工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

鉋掛けという工程について

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日本建築と手鉋

日本の寺社仏閣に代表される、伝統的な建築様式で建造された建築物は、恐らくは世界の中にあってある種の傑出した美の世界を誇っていると言って良いだろうと考えています。

これは建築様式、意匠をはじめ、様々な要素が折り重なって産み出される美であるわけですが、主材であるヒノキの絹目肌が放つ光沢も、美質を構成する上で欠かせぬ要素の1つであることは肯けることだろうと思います。

この〈ヒノキの絹目肌が放つ光沢〉は、ヒノキという樹種が固有に持つ物理的な特性によるものであることは言うまでもありませんが、これに加え、やはり何よりも手鉋で削り上げた肌目の美しさにより醸しだされたものであることは、ご存じの通りでしょう。
ヒノキが有する本来の木肌の美しさは鉋で見事に削り上げるからこそ、引き出すことができるのです。

この鉋という道具は当然にも世界各国にそれぞれ独自のものがあるようですが、身びいきを差し引いてもなお、日本の鉋はたぶん世界ひろしと言えども、最高の切れ味を誇る優れた道具と言って間違い無いでしょう。

この鉋、いわゆる台鉋と言われる道具は、鍛造された炭素鋼の刃物を木製の台にすげられただけという、とてもシンプルな構造ではあるのですが、今の形になるまで、様々な改良が施されてきたと考えられますが、上述したようにヒノキの肌をそのまま外部に晒すという仕上げ方法、その美意識を特徴とする、日本建築様式の独自の発展の過程で、その要請に応える形で進化、洗練されてきたのでは無いかと、私自身は考えています。

江戸の昔にあっては、たぶん、この鉋は、他の大工道具とともに、その時代の最先端をいく、先進的な道具であったでしょうし、これを自家薬籠中の如くに使いこなす職人はさぞ誉れ高い職業人であったに違いありません(現代の木工職人の社会的地位のおぞましさを知れば、彼らの嘆きはいかばかりでありましょうか)

ところで、現代はサンディングマシーンという研削機械があり、鉋を掛けずとも、とりあえずは仕上げ肌を作ることはできるでしょう。

しかし、残念ですがヒノキの絹目肌はサンディングマシーンでは出せないでしょうね。

サンディングマシーンと手鉋

以前、このBlogでは、こうしたジャンルの事柄につき、かなり深く掘り下げ、検討を加えたことがありましたが、簡単に言えば、鉋とサンディングマシーンでは、その切削方法が全く異なるものだからです。

鉋は木の繊維を研ぎ上げられた刃物でシャープにカットしつつ、一定の面積を平滑に仕上げることを特徴とします。
それにより、有機素材ならではの長年にわたり蓄積されてきた年輪が醸す固有の木理、つまりその材種の木肌が持つ固有の表情をクリアに浮かび上がらせることができるわけです。

他の材料には代替できない、木を用いるという優位性がここにあると言っても良いと思いますが、これを意識下におきつつ、最大限、木への敬意を込め、この固有の表情を極限的なところまで引きだしてやるというのが、作り手に課せられた務めであるでしょう。

他方、サンディングマシーンでは、その特性を良く知り、正しく用いる事で、かなり鉋の能力近くまで機能させることは可能ですが、その機能の特性からして、しょせん木肌を押しつぶし、平滑らしくするだけですので、鉋が引き出してくるような、板面のシャープな木肌を産み出すことはできようもありません。

加えて、平滑という側面においても、サンディングマシーンでは木の年輪という細胞構造が持つ物理的特性により、成長期に構成される細胞の柔らかさと、休眠期に構成される細胞の固さの差異(春目と冬目、あるいは早材と晩材)を、凸凹の板面として結果させてしまうというリスクを常に伴うと言うことは、木を扱う者であれば誰しも経験的に知っている事柄です。

鉋も掛けずに甲板を仕上げるという木工所、製造メーカーがほとんどであるわけですが、サンディングマシーンの特性を意識せず、むたみやたらに動力機械のパワーに依拠した研削では、その結果、甲板の板面はたぶんウネウネと波打っているに違いありません。
材種にもよりますが、春目の部位と冬目の部位は凸凹としていることは良くあることです。

また、多くの場合化成塗料でお化粧されていますので、プラスチックな光沢に隠されてしまっているかも知れませんが、その材の細胞がが持つ固有の木理が放つ光沢は無く、くぐもった表情であるに違いないでしょう。
いかに無垢材を使っていても、天然杢が練られた合板で構成された甲板と変わらないばかりか、時には合板の甲板の方が美しく輝いているケースもあるかもしれませんね。

もちろん、私たち木を木として、その特徴を最大限に活かそうと心がける者も、塗装前のプレ工程、素地調整としてサンディングマシーンを用います。
しかし、それは然るべく鉋によって木肌を産み出した後の工程として、極めて限定的に用いるものであり、切削工程としてサンディングマシーンに拠るわけでは無いのです。

鉋掛けの工程

なお、鉋掛けという工程は、これを行う作業者にとってみれば、家具制作の一連の工程にあって、他の工程同様に大事なプロセスであることは言うまでもありません。
この鉋掛けは、木取りからはじまり、様々な加工工程を経、その成果が見える、組み上げ工程を前にした充実の瞬間でもあるわけです。
さらには、それに留まらない意味づけもあります。

