秋分の日を過ぎたとはいえ、残暑の残る下界をおさらばし、深い山へと分け入ってみた。
昨年の「新月伐採」立ち会いの企画者からの誘いで、今回は栃の木の巨樹見学会に参加者させていただいた。
(昨年の記事:
「神無月、新月の日には巨樹伐採へ」、
「同、続」)
「栃の王国」見学会と銘打たれた奥会津での企画。
昨年の新月伐採の山懐からさらに数Km先に分け入った地点になり登山距離も少し長くはなったが、沢伝いに歩を進めるのは自然との交歓をより深くするものともなり、心躍る時空となった。
画像の栃は樹齢500年ほどのものと推定されるが、実に見事な樹形である。
ゴツゴツと節の塊が出っ張り、豪雨、台風、地震、豪雪などあらゆる荒ぶれる自然現象にも耐え、一人の人間の生命の10倍もの年月を数えてきた荘厳なまでの存在感を持つ。
これほどまでにこうした栃の木がこの山に残ってきたのは何故か。
他でもない、食用のためである。
栃の実[種子]は渋抜きをすることでデンプン、タンパク質を含む食用となり、栃餅などにして主食、あるいは飢餓作物とされ重宝されてきたという歴史がある。
地元の木樵(きこり)に訊ねれば、最近ではいなくなったものの、炭焼きの人々が山深く住み着いていたそうで、コナラなどの広葉樹は伐採されてきたものの、彼らの食のためにこの栃の木だけは残されてきたのだと言う。
わずかに数十年前ほどの頃まで、子連れで山に入り炭を焼いていたそうだ。
里の小学校まで子供達はかなりの距離を歩いて通学していたらしい。
山も里も豊かで、人と自然の循環系が保たれていた時代は決して遠い昔のことではなかったということだろう。
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