工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

夕焼けの下での田起こしを見ながら‥‥

田起こし
今日5月21日は二十四節気〈小満〉
画像は工房近くの田んぼの様子。
恐らくは週末の明日、明後日あたりに田植えをするためのる田起こし作業。
兼業農家による勤めを終えての作業だろう。
次の二十四節気〈芒種〉こそが稲の種蒔きという時期を指すのだが、実態は1つ前の二十四節気の頃というわけだ。
周囲のほとんどの農家がここ数日集中的に田植えをやってのけた。
先に挙げた夕刻の田んぼ光景は、この地域で最も早い地域のものだ。
さて、先の名古屋松坂屋での個展。
ちょっと知らなかったのだけれど、Googleでヒットして判明。
百貨店「大丸・松坂屋」の「Art 百花繚乱。」というサイトで詳しく紹介されていた。
今さら紹介しても詮ないことだな。

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個展を終えて (追記あり)

【生活をアートしよう ─ 杉山裕次郎 木工家具展 】が昨日18日、終了しました。
5日から2週間にわたる長丁場でしたが、多くの成果とともに終えることができ、ご観覧いただいた皆さまに心から感謝を申し述べさせて頂きます。
名古屋ではこうした個展は初めての経験だったということもありますが、与えられた準備期間等の問題など必ずしも十分な態勢が取れなかったことから、期待に沿えない部分もあったかもしれませんが、私、杉山の木工家具制作の現状の一端をお示しできたのではと総括しています。
会期中は多くの来場者に恵まれ、展示作品を熱心にご覧いただき、また展示品への高い評価を含め、積極的にお声を掛けて頂くなど、それまでの他会場とも異なる熱い視線を感じ取ることができたのもうれしいことでした。
また、歴史と文化に彩られた名古屋ならではの特徴的なこととして、木工というジャンルにおける暖かくも厳しい数寄者との深い交流ができたことも、予想外の収穫であったことを付言しておきます。
無論こうした方々からは温かい励ましに留まるわけもなく、独自の鑑識眼からの忌憚のない批評と、モノ作りにおける厳しさという側面からの知見を披露いただくなど、名古屋松坂屋美術という会場ならではのものであったことでしょう。
こうした場面では大いに刺激を受け、学び、また発憤させられるものでもあったのです。

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また今回の個展は「木工家ウィーク2010・NAGOYA」に協賛させていただいたわけですが、そのことが今回の来場者を特徴付けるものとなったのは言うまでもありません。
15日、16日の週末は「講演会」などの企画があったからでしょう。大勢の来場者がありました。青年たちの一群です。
そうした人たちにはこちらから積極的に声を掛け、どちらの生徒なのか、聞きたいことがあれば何でも気軽に聞いて欲しい、などと話をしたのでしたが、まだ就学間もない5月というこの時期では、共通言語も成立しがたいものがあり、深い交流は無理であったかも知れませんね。
一方、キャリアの職人、木工家という方々とは、デザイン、仕口、納まり、材種など、出展作を間に挟み、様々な話ができたことも良かったと考えています。
遠方からわざわざ来られた方も多いようで、杉山の“人となり”と作品を見比べつつ、納得、いやその落差を楽しんでくれたものと思います。
ネットから発するキャラクターの色合いと、その実態とのギャップは如何であったでしょう。
また「講演会」には会場立ち会いで出席できなかったものの、その後のパーティーでは酒を酌み交わし、大いに語り合ったこともあり、その中の少なくない数の関係者が翌16日〜18日に来場され、彼らとはかなり深いところでの話もできました。
中にはうざったく感じた人もいるやもしれませんが、木工へと専心することへの勇気をもらえた、とポツッと感想を漏らす人もあり、交流の意味というものをあらためて感じさせられたのでした。
私たちキャリアの木工職人にとっては、これからの青年にいかに木工家具の可能性と未来への希望を託すことができるかが重要なこととなります。
今後もこうした個展を含めた活動の展開を進めることで、悩める青年らに木工家具の世界の豊かさと希望を伝えていくことができればと考えています。
またこられの多くの方から本Blogの読者であることを明かされ、「もう絶対二枚ホゾでやっています‥‥」などとの声も聞かされるなど、その影響力を感受させられるものであったのですが、これは裏を返せば、それだけに責任も重いということであり、より強い自覚を持って臨まねばと思っています。
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さて、私の個展がこうした盛況のうちに終えられたことも、「木工家ウィーク2010・NAGOYA」の様々な企画との協賛によるものと考えられますので、企画運営者の方々には深く感謝するものです。
今後、こうした成果、あるいは手厳しい批評を深く受け止め、日々の木工の活動をより充実させていきたいと考えていますので、どうぞこれからも忌憚のない批評と、また許されるなら暖かい励ましを頂戴できればありがたく思います。
本当にありがとうございました。
なお、幾人かの人からは別注を承りましたが、さっそく設計見積をしまして、お届けする予定ですので、それまでしばらくお待ち願いたいと思います。
〈追記〉 (2010.05.20)
申し遅れましたが、展示しました家具の一部は、同会場にそのまま常設となりました。
メイプルホールキャビネット、座布団椅子セット、ディスプレーフロアスタンド、ハイスツール、ジュエリーBox、などです。
どうぞ今後も名古屋松坂屋美術での杉山の作品をよろしくお願いします。
個展会場

