工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

キャンプ in 美術館



テント、タープ、ストーブなど、キャンプ道具を用意し車に積み込むのは石巻行以後、今年になって2度目。
今回は〈『フィンランドと日本の木の生活デザイン展・木の椅子』の関連イベント〉参加のため。

まさか梅雨ど真ん中のこんな時季に、しかも美術館イベントにキャンプなどとは考えていなかったが、それが木工家たちに宿泊費用の捻出を強いるのはカワイソウ、という配慮であったのか、他の理由だったのかは知らないが、しばしば雨に打たれはしたものの、なかなかにして楽しいキャンプだった。

キャンプのメンバーは出展者をはじめ、関係者、およびその家族など、大小12〜15張ほどのテントが安藤忠雄により建築された美術館の中庭に、所狭しと設置された。

結局、連日朝な夕なに、あちこちのテントから湯気が上がり、食欲をそそる匂いを漂わせながらの煮炊きが続き、いくつものテント、タープ下では深夜に及ぶ歓談、あるいは熱い議論がいつ果てるともなく続くのだった。

美術館の手前、こんな記事上げて良いのだろうか?
敷地内にテントを張るなどとは前代未聞だそうだしね。
特段の配慮をいただいた美術館には、あらためて感謝を申し述べさせていただこう。


小海町高原美術館・木の椅子、関連イベント

17日から昨日19日までの3日間、小海町高原美術館では集中的にいくつかの関連イベントが開催された。

イベント内容については先に案内したところだが、主要にはフィンランドの国情、自然、建築(アールトをその代表とする)などの紹介、メディカルを強く意識したフィッティングからアプローチする椅子制作の実践的事例の紹介、そして木工家たちをパネリストとした木工界の現状と展望、といったような内容のシンポジウム。

フィンランドに関しては〈木と森の国、サンタクロース、ムーミン、『フィンランディア』のシベリウス、そしてPISA Top(OECDにおける学習到達度調査でTopの成績を誇る)、そしてさらにはNOKIA、Linux‥‥〉といった誰もが知っている程度の認識しかなかったので、なかなかに興味深いものがあった。
今回は監修者・島崎信氏の解説による大使館の広報資料DVDの上映で進められた。


中でもアルバー・アールトは近代建築界では代表格の一人だが、ボクも好きな建築家の一人で、セゾン美術館での《アルバー・アールト展》は(確か美術館閉館前年の開催だったと記憶している)大規模で華やかな開催だったこともあり、印象深く脳裏に残っている。
サナトリウムの模型を含む展示、成形合板ならではの椅子デザインの数々、さらにはガラスの器らは展示方法までも思い返すことができる。

豊富な映像でのアルバー・アールトの建築、その特徴、またアルバーというペンネームの由来(アルファベット、a.b.cの上位にくるようにという)などのエピソードを交えた話しは楽しいものだった。
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角ノミの刃を研ぎ上げて

角ノミでホゾ穴作業をしていて、少し慌てた。
煙がモクモクと上がったからだ。

作業は中断され、錐を研ぐ。

15mmのものだが、家具のホゾ穴としては比較的大きなサイズだ。
それだけ負荷も大きく、被加工材によってはこうしたこともままある。

ままあるとは言え、要するに切れが止まりつつあることの指標が“煙りモクモク”なので、研ぐしかない。

こうした錐の研磨は皆さんどのようにされていらっしゃるのだろう。
旧来のヤスリでシコシコと。ダイアモンドヤスリでシコシコと‥‥。

いろいろな方法があると思うが、やはりボクはグラインダーでの研ぎが具合がよい。
切削力もさることながら、シャープに仕上がるからだね。
(というより、手持ちでのヤスリ作業が下手くそなだけ?)
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〈 6.11 脱原発100万人アクション 〉全国各地で

3.11から3月、全国一斉に〈 6.11 脱原発100万人アクション 〉が繰り広げられた。
こういう行動がどのような効果をもたらすのかはともかくも、「脱原発」という1つのテーマでその思いを1つに集約して街頭に繰り出すというのは、愚痴っぽく床屋や飲み屋で語るより、はるかに視覚的な訴求性も強く、大衆性もあり、実効的だろう。

