工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

紐面を巡らせて

紐面鉋
1分の紐面鉋を浅草・水平屋で求めたのは、あれはおぼろげな記憶を辿ると木工を始めて2年目の春頃だったか。
日本橋・東光堂から地下鉄浅草線経由で向かったはず。
ボクは当時はどちらかと言えば八丁堀の直平を贔屓にしていた。
勝手な思い込みにしか過ぎないのだろうが、鉋の仕込みもまともにできない若造には水平屋の敷居は少し高過ぎた。
このときは必要に迫られてのものだったと記憶しているが、確かいわゆる高山式と言われる様式の水屋の抽斗の前板に、ぐるりと紐面を回すためのものだった。
その後の活用といえば、どこに仕舞ったかな、と忘れた頃にまた取り出す、といった具合だった。
しかし使用頻度は低いものの、なければ困る手鉋の一つになっていたし、むしろここ数年は積極的に使うようになってきている。
7、8年前には昇降盤用の紐面カッターを作ったり、それに併せてルータービットも作ったほどだったから。
今回はテーブル・甲板の構成部品の加工に動員されたものだが、他にも例えば李朝様の箱物などの見付けの框組、面越仕口、あるいは剣留に施す面形状としては、トラッドな様式ではあるものの、綺麗な納まりになるので比較的多用される。
Fine Woodworking誌などの紹介では、このような面取りをスクレーパー風の道具で切削しているのをよく見掛けるが、日本の鉋文化においては、信じがたい荒技だ。
あのような道具でよく面が取れるものだと呆れてしまうが、多彩に、また高度に発展してきた日本の手鉋というものが、我々にもたらしている果実の大きさを見る思いだ。


鉋イラスト

さて今回の活用対象はセンターテーブルの甲板。
4本脚に幕板と貫をめぐらせ、この幕板に甲板を嵌め殺す(怖い表現だね)という構成。
この甲板にブラックウォールナットの厚突きの突き板を練ったランバーコアを用いたのだが、厚突きとはいっても、幕板の脚とのメチ払いの際に甲板と干渉させるのは避けたいので、面チリの納まりとする。
例えば国内で販売されている米国からの高級輸入家具「ドレクセル」はご存じの方も多いと思われるが、このメーカーがキャビネットの甲板、帆立などに頻繁に用いる手法と同様だ。
ご存じのない方に簡単に説明すると、周囲の幕板と同じ高さに嵌め殺した甲板(鏡板と同様の構成)が納まるのだが、甲板は突き板の合板(ランバーコアかどうかは様々としても)であるために、仕上げ切削などのプロセスに干渉させないように、わずかに木口を欠き取っているのだね。
五厘ほどかな。これによって完全な面一(ツライチ)にならなくとも、これはこれで綺麗な納まりになるという具合だ。
言ってしまえば、良い意味での“逃げ”というわけだね。
さて、今回は画像のように、この“逃げ”をあえて積極的に行ったというべきか。
甲板の木口に異種材(今回はローズウッド)を張り、ここに紐面を施し、ややカマボコ面に盛り上げ、かつ幕板との取り合いでは1mmほど欠き取り、面チリとする。
一見高度の手法のように見えるかも知れないが、さほど難易というものでもない。
ただぐるりと回すので、この紐部分の端末の留め加工、およびその寸法精度が要求されるというところか。
紐面は昇降盤で面チリ加工を行った後、一分の紐面に近いルータービットを用い、ルーターマシーンで切削加工し、それを紐面鉋で仕上げる。
ロースウッドという堅い樹種であるので手鉋切削は困難であるかのようだが、決して手鉋で削れないと言うことは無い(画像の鉋の下端が赤黒く染まっているが、ローズウッドの色を拾っているためだ)。
後は丁寧にサンディングペーパーで仕上げれば OK だね。
テーブル甲板へのこうした手法を試みるのは実は初めてのことだったが、まずまず楽しく取り組むことができた。
ところでテーブル甲板にこのような異種材を1分に盛り上げて嵌め込むというのは、上述した意味合いの他に、置かれたものの落下を防ぐという効用もあるのかな。
筆記用具とかね。わずかに五厘の盛り上がりでも必要にして十分。それ以上に起ち上がるとかえって邪魔。機能障害をもたらす。
またロースウッドのような堅い材種でなければ劣化するからやらない方が良いだろう。
鉋イラスト

