工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

桜花

ソメイヨシノ:2015.03.27 栃山川沿い

ソメイヨシノ:2015.03.27 栃山川沿い OLYMPUS XZ-1

本居宣長 旧宅

伊勢方面への所用の折り、松阪市内の本居宣長の旧宅(記念館として整備されている)を訪ね、館のスタッフと暫し話し込み、さらにはそこからかなり離れた奥墓へと参ったことがある。

山懐に分け入り、汗ばむほどの急な坂を登り切ったところにそれはあった。
静寂に包まれた墓の隣には、近年に植えられたと思しき、すらりと伸びた1本の山桜があったが、この時季、恐らくはその蕾はまだ硬く閉じられたままだろうと思う

このようなところに、さして国学に格別の関心があるわけでもない私の足が向いたのは、日本人なるものを意識してみたかったとでもしておこうか。

あるいは、小林秀雄の最晩年、全精力を注ぎ著したのが『本居宣長』だったことも頭の片隅からささやきかけていたわけだし。

・・・・・・・・ 唐突に本居宣長を持ち出したのは、ソメイヨシノの開花を受け、ふと胸に去来した歌(和歌)があったから。

敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花

あまりにも有名な歌で、この時季になるとふと口に出る。
本居宣長、61の時の歌、吉野の桜を彷彿とさせる趣があるが、確かなところは知らない。

桜花へのナイーヴ(イノセント?、無邪気?)な耽溺を戒める

ここ数年、サクラをテーマにしたポップスが市場に氾濫していると感じはしないだろうか。

私は一部を除き、日本のポップスは詳しくないので、紹介するほどのデータは持たないが、桜花それだけで心を奪われる魔性があるというのに、それにこれでもかと言わんばかりの陳腐な歌詞を載せてさんざめく。

愛でる花があれば十分なところ、またそんな季節がやってきたかと思うと、やりきれなさからこうした記事にもなる。
聴こえてくれば当然にもラジオのチャンネルを変えるか、SWを切る。

確かに私の小学校の学帽には桜の花びらが記章として貼り付けられていたし、〈良くできました〉の紅いゴム印のマークもそうだった。
これらはただかわいらしく邪気も無いわけだが、そうして幼い頃から深層へと刷り込まれていったことも確かだろう。

日本において、古くは花と言えば梅であったようだが、いつの頃からか花と言えば桜花が代表されることになっていく(「国花」などと定められているわけじゃない)。

桜花を歌いあげる歌手たちは、ただイノセントに“売らんかなの営業として”取り上げたに過ぎないのだろうけれど、彼らは「山桜隊」「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」などと、この本居宣長の和歌から命名された神風特攻隊が太平洋の藻屑となって散っていったことなど知ろうとも思わないのだろう。

邪気が無く、思いのままに朗々と、あるいは囁くようにうたいあげるのは、むしろ、桜花に張り付いた属性など無化させ、あるいは浄化させるものとして受け入れるべき事なのだろうとも思う。


こうしたプロ歌手に、テーマとする桜花が日本文化の中でどのような文脈で語られてきたか、あるいは本居宣長のこの歌を知っているか、どのように思うか、などと意地悪な質問を投げかけてみたいと思ったりする。

本居宣長のこの和歌は、作者の意思を越え、国威発揚に徹底的に利用されたことは、戦争史を少しでも紐解いたことがあれば判ること。
本居宣長、国学とまで言わずとも、軍歌の中で桜花がどのように扱われていたかぐらいは知っていても良い。
そうしたこと抜きに、桜を語ることのできない人は少なく無い。

戦後70年にわたるうわべの“平和”は、桜花に纏わるこのような文脈は遠い過去のものとして浄化され、あるいはゴミ箱に投げ捨てられていくのはむしろ良いことなのだろうけれど、一瞬立ち止まって桜花に秘められた日本人の来し方に思いを馳せるのも悪いことでは無い。

他を圧倒する桜花の艶やかさ、刹那的とも思える潔い散り際。
「大和魂」なるものをそこに見出し、国威発揚、戦争動員に使われてきたという歴史的事実。

桜花そのものに罪などあるわけじゃないのに、そうした属性を貼り付けられ、不幸な歴史を負ってきた桜花。
その艶やかさゆえに、ただ単純に美しいと愛でることでは済まされなかった桜花を思う時、人と自然、人と樹木、植物との交歓のなまめかしさ、摩訶不思議な関係性にあらためて心揺さぶられる。


私はどちらかと言うと、この本居宣長が詠む桜花より、坂口安吾の『桜の森の満開の下』の方がしっくり来る感じがする。
もちろん本居宣長の歌と深いところで通底するところもあるわけだが、国学的装いを排した安吾ならではの耽美的な扱われ方でむしろ好ましく思う。

明日は、近くの川辺のソメイヨシノの樹の下に酒を持ち込み、花びら酒で 一献傾けてみようか。

『桜の森の満開の下』(坂口安吾) 青空文庫

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