工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

映画 〈玄 牝〉

タイトルは「げんぴん」と読む。老子の『道徳経』から引いているとのこと。
産む性としての女性の人生最大のイベントである出産を「自然分娩」で実践する吉村医院と吉村正先生を追ったドキュメンタリー映画である。

この世界では著名なドクターでもあり、多くの書も出版されており、このBlog女性読者にも知っている人も多いのではと思う。

監督・撮影はカンヌ国際映画祭で『萌の朱雀』により新人賞を受賞した河瀬直美。
(彼女自身、1子をもうけ、次の出産には吉村医院で産みたいとインタビューで応えている)
いつものように、じっくりと被写体と言葉を交わしながら、16mmキャメラを回す。

オープニングは岡崎市郊外に建つ移築再建された古民家を取り囲む鬱蒼とした木々の葉っぱが風にはためき、パンしていきなり出産シーン。
妊婦がいきみ、そして生まれたての赤ん坊は小さな鳴き声を上げ、母親の胸へと助産婦が誘う。
にっこり笑顔で迎える母親。
その静かな営みは生後数週間後の母子を視ているかのような錯覚にとらわれる。
壮絶な修羅場のごとくの出産とは対極の、自然のあるがままのゆったりとした流れの中に、新たな生の誕生がある、この不思議。
その後にへその緒が断ち切られるシーンがつづき、出産したばかりだったのだ、とあらためて気づかされる。

(Top画像は映画パンフレットだが、この赤ん坊の聖なる笑顔は産後直後のものだということに、「自然分娩」の本質が表されているように思える)


映画はその後、吉村医院の日常が丁寧に描かれる。
もちろん、吉村先生の持論である自然分娩を語る場面もあるのだが、なによりも印象的なのは、ここに通う妊婦達の元気で明るい姿である。.

実はボクの家具の顧客にこの吉村医院で出産している人がいる。
5人の子持ちなのだが、第1子がとても難産だったこともあり、その後の4人は全てこの吉村医院で出産している。
この岡崎とは決して近い距離ではない大阪在住の人であるのに、である。
ご主人は歯科医ということもあり、近代医学への基本的知識、批評精神は高いものがあるはずの夫婦。その夫婦が選んだ出産が吉村医院。

母子ともに、とても明るく、子供達はまさに自然児と形容するするにふさわしい闊達さが印象的なご家族だ。(過去記事

そんな個人的経験もあり、彼女らの自信に満ち、母親であることの誇りと幸せを抱きながら、重いお腹を抱えてスクワットする姿にはユーモアとともに、産む性、女性の強さというものを感じさせてくれる展開は、決して不思議でもなく、とても納得のいくものだった。

産む性である女性に本来備わっている“産む力”を信じ、ドクターはあくまでもその介添え役として立ち会い、母親の不安を和らげ、生まれ出る新たな命の賛歌をともにうたいあげる。

国内では数少ない自然分娩の産科医院を造り、時には医学会と対立し、病んでしまっている近代医学の病弊を撃ち、人間本来の生命力を尊いものと考えるが故に、安易な西洋医学的処方に陥ることを是としない。

もちろん、この吉村正先生の「自然分娩」へは近代医学の立場から批判があることも知っておきたい。
河瀬直美はこれを決して隠すことなく、帝王切開が必要なケースは近代医療設備が整えられている病院へと転送させることなども触れ、また吉村先生自身の一見確信に満ちた持論の影に隠されている迷いまでも映し出す。

また数例の出産シーンをしっかりと撮影し、これを編集して上映しているのだが、この映画を出品したサンセバスチャン国際映画(スペイン)の上映会場では途中退場者も少なくなかったらしい。
近代社会が、出産という営みを白いピカピカの病院に閉じ込めてしまっていることへのアンチテーゼへの嫌悪感からのものだろうが、それもまた否定しがたい現代の社会状況。

つまりは出産における多様なあり方の中から、妊婦と、その家族が自由意志で選択することの重要性である。
ただやはり近代化の中で生と死というものが禍々しいものとして覆い隠されしまっていることへの対置として、いわば自然の摂理としての分娩のあり方を実践的に提言する吉村先生の考えというものは注目してよい。

また、吉村先生が80歳近くとなっての撮影ということもあるのか、生と死についてのモノローグのシーンがあった。
これは河瀬が引き出したのかどうかは分からないが、恐らくはうっかりすると聞き漏らすほどの1つのシーンでしかなかったのだが、とても重要なものと思えた。

つまり生まれ来る生があれば、死にゆく命もある。
この蕩々とした生命の流れの中に人が生きているという、言ってしまえば当たり前の生命哲学にかかわる本義であるが、極限にまで進化しつつある近代医学では、こうしたことが覆い隠される傾向にあることへの鋭い批評性を感じ取ることは決して深読みではないだろう。


実はこうしたことは、これまで岡崎市内のボクの個展会場などに足を運んでくれた際の数回にわたる会話からでてきた話しでもあったので、決して過剰な思い入れとかというものでは無い。

この吉村先生、地元岡崎での封切り初日の舞台挨拶が予定されていたものの、体調不良で舞台に立てなかったとのこと。
高齢でもあるので心配されるところだが、ぜひまたお会いして舌鋒鋭い近代医学への批評、文明批評の話しをお伺いしたいと考えている。

またこの映画の中で、出産シーンというおごそかでプライベートな個人的営みを、こうして映画素材として提供してくれた多くの妊婦、家族にも感謝したいと思うし、またそうした許容力を育んでくれた河瀬直美監督の力量にも敬意を表したいと思う。
生命万歳 ! 人間万歳 !

■ 公式Webサイト:http://www.genpin.net/index.html

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=rME2VkRev5M[/youtube]

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