つまり、他の何ものでも無い、木という素材を用いた加工工程を経、今、この木で構成された様々な部材と1つ1つ対峙し、あるいは対話し、向き合うという、木工職人にとり、ある種の至福の時間でもあるのです。

こんな工程をサンディングマシーンに代替させてしまうという愚かさを自覚するところから、木工に生きる家具職人の明日への緩やかな飛躍も約束されるのです。

(画像はいずれも CLAROウォールナット)

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hr

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • アメリカでは鉋かけは平滑程度、サンディングでグレインつぶし、本格塗膜を厚くかけるほうが好みです。さらにWAX.吹き上げ。フレンチぽリッシュ。
    木肌の繊細美麗を活かす日本の鉋かけ美肌はまだ伝わりません。文化の違いかと思いますが、鑿・鋸・玄翁は旨味調味や鮨と同様、判り始めたので,やがて「JP手鉋仕上げ、深い質感削り」違いがわかる男のFWW記事になるかと。

    オイル仕上げは、毎年手入れするならお勧めですが、忙しい御人にはウレタン。
    この厚板クラロさんは最後のステージですかに。それにしても、クラクラは長い説明要らずの素性の良い木。作業途中での木地濡れ色差コントラストも記録願います。尚、今頃の冬の明るい曇り自然光がベスト.。注文の多いキコリーズ。

    • 日本の木材仕上げにおける感性ですが、世界の中ではかなり異質なものがあるのは間違いないのかもしれませんね。
      これは日本建築の素材を代表する杉、ヒノキのような針葉樹から、寺社仏閣に積極的に使われてきたケヤキに代表される広葉樹、それらを美麗に仕上げようとする強い意志を感じさせられます。

      やはり日本人の自然界との交歓、あるいは木への畏怖のような感性が背景にあると見るのは、あながち専門職としての思い入れの強さだけでは無い、日本人固有のある種の心性が反映しているのではと思います。

      普段、忘れ去られていた心の奥底の心眼が、木との対峙の中から呼び覚まされるのかもしれません。

      対し、西洋人の感性は、自然界は人間の知能により御するべき対象としてあり、木材はあくまでもマテリアルとしてのそれでしか無いのかも知れません。

      スクレーパー、あるいはヤスリでの仕上げを特徴とする西洋の木工文化は、明らかに日本のものとは異質です。

      欧米での日本の大工道具の再評価をみれば、一部には木への関わり方の変化があるのも確かなところなのでしょうね。

  • マタイ伝に「木は人間のために神が造りたもう」一節あり。
    木を支配する管理する狩猟文化根源的発想です。
    遙か一万数千年前には栗を栽培し、神殿住まいを立てていた
    縄文生活者からみると青い。人間の誤都合ですね。
    世界最古の土器は日本出土。
    縄文のビーナスも、あちらのビーナスよりだいぶ先輩。
    樹木との親交・信仰、比較木材史観は、まだ研究不足ですね。
    神が宿るもの 依り代、神降樹、つぼの木、御神体湛え木など
    見えるのですが、原初古代世界はまだ眠ったまま。記録物は
    征服者、強者の記憶ですから容疑ふんぷん。
    研究途上、20年ほどかかりますので、しょばらくお待ち下さい。
    コントンキコル。

    • 興味深いお話しの数々。

      >樹木との親交・信仰、比較木材史観
      とありますが、

      なお、木工関連道具に関わる、本格的な比較文化論が欲しいですね。

  • 的等な人罪がおりませんから、自分でやるしか
    鉋の立体図を描き始めて10年、道はるか
    夕暮れまでには辿りつけそうもなく
    鉋の本質はどうも刃型か
    ルートはようやく
    わかりかけ
    腹は空き
    蔵路か
    浅田

    • 木工業界には
      豊富な人材がいますが、
      しかし顎脚付きでABEさんの
      途方も無い事業を担うだけの人材
      は居ないに等しいというのも事実かも知れません。
      『ミネルバの梟は黄昏て飛び立つ』と語ったのはヘーゲル
      でしたが、夕暮れに差し掛かろうとしても、時代が動かない、
      と嘆くABEさんには、もう少し現役の場で尽力していただくしか無い
      と言うことだけは明らかなようで、私は私の持ち場で木工世界をたゆたっていきます。

  • 到頭蔵路 未だ誰も知らない木印・至極の
    内科的樹木論の扉を削りましたね。
    初学者は
    まだ芽が出たばかり
    素晴らしい扉を開けるのが
    何時になるんだかと
    湧く沸く度機頭喜
    他素誰の日々
    皆的素敵な
    怪合も

    • ClaroWalnutはウォールナットの亜種で、その特徴とするところは
      似ていますが、似て非なるところが多いのも事実です
      物理的特性から見た場合、高い靱性を有する
      ウォールナット以上にねばりがあります
      明らかに細胞レヴェルにおいて
      DNAのミックスがおき、
      世にも不思議な
      木質を
      醸し出したものと
      言えるのは疑いが無いでしょう
      外見からはご覧の通り、多彩な色調を
      特徴とする特有の雅味をもたらしているのです
      これはぜひとも学術的なアプローチでの分析研究を
      進めるべき対象ですし、ウォールナット以外の樹種においても
      同様の接ぎ木での細胞変化を試み、色調、物理的特性の発現を見てみたい

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