工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

熱狂と静謐の狭間で‥‥(ピアニスト辻井伸行)

6月8日、いくつかの家具を載せたミニバンで展示会場に向かう途上、“全盲”のピアニストの辻井伸行さんがヴァン・クライバーン・国際ピアノコンクールで優勝 !!、ニュース報道にしては、やや興奮気味の吉報が入ってきた。
残念ながらカーラジオでは会場の様子も窺えず、どのような演奏であったのか気になって仕方がない。
食事時間の合間、iPhoneからYouTubeを検索すると、既にいくつかの演奏の動画が納められていて、辻井さんの演奏を垣間見ることができた。
さて、その後の国内のメディアの“狂想曲”は触れるまでもないだろう。
ニュース枠は当然としてもワイドショーの中でも大騒ぎ。
常に冠されるのは“全盲の”、“日本人初の”というフレーズ。
底なしの沼地であえいでいるような今の日本社会にあって、確かに辻井さんの栄冠は暗闇をやぶる払暁のような効果をもたらす社会的な話題として取り扱われるにふさわしいものなのかもしれない。
しかし、それを殊更に、“全盲の”、“日本人初の”という属性で讃えるというのは、彼には大変失礼な関わり方になるのではないか。
ヴァン・クライバーン・国際ピアノコンクールの審査員も、スタンディングオベーションで迎えた観客も、そうした属性を越えた、まさに一人の音楽家、あるいは大きく羽ばたこうとしている芸術家として評価し、讃えていることを忘れてはならない。
18日、朝日新聞夕刊の吉田純子(記者なのかな)署名の記事は抑制的でバランスの取れた良いものであった。
ここで、このコンクールは世界にあまた数あるコンクールの1つであり、「チャイコフスキーやショパンなどの大コンクールと並ぶ登竜門」という位置づけとは少し違う、と難じているが、恐らくはそれが正しい認識なのであろう。
無論、だからといって辻井さんの栄冠が貶められるというものではなく、ただ煽るだけの意味合いでの適切さを欠いた評価というものは、彼に対してむしろ失礼な振る舞いだということを言いたいのだ。


その後も朝刊1面を割いての広告がきていたし、帰国後の各地でのリサイタルも大変な騒ぎなのだと言う。
彼の音楽家人生にとってこの日本国内の“狂想曲”というものが、果たして今後どのような意味合いを持っていくことになるのか、やや懸念される側面も無しとはしない。
彼の音楽人生は、まだとば口に差し掛かったところであり、このコンクール優勝は次なるステージへ向けての大きなステップにしかすぎないのではないか。
異様とも言える喧噪は、そうした重要な時期の彼の音楽の営為を邪魔するものであってはならないと思う。
しかし、恐らくは障害を彼自身の強い意志の力と、家族を始めとする周囲の暖かいサポートによって乗り越えてきた力というものは、現在の「消費されてしまう」ような大騒ぎも、軽く受け流していくことだろうし、今は次なるステージへ向けて飛躍していくための準備に余念がないのだろうと思う。
むしろ彼にとっての視力障害は、こうした浮ついた世相から、1歩、距離を置いたところで、冷静に見据えるための良い資質にさえ転化させてしまっているかもしれない。
ピアニストでも無いボクには分からないことだが、クラシックの演奏家というものは、楽譜を如何に読みこなし、作曲家の意志に近づけるのか、ということが大きな課題であり、個性なのだろうという解釈をしてしまうが、
果たして辻井さんの場合、まずピアニストに演奏してもらい、それを耳で聴き、次にこれを自らのものにしていくというプロセスを取るという。
またその鍵盤タッチもかなり固有のものがあるだろうから、やはり彼ならではの個性的な音質と音楽性を持った演奏家と言えるのだろう。
YouTubeでいろいろ聴いてみたが、それにしてもキータッチは柔らかで、ミスタッチも無く、一音一音が弾んでいて、若々しい魅力的な演奏に思えた。
YouTubeからは彼自身の作曲による「ロックフェラーの天使の羽」を
(YTにはヴァン・クライバーン・国際ピアノコンクールでの演奏もたくさん上げられていたが、あえて静止画の方を選んだ)

ニュースを通して窺えた母親、いつ子さんとの関係性は微笑ましい限りであるが、吉田純子の記事にあった、ウィーンでのクリムトの「接吻」に接した時の母子の話しは、卑俗的な健常者のボクには遠く理解を超えた次元でのすばらしい芸術体験であったろうことを、むしろ羨ましくさえ思えてくるから不思議なものだ。
メディアの方々にお願いしたい。
才能豊かな若者に対するにふさわしい敬意を払った接遇と抑制的な報道を !
* 参照
■ 辻井伸行、公式webサイト「Nobu Piano」
■ コンサートイマジン(所属事務所)公式Blog
■ コンサートイマジンプロフィール

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