工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

映画『バビロンの陽光』

2003年3月、ブッシュJrによるイラクへの先制猛攻撃(『イラクの自由作戦』)によりサダム・フセイン政権は間もなく崩壊する。

この映画は、その直後のイラクを舞台とした、戦争により行方不明になった息子(孫にとっては父親)を探し求めるクルドの祖母と孫とのロードムービー。

これを観たいという欲望は、それまでほとんど観る機会の無い国の映画であったし、その国土を大きなスクリーンで観てみたいという素朴なものであったわけだが、事実、土埃舞う荒涼たる砂漠の果てに沈む赤銅色の大きな太陽はあくまでも美しく、あるいは周囲には緑1つないゴツゴツした石ころだけの延々と続く砂漠の中を貫く国道は、あくまでも果てしなく続き、日本ではあまり馴染みの無いアラブ音楽のBGMは、ボクらにとってはまったく異質な世界にいきなり放り出されたような感覚に襲われるなど、無知ゆえのちっぽけな欲望を十分に満たしてくれるものだった。

むろん、この風土が醸すオリエンタリズムはそこに生きる人々が作り上げるものでもあるわけだが、映画的手法であるとはいえ、古代メソポタミア文明の残滓を深い皺の中に刻む人々の哀しみと喜びが紡ぐ1つのストーリーからも、近代的文明観に支配された思考様式を異化するに十分な内実を持つ良い映画だった。

 
 
バグダッド生まれで、ヨーロッパで映画を学んだモハメド・アルダラジー監督(1978生)は、戦火さめやらぬ故国での撮影を敢行するにはいくつもの困難を乗り越えていかねばならなかったようで、これに支援を与えたのがサンダンス映画祭だったとのこと。
映画好きな者にとり、このサンダンス映画祭はチェックを怠ることのできない必須のプロジェクトであるわけだが、埋もれた優れた才能を見いだし世に問うためのサポートはぜひ今後も強く継続していってもらいたいと願う。

ストーリーなどは公式サイトに譲り、ここでは詳述しないが、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、そして米国との戦争など幾たびもの戦争の結果、兵士、民間人の行方不明者は150万人を超えると言われるが、この悲劇を1つの家族の息子捜し(親探し)のロードムービーとして映画化したものである。

以下、いくつか感想めいたものを書き留めておきたい。

まず1つめは主役の祖母と子役の二人について。
恐らくこの映画の成功の過半は、キャスティングの妙に負うところ大であると思った。

二人とも役者経験の無い素人で、そのためか過度な演技臭のない抑制的なものだったが、凡百の役者以上の魅力を発していた。
祖母役の女性のその物静かな中に意志の強さを秘めた思索的な相貌はこの映画に深い印象を与えていた。
Webサイトで解説を見れば、彼女自身バース党からの政治的迫害を受けてきたようで、長きにわたる夫を探す人生であったことは、映画のストーリーそのものであり、真に迫るものだったのも頷ける。

そして13歳の子役だが、この映画のストーリーをグイグイと引っ張っていくすばらしい演技を見せてくれている。
きらきらと輝く眼と豊かな表情は、物静かな祖母と対照的であることで、より二人の道中を魅了するものとなっていた。

そしてストーリー後半からこの二人の道中に絡んでくる元兵士とのやりとり、関係(イラクが抱えるアポリアとも言うべき民族問題が暗喩される)こそが、この映画の横糸となって深い印象を与えている。
クルドの二人にとり、この元イラク兵士は身内を殺害した側の者であり、祖母はそれが判明したとたん関係を断とうとするが、何かと二人に親身に世話を焼く元兵士に次第に打ち解けきて、最後は許しを与える。
この寛容と許し、和解こそが、この映画の2つめのテーマとなっている。

米軍撤兵後も、残念ながら安寧な国土にはほど遠い状況のイラクだが、多様な民族、多様な宗派を抱える国民国家の建設の困難さは、外部からは推し量るには絶望的にも思えてくるものだが、これはブッシュJrによる戦闘、バース党の解体、アメリカ型の民主主義の押しつけで、より困難さが増大していることも確かなのだろう。
寛容と和解への道に進むことでしか、解決へ向けての途は拓けないことも明らかだろう。

中東を舞台とする映画だが、ヨーロッパで活躍する監督らしくその手法は秀逸だ。
映像はとても美しい。編集も良い。キャスティングは上述の通り。
アカデミー外国語映画賞、ベルリン映画祭、アムネスティ映画賞、平和映画賞各受賞作である。

白茶けた土埃と真っ黒なチャドル(顔だけ出して身体全体を隠す服装)の対象は映像的にもとても美しく、男どもの陽気で逞しい姿はどこの国でも一緒だと教えてくれる。

砂漠の中のモスクはまるでオアシスのように人々に寄り添い、宗教的帰依の幸せを感じさせる。
モスクの屋根の向こうに沈む大きな太陽は緯度のせいだろうが、日本にいる我々にとってこの光景ははやはり遠い異国のものだ。

上映90分という時間の終わりはあまりに惜しいものだったが、この少年の笑顔と祖母の許しの言葉は希望へと繋がっていることで、観客もまた豊かな気分で席を後にすることができるのだった。

■ 原題:Son of Babylon
公式サイト

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=SbNfnnKEDmg[/youtube]

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