工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ちょっとお節介なおやじ

今日は中国製子供向け自転車のハイテク化にちょっと戸惑ってしまった。
資材調達で地域で一番の規模(東京ドームと同じぐらいの敷地)を誇るホームセンターに出掛けた時のこと。
買い物を済ませ、レジに向かったのだが、レジ担当の女性店員がカウンターから外に出て、自転車を購入した10代前半の少年2人とともに首を傾げながら思案にふけっているではないか。
時折前輪を回したりしているのだが‥‥。
レジに並んだボクを認め、あわてて店員は清算手続きを始めてくれた。
しかしどうも気になって、ちょっとお節介なボクは「どうされたのですか?」と声を掛けたら、「この子が買った自転車のライトの付け方が分からないんですょ」との困惑気味の声が帰ってきた。
少年2人も困ったような顔つきだ。
ボクのお節介にも、迷惑そうな顔を向ける。
ハブダイナモ?? その自転車のヘッドライト部分を確認すると、ライトから伸びているコードは荷台取り付けステーに巻かれながら、前輪ハブへと向かっている。
ハブを見ると異様に太いではないか。これは明らかにハブにダイナモが組み込まれている機構と見定めた。
さて少年と店員が試みていた方法でもあったがペダルを手回ししながら前輪を回転させても点灯しない。 ??
どこかにスイッチがあるがずだよねぇ、と探すもそれらしき部品は見あたらない。
もしや、と思い、ヘッドライトのボデーの底を確認すれば、やはり小さな窓があった。(画像からも判別が付く)
これを指で隠しながら、前輪を回転させると‥‥、光束が放たれた。
少年はここでやっと笑顔になってくれた。店員からも申し訳なさそうに何度も礼を言われる。(いえ、あなた方も何から何までサポートしなけりゃならないから大変だよね)
ハブダイナモ+光センサー付きのオートライトだったのだ。
へぇ〜、最近の自転車はこんなにも進化しているのだ。ちょっと感動しちゃった。(知らぬはボクばかり?)
この少年の信頼を勝ち得たのだからとばかりに、せっかくだからと、この少年に発電と点灯の仕組みを教えてやりながら少し話をした。
この4月で中学校に上がるのだという。入学の祝いに自転車のプレゼントがあったのだろう。普通だと父兄に伴われて買いにくるのだろうが仲の良い友達を連れてやってきたのだ。「もうお前も中学なんだから、これぐらいの買い物は自分で行きなさい」などと言われながら。
最近はこうした大型ショッピングモールに限らず、店員の数はとても少ない。自転車を扱いながら、専門とする店員がいないのだ(たまたまいなかったのかな?)。
少年の行動半径を飛躍的に伸ばす自転車という希望に満ちた買い物は、ぜひ適切な乗り方などを指導しながら販売するといった態勢の整備を望みたいと思うな。
「かっこいい自転車だね、走りっぷりも良いだろうから、クルマには十分気をつけるようにね」と笑顔で言い残し帰路に就いたが、確かボクも自分の自転車を初めて買ったのは同じく中学入学の時だったな、と思い起こしたのだった。(うちはビンボウだったので新品ではなく中古品だったかな)
ネットでググったらこのハブダイナモについての良い解説ページがあった(こちらから)

木工家具制作におけるサンディング (その6)