個展から学ぶこと(数寄者の思いから‥‥)

自身の履歴を参照しなければその年月も忘れてしまっている頃のことだが、いわゆる初めて「展示会」というものに出展した時の話しである。
名古屋市内で旺盛に現代美術工芸品の展示企画をされているギャラリーでのこと。
その前年か前々年か、松本で催されたWoodwork summitという会議(ワークショップ)に席を並べた、名古屋在住のT氏による斡旋、企画による木工家具グループ展示会だった。
当時、ボクは独立起業して数年といういわば駆け出しの修行徒であったが、その頃はあるイギリスアンティーク家具のショップから依頼され特注家具の制作にあたったり、ぽちぽちと増加しつつあった個人からの制作依頼に応えるという業務内容だった。
幸いにも引きも切らない受注のラッシュで、睡眠時間も十分に確保できないほどに目の廻る忙しさが続いたのだったが、この時期を定義するなら工房 悠のいわば“原始的蓄積の段階”の頃であったと言えるだろう。

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家具職人の個展(その2)

当初の予定を1日早め14日、この個展三度目の名古屋入り。
スタートして旬日を過ぎ、多くの来場者に恵まれ、中には幾度となく訪れる木工ファン、数寄者もいて話しが盛り上がる。
この会期中、Webサイト、Blogなどの記事へのアクセスもされたようで、共通の関心事項、例えばクラシック音楽、アートなどの話題へも話しが及び、より親しく、失礼な物言いかも知れないがフレンドリーな関係性にも似た感覚を覚え、こうした個展展開の副産物としてありがたく受け取ったものだった。
昨日は週末とあり、また「木工家ウィーク」のメインイベントである「講演会」が催される日ということで、朝早くから大挙して各地域の木工職業訓練生と思しき若者がドドッ、ドドッと列を成し訪れてくれた。
筆が乗れば後ほど触れるかも知れないが、この夜は「木工家ウィーク」参加者によるパーティー、「集う会」が催され100名近い関係者が一堂に集い歓談したのだったが、今朝からもまた、そこで知己を得た多くの関係者が大挙して訪れてくれ、ご覧いただくこととなった。
購買を前提とする客もいる中での同業者目線でのディテールへの関心と振る舞いは、先の投稿での困った客同様の懸念もなかったわけではないが、その多くは丁重に取り扱っていただき、またパーティー会場で知己を得た方々にはより親しくご覧いただき、リアルな作品を前にしてのモノ作りを共通言語とする者どおしならではの良い交流が図られた。
前にも触れたようにWebサイト、Blogなどを通して活発に発信している作り手本人が、本当のところ一体どのようなものを作っているのかという関心は強いものがあったのだろう、「フム、なるほど‥‥」といったような様子での納得のされ方だったのではないか。
ところで個展会場の地域性というところから考えると、名古屋という都市の奥行きの深さと言おうか、他の地域にはない、書画骨董美術、工芸品への関心の強さというものを少数ではあるとは言え、数名の数寄者から感じ取ることがあった。
話しでは人間国宝クラスの銘品の数々に囲まれ暮らされている人にも観覧いただき、触手を迫るほどの関心をいただいたのだったが、またその一方で厳しい指導を含む数寄者の高い鑑識眼による真剣な眼差しは、曖昧な作品解説を許さないほどに厳しく迫ってくるのだった。
モノ作りの厳しさと深さ、そしてこれが顧客の手に渡るまでの“命がけの飛躍”(経済原論で語られることの売買の原点)というものは大根1本、せんべい1枚の売買であっても安易では無いことを示す警句であるわけだが、工芸品的家具ともなれば例え自信作とはいえども、相手の手に渡すまでの難しさというものをあらためて思い知らされるものでもあった。
