15年後の3.11から見える光景
TV各局は東日本大震災に翻弄された被災地を訪ね、15年という時の流れを思わされる皺の数が増えた被災者にカメラを向け、返らぬ人となった犠牲者、さらには未だにお骨一つ戻らぬ子を涙とともに偲ぶ姿を捉えていた。
15年という時の重みは、いろんな意味において、軽からぬものがあるようだ。
当時、就学したばかりの子も成人式を済ませ、社会の第一線の成員として活動しておられる年齢の人々だろうが、彼らには、たぶん、相当にキツイ被災者で無い限り、3.11東日本大震災の記憶は無い。
福島の帰還困難区域でも数度にわたる集中的な除染作業により、この規制も大きく緩和され、帰還が始まっているそうだが、ただその人々に焦点を当てると、元住民という人よりも、行政からの様々な支援を期待しての、いわば新住民といった人も多いそうで、その人々に〈137Cs〉(セシウム137)がどうのこうの、半減期がどうのこうの、などと言っても、何のことやら、ポカ〜ンと反応は無いのとのこと。
元住民にしてみれば、それは福島第一原子力発電(以下、F1と略称)から放出、拡散された、まさに命に直結するほどの放射性物質の量を表す数値で、日々、住民たちが顔を合わせれば、互いにこの数値を共有し、自分や家族がその土地に住み続けることができるのか、いや、故郷を捨て、親戚を頼って遠隔地へと逃げねばならないのか、そうした判断の根拠となるもので、自分や家族の振る舞いにおける思考の中核を占める数値だったのに、
そうした些末な情報であるはずが無い、核心的な数値さえ忘却の彼方に押しやられるというのが、15年という月日の流れでもあるようだ。

だがちょっと待って欲しい、この〈137Cs〉の半減期は30年。
つまり一部では忘れ去られてしまうほどの時間の流れ、15年経ってもなお、人体の奥深くに強いダメージを与えると言われる放射性物質、〈137Cs〉の半減期は30年というかなり長い時間経過を必要とし、つまり未だこの半減期の1/2が過ぎただけという状況は、とても3.11・F1事故を忘れ去ることが許されるほどに甘いものではないことを私たちに突きつけている。
これほどの過酷事故を起こしてしまった日本の原子力行政だが、当時、民主党政権(菅直人〜野田佳彦氏が首相の時代)下であったこともあり、民主党のみならず、多くの政党が「脱原発」を訴え、電力供給源を再生可能な自然エネルギーの推進、旧くなった火力発電の再整備などに大きく転換させようとシフトチェンジへの道を進めたのは、確かに英断だったと思う。
この 3.11 F1事故は日本ばかりか世界全域、とりわけ原発依存を進めてきた欧州のドイツはアンゲラ・メルケル政権の下、いち早く原発依存から、自然エネルギーへとシフトチェンジしていくことを高らかに宣言し、強力なリーダーシップの力もあり原発依存は30%⇒15%へと進めてきたようだ。
私たち市民もまた、F1の電力は、地元福島に供給されるのではなく、煌々と輝く、華やかな大都市・東京へと送られていることが知らされた市民の疑問と、原発に内在する反人間的な科学とも考えてしまう人々の省察などから、経産省へのデモが組織され、戦後の市民運動としては画期と称されるほどの怒りの人々を結集させ、日本社会のエネルギー資源の再考を促す大きなムーブメントが繰り広げられたことは忘れもしない。
あれから15年。日本社会は規制解除された区域へと居を定める新住民を、正面からイノセンスに過ぎるでは無いかと指摘できるほどに立派な態度を取っているのかと言えば、
実はまったくそんなことは無いばかりか、むしろ積極的に忘却を促すような施策をとっているのが実態であるように思えてならない。
どういうことかと言えば、先の高市政権下での1月通常国会での冒頭解散から衆院選で、絶望的なまでの大敗北を喫した、〈中道改革連合〉代表の野田佳彦氏だが、この大敗北と同様の敗北を喫したのが野田第3次改造内閣の時で、みすみすと自民党に政権を明け渡したのだったが、今期衆院選の敗北を機にメディアはもちろん多くの人々に想起させられたのは皮肉というより、あまりにも政治的センスに欠ける政治家だったことを広く一般に知らしめる一件ではあった。
おっと横路に外れちゃったが、
この野田第3次改造内閣を破り登場したのが、第2次安倍政権。
この自民党安倍政権でさえ、〈エネルギー基本計画〉において「原発依存度を可能な限り低減する」と打ち上げるという、今にして思えば、なかなかやるじゃん!などと目を細めたくなるほどのもので、内閣に閣僚を出していた連立の公明党は「原発ゼロ」を公約としているほどだった。
ところが、3.11から10年ほど経った時の内閣、顔だけマジメで実直そうな岸田政権は、なんと、原発を「最大限活用」へと逆転。歴史の歯車を逆回転させ始めちゃった。
(「実直な貌」ってのは、実はヤバイ、と知ったのはこと時である。)
これには確かに世界情勢の大きなエポックを背景としたものもあるとはいえ、
世界を震撼させた、3.11 F1過酷事故の当事国ということを15歳の少年のように忘れてしまったかのようなあまりにナイーブな(ちょっと用法が違う可奈?)政策転換と言うしか無いだろう。
つまり、原油産出国でもあるロシアによるウクライナ軍事侵攻によるエネルギー価格の高騰、さらには、〈気候変動に関する国際連合枠組条約〉(COP)での脱炭素、CO2排出規制の世界的動きと、その厳しさから逃れる危機感が高まり、政権のみならず、メディア。識者らの大キャンペーンから、世論を操作しつつ、原発容認へと大きく回帰していくことになった。(岸田・石破政権)
また安倍晋三氏の後継者と自負する高市政権では原発再稼働一直線、加え、世界的にも実験段階でしか無く、巨大施設を必要とすることから膨大な建設費が掛かるとされる〈核融合〉プラントを志向するというものだそうだ。
また、野田政権下で定められた原発の最長運転期間の60年をさらに延ばそうと画策しているらしい。
これは既存の原発が徐々に、運転期間のMaxに近づきつつある事への対応だが、古ぼけた癌発の耐久力を失念した、あまりにナイーブに過ぎる(用法、間違っているのかな?)非科学的方針では無いだろうか。

こうして、3.11以降、急速に伸びた再生可能エネルギーへのシフトも、強力にブレーキが掛けられ、最近では、秋田県・千葉県沖の退洋上風力発電プロジェクトへと踏み出しつつあった、三菱商事だが、採算悪化を理由とし、撤退の発表があり、これには強い衝撃が走る事態に。
これはよーするに、原発再稼働、新規小型原子炉への実用実験などへの莫大な資金投入と較べ、再生エネルギーへの予算措置は次々と削減、あるいは切られ、こうした未来の再生可能エネルギーはまったく肩身が狭くなる状況を呈し、なんともわずか15年でこうも時代潮流の変遷に打ちのめされるのか、まったく気が重く、未来社会の展望は真っ暗闇という状況。
これらは言うまでも無く、9電力という大企業(と、そこに群がる関連企業)への予算措置を意味し、またこれら企業からの政権与党への企業献金となってグルグルと循環するだけで、その資金の源である我々納税者、3.11東日本大震災の被害者らには全く無縁の富裕者と政治家らの懐が潤うだけのループでしかないことは言うまでも無いようだ。
再び我々は、3.11で明かされてしまった真っ赤なウソ・「原発安全神話」の虜にされようとしているのだろうか。


木工家具のデザイナー & 職人のartisanです。