サンディングバナー
(b)ユニバーサルサンダー
機械式ベルトサンダーでは前回解説した「 2点、あるいは3点ベルトサンダー」以外にも、「ユニバーサルサンダー」というものがある。
これは木工所において比較的普及度の高いサンダーだろう。
(しかしうちの製作スタイルでは用途が無いので設備していない)
「 2点、あるいは3点ベルトサンダー」とは逆に2本の縦軸スピンドルに150mm幅ほどのエンドレスのサンドペーパーを装填し回転駆動させるもの。
定盤は水平に設置される(サンドペーパーとは90°の関係になる)。1つは長手方向、またプーリーの円弧状部分にも置かれ、内丸形状部位の研削に活用される。
機種も様々だが定盤が任意にチルティングできるものも多い。
どういう用途があるのかな?
木口の研削には便利かも知れないが他には用途は?
工房起ち上げ前に少しの期間だけ世話になった木工所では抽斗の側板削りに活用されていた(研削ではなく切削としての活用だね)。
番手を #80〜#120ほどにすればがんがん削れるだろう。
でも間違いなく平滑性は損なわれ、木肌は荒れるだけ。
よい子の皆さんはこうした活用法はしないように。
この仕上げ段階でわざわざ切削品質にダメージを与えるようなことはしないようにしたいもの。
精度の高い高品質な加工をすれば、抽斗の仕込みなど、手鉋を数回掛ければバシッと決まる。
これは本稿で述べるのは適切ではないが、良い機会なので家具制作における精度についての考え方について少しだけ触れてみる。
〈木取りから始まる木工加工では全ての加工プロセスで高精度を追求するようにしたいもの〉
抽斗の仕込みに関係してくるのは、駆体の寸法精度、長手方向、妻手方向、奥行き方向、それぞれの平滑性、直角精度、寸法精度が要求されるだろうし、同様に抽斗本体の前板、側板、向板それぞれの精度が要求されてくる。
如何に高精度を要求したとしても、駆体の組み上がりは微妙な歪みは避けられない。
したがってここに挿入される抽斗はこの歪みに合わせて組み立てる必要が出てくるが、これを複数の抽斗において完璧に充足させることは至難だ。
そこで高精度の追求というものを生産性を損なうことなく果たすためには一定の技が必要になってくる。
例えば、前板の木取りを基本的寸法で決めた上で、駆体の微妙な歪みに完璧に合わせることで、その後のほぞ加工は修正された前板に準じて個別に特化した形状で施こされるだろう。
要するに正面左下がやや鋭角になってしまった駆体であれば、その歪みに合わせた前板の木取りに沿う形状で全てのパーツが加工され、組み上がるというワケだ。
したがって仕込みも数回鉋掛けすることでジャストフィットしていく。
無駄な削り、無駄な作業からは縁遠い加工方法ということになる。
またこれらはインセットの場合であるが、アウトセットの場合は仕込みを側板の削りで合わせると言うことは無理であるので、如何に加工段階の精度が重要であるかは推して知るべしだろう。
高精度の要求というのは如何にも非生産的で前時代的な考え方ではないか、というのは誤り。
無駄を省き、快適に製作を進めるという生産性を追求するためにも、高精度な加工プロセスが必要だということを知っておきたい。
さて話を戻そう。
このシリーズの初期に、サンディングと、鉋掛けの特性の違いについて述べてきたようにサンディングというものは塗装プロセスのプレ段階として欠かせないものだが、その方法論をしっかりと把握しておかないと、目的とは異なった結果をもたらすリスクがあることを知っておきたい。
鉋の使用には一定の技量というものも要求されるが、木工に取り組みにあたって、これを回避していては何事もなし得ないものと覚悟すべきことだろう。
意欲を持って取り組めば、誰しもが著しい上達をして、木工という快楽へと自らを駆り立てていく原動力になっていくものだ。
2,ワイドベルトサンダー
上下2個のドラムにエンドレスの幅広のサンドペーパーが装填され、定盤上をゴム状のベルトローラーにより自動送材されるものだ。
幅は450mm、600mm、1,200mmと様々。
1,200mmは合板製作には欠かせないが、最近では大規模の家具製作所にも導入が進んでいるだろう。
一般には450mm、600mmのものが多く普及している。
ボクは以前世話になった親方のところに小型(300mm)のものがあり、少しは構造的認識があるし、1,200mmのものも借りに行ったことがある。
このワイドサンダーは良い機械だ。
パッドの選択にもよるが、かなり高精度な研削規制が可能だ。つまり研削量が規制できるということ。
従って無垢の板などにも使えるということだ。
ただしかし少しの反りでも対応してくれないということにもなるので、留意が必要となる。
良く米国の雑誌などに紹介されているドラムサンダーというのがあるが、これは使えるのだろうかね?
ワイドベルトサンダーとは大きく機構が異なると思われるので、あまり興味がないのだが。
かといってワイドベルトサンダーを導入するほどの仕事量も、工場のキャパシティーもないのだが。
今回は余談が過ぎたので、スピンドルサンダーにまで及ばなかった。次回にしたい。

