工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

玉杢・ケヤキの卓(その2)


3尺角の玉杢を持つケヤキの座卓ということであれば、そのフォルムはただシンプルな方が良いだろう、ということで画像のような脚部デザインにした。

甲板は四方を少し太鼓に張らせ、角は大きくタイトにカット(これは脚部造形に相応させるもの)。

これは松本民芸家具のリストにもあるような、やや様式的なものだね。
職業訓練校で修行していた頃、教官から見せられた図面にこのようなデザインがあったような記憶がある。安川慶一のクレジットがあったのだったかな?(松本民芸関係者の方、違っていたらご指摘ください)

脚は四方転び(ただこの場合は対角線に配置されるので、加工は一方だけの転びになる)。
これを三方テーパーに造形し、表は角面を大きく取り、裏はなだらかな曲断面を付ける。

これに幕板を巡らし脚部を構成することもあるが、今回は単独のまま「送り寄せ蟻」で接合させる。
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玉杢・ケヤキの卓


うちではほとんどと言ってケヤキで家具を作るということはない。
あまり好まないからなのだが、どうしてかと言えば、日本の木工芸において、ケヤキはある種、絶対的なイコン。特有の材種であることへの忌避があるからだね。

絶対的なイコンという意味は、もちろん国産材の中では一等級の価値を持ち、好まれるだけの理由があるからなのだが、ただモダンな木工家具の作り手の立場からすると、この材種が持つ固有の価値に依拠して家具制作に当たることに、言うに言われぬ後ろめたさみたいなものを感じてしまう。
このようにボクにとってはあまり幸せな関係では無い樹種ではあるが、それを克服して立ち向かわねばならない時もある。

Top画像はケヤキのいわゆる玉杢を持つ板面の画像だが、これを座卓として刻んでいる。
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「ウィーン工房 1903-1932 モダニズムの装飾的精神」展

 仮面のいただきをこえて
 そのうねうねしたからだをのばしてはふ
 みどり色のふとい蛇よ、

 その腹には春の情感のうろこが
 らんらんと金にもえてゐる。
 
 みどり色の蛇よ、
 ねんばりしてその執着を路ばたにうゑながら、
 ひとあし ひとあし
 春の肌にはひつてゆく。
 
 うれひに満ちた春の肌は
 あらゆる芬香にゆたゆたと波をうつてゐる。
 
 みどり色の蛇よ、
 白い柩のゆめをすてて、
 かなしみにあふれた春のまぶたへ
 つよい恋をおくれ、
 そのみどりのからだがやぶれるまえで。
 
 みどり色の蛇よ、
 いんいんとなる恋のうづまく鐘は
 かぎりない美の生立をときしめす。
 
 その歯で咬め、
 その舌で刺せ、
 その光ある尾で打て、
 その腹で紅金の焔を焚け、
 
 春のまるまるした肌へ
 永遠を産む毒液をそそぎこめ。
 みどり色の蛇よ、
 そしてお前も
 春とともに死の前にひざまづけ。

これは〈みどり色の蛇〉と題された「大手拓次」という詩人によるもの。
ボードレールのような詩情を感じさせるものだが、萩原朔太郎も影響を受けたと言われる大正年代の詩人であるとのこと。
ボクは初見だった。

これは「ウィーン工房 1903-1932 モダニズムの装飾的精神」展のパンフレットに引用されていたものだが、妖艶なエロスに満ちた詩歌だ。
なるほど、同時代の日本においても、浪漫的というか、ある種の退廃的な文芸が流行し、社会風俗もそのような傾向を見せていたようだが、美術工芸においてはなお顕著であったかもしれない。
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〈 蔵の中の椅子展2011“形のやくわり” 〉展、はじまっています

ハルミファインクラフトさんから『蔵の中の椅子展2011“形のやくわり”』という企画の案内が届いています。

もう今年もそんな季節がやってきたんだね。

ここ数年、椅子の企画展は数多く開催されているけれど、このハルミファインクラフト(守屋 晴美さん主宰)が企画する椅子展は少し異彩を放つと言っても良いほどにユニークなもの。

何よりも主催者がスタイリッシュな椅子を作る、優れたクラフトマンであること。

商いとしての展示企画というものではなく、共に良い椅子を作っていこうぜ、という性格を明確に表した企画であること。

毎年、嗜好を懲らした企画で楽しませてくれているわけですが、今年は“形のやくわり”というので、なかなか強いメッセージを感じさせてくれていますね。
つまりは造形という視点から椅子を見直してみようということかな。

