工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

Webディレクター・中村勇吾

昨夜のNHK総合・「プロフェッショナル仕事の流儀」のゲストはWebデザイナー、中村勇吾さん。(NHK対象サイト
Web潮流の最先端がどのようなものであるのか、関心はあるもののほとんどウォッチしていなかったが、この中村勇吾さんが制作したサイトは驚きの連続。
あれこれ語る前に、このNHK番組のために作られたちょっと遊び感覚のページを。(NHK番組サイト
ソースを読もうにも、そうしたスキルのないボクには解読不能ながら、Flashプレーヤー+XMLを基本として、彼ならではのプログラムが組み込まれているのだろう。
ボクが中村勇吾さんの仕事を知ったのは、たまたまUNIQLOのサイトに行ったときのこと。
クールでインタラクティブな仕掛けが散りばめられ、Webアクセスの無条件の楽しさが伝わってくるものだった。
へぇ〜、Webでこんなこともできるんだ、と見入ったもの。
最近話題になったのはNECの企画である「植樹プロジェクト 」、あるいは「Honda Sweet Mission」などだが、
amaztypeちょっと遊んでしまったのが次のサイト。
「amaztype 」
amazon扱いの本の検索ツール。
検索語の文字形状に、検索された本の全てが次から次へと積み重なる、動的経過はスゴイの一言。
Web上には多くのクールなサイトがあり、楽しめるが、中村勇吾さんのFlashは全く趣を異にする。
ともかくWebアクセスにおける楽しさを提供し、その結果としてクライアントへの関心を呼び覚ますという仕掛けは、とてもスマートで格好良いの一言。
世の中、やたらとクリエイターどもが増殖しているようだが、真にクリエイトしている人に出会うのは楽しいものだ。
彼はこの世界では全くの独学でスタートし、企業デザイナーとして安定志向するのではなく、何ものにも依拠しない独自のスタンスがまた彼の業績を産んだ重要なポイントかもしれない。
とりわけIT社会では個人の天才的とも思えるひらめきと才能、そしていくつもの困難を乗り越える強靱な精神力を継続して発揮できる人が頭角を現すことで顕著な世界だが、そうしたことは他の創造的な分野においても大きく変わるものでは無いだろう。
日本から発信される真にクリエイトな才能が枯渇する中にあって、中村勇吾さんの業績が世界から高い評価を受けていることはとても嬉しいこと。
■ 中村勇吾さんのサイト

卯月・4月

暦は替わって卯月4月。
昨日までの雨とうって変わって晴天。しかし寒い。
4月とも思えぬ木枯らしのような強い風がうなり声を上げ身体を震え上がらせる。
4月は新年度、新学期の始まりということで、慌ただしい中にも、淀んだ空気を払い清新な気持ちにもさせてくれる。
うちではこれといった新たなことがスタートするわけでもないが、木工界でも新たな職場に入社する人、関連する美術学校などに入学する人、あるいはまた訓練校の生徒としてのスタートを切る人もいるだろう。
これらの未来ある人に少しばかり先輩風を吹かせるとすれば「Do your Best ! 」と言っておこう。
経済的には過度に成熟しきった拝金主義の蔓延する現代日本において、あえて正当な評価を下されることの困難なこの世界に挑む若者は貴重な人材とも言えよう。
もちろん、あらかじめそうした覚悟ができている人ばかりではないだろう。
翻ってみれば、ボク自身からしてそうだったから言うのだが、さほどの能力、才覚があるわけでもない者が継続してやり続けることは易しいことではない。
多くの試練を乗り越えるだけの信念と、弛まない努力、あるいは社会人としての自覚と成長といったことなども継続のファクターとなろう。
長じて、少しは木工のことも分かってきて、相応の評価も受けられるようになるだろう。
モノ作りという職域ならではの継続する時間が醸す練達の技は何物にも代え難い貴重な資産だ。
そうであればやはりこの世界へのチャレンジャーには、ただDo your Best ! と声を掛けるしかない。
ところでこのBlogのアクセス解析をすると、閲覧される記事で常に上位にくるのが「訓練校」関連記事だ。(右メニュー・カテゴリー、「木工 訓練校情報 LINK集 」)
これは木工の職能を身につけたいと希望しアクセスしてくる人がかなりの数で存在することを示すものだろう。
アクセスしてきた人がその後どのような経緯を辿ったかなどは知るよしもない。
Web上のBlogという公的空間のものあれば、それもまた致し方ないこと。
ボクの知らないところで何か記事から示唆を受けて、次への行動へと誘い未来へ向けてのステップを歩み出すことに繋がったとすれば嬉しいし、逆に思惑とは異なる世界だと気付かされ、離れていった人も少なくないはず。
彼らから責任とってくれよ、と言われても、済まなかったねとしか応えようもない。社会というものはそのようなもの。
ルサンチマンも次へのステップへのエネルギーにできる人は心配する必要はないだろうし、自己嫌悪に陥る人であれば、人生は長く、自分にとっての適性などは死ぬまでに見つけ出せれば良いのでは、と応えるだけだ。
春、4月。モノ皆萌えいずる季節。一歩前に !
画像は、先週末の近くの河原の桜並木。
ソメイヨシノ

