工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

輸入木材の過乾燥にはほとほと‥‥

板の反張
日本は温帯に属し海に囲まれた島国。
モンスーンの影響を受け四季折々の気候が豊かな風土を形成しているが、湿潤な時季が長いのもその特徴の1つだ。
したがって米国などとは大気中の湿度は大きく異なる。
さて家具の素材、材木はしっかり乾燥させなければ使うことができない。
木は自然有機物なので、内部に封じ込まれている水分は時間の経過とともに、周囲の大気の湿度と平衡するまで抜けていく。
これは外形的には痩せていくという物理的変化をもたらすために、甚だ具合が悪い。
反る、暴れる、壊れる。
これを避けるため、製材後に桟積みという方法で自然の風に晒し、材木中の水分を抜いていく。
こうした数年の天然乾燥の後に、必要に応じてさらに人工乾燥を施す。
乾燥度は含水率という数値で表されるが日本では一般に12%〜15%ぐらいまで落として、やっと加工に入ることができる。
全く気の長い話だ。
ところで過度に乾燥したものも困る。
先に購入した米材のブラックウォールナットの乾燥材だが、あまりの過乾燥で参ってしまった。
普通に削っていけば問題はさしあたって出てこない。
例えば今回の 5/4″ の板は27mm程まで削って平滑な板として加工に供するが、取り立てて問題はない。
しかし場合によってはこの5 /4″ の板を半分の厚みに割く場合がある。
裏板の鏡板、地板などとして使い回したりする。
適切な乾燥度であれば、バンドソーで半分の厚みに割いてもさほどの反張も起きず、適度な厚みの板が獲れる。
しかし今回はバンドソーで切削し終わる瞬間、バシッと大きな音を立て、ノコとフェンスを挟んでしまった。
含水率の平衡度が取れていなくて内部の応力が一気に解き放たれてしまったことによるものだ。
かつても数度このような経験があったが、あまり気持ちよいものではない。
さてこ反張した板はどうするのか。
あきらめて小割りにして使うしかないのか。
いやそんなことはない。戻せばいいのだ。
どうして戻すかと言えば、かつてもどこかで書き記したことがあるが(こちら)板に熱を加え、急激な力を加えることで、かなりの程度に戻すことができる。
今回も試みたが、残念ながらあまりの反張の強さに叶わなかった。
昔からの木工所には「焼き盤」と言って、プレス機構の定盤の下に窯が付いていて、これに薪をくべながら熱を供給しつつ、反張を戻す、という方法が取られる。
しかしうちにはそんなしゃれたものは無い。
仕方なく幅方向中央部を割き、再接合することで所定の寸法にしたのだった。
含水率ところでこの板、含水率計で測定したら、何と10%台の部位もあるほどひどいものだった。これでは如何に冬季とはいえ、割くことは厳禁であったわけだ。
しかしこのウォールナット、米材ではあるが、中国から買い付けたものということ。
米国 → 中国での製材、乾燥 → 清水港 → 工房 悠と辿ってきたものだから、本来中国大陸向けのものだろうと思われるが、中国大陸というのはそんなに乾燥しているのかな?広い国土だからね。
なお余談だが、プレナーで目的の厚みまで削っていく場合、一方向のみばかり削ってはいけない。両方を均等に削っていくことが肝要。
片方ばかり削ることで、その材の厚み方向では間違いなく水分傾斜が出るだろうから、後に暴れることになるだろう。(この基本を意外と知らずに、一方向のみを削っている人も多い)

「エルミタージュ美術館からの帰国記念展」(芹沢美術館)

静岡市立芹沢けい介美術館(“けい”は金へんに圭)において「ロシア国立エルミタージュ美術館からの帰国記念展 〜日本の色彩 芹沢けい介の世界展〜」が開催中されている。
芹沢美術館からポスター、パンフレットが送られてきたもので、ここに紹介する。
これは06年11月10日〜07年1月28日まで、世界三大美術館の一つであるロシア・国立エルミタージュ美術館(サンクト・ペテルブルグ=かつてのロシア帝国の首都。ソ連時代はレニングラード )旧参謀本部にて静岡市、エルミタージュ美術館主催で開催された展覧会の帰国展覧会。

エルミタージュで展示された82点の作品を、現地の展示に近づけて構成するとともに、展覧会の準備から開会式までの記念写真、展示会の模型、ポスター、現地の雑誌などの資料を展示し、エルミタージュ展を振り返ります。
さらにエルミタージュでは展示されなかった、ガラス絵、板絵、絵本等85点を加え、芹沢芸術の全貌をごらんいただきます。(パンフレットより)

