工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

鉋 vs スクレーパー

タイトルバナー
Scraper(スクレーパー)という道具がある。
様々な用途で用いられるので、木工とは関係のない業務、あるいは広く生活面でも活用されているものの1つだ。
ビルメンテナンス(お掃除するおじさん、おばさん)、駅の掃除やさんが必ずポケットにしのばせておく便利道具。多くは床にへばりついたガムをこそぎとったりするアレだ。
家庭でも台所でこびりついた汚れを取るのに使っている賢い奥さんがいるだろう。
冬場の朝の車のスタートにはウィンドーに張り付いた結霜をサイフから取り出したカードのエッジでこそぎ落とすこともままあるだろう。これもスクレーパーに含めるのは間違いではない。
産業界でも様々なところで様々に活用されているはず。
木工でも板剥ぎの際にはみ出したボンドをこそぎとるのにご登場願ったり、作業台にこびりついたボンドやら汚れやらを取り除くのにも便利な道具だ。
ホームセンターに行けば、カッターなどの棚、あるいは塗装用品のコーナーなどで用途に応じた様々なものがあるだろう。
さて今回は木工の仕上げ加工に用いられる「Scraper(スクレーパー)」について少し考えてみる。
最近あるWebサイトのBBS(KAKUさん)でこのスクレーパーについて語られていたことに示唆されたからでもある。
2回ほどこれに介入し、思うところを書き込んだのであったが、場所柄十分に伝えるということも叶わず、あらためて考えるところをこちらで記してみたい。
これは日本の歴史と伝統の中に色濃く定着している木に関わる古層の文化に深く関わる問題に繋がることでもあると考えるので、単に技法的なことに留まらない関心領域を持つ。


さて、冒頭紹介したようにこのスクレーパーはとても便利で応用範囲の広いものであるので大いに活用されれば良いと思う。
その上でここでは「木工加工における仕上げ切削、および研削」におけるスクレーパーの活用法について考えてみるものだ。
「木工加工における仕上げ切削、および研削」とは言っても様々なケース、様々な被切削材種があり、したがってその方法は一様ではない。
一般に家具制作における仕上げ切削は鉋を用いることは周知の通りだ。
仕上げ切削に鉋を用いるということは極めてありふれた基本的な概念であるが、しかし現在の家具制作の現場にあっては必ずしもこれは絶対的なものではない。
量産工場においてはむしろこの鉋掛けという工程は省略され、そのほとんどはサンディングという工程に替わってきているというのが実態だ。
これはいうまでもなく鉋掛けという工程は職人技が求められるものであり、生産性、均質な加工精度を求められるこうした量産現場においては忌避されねばならない手業として使ってはならない手工具の1つだからだ。
あるいはまた海外に目を向けるならば、量産工場ではなく手業を尊ぶ現場においてさえ鉋によって仕上げると云うことが、必ずしも標準的な工程とはなっていないというのがその実態だろう。
これは鉋という道具の切削能力、精度がかなり日本のそれとは大きく異なるところからくるものだ。
ここでは鉋の詳説が目的ではないので簡便に済ませるが、欧米に見られる鉋などはまず鋼そのものが異なることで日本の炭素工具鋼による打ち刃物のような切れ味が期待できないということがある。欧米の鉋の刃など全鋼で硬度も低い。切れ味も悪ければ研ぎも大変だ。
さらに台が異なる。鉋を少しでも経験したことのある人には理解して貰えることだが、鉋は刃の仕立ても重要だが、台が目的に叶う方法で仕立て上げられてないと全く削れない。換言すれば鉋の削りは台、なのだ。
一方欧米の鉋の多くは金属を台にしていることで環境変化に耐性がある反面、その職人の目的とする削り即した台の仕立てが容易でないと言えるだろう。
またこれは日本の木工加工文化の特徴的なこととして、杉、檜を代表とする針葉樹の切削を基本としたものとして発展してきた、ということがあるだろう。
熟練した職人による台鉋で削られた檜のツヤと輝きは、他のあらゆる切削道具では絶対的に叶えられない美しさを生み出す。
樹齢と共に磨き上げられ、樹木の内に封じ込められ、秘められた神々しいばかりの美しさを引き出すには、単に平滑性を出すことで叶えられるものではない。
やはり木という有機物質の主たる構成要素である繊維をシャープに切り取らねば、樹木本来の固有のツヤと輝きを生み出すことはできないだろう。
これは冒頭に挙げた「木に関わる古層の文化」の重要な1つでもある。
台鉋の発展、鉋刃製造業の発展というものも、こうした日本人の木の文化を背景として大工棟梁、指物師の要請に応える形で、多くの鍛鉄職人、道具鍛冶職人により発展してきたのだと考えられる。
これは世界に冠たる工具刃物として誇るべき資産となっている。
こうした日本における刃物文化と先述した海外の刃物との差異は彼我の木工加工文化の仕上げ切削における道具選択の差異として顕れるのは必然だった。
(ちょっと長くなりそうなので、今日のところはここまで)

《関連すると思われる記事》

                   
    

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.