多くの来場者、わけても親しくお話しをさせていただいた家具購入の顧客の方々、数年後の新築時に是非にと希望された親子連れの方などにあらためて感謝したい。
そして連日の展示会立ち会いと、夜遅くまでの仲間との交流でのお疲れの中、声を掛けていただいた、こう言っても差し支えなければこの度の「木工家ウィーク」において知己を得た新たな友人たちの暖かい眼差しに感謝をしておきたい。
この厳しい社会経済情勢の中にあって、木工家具という切り口で結び合った木工職人、家具作家の方々、とりわけ志し豊かな若い方々の真剣な眼差しに、ボクのような老いぼれもまた励まされるものだったが、彼らには少しでも木工で生きる道筋の拓けた可能性というものを指し示すことができればと、あらためて思ったものだった。
ボクの個展は後2日残されている。
まだ未見の方々、どうぞじっくりと見ることのできるウィークデーになりますので、ぜひお越し頂き、お気軽にお声を掛けてください。
閑話休題
このところBlog更新がままならないが、休み時間も取れない日中の立ち会い、そして連日連夜の酒席での交流でホテル帰着が午前様となり、Mac起動もせずに床に入る日々が続いたことによる。

5月の茶葉は元気に

新茶1
午後早く歯科医に出掛けたのだが、車のメーターパネルに示される外気温はなんと24℃ 。
強い風が吹いていたのでさほど暑いというほどではなかったが、まさに季節は初夏。
一月前、ここお茶処の島田市の気象異変による新茶の被害について触れたのだったが、お茶を楽しむ読者の方々にその後の様子を知らせておきたいと思い、歯科医行にカメラを積み、少し遠回りをして牧ノ原大地へと向かった。
ここは見霽かす(みはるかす)茶畑が広がっている箇所。
4月の光景とは大きく異なり、陽光を受け鮮やかな黄緑色に染まっていて胸を撫で下ろす。
市場では一番茶の入荷が激減したと言われるが、今後急速に生産が進み、例年並みになっていくのではないだろうか。
どうぞ静岡新茶をたくさん召し上がってください。
画像下は、牧ノ原から大井川を眺望する茶畑から。
新茶2

個展会場の様子をスライドショーで

個展会場
Webサイト「木工家具の工房 悠」を更新しました。
名古屋での個展の様子を、Webサイト上に簡単なスライドショーで置きました。
600 px 14枚ほどのものですが、ご覧ください。
「木工家具の工房 悠」左下[News] > 「スライドショー」からどうぞ
Webオーサリングソフト 〈GoLive〉は既に開発を終え、Adobe社は〈Dreamweaver〉へと一本化しているわけですが、ヘタレな私は移行する意欲を掻き立てることもなく今も世話になっている。
でも、この程度のアクションなら簡単に構築できるので、まだまだ離れられない?
いまどきの手法としてはスライドショーなどは動画HDで書き出し、YouTubeにupというのが常識ですか?
さて、名古屋松坂屋の個展ですが、先にお知らせしましたように「木工家ウィーク2010・NAGOYA 」に協賛しています。
先週末の会場にも、パンフレットを抱えた若い学生が個展会場にも訪れつつありました。
(愛知県立芸術大学、名古屋芸術大学、瀬戸窯業高校 etc)
「木工家ウィーク2010・NAGOYA 」の実行委員長、井崎さんにも松坂屋個展会場に表敬訪問いただきました。
ありがとうございました。
名古屋・栄周辺で複数の企画が行われますが、今日あたりから会場数も増加し、熱を帯びてきているものと思われます。
各会場巡回するのも楽しいものと思います。
* 〈つくる手と暮らしの木〉木工家ウィーク2010・NAGOYA
 公式Webサイトはこちらから

