工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

角のみ盤への照明器具取り付け

角のみ1うちの工場の作業環境は決して良いものではない。手作業場は太陽光線が入るレイアウトにあるものの機械設備のブースは概して暗い。
水銀灯2灯に40W×2の蛍光灯があちこちに設置してはあるのだが。
角のみ盤の手元が暗い。そこで今日は照明器具を角のみ盤本体に取り付けることにした。
これまでも小型の照明器具を角のみ盤本体にクリップで保持し、せん孔箇所を照らしていたが、どうもあまり芳しくなかった。
そこでこれを固定してしまえ、ということで鉄板を切り出し、照明器具クリップからフレシキブルアーム先のスクリュー部分を取り外しこれに取り付けた。(画像Top)
ウム、なかなか快適。
しかし作業しながらも、さらに良い方法を、と考えていた。
角のみ刃固定部位(ブラケット)の底部にLED(発光ダイオード)を取り付けるという方法だ。
照明器具の出っ張りが無くなり、さらにスマートに納まるなぁ。この場合配線はどのように処理しようか。
街に出かけたら、電子パーツショップに立ち寄り、LED素子を求めてこよう。
ボクはまだまだ視力は問題なし。周りの同年代の諸兄は老眼鏡に頼っているらしいが、ボクには不要だ。まだ0.1mmほどの峻別は付く。
しかし視力の衰えは眼の酷使にあるだろうから、コンピューター液晶画面に見入る時間帯が増える一方の環境下では、せめて木工作業環境での照明にはより配慮したいところだね。

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ウォールナットの製材作業

製材
週末は原木の製材に忙しかった。
ウォールナットを3本ほどと、シナノキ(木偏に品)を少し。
今回は框ものなどに手当するために太い丸太が必要と言うわけでもなかったが、いずれも50〜65cmほどの太さのもの。
テーブル天板用も含め、18〜60mm間のいくつかのサイズのものに製材する。
なかなか良材が獲れた。
製材の途中、ちょっとしたトラブルがあった。
製材では決してめずらしいものではないのだが、突然切れ味が停まるという事態が起きた。帯ノコの刃が欠けたのだ。
(大昔こことは別の製材所でのこと、製材職人が作業途中、こちらを向いて必死の形相で自分の開けた口を指さすのだ、フム?。要するに刃が欠けたという符丁だね。最初はそんなこと知らなかったとは云え、大型の帯ノコがまき散らす大騒音の中ではこうした符丁がお似合いだ)
その個所(枝分かれの節の部分)を見ればどうも石を噛んでいたと考えられる痕跡があり、これを排除して鋸刃を交換して再度製材を始めたが、またまた同じところで切れ味が落ちる。これを何と3度繰り返し、結局節の内部に見つけることの出来ない石があるのだろうと判断し、その部分をチェーンソーではつり何とか乗り切った。
こうしたことは過去何度も経験している。
その原因のほとんどは石。
しかしウォールナットという樹種で特徴的な障害と云えば鉄砲の弾、ライフルの弾と思しき、鉛の玉が出てくるということがあるんだね。
これは銃の試し打ちにウォールナットの樹を的にした、ということが考えられるだろうし、またハンティングの時の流れ弾、ということもあるのだろう。
さて製材作業という工程は我々木工家にとってとても大切なものだ。これは単にマテリアルとしての素材を確保するというに留まらず、制作する作品の品質を大きく規定するものだからだが、数10年前ならさほど気合いを入れなくとも入手できたものも、昨今では相当の情報源と、資力を持たなければ難しくなってきているという市況があり、ますます重要なものになってきている。
そこのお若い木工家のあなた、コンピューターを新規更新する余裕があるなら材木屋に走ろう。
なお本来であれば製材も冬季のうちにやっておきたいところだ。梅雨から暑い季節に向かうこの時期は決して好ましいものではない。(乾燥スケジュールから考え望ましくない)
しかし次の冬を待っていては良材が入手できるかどうかも分からないので仕方がないだろう。
今週はこの製材後の搬送を待って桟積み作業だ。あまり若くもない身体を酷使しての大仕事になるが、良い仕事をするための必須の作業なのでがんばらねば。