詳細は公式Webサイトに思いの丈が記述されているので、ぜひ参照してください。(こちら

不肖、私も参加させていただいております。
例年、多忙などと言い訳して会場に出掛けることもしてこなかったのですが、今年は出掛けようかと思います。
「ギャラリートーク」なんていうのもあるようですからね。

『蔵の中の椅子展2011“形のやくわり”』

■ 期間:2011年10月22日~11月7日
■ 場所:ギャラリーはしまや 2F
    倉敷市東町1-3

■ ギャラリートーク
  講師:西川栄明 氏
■ 日時:11月4日 pm5時~ [夢空間はしまや]
■ 主催:蔵の中の椅子展 実行委員会
■ 共催:秋の暮らし木展
■ 公式Webサイト:http://kura.harumifine.com/

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除染するほど「住めない」はなし(福島からの便り Vol.2の2)

前回エントリで取り上げた『週刊朝日』11/4 号、発売されたようです。

対象頁をこっそり貼り付けよう。
(本誌を購入したわけではなく、iPhone アプリ[ビューン]というものからクリップ)

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前回も触れたことだが、アイロニカルというより、パラドキシカル、あるいはやはりシジュホスのあえぎ苦しむ姿であり、しかし漲る上腕の筋肉は思索の強さを標すものでもあるだろう。

同シリーズ、バックナンバーをタイトルだけでも上げておこう。

  • 「帰りたい」を、萎えさせない 10/28号
      丹波史紀(行政政策学類准教授)
  • すべて測れ、農地を継いでいくために 10/21号
      小山良太(経済経営学部准教授)
  • フクシマの問題、大人は逃げるな 10/14号
      石田葉月(共生システム理工学類准教授)‥‥ いずれも福島大学

除染するほど「住めない」はなし(福島からの便り Vol.2)


ここに1枚のゲラがある。『週刊朝日』今週号(ということは、明日25日の発売になるのかな)、「FROM F 04」[1] というシリーズもののコラム。
タイトルは〈除染するほど「住めない」と思う〉とされていて、除染活動に従事した者としては、いささか刺激的かつ挑発的なものであるかに見える。

ここで内容を詳述するのは、発刊前のことでもあるので控えねばならないのだが‥‥。
ぜひ本誌を手にとってご覧いただきたい。巻頭に近いところに置かれるページだと思われる。

この執筆者は荒木田 岳さんという若い歴史学者であるが、たまたま福島大学で教鞭を取っていることもあってか、本件の〈放射能除染・回復プロジェクト〉の主要メンバーの一人である。

福島に到着したその日の夕刻に催された懇親会で、この若き学究の徒とお会いし、お話を聞く機会があったのだが、主たる内容の1つがこの『週刊朝日』のコラムそのものであり、そのためもあってか違和感なくゲラに目を通すことができたし、彼の置かれた状況、例えば家族離散での苦しみであるとか、それによる地元知人らの間にもたらされた波紋(逃げるのか 怒!)、あるいは「除染」の意味するところの、いわば神から与えられた試練へ立ち向かうシジフォスの如くの苦しみは理解したいと思うし、実際、現場に立ち、「除染活動」の一端を担うことで、はじめてその苦しみ、悩みというものに接近できるのではと思った。
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❖ 脚注
  1. 『週刊朝日』「FROM F 04」は福島市にある福島大学の研究室のみなさんに、放射能禍とともに生きる日常の最前線(Front Line)から「いま福島で起きていること」を語ってもらう連載 []

過酷な被曝現場に立つことで見えること(福島からの便り)

19日未明から寝食世話になっている福島市内のとある住居の居間、
持ち込んだガーガーカウンターのアラームが鳴りっぱなし(顔を引きつらせながら笑うしか無い状況だが、ここにシュラフを広げ、眠りに就く)。
デジタル表示が示す数値は 0.34μSv/h。
この線量計のデフォルトのアラーム設定が0.3μSv/hだったわけだが、まったく甘かったというわけだね。
うるさいアラームを消すために設定を3.0μSv/nと一桁上げておく。

室内でさえそうなのだから、後は推して知るべし、ハハハ。
そうはいっても推し量るのは難しい。数10cm離れるだけで一桁も異なる汚染状況があるというのが現実。

ところでなんでオマエがそんなところにいるのかって?

