工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

「ピカソとクレーの生きた時代展」

クレー「黒い領主」
知人のNさんが手術入院したとき見舞った際の贈呈本を [Taschen]社ソフトカバーの「Paul Klee」画集にしたことがあった。
気持ちが沈みがちな病院のベッド暮らしには、少しの明るさをもたらしてくれるものと考えたからだったが、確かに本人は喜んでくれたものの、果たしてそれは正しい選択だったのかという疑問が名古屋市美術館での展覧会「ピカソとクレーの生きた時代展」を見ながら頭をかすめた。
色彩と形態(フォルム)の画家と言われるクレーはボク自身好きで現在タイプしているこの部屋にも大きなポスターの絵が貼り付けられている。
今回の展覧会は、クレーがバウハウス退職後、彼自身が美術学校で教鞭を執ったことがあるデュッセルドルフにある「ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館」の改修増築工事という機にその大部が海外に出されることによって可能となったもので、ピカソ、クレーの名作を中心に、シャガール、ミロ、マティス、マグリット、エルンストなど、20世紀初頭〜第2次世界大戦頃までの欧州美術界を代表する作家の日本未公開のものを主体に展覧されていた。
今回は所用で訪ねた名古屋で少し空き時間ができそうということで急遽美術館行きを決めたということもあり、どのような作品が展示されるのか十分にリサーチしていなかったのだが、思いの外収穫があった。


それは1つには近代を迎えた欧州における20世紀美術界の代表的な作家たちの良質なコレクションであり、それらの多くはこれまで国内に於いて未公開の作品であることはもちろんなのだが、展覧レイアウトの冒頭に掲げられていた解説に触れることで、より描かれた時代背景とともに作品が持つ芸術性、時代性というものにコミットすることができたことによる。
具体的に何を指すのかといえば、創立50周年を迎えるというノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館が代表作を含むクレーのコレクションを途方もない出費をしてまで購入した決断というものが、大戦間(第一次世界大戦〜第二次世界大戦)からドイツ敗戦までのヒットラー、ナチスによる極右民族主義、ジェノサイドを含む戦争により欧州全域にわたる荒廃をもたらしたことへの歴史的な負債を乗り越え、ドイツの世界への復帰を賭けた文化的な領域における政治的決断であったということである。
直接的にも前衛美術に対しては「退廃芸術」と指弾し、芸術活動はもとより生存さえ危うくさせるような弾圧を掛けたことへの名誉回復としての意味もあったのだろう。
クレーもその迫害に遭い亡命を余儀なくされ、また作品も海外へと散逸の憂き目にあったことで、これをデュッセルドルフに取り戻す作業は失ってしまった文化への復興を意味するものとして重要な歴史的事業であったのだろう。
作品のいくつかにはナチス・ヒトラーをシニカルな批評的視点で描いたものあるが、しかし一方明るく楽しげな絵も多く、暗鬱とする世相にも負けない表現意欲が見られることは嬉しく、またそれらを支えたのが若い頃に旅したチュニジア・カイワランでの燦々と輝く太陽のの明るさと風土が与える色彩本質の躍動であることはよく知られたところだ。
まさか、とは思ったのだが、 [Taschen]版・画集の表紙絵の「黒い領主」に逢えたのには感動してしまった。
漆黒の中にエメラルドグリーンに光る2つの眼光は、しばし観るものを捉えて離さない魅力をたたえていた。
他にもいくつも挙げねばならないが、やはり画集では捉えることのできない筆のタッチ、息づかいまでもが伝わってくるようで、より近く感じることはファンとしては何よりも嬉しいことだった。いかに平面芸術の絵画とはいえ、印刷複製からは感じ取ることのできないオリジンの力というものがここにはある。
なおピカソ他はここでは触れないが、ピカソ大作「鏡の前の女」など見逃せない作品ばかりであったことも記しておかねば不公平だろう。

■名称:20世紀のはじまり「ピカソとクレーの生きた時代」展
ドイツ、ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館所蔵
■会期:10/18〜12/14
■会場:名古屋市美術館
なおこの後各地を巡回する
・東京展:Bunkamuraザ・ミュージアム 09/01/02〜03/22
・神戸展:兵庫県立美術館 09/04/10〜05/31

*参照
「ピカソとクレーの生きた時代展」公式サイト
ツェントルム・パウル・クレー
・Top画像は展覧会図録より「黒い領主」ページ(部分)

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  • ピカソとクレー。

    Bunkamuraで開催中の「ピカソとクレーの生きた時代」展に行ってきました。
    この「ピカソ クレー」と書かれたカタカナのロゴ、二人の絵の世界観を表現していて好きです。

    ピカソとクレー?
    この二人の共通点が思い浮かばなかったのでこの展示会のタイトルは意外でした。

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