アームチェア Lam 06 完成間近

Lam06“アームチェア Lam 06”が午前中に完成して、まずオイルフィニッシュの第1段階だが夕刻外に出して自然光で撮影。(座はこの後皮張りに)
「Lam」とはLaminate頭文字そのまま。
座枠、および畳摺り(接地部分)の馬蹄型部分をLaminate(薄い[3〜4mm]単板を何枚も積層すること)加工にて曲面板成形するデザインだ。
ただしアーム部分はLaminateではなく、左右のアーム+後部笠木接続部をFinger Joint(フィンガージョイント)にて接合している。(座枠の前部+馬蹄型部分もラミネートフィンガージョイント)
Finger Jointとはいっても専用機械を用いたものではなく、四軸ホゾ取り盤という汎用機の縦軸面取りカッター部にセットしてfinger成形を行うものだ。
したがって決してfingerは長いものではなく、山、谷の高度差12mmほど。
しかしこれでも十分に接合強度が確保されると考えて良いだろう。
これを用いずに同デザインで接合したいとなれば雇い核(やといざね)にて行うなどの手法があるだろうが、その接合強度、加工、および接着作業の容易さにおいて残念ながらはるかにFinger Jointに劣るものでしかない。
finger1
うちでは決してキャビネットの量産などしているわけではないが、しかし「ホゾ取り盤」を導入しているという理由はこうしたところにもある。
つまり椅子などにおいて多用される複雑なジョイント部を有するほぞ加工においては一般の「丸鋸傾斜盤」では作業性が劣り難易度も高くなるところだが、この「ホゾ取り盤」によれば、適切な治具を用いることでかなりの程度で高精度にほぞ加工が可能になる。また今回紹介のようなFinger Jointにも対応できるという汎用性もあるのだ。
こうした機械は中古のものを求めるならば数10万円ほどで導入できるものであり、加工システム、作業工程をより高度化したいとするならば大いに導入を検討されるべきものだろう。
finger3
■ 過去関連記事(曲面を持つ板の木取り2題

職業としての家具作りについて(8)

現代の木工家具に求められるもの

あまり広範な領域で言及するのもそもそもの課題からしてそぐわないし、焦点が定まらなくなる怖れもあり、またその任でもない。

あらためてもう1度木工家具制作のこれからの在り方に引き寄せて考えよう。
これまで木工家具制作を取り巻く現状というものをいくつかの側面から考えてきたところからすれば、今後求められる家具とは、大規模な森林伐採を背景とした使い捨て文化、大量生産、大量廃棄されてしまうようなものではなく、必要にして十分な品質を持ち、長期にわたって使い続けられる堅牢な作りのものというのが、より良い賢い選択として必須の要件になっていくことは確かだろう。

オフィス、店舗などにおいて求められる家具には前にも記したように償却期間が例え短くともトレンドデザインを取り入れた張りぼてのものも需要されるだろうが、家庭生活などにおける家具需要は使い捨て量産家具ではなく、新たなライフスタイルのパラダイムに合わせた、より耐久性が高く、高品質なものが求められ、こうした市場の要求にボク達の制作者側は応えていかなくてはならないし、いやむしろそうした制作スタイルをもとよりとり続けている者として、積極的にこうした価値観を投影した家具制作を提案することが求められると言っても良いだろう。

無論、需要層は多様で、昨今かまびすしく語られ常態化すると見られる「格差社会」にあっては、価格訴求型のものが一定の市場シェアを抑えていくことには変わりはないのだろうが、単に富裕層からの需要ということに留まらない、ライフスタイルの探求型と言われるような需要層、一定の教養と高い感性を持ち、積極的な生き方をしている需要層からの高品質な木工家具への要求は一段と高まっていくのだろうと考えられる。

では具体的にはどのような考えを持って制作に臨むべきなのだろうか。

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職業としての家具作りについて(7)

木工家具は反時代的か

木工家は何故貧乏なのか。
数年前ある著名な文芸評論家が晩年に「清貧の思想」なるものを提唱していたことを記憶している人も多いかも知れない。

木工家の生き方はさて清貧なのだろうか。ここでそのような命題を考察するのは場違いだし、個人的にはあまり好感の持てる思考ではないので、深くは追求しないが、日本においてはかつては考えられもしなかったほどの勢いでおぞましい拝金主義が社会的に蔓延しつつある現在にあって、木工家の生き方はあたかも他者から見れば「清貧」を実践する風変わりな人々として分類されちゃうかも知れない。

ここでは「清貧」について論考するのではなく、「木工家の販売戦略を考える」の記述への導入部として前回の【生産性の低さを如何に補うのか】の発展形として新たに別の角度から考えてみたいと思う。