3.11から旬日後、緊急災害ボランティアに赴いた被災地・石巻への往復は日本海周りだったし、8月の盛岡 – 仙台行でも往路は日本海周り、復路の東北道では鼻をつまみ、息を止めて、福島一帯を突破。
こうしてさんざん忌避してきたホットポイントに数日間居住するというのだから、我ながら妙な気持ちだ。

まぁ、ちょっと考えるところがあり、数日前より〈放射能除染・回復プロジェクト〉に参加させていただき、そしてさっそく現地活動に入ってしまった、というわけ。
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Takemitsu Songbook・武満 徹のセンチメンタリズム


秋だから、ということではないのだろうが、3.11からこのかたの、流したいく筋もの涙を拭うための歌も時には必要だ(いや、むしろ哀しみを哀しみとして純化させ、希望へと昇華させるための涙だってあるだろう ‥‥)。

この新しい武満徹ソングブック。7人の素敵な歌手たちが、武満への深いリスペクトを込め、丁寧に、深く、美しく歌いあげてくれている。

ボクにとり武満徹とは世界に轟いた『ノヴェンバー・ステップス』の作曲家である前に、無類の映画好きとして、黒沢映画などに映画音楽を提供した作曲家であり、「三月のうた」、「死んだ男の残したものは」、「MI・YO・TA」などのポピューラーソングの作曲家、というイメージの方がむしろ強い。

無類の映画好きといっても様々で、ボクのように年間20本ほどしか観る機会の無い者だって映画ファンを自称することはできるが、彼の場合は年間200本を超えるときもあったというので、並では無い。
ただ『エル・スール』、『ミツバチのささやき』(いずれもビクトリ・エリセ)や、タルコフスキーに魅入られていたという話しを聞くと、いきなり親近感を持ってしまう。
あぁ、少しは感性、美的基準においてそんな遠くにいる人では無かったんだと思えてきて、ちょっと嬉しくなる(その捉え方の水準においては違ってはいても、だ)。

このアルバムはそうした彼が遺した映画やドラマのための音楽を中心として編まれている。
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CLARO (クラロ)ウォールナット その表情


CLAROという樹種、過去何度か紹介してきたが、今日はここ数回取り上げてきた卓に用いた甲板を事例として、その表情に迫ってみよう。

まずWebサイト「工房 悠」に残した樹種解説のテキストから再掲してみよう。

ブラックウォールナットの亜種だが大変貴重な材種。主に北米西海岸に産する。幼木の頃、米国産ブラックウォールナットに西欧のウォールナットを接ぎ木したもの。(その痕跡が板上にくっきり残っている)

性質もブラックウォールナット以上に粘りがありきめが細かく、色調もとても複雑で多くの色が絡む。そのほとんどにちぢみ杢、こぶ杢などのさまざまな杢をかもす。
入手困難で高価なためそのほとんどは突き板、合板にされ高級家具となるが、私の場合は丸太原木を入手し厚板、一枚板に製材している

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Black & White


画像はセンターテーブル(部分)。
ブラックウォールナットを主材とする構成に、白木の部材を取り込むことで、いっきに雰囲気が軽やかに、あるいは見方によってはモダンなイメージを醸すので、とてもおもしろく思った。

主材:ブラックウォールナットとは言っても甲板はクラロウォールナットなのだが、ズリ脚、吸い付き桟、貫などはブラックウォールナットで構成し、上下を支える丸棒にメイプルを持ってきた。

メイプルもご覧のように縮み杢のある、いわゆるカーリーメイプルという樹種(分類学的にはカーリーメイプルという樹種は無いのだがね)。

因みにこの場合、白黒のコントラストがポイントになるが、よりこのコントラストを強くするためにメイプルはブリーチ処理している。

さてところで、少しこの丸棒ホゾの加工について触れておきたい。
画像を参照していただければたちどころに分かってしまうほどのチップでしかないが、丸棒ホゾの接合強度、および視覚的な問題に関してである。

一般に丸棒ホゾは外部露出の部分からホゾに至る部位は連続した急峻なカーブで繋がる。
ホゾ位置は、この急峻なカーブの接点で決まると言うことになる。
つまり胴付き部分は面では無く、点に、あるいは線になる。
このことは、木工仕口における強度の側面からすると、胴付きが無い分、本来の強度を発揮し得ない仕口であると考えられるわけだね。
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