ディテールとエッジ

知人の木工家から、あるお尋ねがあった。
1つのテーブルのデザイン、ディテールがどうなっているのか見せて欲しいとのこと。
隠すほどのものでもないし、以前撮影していた画像が見つかったことでもあるので、ここで明らかにしておこうと思う。
下の画像は、テーブルの脚部、ディテール。(天板はまだ接合されていない状態)
テーブル脚部4本脚を幕板で結合するというごくありふれた構成のもの。
脚部デザインは、いわゆる“四方転び”の仕口で、“テリ脚”となっている。
四方転びそのものはイージーなものでしかないが、これを画像のような断面を持った造形を作り、これに仕口を施すのには、少し思考における自由度、加工プロセスの難易度も重なり、なかなか楽しい仕事になってくる。
木工家としてのボクのデザイン的アプローチとは、無論、目的とする調度品としての機能を十分に満たし、生活空間の快適さに少しでも寄与できるものを志向するのは当然としても、いわゆるデザイナー的アプローチのそれとはいささか趣を異にする。
ボクたちは木工の練熟した職人としての職能を縦横に発揮し、これを目的とする造形物に如何に対象化させるのか、という心配りを重視するという点においてデザイナーの思考スタイルとは少し異なる。

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春・花便り、3題

花3種
今日は週末でもあるので、花便りでも。
この週末、ソメイヨシノは各地で満開を迎えているようだ。
今日はサクラではなく、身近で見かけた花々をパチッ !
Top画像左から、
《スミレ》、《源平枝垂》花モモ、《ツタンカーメンのエンドウ豆》
スミレ
まずスミレ。
このスミレ、庭のそこかしこに咲き始めた。
毎年咲くスミレだが、いつも咲く場所が違う。
画像のものは工房入り口ドア付近のコンクリート土間の割れ目に、もっこりと芽を出した「ど根性スミレ」だ。
10日ほど前に気付き、水やりをしてきからね。
スミレも様々な色があるようだが、この濃い紫色のものは格別な(高貴な?)感じがする。
以前も書いたことだが、このスミレの名称の語源として「墨入れ」から来ているとの説は有力だ。

源平枝垂れ

源平枝垂れモモ次は「源平枝垂」というモモの花。花モモの一種。
白のベースに赤のブチが入る。あるいは紅色のみのものもある。
これらが同じ1本の幹からというので、ちょっと驚くよね。
この対照的な2色が混合するので「源平」と命名されたようだ。
しかも枝垂れなので、なかなか趣がある。
当地の農家の庭では好んで植えられているのをよく見かける


最後は「ツタンカーメンのエンドウ豆」
昨年11月に頂いた8粒をプランターに植えたものだが、早くも花をもたらしてくれた。
マメの花は概して綺麗なものだが、このツタンカーメンのエンドウ豆は格別の美しさ。
実を付けるのが楽しみだが、この花と同じような濃い赤のサヤだそうだ.。
ツタンカーメンのエンドウ豆

製材後の天然乾燥は

割れ止め剤
昨日に続き、今日も半日ほど製材所でお仕事。
木口割れ止め剤の塗布作業と雨対策の屋根設置。
製材直後の材木はたっぷりと水分を抱え込んでいる。
木工制作の材料として供するためには、大気が含む水分と同程度(平衡含水率)になるまで乾燥させなくてはならない。
一般には含水率12〜15%ほどまでに落とさねば制作後に反張など様々な障害をもたらしてしまう。
天然乾燥の場合、通常1寸の厚みの板で1年、などと言われるが、うちではその倍の時間を1つの目安としている。
材種によっては、その後人工乾燥のプロセスを経た上で、制作へと回される。
天然乾燥でも、時間を掛ければかなりの程度まで落とすことが可能だが、ただこれだけではどうしても環境の状態に左右されやすい。
人工乾燥によって、含水率を一端かなりの程度まで落とし、その後、目的とする含水率にまで戻すことによって、環境の変化にあまり影響を受けることのない安定した状態を保持できる。これが木材乾燥における重要な概念の1つである。
つまり天然乾燥では目的とする含水率まで低減させることは至難であり、予備的段階、プレ段階としての天然乾燥という位置づけになる。
市場で流通している製品などでは、長期の天然乾燥は資金を寝かせるようなものであり、積極的な位置づけはされていない。
あくまでも人工乾燥の釜に入れるための必要条件を満たすためのものでしかない。