ボクは3月22日から石巻市へと災害ボランティアに起ち上がったものの、その行程はフクシマから可能なかぎりに近づかないようなコースを辿った。
言うまでもなく怖かったからだが、この度の大震災を語るとき、石巻市周辺の壮絶な被災現場をこの目で捉えたことで、決して浮ついたものでは無く、ある種の皮膚感覚で認識することができた。
しかし一方のフクシマに関しては、1事象についての報道量としてはかつてなかったほどの膨大な情報が日々送り出され(また消費され)、いつの頃からか誰しもが専門用語を駆使し、いかにも分かったフリをすることが可能なほどの分量がばらまかれてきた。
だがそれらはしょせん二次情報でしかない。

放射線は見えず、臭わず、その存在は感じ取ることのできないものかも知れないが、遠く離れた静岡で二次情報から感じ取ることと、フクシマから10Km、20Km、30Km圏内ということで、住まいを、仕事を、地域を奪われ、家族離散を余儀なくされ、明日への希望も断たれたままの避難住民らの怖れ、迷い、絶望との間には、あまりにも落差があり、彼の地のことを簡単に評することなどできようもない。
(石巻への行程、かなり近郊まで近づいたある場所で道を尋ねようと停車した、とある大きな施設でのこと。大きなドアを開けると、大勢の被災者が物音1つ起てずにうち沈んでいる姿が目に飛び込み、息を呑んでしまった。それはよそものが見てはいけないところを覗いてしまった気まずさだった)

そうした彼我の絶対的とも思えてしまう差異を、少しでも埋めようという行為としてのデモという位置づけも可能かも知れない。
勝手な言いぐさになってしまう嫌いがあるものの、しかしとにかく事態を動かしていかねばならないのだから。
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額紫陽花・ガクアジサイ


梅雨のど真ん中、といった週末。
今年は例年より2週間も早い梅雨入りだったが、昨日、沖縄地方では梅雨が明けたそうだ。
記録としてはもっとも早いのだという。
本州も同様に梅雨入りも早かったのだし、さっさと明けてもらいたい。
‥‥などとは、農業従事者ではない者の勝手な言いぐさだ。

ほどよく降って、きちんと明けてくれればそれでよい。
フクシマを抱えているので、台風だけはゴメン被りたいものだが‥‥。

   

うちのガクアジサイ、いつもまにか咲きそろってきている。
左上だけは数日前のスナップだが、他は今日の撮影。
花の熟成プロセスで並べてみた。
花とはいってもアジサイは真ん中のつぶつぶが花で、さらに熟成が進むと、パカッと割れてきて、中から雄しべ雌しべが顔を覗かせる。こうなるともう汚い。右下の画像の姿が鑑賞には最良か。
小さな花の青の縞模様がキレイだね。

むらむらと あしたの庭に 見えわたり 若く真青き 紫陽花のはな

宮 柊二

F1.8のコンデジを入手したのだが、レンズが明るいというのはとにかく快適だ。
よほどのことでないとストロボ不要だし、色再現性もすばらしい。
コンデジ不得意のボケ味も悪くない。
一眼はもはや持ち出し無用という感じさえしてくる。

明日は大雨との予報。雨の中のパレード(脱原発100万人アクション)もまた悪くは無い(かも‥‥)

「2011アメリカ広葉樹アーキテクトセミナー in 浜松」に参加して

こうしたセミナーを良く知る人に聞けば、これほどに参加者が多いのもめずらしい、と感嘆させた100名を超える満席の聴衆の一人になった。

この種の講演会、研修会に出るのはさほど熱心ではなく、しかも6月は直接的な業務の繁忙もさることながら、いろいろと催しが多いのでパスしちゃおうかとの思いもあったのだが、講演聴講、レセプションでの交歓、それぞれに得るものが多いセミナーだった。


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柄谷行人氏らの起ち上がりに快哉(脱原発100万人アクション)

フクシマの過酷な現状を超え‥‥

フクシマを巡っては日を追うごとにその深刻度は増す一方で、冷温安定化へ向けてのプロジェクトは困難を極めている。
その現状というものは、見方によってはチェルノブイリ原発事故をはるかに凌駕する惨状を呈していると考えられている。

