工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

松坂屋・個展を終えて

昨19日をもって〈生活をアートしよう 杉山裕次郎 木工家具展〉を終了しました。

会場でお話しさせていただいた来場者の方々、お買い上げいただいた古くからの顧客、そして新たな出遭いから、顧客リストに名を連ねていただいた購入客の皆さま、深くお礼申し上げます。

会場は百貨店の中でも、やや分かりづらい場所であったり、主催者側からのアナウンスも行き届かなかった面もあるようで、必ずしも十分な態勢では無かったことは大きな反省点です。

また1月間という長期にわたる開催でしたが、会場の湿度10%前後という過酷な環境による、木工家具へのダメージは大きく、想定外の木口割れ、異様な痩せ、蓋の跳ね上がり、等々、困惑することが少なく無く、出展作品の厳選を求められますね。

独立ギャラリーなど、単独室内であればコントロールは自在であるでしょうが、百貨店一角のスペースではままなりません。

今回の出展作の多くはブラックウォールナットでしたが、その色調を重視するところから、人工乾燥をしておらず、天然乾燥だけの材料であったためでもあり、過酷環境に置かれると弱いです。

さて、反省だけしていても進みません。
いただいた別注の品々の制作準備にも掛からねばなりません。

実を言いますと、後半は熊本大地震の襲来があり、私自身もそちらへと関心がずれ込み、集中力が削がれてしまう感がありました。

事柄が事柄だけに、これは致し方無いところです。
逆に、事態の推移を把握せねばと焦りつつも、ホテル暮らしで情報収集もままならない状態に置かれたりと、精神衛生上、良くありませんでした。
しかし、こうして撤収を終え、ニュースサイトをチェックしつつ、少しずつ、取り戻ししているところ。

2011年、3.11以来の大きな震災ですが、1,000年に1度の大震災と言われた3.11から、1,000年どころか、わずか5年にしてこの大地震。

様々な地震メカニズムの知見が語られつつあるものの、3.11の時と同様、専門家、科学者の何とあてにならないことか。
何と人間存在のはかないことか。

私にとり、今、考えねばならないことは死生観なのだろうかと思いつつ、堀田善衛の『方丈記 私記』を再読しはじめているところです。

あらためて、犠牲者のご冥福を祈り、また、被災された方々の一刻も早い平静な日常の取り戻しをと願うものです。

大分に住まう知り合いの木工家、三ツ橋さんに連絡取ったところ、震度4ほどの地震が頻発するものの、大過ないとのことでした。
ここしばらく、無事であって欲しいと祈るような思いです。

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  • 個展、お疲れ様でした。
    2度目の震度7の時の犠牲は防ぐことができたのではないかと
    思うと悔しいですね。
    その手の専門家、科学者には給料を返上してもらいたい気分です。
    まだまだ自然に対して人間が無知であることは認めますが
    それにしても、ちょっとお粗末。

    • ドウモ。
      人智が及ばぬ領域の自然災害ということを、あらためて思い知らされますね。
      地震のメカニズムの解明も進んでいるだろうとは思いますが、
      そこに依存しすぎたり、過度に頼り切ってはダメと言うことでしょうね。

      自然や大地に対しては、やはり謙虚に向き合わねばあきません。
      この大地に生かしてもらっていることに感謝ですわ。

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