個展出品作スナップ、来訪者に感謝

個展3
三脚を持ち込んでは見たものの来客への配慮もあり、またストロボ使用も遠慮せざるをえず、手持ちでISO感度を上げ、と撮影環境としてはなかなか厳しい条件であり、あまり良い結果とはならなかったが参考程度にご覧いただこう。
さて、8日、9日の週末も大勢の来客にめぐまれた。
名古屋市内の知人、友人、顧客の他、美術系大学の学生、そして初対面のこのBlogの読者も数組来訪頂いた。
東は東京、西は大阪からと、かなり広域、遠方からのご祝儀を抱えての来訪で、感謝に堪えない。
顧客には普段汚い工房での接遇で、在庫の家具をご覧いただくにもイメージが湧きにくい環境でのものとならざるを得ず、はなはだ申し訳なく思っているので、こうした会場でご覧いただけることはとてもありがたい。
今日はBlog読者に関わることで1つ書き残しておこうと思う。
若い木工職人と思しきBlog読者の来訪者が数組あった。
ボクの年代からすれば、子の世代から下の世代にもなろうという若い人々の読者が多いというのは意外なことなので、その理由も判然としないのだが、ただ彼ら青年達にとっても千ページを超える記事数だけに留まらない何らかの有用性があるからなのだろうね。

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家具職人の個展

今回の個展、会場は3ヶ所の松坂屋美術画廊に囲まれた美術品売場という立地。
それぞれが初日オープンということで、大勢の来場者があった。
ただしかし、いかに手を尽くした自信作の家具制作とはいえ、日展会員の日本画、日本工芸会正会員の陶芸家による器などを求める客層とは少し、いやかなり異なるものがあるのだろう、一瞥をくれることもなく立ち去る人が多いというのが、悲しいかな実態である。
しかしさすがに松坂屋本店の美術部会場。興味深く見入る客の多くが、高級家具を知り尽くし、使い倒してきた人たちのようであった。
つまり鑑識眼をあらかじめ備えた人たちであり、木工家具に関するイロハの解説など不要で、いきなり本質的な話題へと入れるのが良いと感じさせられた。
初日だけでも幾組かとの高品質家具に関する興味深い話題に話が及んだのは嬉しい限り。
個展に於いて会場という要素の重要性についてあらためて感じ入った。
先に触れたように、この会場では初めての開催だが、個展のオファーは一昨年にあり、曖昧ながら受諾していただけだったが、この年明けに突然決定した。
こうして十分な準備期間が与えられていたわけではないのだが、そうした環境の中にあって、精一杯努力し、備えてきた積もりではある。
多くの人にご観覧頂き、ご批評賜りたいと思う。

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昨日、会場でちょっと困ったことが起きた。
この家具展を目的として来訪されたと思われる一人の若い男性がいて、その尋常ならざる見方に、叱りつけてやりたい衝動に駆られたのだった。