さしあたってこの項のサブタイトルは《木工家具は反時代的か》だ。
現代社会を特徴づけるのは経済的側面から見れば大衆消費社会ということであろうが、これは21世紀に入り、ハイパーで極限的なところまできていると言えるだろう。
第一次生産物を除き、第二次生産物、つまり工業生産物は大衆消費社会をターゲットとしてマスプロダクトというシステムによって世界大的にあまねく届けられるためのシステムが整備され、こうしたことを条件として1点あたりの生産コストを極限までに低廉化させている。これはフォードシステムという工場システムの導入以来のことではあるが、それ以降、複製文化という工業社会の革命的な技術進化はすさまじいものがある。

iPodなどが爆発的に普及したことに典型的に見られることであるが、デジタルデータの複製などに要するコストなどはほとんどゼロに等しく、これはかつての概念では考えられもしなかったことだ。
もちろんデジタル社会のこうした複製技術については全く別次元の問題であることぐらい承知しているが、複製文化の1つの象徴的なアイロニーとして触れておくのは無駄ではない。
デジタル社会ほどではないにしても、やはり今日の消費文化は圧倒的な生産力を誇るシステムの環境下にあって著しく進化してきている。

さて翻ってボクたちの家具製作であるが、こうしたマスプロダクトと較べれば全くの反語でしかないだろう。
家具製作におけるマスプロダクトへの対応はトーネットの曲げ木という革命的な技術開発による椅子生産からはじまったが、大衆消費社会の到来という時代からの要請の下、その後家具製作における製造システムもこれに対応すべく大きく変貌し発展してきた。
このような時代認識を前提にできるのであればボクたちの家具製作などは如何にも反時代的なことに手を染めていることになってしまうのであろうか。

無論、同じ制作というジャンルでも一方では芸術作品のように唯一無二の作品として社会から求められるものがある。
しかしこれは制作とはいっても創造的作品の制作だ。
家具製作が果たして創造的作品の制作と呼べるのかどうかはなかなか難しいところだが、木工芸といわれるものを除けばやはりサブ的な位置づけでしかないだろう。

いかに精緻な作りで、創造性があるものではあってもなかなか純粋なアートとしては認められないと言うのが一般的な了解だろう。

マスプロダクトでもなく、アートでもない、こうした宙づりの状態に置かれているのがボクたちの家具製作だというわけである。

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立夏の爽やか気分

dandelion
leek
ゴールデンウィーク、皆さんどのようにお過ごしでしたでしょう(何、まだ半ば?)。ボクは私事で慌ただしく過ぎ去り、今朝から職場復帰。
薫風さわやかな陽気ですが、今日は立夏。
ところで庭で見つけた植物の種、花、2題のクローズアップ画像(クリックで500×500pxに拡大)ですが。
さてこれは何でしょう。
最初は下に黄色い花の色があるようにこれは“たんぽぽ”の綿毛。
次は“ねぎ”の花、ねぎ帽子とか言いますね。(これは育てているわけではなく、泥ネギを庭に埋めておいたものが、忘れ去られ〈鍋の季節から遠く離れ〉、薹が立ったもの。
黄色い小さな雄しべ(雌しべの方なのかな?)がかわいい。
こんなクローズアップ掲載するなら、おまえの家具の仕口でもクローズアップしろって。まぁまぁ、たまにはこんなのも酔狂で。

職業としての家具作りについて(6)

前回は[家具作家に準ずる木工家]という項が途中だった。
引き続き[家具作家に準ずる木工家]の抱える問題とその打開の道筋について考えていく。

前回も述べたようにこのカテゴリーにおいては従事する人も多く、一方での既製家具との競合もあるので、生存競争も激しくなるのは必至。
「…田舎暮らしのために木工でもやろうかと訓練校に通い……とりあえず家具と言われるものは製作できるだろうから、身内の人たちから受注して製作していくことになる…」などという営業もたちまちのうちに底の浅さが露呈してしまうことになる。
その後本格的に外の社会の厳しい風に晒されて、世間の風は冷たいね〜、とあらぬ恨みを募らせてもお門違いでしかない。

さて、競合する木工家が製作する家具、既製家具にうち勝ち、生き残る術の核心は何か。ボクには答えようがない、というのが正直なところ。これを明確に示すことができるようであればボク自身の苦労もこんなに多くはないだろう。
そもそも誰が読んでくれるかも分からないこのような無為に近い論考を書き連ねるのも、自分の体たらくをあらためて俎上にし検証することで少しは向上への契機になるのではというはかない期待があるからだ。
そんなボクではあっても経験則から、あるいは常識的なところからでもいくつかのことは提示できるかも知れない。
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職業としての家具作りについて(5)