展覧会の入場者数は36,000人に達し、大好評だったようだ。
芹沢 けい介氏は1976年にフランス・パリで展覧会をしているので、海外での展示はこれに次ぐもの。
【ロシア国立エルミタージュ美術館帰国記念展 〜日本の色彩 芹沢けい介の世界〜】
静岡市立芹沢けい介美術館
 〒422-8033 静岡県静岡市駿河区登呂5-10-5 Phone:054-282-5522
・会期:2007年3月17日(土)〜5月13日(日)
・休館日:毎週月曜日(4/30を除く)、3/22、5/1
・学芸員によるエルミタージュ展報告会
  3/24(土)、4/21(土) 13:30〜15:30  定員50名(先着順)
*展覧会に際して発行された図録(日露対訳)を販売(1部1600円、200部のみの限定販売)
【国立エルミタージュ美術館】
この美術館は元はツアーリの収蔵品をコレクションしたもの。本館建物は元〔冬宮〕(ロマホフ王朝の王宮)。
1917年のロシア革命後にはじめて一般向けに開館された。
■ エルミタージュ美術館・「芹沢けい介展」
  Colors of Japan in the Art of Serizawa Keisuke. The Master of Textile Design

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木工屋のBlog運営とは(続)

昨年末ころ、信州木工会の方々が来られて交流させていただいた際に、定形のアンケートに答えてくれ、との依頼があり、断るようなことでもないので正直に応えておいたのだが、この中に「この仕事を選んで幸せですか?」という設問があった。
はて、どう答えたものかと少し戸惑いがあったが、結局次のような回答になった。
「仕事は人生の全てではありませんし、壊れちまった日本社会ではシアワセを感じるのは難しい。そうした留保付きですが、悪い選択ではなかったという自負はあります。」
なんか、とても中途ハンパな回答だな、と自分でもあきれてしまう。
この中途半端さ加減がどこから来るのか考えてみることから筆を進めてみたいと思う。
木工という産業は古来から連綿として継続発展してきたものだと思うが、しかしこれを担った職人達を巡る社会的環境というものは大きく変貌してきたことは他の産業と同様だろう。
これは職人の仕事も結局は時の社会的諸関係に規定されたものだいうことを示している。つまり職人が置かれている社会的関係、経済的基盤はその時代における諸関係に規定されざるを得ないと言うことだ。
しかしそうした時代的制約の中にあっても、モノ造りという分野固有の特徴は変わることなく連綿とし引き継がれてきていると考えても良いだろう。
モノを作るというのはホモサピエンス、ヒトという生物に与えられた固有の特性だ。確かに他の動物でも道具を使うというものたちがいるが、これを作り、使いこなす、というのはヒト固有の特権だろう。
こうしたモノ造りを職能として体得し、専業としているのが木工家、木工職人ということになろう。
このモノ造りというものは上述したように人間本来の固有の特性を存分に発揮できるものであるということにおいて他の職業にはない充実感とともに誇り高いものを感じ取ることができることは、多くの人が体得しているところだろう。
したがって「この仕事を選んで幸せですか?」という問いに“不幸せです”という回答は本来矛盾したものであるわけだ。
しかし付帯条件を付けることなく無条件に“シアワセです”とは、なかなか言えるものではない。
しかも昨今の新自由主義的経済環境下で、このモノ造りというものが置かれている環境は大きく激変しつつあり、経済的与件からしてどのような運営をしていくべきか悩むというのは共通するところ。
シアワセな職業であるけれど、しかし現代社会でのシアワセの定義には欠かせない経済的条件を叶えることの困難性から逃れることは出来ない。
こうした要因がボクの曖昧な回答となって表れるくる。
ところで、このシアワセな人生をもたらすモノ造りについてもう少し敷衍してみよう。
働いた結果として生み出されるモノ(木工家具)ができた喜び、達成感というものはもちろんだが、実はもっと普遍的な人間的喜びというものに支えられたものがあるように思うのだ。
地球がもたらした環境の一部である木材という有機植物を素材として、木取りし、加工していく。これらの全ての過程で素材との深い次元での対話が繰り返され、この対話の中からモノへの透徹した認識が生まれてくる。人間にとってこれほどまでの文化的営為があるだろうか。
樹木の特性を存分に知り、その木に内在する木目、細胞の配列を読み取り、これを加工するための道具を知り、そして道具を自ら作り、木が訴えてくる仕上がりの姿というものを体現させていくという相互作用。
こうした素材と職人との対話に裏付けられたモノ造りであってはじめて顧客を満足させる木工家具として、あるいは木工芸品としての品格が与えられるのではないだろうか。
「木工屋のBlog運営とは」というタイトルとはほど遠いところに来てしまったではないか、と訝る向きは多いと思うが、話を戻そう。
今述べたようなシアワセな仕事であるために、多くの木工家、木工職人は木との関係性において自己完結してしまうことにもなる。いやむしろそうした自己完結できる仕事であることでシアワセを感じると言えるのかも知れない。
恐らくはそれで十分なのだろうと思う。自己と仕事との間に交わされるこのシアワセな関係性に何ものも介入などできはしない。
前回述べた「Blog運営における自省」とはこうした充足しているはずの仕事を1つの基準として考えたとき、手業ではなく言葉を弄び書き連ねるということには、どこかやはりいささか不純なものでしかないのだろうという後ろめたさから自由にはなれない。
手業を言葉に置きかえ、道具の仕立てをWeb構築に置き換えたとき、やはり何かウソっぽく軽々しいものに陥ってしまうということへの強い危惧があるのだ。
少し見方を変えて見ようか。
例えば、メディアがボクらの仕事を語るとき、かなり深く取材され、彼らとの良いコミュニケーションが取れた下での記事であっても、やはりどうしても隔靴掻痒の感が拭い去れない、ということは誰しも経験しているところだろう。
つまりボクらのモノ造りの仕事の深いところは、それに身をもって従事するものでしか感じることのできない深淵というものが必ずあり、これは如何に優秀な取材者によっても感得できるものではないというのは残念ながら1つの真理だろう。
しかし一方、逆にこの木工家、木工職人自身が道具を持つ手からペンを持つ(キーボードを叩く)手に替えてテキストを書こうとしたとき、メディアの取材者が果たせない深淵への到達とは違う意味で(表現力の至らなさも加え)、その木工家、木工職人が作るモノの品格には遠く及ばないものしか書くことができない、と言うことももう1つの真実だ。
モノ造りを1つの表現行為として見た場合、明らかに書き記す営為とは異なる行為であれば致し方ない限界なのだ。
前回述べた先輩からの警句とはこうしたことを指すのだと受け止めている。
モノを造るという素晴らしい仕事も、ハンパな関わりではとても良いものが造れないのと同じように、テキストを書き記し、これを公開するということも、やはりハンパな関わりでやっていいものか、という疑念は残念ながら本来正当なものだ。
Blogなどというお気軽なツールで書き散らすことができる社会の到来は、明らかにメディアの革新であると同時に、サーバーのHDDに残される膨大な記録の多くがジャンクなものであるのは必然なのだ。
ボクの友人のひとりでもある、営業を得意としない、ある木工家は言う。
「ボクは職人だから、創るモノを見てもらえば分かってくれるはず。だから積極的にアピールなどするつもりはない」と。
この木工家の在り方が本来の姿なのだろう。彼は素晴らしい木工をする人だ。
さて、ここまで書いてきたが、こうした営為そのものが、やはり木工家としてはふさわしくない所業と考えてしまうから、自己分裂しちゃっているのだよ。
もちろん、この世界にはすばらしい書き手がいる。わずかに数人だが日本を代表するような木工家でもあり、とても品格のある文章をモノにする。
“天、二物を与えず”と言うが、そんな物言いは愚者への慰めでしかない。
ここには優れた作家性というものは、ある到達点を越えたとき、縷々述べてきたような限界など軽々と越え出て行くのだな、と感じ入るばかりだ。
愚者としては一度機会があればこうした自己分裂についてどう考えればよいのか尋ねてみたいと思う。
* 関連記事
木工屋のBlog運営とは