春の憂鬱

桜花甲子園から、パ・リーグから球音が聞こえてくる春本番ですね。
早朝家人を駅まで送りに行った帰路、近くの川の土手にある桜並木の様子を確認に行くが、遠眼には全く色づきが無いのでこりゃダメだなと諦めかけた。
しかしせめて数輪でも、と思い直し到着するも、やはり全く開花していない。
当初気象庁の開花予定の発表では静岡は何と13日頃という予測が出てびっくりしたが、これは直前になってデータ入力のミスで計算間違いだったとの訂正が入る。
訂正後出された予報は19日ということだった。既に予報から5日経過するが、とてもここ数日で開花するような現況ではないぞ。
しかしあの訂正時のニュースを見て、計算間違いのオドロキ以上にビックリさせられたのは、現在の開花予測というものはソメイヨシノのツボミの膨らみ具合などを検証するなどということは全く無く、ただひたすらコンピューターへ気温情報などのデータを入力し、統計学的数値をはじき出すだけなのだということだった。
そんなものなのかね。気象学というのは。
その土地に根ざし、子供の頃から農業に勤しむ傍ら、花守をしている古老などの予測の方へ信頼を託したくなってくるのだが、これはやはり間違いなのかな。
コンピューターに全幅の信頼を於くという科学的な手法こそ善であり神なのだ。
このままではキューブリック、「2001年宇宙の旅」のHALのように暴走し始めるのを誰も止められなくなるのだろうか。
今だから告白すると、この映画、封切り当時、新入社員だったボクは会社の先輩に嗾され連れられ、職場を抜け出て劇場に駆け込んだものだった。
こうしてこの先輩から悪いことも、シネマの快楽も覚えながらオトナへと向かっていったのだった。
IBMは徐々に日本の市場へとコンピューターを導入しつつあったが、まだ当時の職場では計算機は機械式のものを使っていた。個人的には計算尺というスケールのようもので計算をしていたのだった。
*画像
Top:ソメイヨシノ
中:土手に咲いていたぼけの花
下:工房前の地べたに毎年咲いてくれるスミレ
sumire
ぼけ