これまで木工家を取り巻く環境と、そこに求められるものについて考えてきたが、ここからはさらに具体的に家具工房の抱える問題を整理し、可能であればこれらの打開の道筋を考えていきたいと思う。

様々な業態の家具工房と、それらが抱える問題

様々な業態ということに関しては(2)で大まかに整理してみたが、木工家という側面により絞って見てみよう。

まず[家具作家]という位置づけがある。

ここではまずは社会的に広く[家具作家}として認知されている人であるか、あるいはまた自称「家具作家」であるかは問わず、そうした業態であれば、そのように位置付けて見よう。
しかし実態が伴わないものであれば違うところにカテゴライズされるべきだろう。つまり「家具作家」と自称しつつも他に生業の術を持ちながら活動している人たちだ。ただこれも「他に生業の術」とは言っても、家具製作に深く関連する業務であるか、全く異なる分野のものであるかによって大きくその位置づけも異なってくるだろう。

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顧客宅での撮影取材

ルームディバイダ今日は雑誌取材があり、納品されたものを撮影したいというので、県内西部地区の顧客宅へ出向いた。5年ほど前に納品させて頂いたものがメインで、その後数点追加受注を受けた顧客だったが、県内とはいえ80Kmという距離もあり、交流は決して頻繁ではない顧客の1人で、久々の訪問だった。
写真撮影となると顧客の生活部分へと深く入り込むので決して愉快なものではないだろうが、今回は快く受けて頂いた。
この顧客との出会いは同地域にあるギャラリーでの個展の時に、ある作品(キャビネット)を見初めて頂いたことがきっかけだった。
ただ残念なことに、対象の作品は売約済みであったもので、あらためて制作することになったものだったが、どうせならということで、大小2台を製作させて頂いた。
置かれた部屋は東向きの陽当たりの良いリビングルームであったので、オイルフィニッシュ仕上げの色調は、かなり褪せたものとなっていたが、しかし技法を究極的に追求してしつらえたものではあったが、全く往時の機能を損なうことなく、またドアパネルの〈単板(4mm)+積層芯〉の歪み、暴れ、剥ぎ切れもなく、偉容を誇っていたのには、正直、安堵と共に、いささかの自負を確かめるものとして十分なものだった。

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突然の停電にあわてるひ弱なartisan

今日はとても穏やかで快適な日和だった。
しかし
どうしたことか夕刻に工場が停電。三相も単相100Vも使えなくなってしまった。
あわてて数カ所の屋内配電盤を確認するも、ブレーカーは落ちていない。
メインの配電盤もOK。 ??
すると隣人が駆けてくる。「どうしたのかね〜」。
なるほど、こんな好天なのでまさかと思ったが、付近一帯がダウンした模様。
やや日が延びてきたので、かろうじて残っていた明るさの中で電気を用いる仕事ではない業務に切り替え、継続する。
オッと、部屋のPowerMacがスリープ状態だった。
しかしあわてても仕方ない。既に電源は落ちてしまっている。
電力会社に電話するも(固定電話は電子機器状態なので使えないから、ケイタイで)ビジートーンが返されるだけでなかなか繋がらない。どうも広域で停電して、電話が殺到しているのだろう。
ほぼ1時間経過して、復旧。
夜間だったらあわてただろうね。データ作成中のMacからはデータが欠損。録画中のDVDレコーダーの録画もダウン。許しを請う恋人への電話はダウンしてもはや回復不能。仕掛けた炊飯器のご飯は半生状態。せっかく冷やしたデザートのアイスクリームは溶け出す… etc etc。
でもあらためて停電事故のもたらす影響について考えてみた。
個人のこうした被害などさほどのものではない。様々な公共的な場での停電事故がもたらす被害は深刻だろう。
開腹手術中の集中治療室での停電(恐らくは大病院のほとんどには無停電自家発電電源装置を設備しているだろうが)。混雑する幹線の信号機の停電事故による交通混乱と事故誘発(今のおまわりさんに交差点の真ん中に立ち、手信号での交通量裁きができるのかしらん?)…etc,etc。
現代社会の脆弱性と言ってしまえばそれまでだが、やはりMacダウンを手痛いと感じるボクにはもう電力供給が不安定な社会には生息できないひ弱な人間なんだ。