工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ブログメンテナンスで戯れる


Blog移行記事へは多くのコメントをいただき、感謝の念に堪えない。

WordPress未体験ゾ〜ンで四苦八苦。
このツール、設置は意外と簡単だったが、やはり、と形容すべきか、カスタマイズはいくつもの難関を乗り越えて‥‥、という感強し。

昨日、やや見切り発車の状態ながらも公開する。
公開までたどり着いたことでの達成感が無いわけではないが、むしろいくつもの不満がもたげてくるから困ったもの(苦笑)。

今日は数時間を掛けてメンテナンスを手掛ける。
主には以下のような内容。

  1. 記事内のリストの行頭記号の画像を新たに作成し、カスタマライズ
  2. リンクの任意の並べ替え
  3. カテゴリーの階層分けと並べ替え
  4. 他、アーカイブ個別記事の再編集

2と3はプラグインをインストールしての再編集。
プラグインというのも、固有のスキンだとデフォルトのスキンのようには思うように反映しないことも多いようで、CSSをグリグリいじりながらの作業。

ま、現段階では意図したように再構成できたと思う。
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Blog移行にあたり(ごあいさつ)



訪れてくださるみなさまにお引っ越しのご挨拶をさせていただきます。

ご覧いただいていますように、なんとか無事にお引っ越しもでき、リスタートいたします。

今回利用しましたBlogツールは、いわゆるCMSと言われる中でも世界的に人気のWordPressです。
既に読者の中にも多くの方がこのツールを使い、あるいは閲覧しているはずです。
やや強いられてのものではありましたが、遅ればせながら私も参加させていただいたというところです。

先にお引っ越しについてお知らせした時にはいくつもの懸念を挙げていたわけですが、基本的なところにおきましてはそれらの懸念も杞憂であったというわけですね。

2005年2月のBlog開設以来の全ての記事、およびいただきました貴重なコメントなども全て引き連れてくることができました。

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「コレクションテーブル」その2

コレクションテーブル・脚内部


引き続いてコレクションテーブル制作は続く。
このところ、地方への納品、地元の研修会などが続き、工房での作業進捗状況が芳しくない。

この時季はしかし、加工途上のものも変形する怖れもないので呑気なものだ。
日本の気象環境における木工加工のキホンは、勢いであることには違いはないのだがね。

さて画像はテーブル脚部妻手の内側を見ているところ。
在庫してあった半分を組み上げた状態のものだね。

うちではこのように、受注制作が基本ではあるとはいえ、1品制作ではあっても、複数台加工しておくことが少なくない。
少しでも加工費用を抑えようという配慮からだが、今回のように材種を変えて、サイズを変えてと言うこともあり、なかなかこちらの思うようにはいかないというのが実状かな。ヤレヤレ。
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「コレクションテーブル」の脚部

テーブル脚1

うちの小さなテーブル「コレクションテーブル」の脚部の成形。

この「コレクションテーブル」とは、ご覧のように小さなセンターテーブル様のものなのだが、ガラスの甲板下に13cmほどの深さのある収納機能を持たせたもので、器、工芸品などを入れ、これを愛でながらお茶してもらおう、というもの。

先の個展の際の受注品だが、樺でスケールアップして作ってもらいたい、という要望からのもの。
展示品と同じブラックウォールナットのものであれば半完成品もあったのだったが、それを押しつけるわけにも行かず、また新たに制作することになったという次第。
仕事内容はさほど難易度があるわけではないが、小ぶりでありながらも細かい加工が必要とされ、工程数も多く進捗が今ひとつ。
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小曽根 真 〈Road to Chopin〉

小曽根真リサイタル

グランシップ、中ホール・開演前/by iPhone4


ショパン弾きは世界にあまたいるけれど、ディキシーランド、ラテン、ブルースの影響下からスタートし、そしてオスカー・ピーターソン、チック・コリアをリスペクトするJazzピアニストがショパンに挑み、アルバムを出したというので話題になっていた。

確かに今年はフレデリック・ショパン生誕200年というショパンイヤーであれば、マーケティングとして格好の材料?、といった穿った見方をされようとも、そんな甘っちょろい姿勢でショパンを御することなどできるわけもない。

しかし小曽根真はあえてこれに挑んだ。真摯な姿勢で。
CDタイトルも〈Road to Chopin〉
CD内、いくつかの曲はほとんど原譜をトレースする部分があったりするわけで、それをリスペクトとして見ることもできるが、いやむしろ微妙に小曽根節が出てきたり、Jazz特有の不協和音を伴う揺らぎとして小曽根流の解釈が提示されたりと、チャレンジングな緊迫感と諧謔精神が交錯するユニークな表現に、彼ならではのショパンへの尊敬を見る思いだった。

そして音楽はやはりハーモニーだと思わされた。
Jazzもリズムとともにハーモニー。メロディーも重要でないわけではないが、まずハーモニーが豊かでなければつまらない。

昨日、この〈Road to Chopin〉という新譜をひっさげたピアノ・リサイタルが静岡市のグランシップで開かれたので、聴いてきた。
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乾燥・収縮の力とデザイン貢献?