さて最後に、ランバーコアという材料の考え方について一言。
ボクは良質な木工家具を制作していく上で、その素材についての考え方は柔軟でいたいと思っている。
なんでもかんでも無垢板でなければ低品質などという頑なな考え方にはたちたくないし、むしろ積極的にこうしたプライウッド、ランバーコアを使っていきたいと考えている。
かつてこのBlogでも紹介したことのある木工の良いテキスト、「Der Moebelbau 」の図版はほとんどがプライウッド、ランバーコアで占められているのだが、欧州、北欧では積極的にこうした素材が用いられていることは言うまでもない。
J・クレノフなどはご自身が帯ノコを器用に扱い、単板を作り、コアに練っているんだね。
ここではこれ以上詳しく合板文化における独自の優位性を語ろうとは思わないが、ボクの木工修行の過程で、こうしたスキルを備えることができなかったことは残念な極みではある。
因みにこのランバーコアだが、たまたま良質なブラックウォールナットのフリッチをかなりのボリュームで入手する機会があり、これをスライサーの突き板にしてもらい、半分ほどの量を2種の厚みのランバーに練り、残りを2分のプライウッドに練っておいた。
まだかなり在庫があり、使う機会を狙っている。
*天然杢が練られたプライウッドは多種多様だが、国内で流通しているそのほとんどのフェイスは薄突き。これは0.15〜0.18mmほどのもの。
厚突きというのは0.7mm〜のものを指すようだ。
薄突きでは塗装の仕上がりがいかにも合板という感じになってしまうが、厚突きであれば無垢板と遜色の無い仕上がりとなる。
* 画像Topは塗装仕上がり後
 下は塗装前
紐面

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  • いつも楽しく読ませていただいております。
    後半の「なんでもかんでも無垢板…」に関して
    私も家具製作をしておりますが、世間の無垢材至上主義的な傾向に若干違和感を感じております。(その恩恵も受けいますが)難しいですね。

  • mu-さん、ようこそ !
    どのような業務に携わっていらっしゃるのか不明ですが、無垢板にしろ、近代工業社会からの恩恵である合板にしろ、それぞれの優位性を正当に評価する立場での柔軟な思考の持ち主のようですね。
    とかく日本での合板文化というものは家具文化の歴史の浅さゆえの、故無き不当な評価対象であるようです。
    一部の既成量産家具にみられる低品質なものがあふれていることからのもので、無理もないわけですが、これからの時代の要請でもある、有限な森林資源の持続可能な活用というスタンスからも、銘木などを対象とする突き板活用は、もっと促進すべきものになっていくことでしょうね。
    この秋にはは日本でCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)が、名古屋で開催されます。
    手塚治虫ファンでしょうか、 ん? あれはMWでしたか。
    またコメントください。

  •  厚突きの単板を無垢板やランバー合板に貼ったものと、薄突きの単板をプライウッドに貼ったものでは、仕上がりがまるで違いますね。ウオールナット、ハカランダなどでは明らかに前者に分があるような気がします。 
     僕も栗の厚突きをストックしています。僕の親方との相談の中で、厚突きの単板を揃えておこうかという話になったのを懐かしく思い出しました。親方と市場で突き板屋さんに競り負けて、突き板屋さんがたくさんに使ってくれれば原木も本望だろうなどと負け惜しみを言って帰ったこともありました(笑)。

  • たいすけ さん、正鵠なるコメント感謝です。
    栗の突き板ですか。栗という材種も良質なものが年々入手しにくくなっているようですので、良い突き板(厚突)があれば確保しておきたいものですね。
    実は私が用いるランバーのコアはエゾマツが多いのですが、この入手先は建築資材関連の業者です。
    >厚突きの単板・・・、薄突きの単板・・・、仕上がりがまるで違いますね
    仰る通りです。
    薄突きでも和紙を間に挟んだりして品質改善をしますが、突き板利用のあり方もなかなか奥が深いようで、私たちのような無垢板利用を基本とする者としても、そうした世界の知識と経験を獲得しておくのも、決して無駄ではないように思いますね。
    たいすけさんも機会がありましたらぜひまた活用法を開陳してください。

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