秋の日の来客
工房前の通り、見知らぬ女性が立ち止まり看板を見上げている。
見掛けない人なのでこちらから声を掛けてみる。
どちら様でしょうか ?
「杉山さんの工房でしょうか‥‥」
はい、お客さまですか? おひとり?
(カジュアルな装いの出で立ち、しかも手ぶらなので‥‥)
いえ、車が‥‥、
と指さした方を見れば、大きなボデーの四駆が停まっている。
トゥアレグ(VW社の大型四駆)だった。
200mほどの距離からでもそれと分かる特徴的なボデー。
工房前の市道は確かに狭いが、4t車も入ってはくる。
さて、どうしよう、と思う間もなく、トゥアレグは車体をこちら側へ向け、そろりとアプローチしてくる。
デカイ ! ガソリン 4.2L V8。
うちのボロ車は1.790mmのワイドだが、二回りほどデカイのでは。
運転席からはこの女性のご主人と思しき人ががサングラスの奥から笑顔を寄こす。
ラゲージルームにはワンちゃんが大小3匹。ドーベルマンとビーグル。
大きなボデーを選択した理由は、このワンちゃんを伴う移動のためでもあるようだ。
北関東から長距離を揺られてきたためか、地上に降ろされてほっとした感じでステンレスの器に注がれた水をゴクゴクと飲み干す。
見知らぬボクたちが差し伸べた手にもやさしく舐め回してくれる良くしつけられた犬たち。
突然の訪問の目的は「座布団椅子」。
この女性、10年ほども前に新宿OZONEに常設出展していた頃に「絶対これにする‥‥」と決めていたそうで、ご主人の同意を取り付けるために訪問したという。
話しはワンちゃんの話題から、お仕事、別荘、家具づくりと拡がっていったが、同世代の親しみのためか少し気安く話しすぎたかもしれない。
うちの作品の解説のために起動したMacだったが、この女性、別荘の説明にとWebブラウザから建築事務所のサイトのURLを打ち込み、「施行例」に収められた別荘の画像、数葉を見せてくれる。
そこには山間を造成した余裕のある敷地に、構造部にはアカマツをふんだんに用いた豪壮な別荘が写っている。
うちの木工家具が映える空間だ。
こちらから納品に伺う際は、ちょっとワンちゃんはいないので載せてはいけないが、それに代えて座布団椅子以外にも、他のいくつかの椅子も積んでいこうか。
さてこうして突然の訪問で初対面ではあったものの、思いがけずに話も弾み、良い交流ができたのだったが、10年も前に気に入った椅子を忘れずに買い求めに来るという、この顧客心理は意外なものであったと言うべきだろう。
つまりいわゆる見込み客という客層は少なくない数でリストされてはいるものの、ほとんど営業活動、訴求活動の対象とするということはしていない。
近くで個展などがあるような時にDMを発送するというような、あまり気合いの入らないものでしかないというところだ。
これを反省材料として、もっとマジメにやった方が良いという教えか。
いやいや、今回のように何もしなくても客の購買意欲さえあれば繋がるだろうから、現状のままで臨むべきか。
ボクたちが制作する木工家具という、ある種特有のモノの販売活動というものは、一般的なマーケティング手法、販売手法は馴染まないし、むしろそうしたところに足を踏み入れることは、制作活動の迷いであったり、モノの価値をあいまいにさせる問題さえ招いてしまうといったリスクを負いかねない。
ちょっとおおげさだったけれど、モノヅクリという生業というものも、JKのように作りたいものを作って一生を終える、という究極のアマチュアリズムの姿勢を貫くことのできるほどの卓越した工芸家、あるいは世捨て人、または”stubborn, old enthusiast”の資質を有する人など、二人といないのであって、うっかりと勘違いしてはならない。
JKその人の晩年の様子を聞けば、実は彼自身の迷いもまた人間的なそれであったと言うべきだろう。
秋は深まり、ちょっと山にでも出掛けたくなってきた。
画像は呼吸器疾患で通院する総合病院の受付に飾られた秋の装い。
紫式部とあけび
