時が、木も熟成させ、作品の構想も熟成させる必要不可欠なものなのでしょうね。手を掛け時間を掛け、愛情をかけたものは真に価値のあるものになるんでしょう。

  • 製材の話、興味深いですね。
    丸ス松井木材さんからは一度、漆の板を購入したことが
    ありました。
    北京オリンピックが8月に終わると、円高でもあるので木材の
    価格も少し落ち着いてくれませんかね。

  • Y.Oさん、
    なるほど、熟成ですか。
    ボクの場合、人の方は、なかなか熟成とは参りませんが、そうした思いは大切ですね。
    acanthogobiusさん、漆の木ですか。ちょっと黄色みがかった板ですよね。
    材木価格における中国因子が大きいのは確かでしょうね。
    北京五輪後の展望は何とも言い難いところですが、米国経済の混乱のあおりも受けつつ、中国経済のバブルが弾ける可能性はかなりの程度で高いかも知れません。
    しかしこれがただちに材木価格の低減に繋がるとも言えないところがくやしいところですね。
    問題は異なりますが、北京五輪の開催もやや波高しの国際情勢ではあります。

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