工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

クレノビアンの末席から‥‥

The Fine Art of Cabinetmaking
The Fine Art of Cabinetmaking
James Krenov(ジェイムス・クレノフ)氏を知ったのは職業訓練校に入校して間もなくの頃。
木工を志して入校したものの、このような著名な木工家さえ知らなかった怖さ知らずの無知な若者だった。
何がきっかけだったかは忘れてしまったが、まだ訓練が始まって間もない頃、訓練校の指導教官Eさんが Krenovの著書4冊を貸し与えてくれたのが最初の出会いだった。
無知な若者にもそれは大きな衝撃を与えてくれるに十分な内容であったようで、E先生には無断で(ごめんなさい。もう時効で許してください)コンビニに走り、主要部分を複製させてもらった。
英語が苦手なボクは関心の強いところを中心に辞書と首っ引きで翻訳しながら対峙するという日々が続いた。
krenov&Yuh一般に訓練生の場合、以前に勤めていた職場の失業保険が適用されこの給付を受けながら訓練に励むという制度が補償されているのだが、ボクにはその資格が無く、生鮮市場の早朝のアルバイトに精を出しながらの登校だったこともあり、深夜の机に向かっての学習は楽ではなかった。
また訓練も本格的に始まると、終了時間を超えて6時、7時とこのE先生の帰宅を阻みながらの夜遅くまでの実技が続いていたので、体力的には大変だったように記憶している。
しかし無知な若者にとっては1日、1日が充実し、楽しい日々であった。
このような機会を与えてくれ、木工の基礎を学ぶことから、木工というものの深遠、熱い想いまで伝えてくれたこの指導教官E先生には本当に感謝している。
Krenov近影そうした訓練の充実とあいまって、Krenov氏の著書に紹介される作品の美質、その精神性、そして技法の数々は深くボクの身体に染み込み、大きな勇気を与えてくれるものだった。
その後夏休みであったか、E先生の紹介もあって、たまたま地元静岡にカール・マルムステン校を優秀な成績で卒業して帰国していたMさんという人がアトリエを構えていることを教えられ、お会いする機会を得た。
(その後地元に帰ってからも、様々な形で指導を受けることがあった)


このMさんはカール・マルムステン校入校前、プロダクトデザイナーとして活躍していた頃に、先輩とともにストックホルム郊外のKrenov氏のアトリエを訪ねるなどの交流があり、そうしたことがきっかけで木工への道へと進んでいったのだったが、このように人の人生をも変えてしまう魔力のようなものがKrenov氏その人とその作品世界にはあるようであった。
その後地元に戻り、木工職人Fさんに1年間世話になったのだったが、実はこれもMさんのアトリエでのこと。
たまたまこのMさんのアトリエを訪れていた職人Fさんと話す機会があり、Mさんの薦めもあり世話になることになったのだった。
さてその2年後、Krenov氏が「飛騨国際工芸大学」の開校イベントとしてのキャビネットメイキング・ワークショップに講師として来日するという情報を聞きつけ、ちょうど独立準備中の頃というタイミングの良さもあり、参加させていただくことにした。
20年も昔のことになるが、今もなおその時のKrenov氏の立ち居振る舞いを思い出すこともできれば、機械を前にしてのKrenov氏とのやり取りも鮮明だ。
セミナー講評の席で「君は良い木工家だが、鉋の使い方はこっちの方が良いのでは?」と、Krenov様式の脚付きのキャビネットのコピーを作っていた時に、その脚部の微妙なカーブを成形するに当たっての手鉋の使い方を指摘されたことはとても良い思い出として残っている。
ボクは反り台を使って成形していたのだが、彼はその反り台に替え平の小鉋を使えと指摘する。
確かに小鉋を適宜使いこなすことで実に作業者の意図通りに成形されていくのだった。
今では様々なカーブを任意のプロフィールで成形できるのも、この時のKrenov氏からの一言の賜物だろう。
今だから告白するが、Krenov氏のセミナーに参加するには、直接的な参加費用とともに、その間の宿泊経費なども含め、無職のボクには決して安易に決断できるものではなかった。
やや参加への意志が揺らいでいることを察知したのか、その時Mさんは強く肩を押してくれた。「Krenovの手先を見るだけでよいから、参加すべき。そうでないと君は絶対に後悔するよ」と。
Krenov氏がナイフを使い細かなニュアンスの抽手を作るその手先を凝視し、ボクの作るキャビネットのフォルムをアゴに手を掛け、時に大仰にそのプロフィールの相似形を表す、その一瞬一瞬の動作を楽しませてもらったものだった。
彼の4冊の著書は木工家にとっては聖典の如きに読まれているようだ。
これからも版を重ね、若い木工志願の人々を魅了していくことだろう。
しかしはやり、わずかに10日間ほどのセミナーで何を掴めたのかとの問いには、ただだまってうなだれるしかないのかも知れないが、彼の手先の動きを見、キャビネットのフォルムについての批評を間近に聴くことができたことは、やはり何ものにも代え難い機会であったように思う。
やはり工藝、技能というものは、名作を作る作家、先輩職人の肉声と手から伝わってくるものは大きい。
無論テキストだからこそ伝わるものもあるだろう。しかし手業、技能というものは、如何に名文をもってしても隔靴掻痒で伝えられないものが厳然としてあるというのがこの世界。
残念だが、もう2度と日本の地を踏みたくないのかと訝ってみたくなるほどに、Krenov氏の来日はそれっきりだった。
ボクの師匠にも当たるK氏は一時毎年のようにレッドウッドを訪ね交流していて、その去就については時折伝わってくることもあったが今も健在のようだ。とても嬉しく思う。
今はもう87歳になる。
今日はFWW誌のサイトに元気なKrenov氏の姿を見つけて、つい昔話しをしてみたくなってしまった。
■ FWW誌「James Krenov on Handplanes」
*画像 上から
・Krenovサマーワークショップで指導を受ける
・Krenov氏近影(FWW誌 Vol.#162から)
・Krenovサマーワークショップ、講評を受けて
・Krenovサマーワークショップに持ち込んだHandplane各種
【不朽の著書】
The Impractical Cabinetmaker
The Fine Art of Cabinetmaking
A Cabinetmaker’s Notebook
James Krenov Worker in Wood
With Wakened Hands(Krenov氏とその教え子らの作品集)
*関連サイト
James Krenov diect
FWW誌でのKrenov作品コーナー
Plane of Krenov