椅子

冬ですね。
ここ静岡でも遠くに望む富士のお山には小さな白い雪帽子。
昨日などは県西部で被害を出すほどの強い木枯らしが終日吹きまくっていた。

工房の薪ストーブにも火が入り、いよいよ長い冬へと向かっていく。
木工という仕事柄、湿潤な大気に包まれる晩春から夏の時期と較べればはるかに喜ばしい季節ではある。

さて、喜ばしい乾燥した時期も、これが何年も経過していくことで、木の痩せは進んでいく。
例え良く管理された乾燥材であっても、日本の四季の大気による伸縮の影響は避けがたく、伸びたり、縮んだりしながらも、徐々に痩せ、縮んでいく。

画像は6〜7年ほど前に制作された椅子。
過日、使っていた顧客宅から引き上げてきたもの。
他の椅子の代替品として一時的に使っていただいていたものである。
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Blogお引っ越しについて(予告)

この「工房通信 悠悠」ですが、近くお引っ越しする予定です。

新しいBlogでの運用開始時期は未定ですが、今月末にでもスタートさせたいと考えています。
URLの変更は無しでの移行を考えていますが、新たなBlogツール環境をURLごと引き継いで構築するのはかなり難しいようですので、これは未定です(直裁に言えば自信がない)。

その他、新たなツールを用いることでの不確定要素も多く、やってみなければ分からないという状況です。

引っ越ししなければならない理由は単純で、現在のBlogサービスの提供が終了するためです。
つまり強いられてやらざるを得ないという望ましくない状況。

また首尾良く移行させたとしても、URL継承問題同様に、これまでの記事(画像も含め)が新しいBlog環境下で問題なく引き継ぎ、生成されるかという不安もあります。

移行後にあらためてそうしたことなどについてもご案内をさせていただきますので、ご理解いただけるようお願いします。
以下は悩める運営者の愚痴を含むモノローグ(Web、Blog構築に関心のある方はどうぞ)

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映画〈レオニー〉

レオニー

映画〈レオニー Leonie〉

映画〈レオニー〉が今月下旬に封切りされる。

“宿命の越境者”、イサム・ノグチの母親レオニー・ギルモアの物語である。
劇場のスクリーンの前に座ってから語るべき事があればあらためてこちらでも触れてみたいと思うが、このBlogのアフィリエイトに映画の原案にされたドウス昌代氏による『イサム・ノグチ―宿命の越境者』が収められていることもあり、あらかじめ簡単に紹介しておきたいと思う。

10億円を超える製作費用を前にして、怯むことなくメガフォンを取ったインディペンデンスの監督、松井久子が映画化の思いを密かに胸に抱いたのが、牟礼のイサム・ノグチのアトリエ跡地の庭園美術館であったことを聞くと、ちょうど1年前に同じ地に立ち、そのムンズと心臓を捕まれるような静かな中にももほとばしる熱いエネルギーを思い起こせば、彼女の強い決意を共有せずにはおかない。
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ミズナラの座卓・進捗

ミズナラ座卓の脚部

ミズナラ座卓の脚部

知人から、最近のBlog、仕事してるの?
との心配、いや冷やかしのメールが届く。
ボチボチでんなぁ、とお応えしていたが、この時季、木工に限らずだろうが、仕事がはかどってありがたい。

秋の深まりというのは、例年も同様にこうした急ぎ足だったのかな、と首をかしげたくなるほどにその移ろいは著しい。
身体の方がついていけないよ。
湿度は時によっては30%を切るほどまでの過乾燥。
少し身体を動かすだけで口の中が枯れる。呼吸器疾患を持つ者としては要注意の時期でもある。

さて、今は複数のものを並行的に進めているが、画像のものがその1つ。
うちの定番でもある座卓の脚部近影だ。

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普遍性を獲得する、ということ

前回、モノ作りにおける美意識と批評性ということについて少し考えて見たのだが、もう少し続けてみようと思う。

最近、優れた木工家具を作る気鋭の若い木工家と数回にわたってメール交換でのダイアローグを交わすということがあった。
このBlog記事への感想から始まるものではあったのだが、コメント欄に押し込められる分量でもなかったのでメールでのやり取りになったという経緯。

最初は家具のデザイン、造形、仕口などに関わる話しでしかなかったのだが、結局はモノ作りに従事する立場性と言ったような普遍的なものにも及ぶものになっていった。
このダイアローグではいくつかの事柄において微妙な認識の差異も認められたものの、貫かれている基本的な立場、認識においては共有できることが多く、若い世代にこうした木工家がいることに強い印象を受け、また安堵と言おうか、嬉しくもあった。

なにゆえに、今の社会にあってモノ作りをしていこうとするのか。
ただ木工が好きで、家具らしきものが作れたよ、という喜びはそれ自体確かに尊いものであるし、微笑ましいものだ。
木工という世界は、他の工芸同様、ピンからキリまで多様であり、その次元も様々。
日曜大工からはじまり美術工芸品にいたるまで、その間の距離は怖ろしいまでに絶望的で隔絶したものがある。
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