工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

デザインソース(その1)

韓国 工藝ここに2分冊の本がある。『韓國の木工藝』という韓国の出版社の書籍だ。
残念ながらボクは韓国語は解せないが、図版、写真を見るだけでも多くの情報が取得できる。
他にも中国の清朝時代の家具デザインの書籍などを蒐集したこともある。
ところで隠すこともない話だが、最初に木工を修行させていただこうと門を叩いたのは松本民藝家具を製作しているある木工所だった。
その時は既に決して若くはない年齢であったので形容矛盾の話になってしまうが「伝統的木工藝の若手職人育成のシステムを持っている家具製作所」という条件で探すと、全国広しと言えどもここしか見あたらなかったからだ。当時はインターネットなどという利器はなかったし、知人にも関連情報を持っている人などいなかったので都心の図書館などでしらみつぶしに探した結果だった。
家具に関心のある方なら承知のことだろうが、松本民藝家具が製作する家具の多くは実は英国のウィンザー様式を基本としたものだ。
柳宗悦に心酔していた池田三四郎氏は戦後早くから家具製作をスタートさせたのだが、まずは英国を中心とする各国民芸家具を蒐集して、これらを職人達にコピーさせたところからスタートさせたのだったが、松本という土地柄、まだまだ伝統的な家具製作技法が息づいていたので、この伝統的技法を駆使して英国を出自とする家具を製作しはじめ、民芸ブームの到来を奇貨として大きな家具ブランドを形成していったのだった。
一方日本の産業界に於ける近代化はかつての伝統的産業を駆逐する勢いで進展していたことに危機感を持った伝統的産業に従事する経営者たちが通産省に働きかけて施行されたのが「伝産法」(「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」1974/5制定)だった。
この認定のために松本民藝家具は積極的に伝統的家具の復刻を進め、認定を獲得していったのだが、こうした研究調査の過程で必然的ともいえる方向性として「李朝家具」などの研究試作も手がけるようになっていったのだろう。


ボクも家具製作の基本を松本民藝家具で学んだとはいえ、デザイン様式にとどまらず思考全般に置いて近代的合理主義のそれであったので、家具製作という民衆の生活に根ざす調度品のデザインもよりモダンなものを志向していたことは言うまでもない。
しかし松本民藝家具の釜の飯を食べたからというのではないのだが、独立経営をスタートさせて数年経過した頃、自身のオリジナルなデザインを真剣に追求した結果としての集積が、本サイトのGallery頁の家具のいくつかに見られる李朝風のデザインだ。
残念なことだったが、ボクが上述のように松本民藝家具の協力会社に入所した頃は既に民藝ブームは去っていたということにも起因しているのだろうが、それまでの職人達が本社に集って研鑽するという作風は無くなっていた。これはまたその後の右肩上がりのバブル経済の到来を前にして、製作現場においてもより高い生産性の追求が課せられていったという経営方針の変遷も背景にしていたのだろう。
木工所における職人たちのギルド的結合などを夢見て入ってきた遅れてきた青年(ハハ、ボクのこと)には荒んだ職場で呆然と立ち竦むこともあり、きつかった。
したがって李朝家具の製作手法などは独自に学ばざるを得ず、先輩を訪ねたり、文献をさらったりとしていた頃に出会った本が冒頭のものだ。
述べたように個人的志向は近代的合理主義であることから大きな転換をしたというものではないのだが、家具製作などというもの作りにあっても、あらためて日本人の依って起つ民族性というものの定義づけというものは無視できるものではなく、デザインするときにはいつも頭の片隅を締め付ける。
「締め付ける」という物言いはおおげさと思うかももしれないが、停滞するアジアのなかにあって唯一といっても間違いではない近代化を果たした日本という特殊性の中に生を受けた者としては、自らのデザインのルーツ(根っこ)というものを対象化せざるを得ないということは決して等閑視できない課題なのだ。
ボクにはとても軽いノリで消費者志向を後追いするようなデザインはできないと言う理由もそこにあるのかもしれない。
デザインにおけるバックボーンなどというものはこのようなブログ様式で書き記すことができるような簡易な問題でもないし、こうした仕事をしている以上常に求められる課題でもあるので今後も折に触れて記述していきたいと思う。
これまでのことを結論づければ「股裂き」の日本、ということになっちゃうのだろうか…。

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • 早速デサインソースに関する話題ありがとうございます。
    さらに書籍の紹介もとても参考になります。
    李朝家具に関する書籍などはアマゾンで探すのは難しく
    私は講談社インターナショナルのTraditional Korean Furniture
    ぐらいしか持っていません。
    貴ブログでも紹介のあったDER MOEBELBAUは数ヶ月前アマゾンドイツ
    から入手しました。ドイツ語が分からなくても本が購入できるのは
    ありがたいことです。
    少しでも自分のデザインの巾を広げたいと思います。
    これからも貴ブログの情報をたのしみにしています。
    ちなみに私もマックファンです。GOOGLE EARTHはおもしろそうですね。マック版ソフトもダウンロードできるようになりましたが
    私はまだTIGERにしていないので使えませんでした。