家電 カスタマーサポートのお気楽対応

長年使っているコーヒーミルが動かなくなった。
コーヒーは日々の生活には欠かせない嗜好品。
うちでは焙煎仕立ての豆を遠方から取り寄せ楽しんでいるので、ミルは必須の道具。
手回しのミル、国内家電Topメーカー、N社の電動ミル、メリタ社の電動ミル、と3つのミルを自宅と、工房で使い分けている。
このうちN社の電動ミルが数ヶ月前頃から駆動がおかしくなってきていた。だましだまし使ってきたが、とうとううんともすんとも言わなくなってしまった。
少しは電気のことも分かるので、内部にアクセスして見るも、故障箇所は判然とせず、仕方なく「お客様相談センター」へと電話する。
Q:型番○▽のミルが(簡単に経過報告を交え)動かなくなったのですが、どのようなことが考えられますか?
A:使用期間はどれぐらいですか
Q:丁度10年になります
A:もう寿命でしょうね
Q:一般家庭での使用環境ですので、稼働率はさほど高いものではないのですがね
A:しかし家電ですので10年という期間は寿命とお考えください
Q:ということは修理での回復は無理ということですか
A:後継機種の良いものがあります。■▽というものです。どうぞそちらを
Q:はぁ
こんなやり取りで、木で鼻を括るとはまさにこんな時に使うのか、というような感じだった。。
価格は6,000円ほどのもの。
でもボクはケチ。ネットで調べれば4,000円台で入手できるのを確認したが、それでも買い換えには踏み切れない。
コーヒーミルなんて電気製品など単純な機械だ。ただモーターを駆動させ、直結している羽状のカッターを回転させているだけ。
カスタマーサポーターの「もう寿命です」という判断は、主たる部品であるモーターそのものの寿命という評価と考えられるが、これはしかし俄には信じがたい。
電話でのやりとりで、そうした持論を展開するほどの確信などあるわけないので、ただ聞き役だったが、はっきり言って信用などできない。
使われているモーターは単相直巻整流子モーターだろうと考えられる。
初期不良ならともかくも長年快適に使ってきたものなので、わずか10年で簡単にこのモーターそのものが寿命だというサポーターの判定には従いがたい。
コーヒーミル内部
そこであらためて内部をチェックすることにした。
とても狭いところにモーターと配線が巡らされているのでなかなか判明するに至らなかったのだが、ラジオペンチ、テスターなどで1つずつ確認していって、やっとメインスイッチ部分の配線が断線しかかっていたことに気づいた。
コーヒーミルのモーターは、豆をカッターで破砕する時の大きな負荷の衝撃に耐えさせるための振動対策としてゴムの緩衝材を介して駆体に取り付けられている。
このため、スイッチを入れ回転させると配線がわずかながら動いてしまうのだろう。この結果端子に半田付けされたところにストレスが掛かり、断線へと至ったのだろうと考えられる。分かってしまえば簡単なことだ。
しかしその後が大変。とても狭い、奥の深いところにある端子にあらためて配線し直し、半田付けするというのは至難だった。半田コテを先端のみに熱が供給されるような断熱覆いを付け、アプローチすることにし、何度も試みて、やっと成功 !!
(ちょっと駆体を溶かしちゃったけれど、勘弁ね)
これで、もう10年は働いてくれるかな ?
教訓、その1:カスタマーセンターの「もう寿命です」の言葉は信じるに足らない。
日本の家電製品は優秀。
しかしカスタマーセンターの担当は、自社の優秀な製品ほどには優秀ではないかも知れない。(これはユーザーから見れば、と言う話で、メーカー側からすれば買い換えを進める担当の方が優秀なのさ)