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沈丁花の香漂う製材所

沈丁花
桜もほころび、今朝も春爛漫の陽気だった。
実は昨日の朝は雷鳴で起こされ、あわててADSLモデムのライン、電源を抜くなど春先には良くある大気の怒りに震えてしまったが、何と、雷鳴が止んだかと思ったら、屋根を叩く音は豪雨のものとも違う金属的な音に替わった。
はぁ?、何とそれは雹(ヒョウ)。金平糖大(こんぺいとう、って知っている年齢層は50代以上?)の小さなものだったが、一時は積もらんばかりに降り注ぎ、間もなくそれも止み、気温が高いのであっという間に溶けてしまった。
しかし今朝はおだやかな霞掛かった晴天。
やっと製材所のスケジュールが空き、今朝3本の丸太を製材することができた。
以前は工房から比較的近いところに賃挽きを請けてくれる製材所があったのだが、まだ若かった主人が突然病に倒れ、閉鎖されてしまっていた。
しかしここ島田という地域は昔より製材業が盛んなところ。
南アルプス山系を背後に控え、大井川という水運の地の利、東海道に面しているという陸路の利を活かし、一地域は丸々製材業で埋め尽くされるほどの産地であった。
一頃に較べれば、その勢いは衰えてきているとはいうものの、数カ所の賃挽き業者も残っているようだ。
数週間前に丸太の皮むきを7割ほど済ませておいたのだが、今朝は製材の予定時刻より1時間ほど早く到着し、残る皮むきから始まった。
しかしTop画像の楢材(道産)の何と皮の剥き辛いことか。
残り2本のブラックウォールナットはベロッと比較的簡単に剥けるものの。外の鬼皮と甘皮、そして幹肌がびっちりとくっついている。
近くに咲き誇る白い沈丁花の香に助けられながら、何とか剥き終えた頃には、予定時刻になり、製材所のご夫婦と力合わせて、3本を製材し終え、次いで桟積みもやり終えた。

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季節の移ろいは足早に

今日は一段と春めき、工房内の寒暖計は20℃を越えるところを指していた。
熱戦が展開されている甲子園では選手の一人が熱中症でタンカで運ばれたとか。
もう、こうなると鉋掛けも作業服を一枚脱ぎ、一枚脱ぎして、最後はTシャツ1枚になって、なお額に汗状態。
ちょっと焦ってくるのが先に購入し運送されてきた原木の製材ができていないこと。
可能な限りに早めにやっておきたいところだが製材所のスケジュールになかなか組み入れてもらえない。 汗 !、焦 !、あせる !。

老木の開花

ソメイヨシノ
今朝は時ならぬ豪雨に見舞われた。
一昨日22日、ソメイヨシノが開花したとの発表がなされた静岡だが、近くの河川土手の桜並木はまだ画像のような状態。
巨木の枝々にびっしりと並んだ蕾は、今にも咲き揃いたいとばかりに色づき膨らんでいるが、ほころんでいるのは1本の幹に数枚(数葉?、数個?)ほど。
咲き揃った後の豪雨ではあまりに侘びしいが、この週末ほどに見ごろを迎える桜にとっては、むしろ恵みの雨だったかも知れない。
(画像は雨上がり、正午頃のもの。花びらも濡れそぼって少しだらしないね。コンパクトデジカメにて)
今日は所用を兼ねて、この川を渡った先の床屋に立ち寄り、バリカンを入れてもらった。
この床屋、いわゆる価格破壊のチェーン店。
以前どこかでも書いたように記憶しているが、地域の理髪業組合に加盟しているようなところは利用しなくなって久しい。
「次の方、どうぞ〜」
「ハイ、お願いしま〜す」と鏡を前にして座ったのだが、このスタッフ、いきなり「お客さん、白髪が増えましたね‥‥」と、心配そうに一言。
これには、半分「ムカッ」と来て、あと半分「‥良く以前の状態を記憶していたね」と感嘆。
2つ思いが交叉する。(こうした店舗では一人あたり約20〜30分ほどで済ますので、個々の客のデータなど覚えていられないはず。しかもボクは所用の序でに立ち寄るので、広い地域のいくつかの店舗をアットランダムに訪れているのだし)
この茶髪で髭面のスタッフ、聞いてみれば年齢は36歳。それでいて白髪染めの世話になっているとか。
良かったら染めてみません?と薦められもしたが、
(ウォールナットの白太を人工乾燥過程で黒く染めて偽装させるが如くにかい?、と、言葉を返しても分かってもらえるワケがないので、一人でブツクサ‥)
「あなたのように格好良くなる保証があれば良いけど、この年齢ではね。
‥‥、大体あなたのお父さんぐらいの年だしね、ボクは」
「エッ、見えない、見えない。ウソでしょ」
「嘘言ってどうなるのよ。‥いやむしろボクはいっそのこと、藤本義一のように真っ白に早くなってみたいよ」
などとアホな会話の中で、短い時間ながらもその後は快適に過ごさせてもらい、頭も心も軽くなることができたのだった。
そうか、白髪が増えたか。
あまり鏡で写すこともなくなっているからね、自覚が足りないのはその通りかも知れない。
昨日も、地域の寄り合いで宴を囲んだのだが、同年齢のご近所さんも多く、それぞれの体力と容貌の衰えを相互に確認する場になってしまったしね。
抗えないことと、抗わねばならないことと‥‥、加齢と共に新たな問題に直面させられることも多くなってくるが、しかしまだまだ人生は長い。
河原の老木だって、まだまだ美しい花々を咲かせる精力も魔力も宿り、若い樹では見ることのできない絢爛豪華な花吹雪を見せてくれるのだから。