輸入木材の過乾燥にはほとほと‥‥

板の反張
日本は温帯に属し海に囲まれた島国。
モンスーンの影響を受け四季折々の気候が豊かな風土を形成しているが、湿潤な時季が長いのもその特徴の1つだ。
したがって米国などとは大気中の湿度は大きく異なる。
さて家具の素材、材木はしっかり乾燥させなければ使うことができない。
木は自然有機物なので、内部に封じ込まれている水分は時間の経過とともに、周囲の大気の湿度と平衡するまで抜けていく。
これは外形的には痩せていくという物理的変化をもたらすために、甚だ具合が悪い。
反る、暴れる、壊れる。
これを避けるため、製材後に桟積みという方法で自然の風に晒し、材木中の水分を抜いていく。
こうした数年の天然乾燥の後に、必要に応じてさらに人工乾燥を施す。
乾燥度は含水率という数値で表されるが日本では一般に12%〜15%ぐらいまで落として、やっと加工に入ることができる。
全く気の長い話だ。
ところで過度に乾燥したものも困る。
先に購入した米材のブラックウォールナットの乾燥材だが、あまりの過乾燥で参ってしまった。
普通に削っていけば問題はさしあたって出てこない。
例えば今回の 5/4″ の板は27mm程まで削って平滑な板として加工に供するが、取り立てて問題はない。
しかし場合によってはこの5 /4″ の板を半分の厚みに割く場合がある。
裏板の鏡板、地板などとして使い回したりする。
適切な乾燥度であれば、バンドソーで半分の厚みに割いてもさほどの反張も起きず、適度な厚みの板が獲れる。
しかし今回はバンドソーで切削し終わる瞬間、バシッと大きな音を立て、ノコとフェンスを挟んでしまった。
含水率の平衡度が取れていなくて内部の応力が一気に解き放たれてしまったことによるものだ。
かつても数度このような経験があったが、あまり気持ちよいものではない。
さてこ反張した板はどうするのか。
あきらめて小割りにして使うしかないのか。
いやそんなことはない。戻せばいいのだ。
どうして戻すかと言えば、かつてもどこかで書き記したことがあるが(こちら)板に熱を加え、急激な力を加えることで、かなりの程度に戻すことができる。
今回も試みたが、残念ながらあまりの反張の強さに叶わなかった。
昔からの木工所には「焼き盤」と言って、プレス機構の定盤の下に窯が付いていて、これに薪をくべながら熱を供給しつつ、反張を戻す、という方法が取られる。
しかしうちにはそんなしゃれたものは無い。
仕方なく幅方向中央部を割き、再接合することで所定の寸法にしたのだった。
含水率ところでこの板、含水率計で測定したら、何と10%台の部位もあるほどひどいものだった。これでは如何に冬季とはいえ、割くことは厳禁であったわけだ。
しかしこのウォールナット、米材ではあるが、中国から買い付けたものということ。
米国 → 中国での製材、乾燥 → 清水港 → 工房 悠と辿ってきたものだから、本来中国大陸向けのものだろうと思われるが、中国大陸というのはそんなに乾燥しているのかな?広い国土だからね。
なお余談だが、プレナーで目的の厚みまで削っていく場合、一方向のみばかり削ってはいけない。両方を均等に削っていくことが肝要。
片方ばかり削ることで、その材の厚み方向では間違いなく水分傾斜が出るだろうから、後に暴れることになるだろう。(この基本を意外と知らずに、一方向のみを削っている人も多い)

「エルミタージュ美術館からの帰国記念展」(芹沢美術館)

静岡市立芹沢けい介美術館(“けい”は金へんに圭)において「ロシア国立エルミタージュ美術館からの帰国記念展 〜日本の色彩 芹沢けい介の世界展〜」が開催中されている。
芹沢美術館からポスター、パンフレットが送られてきたもので、ここに紹介する。
これは06年11月10日〜07年1月28日まで、世界三大美術館の一つであるロシア・国立エルミタージュ美術館(サンクト・ペテルブルグ=かつてのロシア帝国の首都。ソ連時代はレニングラード )旧参謀本部にて静岡市、エルミタージュ美術館主催で開催された展覧会の帰国展覧会。

エルミタージュで展示された82点の作品を、現地の展示に近づけて構成するとともに、展覧会の準備から開会式までの記念写真、展示会の模型、ポスター、現地の雑誌などの資料を展示し、エルミタージュ展を振り返ります。
さらにエルミタージュでは展示されなかった、ガラス絵、板絵、絵本等85点を加え、芹沢芸術の全貌をごらんいただきます。(パンフレットより)

展覧会の入場者数は36,000人に達し、大好評だったようだ。
芹沢 けい介氏は1976年にフランス・パリで展覧会をしているので、海外での展示はこれに次ぐもの。
【ロシア国立エルミタージュ美術館帰国記念展 〜日本の色彩 芹沢けい介の世界〜】
静岡市立芹沢けい介美術館
 〒422-8033 静岡県静岡市駿河区登呂5-10-5 Phone:054-282-5522
・会期:2007年3月17日(土)〜5月13日(日)
・休館日:毎週月曜日(4/30を除く)、3/22、5/1
・学芸員によるエルミタージュ展報告会
  3/24(土)、4/21(土) 13:30〜15:30  定員50名(先着順)
*展覧会に際して発行された図録(日露対訳)を販売(1部1600円、200部のみの限定販売)
【国立エルミタージュ美術館】
この美術館は元はツアーリの収蔵品をコレクションしたもの。本館建物は元〔冬宮〕(ロマホフ王朝の王宮)。
1917年のロシア革命後にはじめて一般向けに開館された。
■ エルミタージュ美術館・「芹沢けい介展」
  Colors of Japan in the Art of Serizawa Keisuke. The Master of Textile Design

