工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

フレデリック・バック

Frederic Back(Frédéric Back)のアニメ作品はどれをとっても名作。

フレデリック・バック(1924〜)と言えば『木を植えた男』があまりにも有名だが、今日は木工房のBlogにふさわしいものを取り上げてみる。
『Crac !』という作品。

『木を植えた男』(原作はジャン・ジオノ)のアカデミー受賞(1987)に先立つ、1981年、第54回アカデミー賞短編アニメ賞受賞作品である。

YouTube同様、フルスクリーンでの視聴も可能(画像が荒れますが‥‥)


この作品については過度な解説を試みる積もりはない。

セリフもなければナレーションすら無いもので、人々のざわめき、環境音、BGMだけの世界で、Frederic Backのアニメがより際だったものとなっている作品だ。

1脚のロッキングチェアの制作からはじまり、家族が作られ、子が生まれ、人々の輪が拡がり・・・、常にその中心にこのロッキングチェアがあった。
つまりロッキングチェアは全編を貫く主役であり、それを介して家族、社会、時代というものをファンタジックに描き出している
ロッキングチェアはいわば喩体のようなものと言えばよいか。

彼の全ての作品に貫かれるヒューマニズムは決して単純なものではなく、暗喩に富み、時にシニカルでもあり、詩的な展開の中にも鑑賞者の思考、魂を揺さぶる刺激的なものだが、興味があればぜひ他の作品にもアクセスしたい。

中でも後期の作品『大いなる河の流れ』(The Mighty River、1993)はぜひ鑑賞していただきたい。

人類が誕生してから以降、そして今日、地球環境の危機が訪れるまでの、文明という名の人々の営為というものの功罪を、わずか24分のアニメ作品に集約している。
アニメ手法としてもFrederic Backの集大成にふさわしい高度なものになっている。
ご覧のように画風はCGでは得られないもので、フェルトペン、マーカー、パステル、色鉛筆などアセテート(セル)への手描きならではの独特のアニメ世界だ。
『木を植えた男』などは眼を悪くするほどの過酷な作業だったようで、5年の月日を要したという。

因みに多くの作品において音楽監督を務めているのはノーマン・ロジェ氏。
ナレーターが入るものもあるが、BGMだけで想像力を喚起させる手法も良いと思う。

『大いなる河の流れ』(The Mighty River )を観て思った。
現代社会における人間の業、人類の傲慢さというものは、昨年のリーマンショック、あるいは地球環境の危機的状況などで知らしめられるところとなっているが、こうした問題へのアプローチは科学的検証はもちろんのこと、社会学的、あるいは政治的選択の問題は欠かせない。

しかし時にこの一本のFrédéric Backによるアニメ作品が、より深く、強く、心をざわざわと揺さぶり、錆び付きつつある思考細胞を再生させ、ファンタジックな世界を通して、地球の豊かさ、美しさを見せてくれることへは、より高い評価が与えられても良いだろう。

ところでFrederic Backの作品が寓話的な中にもこうした現代世界への批評性が豊かなのは何に因るものなのだろう。

例えばピアニストのグレン・グールドと対比してみるとどうだろう。
コンサート、ドロップアウトからニューヨークから離れ、故郷トロントから150km北の別荘に籠もり名作を遺してくれたのだったが、Frederic Backにおいても同様の立ち位置を見ることができるように思う。

つまりフランスに生まれたものの、カナダのペンフレンドと恋に落ち、以降モントリオールに住み着いたのだが、指呼の間とも言える距離、国境の向こう側には我が物顔に地球上を支配せんとする巨大なアメリカがそびえている。
このアメリカとの距離感というものが、こうした一連の作品群における批評性を生み出したとも言えるのではと考えてみる。

巨大アメリカと国境を接し、自然豊かなカナダという地勢上の関係性を強く意識せざるを得なかったのではないのだろうかと思う。

日本では『木を植えた男』(1987年作品 当時NHKでも特集が組まれ、他の作品も放映された)以降、さほど話題になることはないが、その作風と作品世界の普遍性は決して色褪せることがない。

今年のアカデミー賞・短編アニメ部門で日本の「つみきのいえ」が受賞したことは記憶に新しいが、この慶事の報道にあって、なぜか評者からも作者からもFrédéric Backが語られなかったのかは不思議でならなかった。

本件、数日前のデザイナーA氏との電話での四方山話の中で話題になったものだが、クリエイティヴな作品、作家への敬意があまりにも疎んじられている日本の現況を嘆くものでもあった。

* 作品ビデオはYouTubeサイトよりも「Googleビデオ」の方が取得しやすい。
こちらの「関連動画」からどうぞ
ここには代表的な作品『木を植えた男』(The Man Who Planted Trees)『大いなる河の流れ』(The Mighty River)など代表作が収められている。
しかもその中のいくつかはYouTubeとは異なり、ダウンロード(Quicktimes形式)が可能(iTunesを介してiPod、iPhoneなどへの転送が可能)

なお子ども向けには初期の『イリュージョン』がお勧め。
これらビデオはフランス語、英語でのナレーション入りだが、日本語版DVDも入手可能(Amazon)。
    ・『木を植えた男』のナレーションは三國連太郎
    ・『大いなる河の流れ』のナレーションは江守徹

ロッカー余談だが、そう言えばボクの「ロッカー 悠」を最初に買い上げてくれたのは、「東京国際家具見本市」会場での出展の際のこと、カナダ大使館、参事官のご夫人だったことを懐かしく思いだす。
「孫が生まれるのでね、この椅子で揺られたいの‥‥」ということだった。

恐らくはこの参事官夫人もこの『Crac !』という作品に親しんでいたのかな、と思う。

* 参照
Frederic Back 公式Webサイト

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  • こんにちわ。初めてメールします。
    フレデリック・バックを検索していてこちらに辿り着きました。
    Crac!はもう20年近く前に当時の仕事先で出会ったアニメーションです。LDをコピーしてもらったのが時間を経て黴てしまい(泪 本当に久しぶりに見ることができました。ありがとうございました。

  • kurocogeさん、コメントありがとうございます。
    20年近く前ということですと、『木を植えた男』のアカデミー受賞の頃でしょうね。
    映像とともに様々な思いがフラッシュバックしたのかもしれませんね。
    多くのファンを捉えて止まないアニメであることを、あらためて確認させられるようで、ありがたく思います。

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