名物に旨い物、在り

otabe
京都からの手土産「生八つ橋:おたべ」を頂いた。
江戸の時代から作られてきたという八つ橋だが、生の生地に粒あんを入れた「生八つ橋:おたべ」が開発されて早40年になると言う。
奈良京都に修学旅行に行った中学の頃はまだこうしたものはなかったはず。しっかりと焼かれたニッキ風味のものだった。
さてところでこの頂いた「生八つ橋」、真っ黒だよ。
黒ごまのペーストと食用炭(竹炭)でより黒くしてあるという。
確かに胡麻の香りが豊か。独特の風味と歯触りだね。
今、京都では人気なんだって?
老舗の商品展開というものも難しいものがあるのだろうね。
しかも京都の老舗の銘菓とあっては、伝統をぶちこわすような試みは忌むところだろうし、かといってこの時代、伝統に安住(餡充、なんちゃって (^_^;)するだけでは、尻つぼみだろうし。悩ましいだろう。
でもこの「おたべ」さん、なかなかトレンドを掴むのが上手いようだ。
最初、まずそのパッケージデザインに「やられた ! 」と思ったね。
確かに黒ごまであるから、黒のパッケージというのは明示的で良いのだが、それに留まらず、デザインされたフォント、そのフォント色には黄色をあしらい、ロゴマークは朱色で抜き、そして極めつきは金色のゴム結び。
さすがに優れたデザインには、伝統にあぐらをかかない斬新な企業イメージを表していると見たね。
ボクは普段はほとんど甘いものは食しない。
ジュース類も飲まない。料理でもお砂糖は極力控えめ。もちろんコーヒー、紅茶類もストレート。
こうした甘味を主たる商いとするところは、ボクのような偏屈人間が増加中と言うことでは経営も大変なんだろうな。
本格的な和菓子の需要は減る一方。ありがたく頂くのは茶の湯の世界ぐらい?
おっと、そうでもないようだ。

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魅惑の「Domino」FWW誌に掲載

Domino
昨日定期購読の『Fine Wood Working』誌が届いた。
昔は届くのが楽しみで仕事はさしおいてページを繰ったものだったが、最近ではそうしたこともなくなり、あまり良い読者とは言えない状態が続いていた。
しかし今号はFestool社の「DF500Q DOMINO JOINTER 」の紹介があることが分かっていたので、昔のように仕事ほっぽらかしてページを繰った。
ま、既に発行元Taunton Press社のWebサイトで見ていたので、さほどの違いがあるわけでもないだろうとは思ってはいたのだが、その通りで記事内容は同じようなものだった。若干、編集、およびレイアウトに違いがある程度だ。
しかしあらためて見れば、この新しい道具がとてもユニークで革新的なものであることを一層イメージづける内容となっていることに気づかされた。
貼り付けたページの画像からは読み取れるものではないが(著作権問題もあろうから、この程度の画像に止めた)、Topのサブタイトルからして「INNOVATIONS」と記されていたりするし、

Festool, a German company, stands out for re-inventing a number of old-faithful tools in recent years.
Available in April 2007, this tool is big news.
Overall, the Domino is an impressive tool that could change your woodworking.