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木工屋のBlog運営とは(続)

昨年末ころ、信州木工会の方々が来られて交流させていただいた際に、定形のアンケートに答えてくれ、との依頼があり、断るようなことでもないので正直に応えておいたのだが、この中に「この仕事を選んで幸せですか?」という設問があった。
はて、どう答えたものかと少し戸惑いがあったが、結局次のような回答になった。
「仕事は人生の全てではありませんし、壊れちまった日本社会ではシアワセを感じるのは難しい。そうした留保付きですが、悪い選択ではなかったという自負はあります。」
なんか、とても中途ハンパな回答だな、と自分でもあきれてしまう。
この中途半端さ加減がどこから来るのか考えてみることから筆を進めてみたいと思う。
木工という産業は古来から連綿として継続発展してきたものだと思うが、しかしこれを担った職人達を巡る社会的環境というものは大きく変貌してきたことは他の産業と同様だろう。
これは職人の仕事も結局は時の社会的諸関係に規定されたものだいうことを示している。つまり職人が置かれている社会的関係、経済的基盤はその時代における諸関係に規定されざるを得ないと言うことだ。
しかしそうした時代的制約の中にあっても、モノ造りという分野固有の特徴は変わることなく連綿とし引き継がれてきていると考えても良いだろう。
モノを作るというのはホモサピエンス、ヒトという生物に与えられた固有の特性だ。確かに他の動物でも道具を使うというものたちがいるが、これを作り、使いこなす、というのはヒト固有の特権だろう。
こうしたモノ造りを職能として体得し、専業としているのが木工家、木工職人ということになろう。
このモノ造りというものは上述したように人間本来の固有の特性を存分に発揮できるものであるということにおいて他の職業にはない充実感とともに誇り高いものを感じ取ることができることは、多くの人が体得しているところだろう。
したがって「この仕事を選んで幸せですか?」という問いに“不幸せです”という回答は本来矛盾したものであるわけだ。
しかし付帯条件を付けることなく無条件に“シアワセです”とは、なかなか言えるものではない。
しかも昨今の新自由主義的経済環境下で、このモノ造りというものが置かれている環境は大きく激変しつつあり、経済的与件からしてどのような運営をしていくべきか悩むというのは共通するところ。
シアワセな職業であるけれど、しかし現代社会でのシアワセの定義には欠かせない経済的条件を叶えることの困難性から逃れることは出来ない。
こうした要因がボクの曖昧な回答となって表れるくる。
ところで、このシアワセな人生をもたらすモノ造りについてもう少し敷衍してみよう。
働いた結果として生み出されるモノ(木工家具)ができた喜び、達成感というものはもちろんだが、実はもっと普遍的な人間的喜びというものに支えられたものがあるように思うのだ。
地球がもたらした環境の一部である木材という有機植物を素材として、木取りし、加工していく。これらの全ての過程で素材との深い次元での対話が繰り返され、この対話の中からモノへの透徹した認識が生まれてくる。人間にとってこれほどまでの文化的営為があるだろうか。
樹木の特性を存分に知り、その木に内在する木目、細胞の配列を読み取り、これを加工するための道具を知り、そして道具を自ら作り、木が訴えてくる仕上がりの姿というものを体現させていくという相互作用。
こうした素材と職人との対話に裏付けられたモノ造りであってはじめて顧客を満足させる木工家具として、あるいは木工芸品としての品格が与えられるのではないだろうか。
「木工屋のBlog運営とは」というタイトルとはほど遠いところに来てしまったではないか、と訝る向きは多いと思うが、話を戻そう。