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名古屋行と個展会場設営

名古屋松坂屋での個展の準備が、滞りなく終了。
明日の初日を迎えるばかりに。
大型連休の後半ということで往路でのトラフィックの懸念があったものの、静岡から名古屋への下り線は思いの他スムースに運んでくれた。
岡崎ICを中心として東西10Kmほどが渋滞。「浜松凧揚げ祭りの」影響か、浜松、東西IC周囲の渋滞、といったところで、結果、名古屋中心部まで2時間の行程だった。通常より30分ほど超過というところ。
しかし高速道の渋滞というものは危険が伴う。
巡航走行での流れが、状況によっては突然停止してしまうというのは、注意力散漫になりがちな低速走行ではかなりアブナイ。
結局あまりにスムースに運び、搬入までの時間調整に3時間ほども費やしてしまった。
初夏の陽気に包まれた走行は至るところで新緑が発するオーラのようなものに目を奪われ、渋滞で気が急くのを諫めてくれる。
静岡から愛知県下に入ってすぐに一帯が黄緑色に染まった地域が現れる。
これは栽培されている柿の新緑だ。
名古屋ICを降りて東山通りでは、まだ幹の太さ10cmにも満たない若いハナミズキの白い可憐な花に迎えられる。
久屋大通では見事な樹齢の欅並木の新緑が目にも鮮やかだ。
ものみな萌え出で、心身を拘束してきた寒さから解放させ軽やかに、そして気分を高揚させる。
搬入作業も名古屋在住の友人らの手を患わせつつ、夏日に見舞われた暑さの中、順調に、滞りなく運んだ。
やはり、然るべきところに置かれることで、制作された家具たちも自信と勇気を注入されたかのようで、誇らしく鎮座している。
良い展覧会になるとの実感も湧いてきた。
お手伝いいただいた友人、そして松坂屋美術のスタッフに感謝を。
では明日5日から2週間、18日までの会期、どうぞお越し下さい。
名古屋都心の新緑がとても美しいです。

五月

“五月晴れ”、とは本来は梅雨の合間の晴れ間を指すとのことだそうだが、皐月を迎えた今日はとても良いお天気だった。
この時季、以前は新宿伊勢丹本店で「モダンクラフト展」という工芸品の展示会があり、企画者から声を掛けられて毎年いそいそとトラック満載で出かけたものだったが、家具に併せ会場のディスプレー用に使ったのが花菖蒲だった。
一度だけ壁に大きな房をぶらさげた藤の枝を掛けたことがあったが、やはりボクはこの花菖蒲が好きで、伊勢丹別館1階にある花屋で求め、まだ蕾の状態の花菖蒲を生けたものだった。
スックとした姿形で、凛と咲くこの花は、その高貴な色とともに華やかに演出してくれる花だった。
数日後には大きな花びらを広げ、そして会期最後の頃には、それもしぼむと同時に2番手の蕾が膨らんでくるのだった。
花菖蒲の写真でも貼り付けたいところだが、残念ながらそうした暇もなく、せっせと出品作にワックスを施し、金具を取り付け、梱包作業に精を出す。
朝晩は冷え込むものの日中は20度近くにもなり、やがて作業着は邪魔となり一枚一枚と矧がしていくほど。
風も強めであったため、塗装も効率よく乾き、そして全てが順調。
5月と聴けば回想させるのがパリ・カルチェラタンからはじまった一千万人の学生、労働者ゼネスト。
自由と平等と自治を掲げた、パリの最も美しい5月の空の下での異議申し立てのゼネストはシャルル・ド・ゴール大統領の肝を冷やし、やがてその志とパッションは全世界へと拡がっていった。1968年のこと
無論この時期、日本でも戦後最も熱い政治の季節が燃えさかっていったのは知っての通り。
閑話休題。
いずれ時間が取れればしっかりとした記事を上げねばと考えているが、
2010 FIFA World Cup South Africaがもうすぐそこに。(日本代表
しっかし日本でのこの盛り上がりの低さはどうしたことだろう?
もう週末が6回やってくれば南アフリカから全世界へと歓声が届けられるんだぜ。
熱しやすく冷めやすい、昨今の日本社会の普通の在り様と見れば、そんなものかと納得するしかないのか。
ま、頭を冷やして、今日のところは1968年、美しいパリの5月に敬意を表して
ジョルジュ・ムスタキ(Georges Moustaki)の『Le Temps De Vivre』
ムスタキ、デビュー翌年に放った5月のパリを題材とした楽曲。