Festool社の近年における電動工具の開発(改革)を評価しつつ、
このDominoの発売をビックニュースとして紹介している。
その後詳細な紹介の後、最後は「Dominoはあなたの木工を変えることのできる印象的なツールである」と締めている。

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電子納税なるシステムはは未だ普及せず

確定申告は皆さん済ませましたか?
善良なるタックスペイヤーであるボクは今朝送付手続きを済ませた。
ところで〈e-tax〉なる納税システムについてはご存じの方も多いはず。いわゆる電子納税のことだね。
IT環境ということではそれなりに整備しているボクだけれども、この〈e-Tax〉は使わなかった。
ただ国税庁Webサイトはこの〈e-Tax〉の他「確定申告書作成コーナー」というページで必要事項を書き入れることで、申告書、収支内訳書などが PDF で吐き出されてくるというサービスがあり、これを利用している。
これはこれでなかなか快適に操作でき、計算間違いも無く、ありがたいものだね。
昨年度から利用させて貰っていた。
さてなぜ〈e-Tax〉を使わないかというと、昨年末頃に国税庁からこの〈e-Tax〉の書面での案内があり興味深く読んでいたのだが、使用環境においてMacはサポートしていないことが分かったからだ。
アンケート項目があったので、その旨Macもサポートするようにと記しておいたのだった。
今年になってからニュースなどでもこの〈e-Tax〉が全く普及していないという問題が取り上げられていた。利用率は1%にも満たないと言うではないか。
恐らく膨大な予算を計上しシステムを構築しただろうし、受信態勢、メンテナンスでもかなりのコストを掛けているものと思われるが、この利用率では全く費用対効果ということでは破綻しているということにはならないのか。

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木工屋のBlog運営とは

ところで今このBlogで連載しているサンディングの技法もそうなのだが、こうした木工技法に関わる領域の記述については、自重せねばいけないな、あるいは自省しなければいけないな、と思うことがある。
こんなに書き散らかしているくせに、ですがね。
ボクのBlogなど1,000ページビュー/日〜3,000ページビュー/日、ほどの読者が見に来ているに過ぎないが(この数値が多いのか、少ないのかは全く判然としない)、Blog上での記述は多少の影響力を持ってしまうことは、ネットにおける表現行為の功罪についての様々な議論からも推量できるところだし、自分でも多少の経験はしているので自覚的にやっているつもりだ。
当然にもネット上の木工の技法に関わる情報は様々なところから発信されていて、とても有益であることも多く喜ばしいところではあるのだが、一方で間違った情報、不十分な言及なども少なくなく、読者のリテラシーというものがとても重要であることにあらためて思い知らされることもある。
何もこれはネット上だけの特異な現象というよりも、日本の木工関連雑誌でさえ不適切な表現、間違った解釈に基づいた技法の紹介なども散見されるので、避けがたいものとも考えられるだろう。
でもやはりネットならではの敷居の低さから、いい加減な情報があふれかえってしまうということは指摘されても良いだろう。
刊行される雑誌には、ライターの記述に編集作業というものが介在するだろうし、有料での販売が前提ともなれば、あまり杜撰な記事では読者を獲得できないという自主規制が掛かる。
一方ネットにはそうした編集プロセスは皆無、ほとんど課金されることなく誰でも、どこからでもアクセスできるし発信できる。数年前から一気に普及したBlogというツールは発信者側のハードルをさらに低くしている。したがって何でもアリの世界だ。
そうした功罪半ばするネット上にあふれかえる情報からどのように良質な情報を見出すかは現代社会に生息する我々にとって無視することの出来ない重要な能力となってきている。
ここではそのための方法論を呈示するものではないが、せめて発信者として自身が書き散らしているこのBlogのエントリに関しては、できる限り情報を精査し、自身の経験と知力を動員させ、フィルタリングし、その上で有益なものとして寄与できるようなものを記述していきたいとあらためて思う。
またBlogという日記形式という性格も活かしながら、軽快に、スピ−ディーにエントリしていきたいとも思う。
そうした前提で、読者に願っておきたいことがある。
恐らくは上述したような配慮をもって記述したとしても、間違いも出てくるだろうと思う。
これは知見に問題がある、経験不足、咀嚼する能力に欠ける、洞察力に欠ける、記述の力に欠ける、文章力に欠ける、などと言った要因がそうした誤りをもたらしてしまうのだろうが、極力これらを克服しつつ、信頼に足る情報源でありたいと思う。
できれば誤りがあったり、さらに良い情報があるようであればご指摘いただくことで修正、訂正、補筆などの機会を与えてくれたらありがたい。
Blogにはコメントという有力な機能があるので、ぜひ活かしていただければ幸いだ。
日本人のコミュニケーションとしての特徴として、あまり相手の誤りを指摘しないことを尊ぶ、という土壌がある事は否めないが、ボクも耐性を身につけていかねばと考えたいので忌憚なくボチッしてもらいたい。
さて、ところでこのようなBlogでの情報を読者がどのように受け止めてくれているのかは知りたいところだが、これは決して多くはないものの寄せられる貴重なコメントによってある程度は推し量られる。
しかし恐らくはプロの木工家は斜に構え半眼でせせら笑いながら見てくれているだろうし、技法なども、ヘヘーッととばし読みしているのだろうと推測している。それで構わないだろう。彼らは自身に適切な方法でしっかり技法が備わっているからだ。何も申し上げることはない。
国内でインターネットが普及して10数年ほど経過するが、ボクの世代辺りから上の年齢ではアクセスする人は決して多くは無いのではないだろうか。
やはりインターネットアクセスは10代〜30代が中心になるだろうからね。
職人的練度を要求されるこの世界ではそうした味のある記事を提供してくれる人も少なければ、コメントを寄せてくれる人も多くはないのも無理はない。
問題は若いアマチュアの方々だね。
ぜひ批評的な視点から読んでいただきたい。真に受けるのではなく、気になった記事があったら、近くのプロの職人に尋ねてみる、自身で試してみる、書店で検索する、ネットで検索する、などいくつかの方法で検証すべきだろう。
技能というものは、事の性格上決して1つの手法が最善のものだというものではないだろう。
それを扱う人のレベルによって、あるいは作業環境によって最適な方法というものは多様だ。
やはり一定の時間を費やして、練度を高める中からしかその人にとっての熟練の技というものは生まれ出てこないというのが正しい考え方であろうと思う。
一方そうした本質的な考え方からしても、多様な手法を呈示して選択肢を与えていくというのは決して無為なことではないように思うので、能力を越えて出来るものでは無いが、可能な範囲で記述していこうと考えている。
でもね。
ある先輩がボクのBlog運営に鋭い警鐘を与えてくれたことがある。
くだらない情報が氾濫するネット上のゴミためにキミも参加するの?
そんなヒマがあったら作品造りに精進した方がよほど自分のためだよ、と。
これに対しては様々に反論はできただろうが、ただ受忍しただけだった。
自分もそう思うもの。困ったものだ。
今日は切らしていたお酒を新たに求め、チビチビ飲りながらのエントリ(すんません、週末ですのでお許しを)
過日紹介した「出羽桜」の別バージョン。「吟醸酒」桜花、という奴。美酒です。