  • 『韓国の木工芸』と読みます。
    ハングル(ハン=偉大な、クル=文字)は、表音記号なので、アルファベットを覚えるのと同じで、かんたんに覚えられます。
    いまは、NHKのラジオ・テレビ講座以外にも、いろいろな
    HPがあるので、その気になれば、昔よりもらくにハングル
    (朝鮮半島の人たちが使っている書き言葉)を習得できます。
    わたしは、1987年、たまたま乗った大韓航空機内ではじめて「○○ムニダ」(○○です)という女性添乗員の「やわらかな」朝鮮言葉に接して、それ以来、朝鮮の言葉を鍛冶ってきています。
    翌88(パルパル)年には、ソウル・オリンピックが開かれたので、どれだけ言葉が通じるか試すことも兼ねて、初訪韓
    しました。サッカーの準決勝戦も観戦しました。
    工芸ばかりでなく、諸文化が中国から朝鮮半島を経由して、
    倭(やまと)の国に入ってきていますので、一度、その目で
    工芸のルーツを確かめてきたらいいですよ。
    ソウルなら、週末を使えば十分行けます。ソウルには、工芸
    ばかりでなく、いろいろ観るべきものがあり、博物館も各種
    充実しています。
    しかも、めしがうまい。安いし、量が多い。わたしのお勧めは、サンゲッタン(参鶏湯)。若鶏の中に、高麗人参などを
    詰めた栄養たっぷりの料理。これを食べ切るのは、○次郎
    でも、容易なことではないだろう。8000W(約800円)ぐらい。マッカリ(どぶろく)もうまいぞ。
    クロム アニゲセヨ!(では、さようなら)

  • acanthogoblusさまコメントありがとうございます。
    講談社インターナショナルは米国向けですが、日本版も出版してもらいたいほどアート関連は充実していますね。
    『DER MOEBELBAU』入手しましたか。これに替わるものは無いと言うほどの好書ですね。
    昨日、予測より早くIntel Macが登場しましたね。「MacBook Pro」が欲しい〜。
                  *
    Partisanさまコメントありがとうございます。
    『韓國?工藝』の?はハングルで入力したのでしたがブラウザでは反映しないようで?になってしまうのですね。
    工藝に関わっていますと、仰るように朝鮮からの影響は無視できるものではありません。
    かつて植民地であった彼の地で「三、一独立運動」があったその5月の読売新聞に「朝鮮人を想ふ」という連載の論考を発表したのが民藝運動の創始者、柳宗悦でした。偏狭なナショナリズムに席巻される論壇で朝鮮の美を掬い上げ評価したことは当時としてはセンセーショナルな事だったようです。
    政治も社会も内向きになっていく状況下にあって、芸術家、思想家としての矜持の示し方がここにはあります。↓
    http://www.yomiuri.co.jp/yomidas/meiji/topics/topi15.htm
    http://blog.artisan.boy.jp/?eid=137357
    またこの「デザインソース」の中でいずれこうしたことも取り上げたいと思います。
                 

  • >木工所における職人たちのギルド的結合などを夢見て入ってきた遅れてきた青年(ハハ、ボクのこと)には荒んだ職場で呆然と立ち竦むこともあり、きつかった。
    ↑この文章を読んで思い出したことがあります。
    以前、全国的に有名な某工房を見学に行った時のことです。
    木工を志す若者ならば誰でも憧れるであろうその工房で働く若者たちの活気の無さに驚きました。
    ちょうどお昼となり、作業場から出てきた若者たちの姿・表情はまるで疲れ果てた老人のようでした。
    誰もが憧れる職場で働けるのになぜ? 私の頭の中にいくつもの?マークが並びました。
    家具工房も経済活動である以上、規模が大きくなればなるほど効率を追求せざるを得なくなるのは必然です。
    おそらく彼らは夢と現実のギャップのジレンマに苦悩しているのかなと感じました。

