工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ウォールナットのラウンドテーブル

ラウンドテーブル

クリック拡大

松坂屋個展出品家具の解説第二弾、「ウォールナットのラウンドテーブル」
隣の画廊から流れてきたご婦人がこのテーブルの前で足を止め、つぶやいた。
「‥‥ これ、120ぐらいでしょ」
どうして分かったのだろう。甲板の直径をほぼずばり当てた。
実際は1,250mmであるが、誤差の範囲。
先を急いでいる風でもあったので、立ったままで少しだけ話を続ける。
「うちにも同じ寸法のものがあって、6人が食事を取っているのよ。
カリモクだったと思うわ。昔のことではっきりしないけど。
丸は良いのよ。主婦としても皆の顔が見えて体調なんかも分かるしね‥‥」
道理でずばりとサイズを当ててくれたわけだ。
毎日そのテーブルで食事を摂り、お茶して、新聞を読み、アイロンがけをする。‥‥ その住まいの中核的な調度品との濃密な関係性が身体にしみこんでいるのだろう。
住まいにおける家具とはそも、そういうものだ。
とりわけ食卓となると家族が日常的に集う“場”というものを与えてくれる。
家族の日常とともにあり、その家族の歴史を見守り、家族の肖像を作り上げる介添役となる。
今ではその実態も消えつつあるようだが「家族の団らん」の場である。
宮脇 檀(みやわき まゆみ 1936年 – 1998年)という著名な建築家が昔「大テーブルのすすめ」という文章を『暮らしの手帖』という雑誌に寄せていた。


手元にあるそのコピーを見れば98年秋とあるので、亡くなる直前のエッセー。いわば絶筆であるのかもしれない。
「住まうこと」というシリーズもののエッセー。
多くの書も著している建築家なので、没後このエッセーも再掲され単行本に収まっているかもしれない。
建築を構想するにあたり、ダイニングルームの設計には、まずは「大きなテーブルからはじめよう」として、その効用の大きさを説き、提言してくれている。
宮脇 檀 氏には生前一度だけ小さな会議室での講義に参加した際にお会いしているが、とてもダンディーな出で立ちが印象的であるのは多くの関係者が共通して認めるところのようだ。
無論その出で立ちだけがダンディーだっただけではなく、生き方そのものがダンディーだったと言えるのでは。
エライ建築家ではあるが、個人住宅の設計に積極的に関わり、住まうことのトータルな意味づけ、快適な暮らしの提言などを自身の仕事の領域を超えて文化的側面へと発展させ、問題提起し、そして「大きなテーブルを」と語り、鬼籍へとさっさと引っ込んでしまった。

line

脚部さて、ラウンドテーブル。
ラウンドテーブルについてはこのBlogでも1度取り上げ(こちら)、少し詳しく記述してきたので繰り返しは避けたいと思うが、個展会場に置かれた時の来場客の反応は、あらためてその魅力について再確認させられるものだった。
個展に訪れた客の多くが、このテーブルを前にして微笑をたたえ佇む。
そのボリュームと良質なブラックウォールナットの木質にあれこれの説明など無用のまま、ただ感動を覚え、打たれてしまうようなのだ。
ボクは木の仕事をしているからと言って、木という素材が持つ無垢(プリミティヴ)な魅力だけで訴求することはすべきでないと考える立場だが、しかし実はこのように無言の力というものを人に与えていることは疑いようもなく、それを前にしてデザイン云々、加工作業の巧緻云々などの戯れ言はそれらの意味を限りなく減じてしまうだけなのかもしれない。
脚は、天板のボリュームに負けない強さで設計し、また椅子に掛けて使用する際にも、足捌きで邪魔にならないデザインで美しく‥‥、などと語っても、しょせん甲板の魅力にほんの少し付加価値を付けるだけにしか過ぎないのかもしれない。
ところでこのテーブルのデザインの由来だがルーツが無いわけではない。
20世紀初頭ののドイツのインテリアデザインブックに少し似たようなものがあったはず。
しかしボクはそのままコピーなどしない。換骨奪胎という奴で、全体のフォルムも、ディテールも大きく異なったものになっていて、2つ並べても近しいものとは感じられないかも知れない。
脚部などは、ボクが他のテーブルでも多用するテリムクリの応用だしね。
デザインブックと言えば、昔は日本橋・東光堂には世話になったが、ネット通販が普及すると共に、消え去ってしまった。
Amazon他で比較的安価に洋書が入手できるようになったとはいえ、書店の棚から1冊づつ手にとっては中身を確認し、気になる記事があれば買い求める、というプロセスが取れなくなり、あまりこうした書籍は買わなくなってしまった。
便利な世の中になった引き替えに、失っていくものもほぼ逆の意味で等価であるのかもしれない。
このラウンドテーブルに関する制作について興味のある方は先に挙げたBlog過去記事から参照願いたい。
line

〈撮影こぼれ話〉
個展会場での撮影は当然にも自然光は無く、人工的な照明だけであり、またほぼ100% トップライト。
その結果、脚部が黒くつぶれてしまいかねない。ストロボを当てても脚部全体に光を廻すのは難しい。
今回はワイヤレススレーブを用いたバウンスでのストロボで撮影を試みた。
無論完璧であるはずもないが、まだまだ残る課題は大きい。
内部、外部の光量バランスが良くないし、不自然なライティングだね。
カメラから45度の角度の位置に外部ストロボを置き、簡易なバウンス機能を持たせ(ただの小さな白い紙)、脚部をねらう。
シャッターと同時にカメラの内蔵ストロボが発光し、外部ストロボの光感知センサーがこれに反応・同期して焚かれるというシステム。
営業時間中での撮影でもあり、三脚なしでの手持ちの撮影だった。
ただこのように逆光気味の写真は平板に陥りがちなストロボ撮影に比し、奥行きが出せるのでありがたい。
なお、テーブルの撮影についてだが、この写真のようにトップにワインボトル、グラスなどのいろいろとな小物が置かれているというのはあまりお薦めできるものではない。
我々の仕事の有力なポイントでもある良質な甲板を見せるにあたり、阻害するものとなるからね。
デザイナーの先輩からよく叱られてきた。(またこれを見て、顔をしかめているだろう)

《関連すると思われる記事》

                   
    

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.