塩谷哲と音楽仲間たちライブ(NHK BS 予告)

今週土曜日深夜ですが〈夜更かしライブ缶「塩谷哲と音楽仲間たちライブ?ピアノVSボーカル?」〉という番組があるようだ。
塩谷 哲(しおのやとおる)というピアニストは先のNHK BS2『シブヤらいぶ館 – 歌のない音楽会』(07/01/24)で聴いた限りだが、今回もまた小曽根 真さんとの共演もあるようなので、チェックしてみたというところ。
他にも佐藤竹善、矢井田 瞳などとの興味深いセッションもある。
2006年12月23日中野サンプラザで行われたコンサートの様子をそれぞれのアーティストのインタビューなども交えて紹介するもの。
先のNHKライブは小曽根 真とのデュエット(含む 連弾)だったのだけれど、演奏時間の制約の中で盛りだくさんに詰め込みすぎたせいなのか、あまり印象は強いものではなかった。
ワイドショーっぽい放送番組からではなく、やはりCDを聴き込まないとわかんないね。
でも今回はスタジオではなく中野サンプラザでのコンサートだから、期待できるかな。
【放送概要】
番組名  :「塩谷哲と音楽仲間たちライブ〜ピアノvsボーカル〜」
チャンネル:NHK BS2
放送日  :07年 3月10日(土)
放送時間 :午後11:00〜翌日午前0:30(90分)
【出演】
塩谷 哲, 小曽根 真, 佐藤竹善, 手嶌 葵, 矢井田 瞳, 松本康一朗
【演奏 詳細】

  • 「テルーの唄」
    手嶌 葵・塩谷 哲
  • 「Daydream Believer」
    手嶌 葵・塩谷 哲
  • 「The Rose」
    手嶌 葵・塩谷 哲
  • 「You Raise Me Up」
    佐藤竹善・塩谷 哲
  • 「Heart to heart」
    佐藤竹善・塩谷 哲
  • 「I wish」
    佐藤竹善・塩谷 哲・小曽根 真
  • 「Spanish Waltz」
    塩谷 哲・小曽根 真
  • 「MY SWEET DARLIN’」
    矢井田 瞳・佐藤竹善・塩谷 哲
  • 「HOW?」
    矢井田 瞳・塩谷 哲・小曽根 真
  • 「初恋」
    矢井田 瞳・塩谷 哲
  • 「37.0℃」
    矢井田 瞳・塩谷 哲

先の番組の紹介をしていたkokoniさんへTB送ろうか。(とうにご存じですって?)