  • 杉山さんに、相談しようか、と思って、ブログを覗いたら「韓国の木工藝」のことが書いてあったので、読ませてもらいました。
    この本は私も持っていますが、私もハングルは読めないので、2分冊の写真の方だけ見ていました。
    写真の中では、カラー写真はきれいですが、白黒の中にはボケたようなのもあり、一寸残念です。
    写っている家具の中には松本民芸生活館の四方卓子や高麗美術館の櫃などもあるので、日本の本からコピーしたものもあるようで、ボケてしまったのでしょう。
    ところで、この韓国版の「韓国の木工藝」をそっくり翻訳して複製した日本語版の「韓国の木工藝」が2004年3月に京都の出版社から出ているのはご存じですか。
    監訳は大阪芸術大学の熊野清貴さんで、本も大阪芸大の助成を受けているようです。
    なにより値段が2100円というのが、ありがたいですね。
    日本語版の事は、私も昨年の秋に知って、入手しましたが、日本語とはいえ、少しずつ読んでいるところで、そろそろ私のサイトでも紹介しようか、と思っていた所でした。
    「韓国の木工藝」で検索すると、図書館の目録に出ていますが、Amazon.jpなどでは扱ってないようです。
    出版社は以下の通りです。
    美術出版株式会社 八宝堂 604-0985 京都市中京区麩屋町竹屋町上がる TEL075-213-0194 FAX075-213-0196
    その他の韓国の木工家具の本などの情報は、私が信州木工会の研究会の所に、アップしてありますので、ご覧下さい。
    会員専用ページですが、見ることができます。
    http://www.mokkou.org/kai_in/02_1.html
    その内容を拡充して、私のサイトに、木工家具の本の案内ページを作りたいと思っていますが、中々進みません。
    スウェーデンのikuruさんのサイトの本の紹介のように、画像を使いながらやりたいと思っているのですが、忙しいので先送りになってしまいます。
    ところで杉山さんに相談と言うのは、この春、新しく私の工房にスタッフとして採用が内定している女子が、現在、遠藤先生に木工の基礎を習っています。
    昨年末の採用試験では、並みいる男子の中の紅一点でしたが、遠藤先生の特訓の成果か、抜群の鉋仕上げで、採用を決めました。
    遠藤先生は、現在長野県の伊那技術専門校に在籍されていますが、杉山さんを始め、長野県を中心に多くの木工家に木工の基礎を教え込まれた方ですね。
    昨日、その女子と話していましたら、伊那技術専門校の来年度の募集を18日までしていますが、定員に充たないそうです。
    遠藤先生も、数年後には定年を迎えることになると、伊那技術専門校の木工科の存続も怪しいようです。
    長野県では上松技術専門校が、設備も充実して寮もあって、有名ですが、伊那も良いようです。
    http://www.inagisen.ac.jp/text/class/wood.html
    生徒の技量を見れば、先生の有能さもわかるものですので、これから木工を始めようと言う人には、おすすめしたい先生の一人だと思いますので、募集締きりまで余裕はありませんが、よろしければ杉山さんにも生徒としての思い出など、書いて貰えないかと、思いました。
    どうぞよろしく。

  • 谷さん ご無沙汰しています。厳寒、豪雪の年明けですが天池の降雪は如何でしょうか。
    ・さて、本件書籍に関わる有益情報提供、感謝いたします(知らなかったとはいえ、エントリーする前に確かめるべきでしたね。恥;)。
    さっそく購入手配しましょう。
    今どきこのような奇特な出版社もあるのですね。
    ・信州木工会の業績は木工業界(あまり良い表現ではないな?)においてはユニークで貴重な活動と評価されねばならないと敬意を持って見ていますが、ご紹介のこうしたデータベースはもっと広く活用すべきですね。
    ・遠藤さんのお話しですね。ずいぶんと世話になった恩師です。ボクの場合は劣等生としてのそれでしたが……。
    一癖もふたクセもある、いや訂正、優秀な指導者です。
    昨秋ご一緒した横浜の展示会出品者の一人の方も教え子のようでしたね。このブログにコメントを寄せていただくOさんもその一人のはずです。
    現在、日本に於ける木工の教育機関というものは1部の美術系大学を除けば職業訓練校に依っているというのが実態です。
    また、指導内容はといえば、地域ごとにそのカリキュラムに差異があることも存立の建前上理由のあるところです。それ以上に指導の内容、力量というものは、やはり指導教官の資質に大きく委ねられているというのが偽らざるところです。
    遠藤先生はその中にあっては極北の一人であることは谷さんの評価の通りでしょう。
    そういえば、訓練校では来年度の募集〆切の時期は今頃でしたね。まだ間に合うかな。
    ぜひ希望のある方は伊那の技術専門校に電話しましょう。
    劣等生のボクが騒いでも効果半減ですが、谷さんが仰るのですから信じてください。

  • 「韓国の木工藝」について谷さんから紹介いただいた八宝堂に電話したところ、販売はしていないので大阪芸大の熊野先生に直接連絡
    してくださいと言われ電話番号を教えてくれました。
    早速、熊野先生に電話したところ快く発送を引き受けていただきました。到着するのを楽しみにしています。

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