工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

名古屋で思った

名古屋という街、それはトヨタに代表される企業城下町という捉え方というのは、実はものごとの半分を指しているに過ぎないということを教えられた。
今日は残念ながらメディアリーダーを持ち込まなかったことから、画像は張り込めないのだが、実は街中のそこかしこに古刹、名刹が軒を連ねる、まさに秀吉公以来のトラッドな空気を纏った街であることをあらためて教えられた。
山アジサイが小さな可憐な花を付け、サツキもちらほら、よく整えられた庭に佇めば、メガタウンの喧噪を忘れさせる異空間に心休まる。
いくつかの展示会会場を巡り、力作を愛で、若い木工の方々と語る。
夜はいつ果てるとも分からない宴が続いた。
翌日の講演会、シンポジウムの打ち合わせと称する集まりであったが、ただの宴に終始する。
しかし確かなことは確認できた。
旧世代(ボクも含めての)木工家とその周囲の人たちというのは、実はとても飲んべいで、しかも見果てぬ夢に興じる人たち、ということで暦が変わるまで呑みつづけ、談論風発、大いに盛り上がり、かつ、如何にこの思いを次世代に繋げるのか、ということを共有できた夜であった。
ま、いいだろう。
メディアのヒト曰く、若い世代は、あんた達とは違って、もっと軽やかに木工、インテリアの世界を闊歩している、ということなのだそうだ。
変わるもの、しかし変わらないもの、そこに世代を超えたなにものかが連綿として繋がれば、生きてきた証というものが確認でき、それ以上、何を求めることがあろう、という結語で、名古屋・栄の夜は更けていった。

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  • お疲れさまでした。
    初めて杉山さんにもお会いすることができ、また多くのブログ仲間
    の顔と名前が一致することができ、有意義な名古屋行でした。
    本日の講演会を拝聴し、先ほど自宅に戻って来ました。
    飛騨国際工芸学園の一時休校、森林匠塾の定員割れなどの話を聞きますと
    この世界で若い力が育つのだろうかと思うと共に日本人と木の関係が
    益々、希薄になるのではないかと心配になります。

  • acanthogobiusさん、お声をかけていただきありがとうございました。
    「集いの会」でお話ができるものと考えていただけに残念でした。
    他の方々とはネット上での交流を超えてリアルな場でのお話ができてよかったでは無いですか。
    いずれまたおあいすることもあるでしょうから 、楽しみはその時まで・・・
    ありがとうございました。

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