木工家具制作におけるサンディング (その5)

サンディングバナー
サンディング機械の種類と特性
サンディング作業は現在においては様々な機械によって生産性が高められている。先進的な工場では自動化も進んでいるだろう。
ここでは無垢の材料を対象とした高品質な家具制作のサンディング作業という制約での記述を基本としたい。
本件、サンディングについての記述も実はこの項を主要な関心事として考えているので、少し詳述していきたい。
先に述べてきたところだが、工房スタイルでの家具制作においては機械によるサンディング作業は量産家具のような低品質な家具制作を対象とするものと考えるので、使うべきものではない、というような間違った解釈が流布されているようでもあるので、そうした根拠のない誤解については正さねばならないと考えている。
これはどういう理由からなのだろうか。
機械加工=量産家具において取られているライン加工の悪しきイメージ。
手加工=良質な家具制作においては手作業が全てにおいて高品質なものをもたらす。
こうした根拠薄弱な考えを持つ木工家は決して多くはないと思うが、機械性能の本質を見極めることなく、手作業の「優位性」を頑なに信じ込み、固執している墨守派もいるかもしれない。
しかし多くは機械も導入したいが、さほど導入を決断するほどの評価を与えられない、あるいは他の諸般の事情で導入できない、と言った中間派なのではないだろうか。
なおボクは信州の訓練校で基礎を学び、また信州の木工所で働いた経験があるが、いずれもサンディングの機械はほとんど設備されていなかった。
また、訓練校への就職の募集にあたって、サンディング機械が設備されている工場への先輩諸兄の評価はあまり良いものではなかった、ということも経験している。
そうしたある種の地域的な特異性などに規定された誤った評価が今もなお厳然として残ってることもあると思う。
読者には本稿に出会ったことを契機としてぜひ一度はこのことについて真剣に考えていただけれ幸いだ。
さて、前振りが長くなってしまったが、具体的に記述していこう。
サンディング機械の種類

  1. ベルトサンダー
    (a)2点式、3点式ベルトサンダー
    (b)ユニバーサルサンダー
  2. ワイドベルトサンダー
  3. (a)スピンドルサンダー
    (b)スポンジサンダー
    (c)エアースピンドルサンダー
    (d)オシレーティングスピンドルサンダー
  4. プロフィールサンダー

おおよそ以上のようなラインナップになろうか。
1(a) 2点、あるいは3点ベルトサンダー
〈機構〉
動力機からベルトにより伝導され主軸の大型のプーリーと、空転するプーリー間に装填された10cm幅のベルト状のサンディングペーパー。(その長さ4.3〜5m)
このベルトにテンションを与えるためのレバーと分銅が付いた小さなプーリー。
その間を作業者の任意の操作で前後させられるように左右2条のレール上でスライドするテーブル、とで構成されている。
回転数は900〜1,200rpm
〈操作方法〉
任意の番手のサンディングペーパーを装填し、被研削材をテーブル上に置く。
サンディングペーパーと被研削材は適度な距離を保ち、高さ調整する。
ベルトを動力回転させ、この回転するベルトの真上から手に持ったパッドを被研削材に密着させながら左右に(ベルト回転方向)、あるいはテーブルを前後に(ベルト回転とは直交する方向)動かしながら被研削材、板面の全域にわたりペーパーの接触位置を替えながら研削する。
パッドはアーム状にあらかじめ機械にセットされたものもある。
〈特徴〉

  • 被研削材の大きさの制約は、長さは左右のプーリーの幅(=テーブルの長さ)に規定されるが一般に1,800mm〜2,400mmというところか。
    幅の制約は機械設置環境によるだろう。前後に空間のある限り制約は無いと言うことも出来るが、被研削材を移動させず固定された状態であれば900mmほど。
    つまり比較的大きなテーブルの板ぐらいまでは研削できるということになる。
  • かなりの高速での運動になるので、研削力は高い。
  • 回転方向が一定の、一般には繊維方向のみでの直線運動での研削になるので、いわゆるサンドペーパーの“脚”と言われる研削痕が残りにくい。(オービタルサンダーのような回転運動を基本とする電動工具との大きな違いがある)
    なお框組みの接合部分のように繊維が直交するようなところはどうするかと言えば‥‥、
    これは框組への鉋掛け(メチ払い)におけると同様に、まずは繊維をまたぐ方向から研削し、その後90度移動させ、繊維方向のみをサンディングすることで最上の仕上げを獲得できる。(留め部分も同様に、パッドの角度操作で問題なく可能となる)
  • 設置に要する面積は、(被研削材の最大長さ+1m)× (1m)といったところか。
    ただ作業内容が仕上げに関わる領域であるために、窓際などの明るいところにすべきだろう。
    なお強力な研削力を有し、そのためかなりの研磨粉が発生するので、強制排気、集塵の機構が必要だろう。
  • 簡単な機構の機械なので操作が簡便、当然比較的安価である。メンテナンスもレール摺動に気をつけるぐらいでイージーなものだ。