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • artisanさんの若い時の写真ですね。
    (今でも若いって。失礼しました)
    James Krenovの著書、後の方の3冊は持っていましたが
    前の2冊は早速注文してみます。
    日本では個人がその作品も含めて家具制作の著書を著す
    ことは残念ながらないですね。
    artisanさんがワークショップを企画すれば全国から
    人が集まると思いますが日本では、そういった事を主催
    する人も見つからないかもしれません。
    できるとするとOZONEぐらいかな。
    誰かartisanさんを口説く人はいませんかね。

  • acanthogobiusさん、さっそくありがとうございます。
    >日本では個人がその作品も含めて家具制作の著書を著すことは残念ながらないですね。
    確かに仰るとおりかも知れません。
    作品集ということであれば、展示会の図録を立派に作るということがままあるでしょう。
    しかしこの4冊に書かれているような散文と作品の紹介というものは、その内容からすれば空前にして絶後というべきものなのかもしれませんね。
    Krenovという人物はそれほどまでに異色で卓越したWoodworkerです。
    多くの若者がこのロマンティックな著書に誘惑、圧倒され、木工を志しながらも、そのほとんどの人が道半ばにして撤退を余儀なくされているという“問題の書”でもあるわけです。
    >artisanさんがワークショップを企画すれば全国から人が集まると思います
    そんなことは絶対にあり得ません。恥を掻かせないでください(爆)
    なお、著書の注文ですが、入手困難のものもあるようですが、初版当時からは出版社を変更しながらも継続出版されていますので、あきらめずにトライしてみる価値はあります。

  • artisanさんのワークショップがあったら参加してみたいですね。
    長期だと会社、首になるかもしれませんが。(笑)
    私が失業中に参加した鯛工房の葛城さんのウィンザーチェア制作コースは
    一週間でしたが、一生の思い出になると思っています。
    ご紹介の書籍、amazonに注文しておきました。購入できそうです。
    amazonでjames krenovの書籍を探している時に「Die Kunst des Möbelbaus」というドイツ語のjames krenovの本を見つけました。
    内容が他の本と違うのか、同じなのか分かりませんがamazonドイツに
    注文してみました。
    到着を期待してみましょう。

  • ワークショップですが葛城さんの助手なら務まるかな?(苦笑)
    チェステーブルの表紙の『Die Kunst des Möbelbaus.』(ISBN-10: 3332011014)のことですね。(ウムラウトのタグがコメント欄では使えませんね)
    知りませんでした。
    2,000年刊と比較的新しい。興味ありますね。
    海外のamazonでのショッピングですが、CD、書籍は問題なく発注できるということでしょ。無事届くでしょう。
    acanthogobiusが翻訳してくれると大変ありがたいのですが‥‥。

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