“手作り家具”と機械設備(その17)

米国など海外の木工との比較において考えてみる

国内の木工界における海外からの影響はどの程度に及ぶのであろうか。
確かに現在の木工家たちにとって、インターネットの普及による恩恵でとても容易く海外の木工スキル、インテリア家具デザインの情報が手にはいるようになっている。
あるいはオンラインではなくても、関連する様々な文献も手軽に入手できる。
さらには国境を越えての木工留学、海外木工家との人的交流も盛んに行われている。

ところでこうした交流は決して今に始まったものではなく、限られた諸条件の下であったとしても古来より連綿として続けられてきたものであることは、正倉院の宝物を典型として確認することができる。
無論この中には宝物そのものがシルクロードを辿り、日本へと帰着したものも少なくないようだが、一方では海外からの工匠の渡来がもたらした木工に関わる様々な技法、デザイン、道具の数々があったことだろう。

つまり木工に限らず、芸術分野、工藝全般において、いつの時代にあっても決して閉ざされた世界で独自に形成されてきたと考えるには、多くの無理があるだろうし、様々な物的交流、人的交流を介した技術体系の相互流入というものを前提としたところでの、それぞれの共同体、あるいはそれぞれの国における独自の発展形態があったと見るのが自然であろう。

これらはその時代における世界的な生産様式、あるいはその国々の支配形態に規定されつつ、既存の技術体系の基盤に影響を与え、あるいは国々の国民性、エートスなどにも影響され、さらには社会的要請(社会的需要)に従いつつ、独自に換骨奪胎されたものとして定着、発展していったということもあるだろう。

これまでこのようにして歴史的に形成されてきた技術体系の特性というものも、ネット社会という1つの情報革命を経て、大きく変容しつつあることも確かだ。
良く言われるようにフラットな世界になりつつあるということは、この技術体系においても例外ではないのかも知れない。

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彼岸の一日

ミモザ
春をたぐり寄せるものか、遠ざけるものなのか、ともかくも冷たい雨の一日だった。
今日は所用で出掛けた街中でのスナップ数葉。
彼岸の中日、雨を突いて父と兄が眠るお寺へと墓参。
雨中でいつまで持つかも知れない線香は一握りほどもの量で供えてきたが最後まで燃え尽きてくれたかな。
画像Topは墓地に咲く、これはミモザに似ているけど?違うかな(自信なさげ)。
違いました。山茱萸(サンシュユ)というものです。ご指摘のY.Oさん、ありがとうございます。
ストリートギャラリー
次はJR藤枝駅南口の再開発敷地の壁面に貼られた子供達の絵画のギャラリー。
「ストリートフェンスギャラリー」と命名されている。
中に知人の娘の名前もあった。
これらの図画は、原画の紙ではなく、樹脂などにプリントしたもののようで、雨風にも劣化しない工夫があるようだ。
こうした子供の作品で街中が飾られるのは地域のコミュニティー活性化という意味からも良いことだろう。
木蓮
最後は白木蓮。個人的にはこの季節の花々では何故か子供の頃から印象深い花として愛でる。
葉が無く、真っ白い花だけがツンと天を向いて、凛としていて清々しい。
そうした好みからすれば蕾状のものの方が良いのだけれどね。