〈注意点〉
研削力が大きい、ということは、生産力が大きいということと同時に、研削のコントロールは作業者の任意な手さばきに依るため、平滑な研削が阻害されることがある。
そのために一定の技能が求められる。(たいしたものじゃないが)
少し具体的に記述してみよう。

  • 全てはパッドの当て方という一点に多少の技能が必要とされる。
    水平に、一定の加圧力で、ということに尽きる。
    最初のうちは意外とこれが難しい。
    特に被研削材の端っこ、エッジ部分がだれやすい。
    パッドに一定の加圧がされているために端にくると、加圧力のコントロールが難しくなってしまうことによるものだ。
    被研削材にはほぞ穴があったり、小穴があったりと、平板な板であることの方が少ない。そうした様々な状況があれども常に一定の平滑さを維持しながら加圧していくという、少しばかりの技能が求められる。
  • この技能を助ける方法として、被研削材のテーブルへの置き方、テンションの掛け方、ペーパーと被研削材のスペースの取り方、などいくつかのコツもあるだろう。
  • サンディングペーパーの番手の選定
    これは被研削材の材種にもよりけりだ。
    針葉樹のように比較的柔らかい材種には粗い番手を、唐木のような硬い材種には細かい番手を、というのが基本だが、一般に楢、樺のような材種では、鉋掛けされた後の素地調整を目的とするサンディングであれば、#240あたりから始まり、#320、#400と追っていけばよいだろう。
    木目が複雑で #240では逆目が取れない、ということであれば #180ぐらいから始めれば十分だ。
    それでもダメというのであれば、それは素地調整の問題ではなく。前の段階の鉋掛けの問題ということになろう。
  • なおこれはサンディング全般において共通することであるが、ある番手で目的とする素地を得られないようであれば、むやみに同じ番手で加圧力を高めて研削する、などということはやるべきではない。
    そのままむやみに続けることでは一見シャープな肌になっているように見えても、その実本質的な意味での適切な素地にはなっていないということになる。
    あるいはそうした方法では多くの場合平滑性が損なわれ、凸凹なものになってしまう。
    必ず1つ手前の番手に戻し、あらためて平滑にサンディングすべきだろう。
  • 加圧力
    上述したように不均等な加圧は1番良くない。常に一定の加圧力で、軽快にパッドを動かすことが肝要。
  • テンションの掛け方
    ただ平滑に一定の面積のものを掛けるのであれば、テンションはある程度高くして、サンディングペーパーの回転を安定させた方が良いだろうし、被研削材に、角度があったり、凸凹があるような場合にはテンションを緩めることで、あるいはまた、それに合わせたパッドを用いることで目的とする研削を可能とするだろう。

〈補足〉
さて、この項の最後にクイズだ。
この機械も含めて、一般にサンダー全般に共通することでもあるが、
サンディングペーパーの回転方向に順目を合わせるべきか、逆目を合わせるべきか ? 。という問いを出して見たいのだが。さて‥‥。
多くの人は当然にも順目、と回答してくれるだろうと思う。
これは正解。でも半分だけ。
どうしてかって。
複雑な木目を適切にサンディングするのは意外と難しいものだ、ということは分かりやすい話であるが、実は中杢のような素直な木目であっても、きちんとサンディングするのは難しい。
未熟者がサンディングし終えたと考えているものも、十分な研削肌をもたらしていないことは多い。
実はまず、逆目方向からサンディングするというのが効果的な方法なのだ。(おいおい、本当かよ ?)
これはサンディングという研磨・研削方法というものは鉋などの切削道具と異なり、刃物で一定方向にカットしていくものではなく、逆目によって刃物が過剰に食い込んでしまうということが無い、という特性を活かすことで生産性の高いサンディングを可能とする。
どういうことかと言えば、順目研削では繊維を寝かせる方向での研削になるが、逆に繊維を断ち切ってしまう方向(逆目)にサンドペーパーを運動させることで研削性が高く、また品質の高い研削肌が獲得できるということになる。
その後に順目方向に置き直すことでさらに良い肌をもたらすことができるだろう。
お判りいただけだろうか。
不審に思ったら、さっそく明日にでも試していただければたちどころにギモンは氷解するだろう。
(別の事例で考えてみよう。超仕上げ鉋盤で削るとき、やや削りが止まって食いつきが悪くなったときなど、順目で掛けてもすべってしまうだけで良い鉋屑が出ないことがある。そうした時、逆目に掛けることで食いつきも良くなり一鉋の鉋屑を出してくれることがあることを経験している人は多いと思う。この場合、当然にも逆目切削なので良い肌は得られないが、その後に順目で掛け直すことで適切な切削肌を得ることが出来る)
次回はスピンドルサンダーへと記述を進めていこう。

画像は3点ベルトサンダーの図

サンディング(ベルト)