事態収拾へ向けて東京電力が出した改編「工程表」[1] も、小出しに出される一連の現場の実態を聞くにつけ、信頼に値するものと言うよりも、現場から遠く離れた本社のエグゼクティヴ技術屋の机上の空論という方が正しいような代物であることが読み取れ、またさらに空しさがつのってくる。

このBlogでは、これまでこの原発問題に関しては「人類と相容れない原子力」という位置づけから、関連するいくつかの記事をあげてきたところだが、あらためて著者(artisan)の立場を明らかにしておいた方が良いと思う。

ボクが社会人1年生のスタートを切ったのは中部電力の社員としてだった。
電力マンの一員だったというわけだ。
ここで通信設備を設計監理する職場で働いていたという経歴を持つ。
その頃の中電は「芦浜あしはま原発」立地計画が頓挫し、一方の浜岡原子力発電所は計画段階で、通産省の電源開発調整審議会(電調審)の認可が下りるという頃だったように記憶している。(運転開始は退職後)
その後、一身上の理由で転職したということもあり(反原発で辞めたわけではないけどね)、必ずしも、この浜岡原子力発電所について、何らかの意思表明をするということもなくこれまできた。

むろん、平和と民主主義の申し子のような戦後派でもあるので、同世代の多くの方々同様に原子力に対しては強いアレルギーを持っていた。
しかし、そうした思いと、反原発の意思表明をし、何らかの具体的なアクションを起こすという狭間にはとても大きな距離と飛躍があるわけで、いわば「砂のような大衆」の一人でしかなっかたと言えるだろう。
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❖ 脚注
  1. 英訳ではRoad mapのはずだが「行程表」ではなく「工程表」という表記なのが、なんかヘンな感じ []

『フィンランドと日本の木の生活デザイン展』関連イベント



来週に迫った催しをご案内させていただきます。
『フィンランドと日本の木の生活デザイン展・木の椅子』の関連イベント。

木と森の国、サンタクロース、ムーミン、『フィンランディア』のシベリウス、そしてPISA Top(OECDにおける学習到達度調査でTopの成績を誇る)、そしてさらにはNOKIA、Linux ‥‥、良く知られたキーワードでイメージできる北の国、フィンランドですが、デザイン、そして木の家具においてもスタイリッシュで高品質なものが産み出されています。

本企画の全体を監修するのは島崎 信氏。
島崎 信氏は以前よりこの国と親しく交流しており、今回は様々な企画を通し今のフィンランドに触れることができるようになっておりますが、メインの企画として「フィンランドの木の椅子」、そしてフィンランドの自然と文化に似通った日本の「木の椅子」を歴代の名作から、若手の椅子作家のものまで展覧しています。

4月16日からスタートした会期も既に後半になりましたが、以下のように6月17日から19日までの3日間、関連する様々なイベントがあり、ご案内させていただきます。

要綱

▼会場:小海町高原美術館
  長野県南佐久郡小海町豊里5918-2
  Tel:0267-93-2133 
  http://www.koumi-town.jp/museum/
▼会期:2010年4月16日(土)~7月3日(日)
▼開館時間:9時~17時、休館日:火曜日
▼主催:小海町高原美術館 
 共催:小海フィンランド協会
▼企画協力:NPO東京・生活デザインミュージアム
▼企画監修:島崎信(武蔵野美術大学名誉教授
▽関連イベント問い合わせ:LIDEM 吉野崇裕 
         info@tak-yoshino.jp まで

展示構成

  1. フィンランドの木の名作椅子
    出品作家: アルヴァ・アアルト、アンティ・ヌルメスニエミ、イルマリ・タピオヴァーラ
  2. フィンランドの今日の木の椅子
    出品作家: カリ・アシカイネン、ハッリ・コスキネン、ユハニ・マンネル、カリ・ヴィルタネン
  3. 日本の木の名作椅子
    出品作家: 川上元美、長大作、豊口克平、ジョージ・ナカシマ、水之江忠臣、松村勝男、柳宗理、渡辺力
  4. 日本の今日の木の椅子
    出品作家: 朝山隆、伊藤嘉康、猪俣一博、上山隆久、坂本茂、杉村徹、須田修司、高村徹、木内明彦、野木村敦史、藤井慎介、古谷禎朗、法嶋二郎、迎山直樹、森明宏、守屋晴海、吉野崇裕
  5. 小海町近隣のウッドワーカー
    出品作家: 井出正(木工房アマナ)、高橋敦(家具製作ゆずりは)

関連イベント

■6月17日(金)
 「映像で知るフィンランド」
 講師:島崎信(本展監修者、武蔵野美術大学名誉教授)
1) 場所:美術館映像室 時間:13:30 -15:30 
「フィンランド自然と暮らし」

2) 場所:美術館映像室 時間: 16:30 -18:30 
「フィンランドの生活と建築デザイン―アアルトの建築を中心に」

■6月18日(土)
3) 場所:美術館映像室 時間:11:00 -12:00 
  講演会「フィンランド、フィスカルスヴィレッジの木工事情」
  講師:永野智士

4) 場所:美術館映像室 時間:14:30 -16:30 
  ワークショップ「私の椅子の制作手法―座繰りを中心に」
    講師:伊藤嘉康

■6月19日(日)
5) 場所:美術館映像室 時間: 9:30 -11:30 
  ワークショップ「チェアーフィッティング」
     講師:吉野崇裕

6) 場所:美術館映像室 時間:13:30 -17:00
 シンポジウム「これから木工家は何を目指すか」
         ―自己満足の家具作りから踏み出す―
 パネラー:朝山隆、伊藤嘉康、杉山裕次郎、野木村敦史、高村徹、
      永野智士、迎山直樹、守屋晴海、吉野崇裕、
 スペシャルゲスト:島崎信

──── 申し込み方法 ────
1)~6)各回ともに事前の申し込みは不要です。
参加費は無料です。
開始時間までに会場・美術館内の映像室へお集まりください。

adobe readerアイコン 詳細は、左のファイルをご覧下さい。クリックダウンロードPDF:897kb

防塵、防水 電卓のはなし

今日はさほど読むに値する話題でないが、電卓の話しをしてみる。
木工房における電卓のこと。

開業以来20数年、工房内で使う電卓、これまで何台使ってきたことだろうか。
5年ほどの単位で更新してきたかも知れない。つまりこれまで4〜5台というところかな。

でも、もうこれで暫くは更新しなくても良いと思っている。
理由はただ1つ。
ダストや水で不具合を起こす心配からフリーになったから。

そうなのです。更新しなければならない理由はただ1つ。
ダストや水が原因で不具合を起こすんだな、これが‥‥。
水没などはユーザー側の不注意として、その誹りを甘んじて受けるしかないが、ダストによる障害は環境要因であり、避けがたい。

電卓2種(防水、防塵‥‥関数電卓)

画像左のものは全くダストが入らない構造をしている。
もちろん浸水するようなこともない。
全ての機能部、IC基盤が樹脂によって封じ込まれている。
電源はもちろんソーラー。ソーラーオンリー。

計算機能は加減乗除から、メモリー計算、%、√までOK !
つまりもっともシンプルな機能であるわけだが、とりあえずはこれでOK。
凹凸が全く無い、フラットパネルなキーボードだが、1つのキーが12mm角というサイズで、押し間違えも少ない。
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《七世代先を見て決定する》

3.11以降、考えるところがあり、いろいろと本を取り寄せ読み進めているが、今日、あらたにそこに加えねばと思う本に出会う。

出会うといってもBlogサーフィンから見つけたもので、背表紙裏の一文というものに惹き付けられた。(しかもBlog著者の孫引き)

その本は『野生哲学──アメリカ・インディアンに学ぶ』 (講談社現代新書)〈管啓次郎、小池桂一 共著〉という。

* 七世代先を見て決定する *

 部族の会議が開かれるたび、人々はまず自分たちの義務を次のような言葉で誓いあうのだった。
「何事を取り決めるにあたっても、われわれの決定が以後の七世代にわたっておよぼすことになる影響をよく考えなくてはならない」と。
ある決議事項をめぐって自分が投票するなら、その票は自分だけではなく、まだ生まれていない者たちも含めて、以後の七世代のための一票なのだ。
ざっと見て、百五十年から二百年。そんな遠い未来の子にまで、いくつもの世代を超えて、いま決められたこのことは、影響を与えつづけるのだから。(本文より)

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