今述べたようなシアワセな仕事であるために、多くの木工家、木工職人は木との関係性において自己完結してしまうことにもなる。いやむしろそうした自己完結できる仕事であることでシアワセを感じると言えるのかも知れない。
恐らくはそれで十分なのだろうと思う。自己と仕事との間に交わされるこのシアワセな関係性に何ものも介入などできはしない。
前回述べた「Blog運営における自省」とはこうした充足しているはずの仕事を1つの基準として考えたとき、手業ではなく言葉を弄び書き連ねるということには、どこかやはりいささか不純なものでしかないのだろうという後ろめたさから自由にはなれない。
手業を言葉に置きかえ、道具の仕立てをWeb構築に置き換えたとき、やはり何かウソっぽく軽々しいものに陥ってしまうということへの強い危惧があるのだ。
少し見方を変えて見ようか。
例えば、メディアがボクらの仕事を語るとき、かなり深く取材され、彼らとの良いコミュニケーションが取れた下での記事であっても、やはりどうしても隔靴掻痒の感が拭い去れない、ということは誰しも経験しているところだろう。
つまりボクらのモノ造りの仕事の深いところは、それに身をもって従事するものでしか感じることのできない深淵というものが必ずあり、これは如何に優秀な取材者によっても感得できるものではないというのは残念ながら1つの真理だろう。
しかし一方、逆にこの木工家、木工職人自身が道具を持つ手からペンを持つ(キーボードを叩く)手に替えてテキストを書こうとしたとき、メディアの取材者が果たせない深淵への到達とは違う意味で(表現力の至らなさも加え)、その木工家、木工職人が作るモノの品格には遠く及ばないものしか書くことができない、と言うことももう1つの真実だ。
モノ造りを1つの表現行為として見た場合、明らかに書き記す営為とは異なる行為であれば致し方ない限界なのだ。
前回述べた先輩からの警句とはこうしたことを指すのだと受け止めている。
モノを造るという素晴らしい仕事も、ハンパな関わりではとても良いものが造れないのと同じように、テキストを書き記し、これを公開するということも、やはりハンパな関わりでやっていいものか、という疑念は残念ながら本来正当なものだ。
Blogなどというお気軽なツールで書き散らすことができる社会の到来は、明らかにメディアの革新であると同時に、サーバーのHDDに残される膨大な記録の多くがジャンクなものであるのは必然なのだ。
ボクの友人のひとりでもある、営業を得意としない、ある木工家は言う。
「ボクは職人だから、創るモノを見てもらえば分かってくれるはず。だから積極的にアピールなどするつもりはない」と。
この木工家の在り方が本来の姿なのだろう。彼は素晴らしい木工をする人だ。
さて、ここまで書いてきたが、こうした営為そのものが、やはり木工家としてはふさわしくない所業と考えてしまうから、自己分裂しちゃっているのだよ。
もちろん、この世界にはすばらしい書き手がいる。わずかに数人だが日本を代表するような木工家でもあり、とても品格のある文章をモノにする。
“天、二物を与えず”と言うが、そんな物言いは愚者への慰めでしかない。
ここには優れた作家性というものは、ある到達点を越えたとき、縷々述べてきたような限界など軽々と越え出て行くのだな、と感じ入るばかりだ。
愚者としては一度機会があればこうした自己分裂についてどう考えればよいのか尋ねてみたいと思う。
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木工屋のBlog運営とは

家電 カスタマーサポートのお気楽対応

長年使っているコーヒーミルが動かなくなった。
コーヒーは日々の生活には欠かせない嗜好品。
うちでは焙煎仕立ての豆を遠方から取り寄せ楽しんでいるので、ミルは必須の道具。
手回しのミル、国内家電Topメーカー、N社の電動ミル、メリタ社の電動ミル、と3つのミルを自宅と、工房で使い分けている。
このうちN社の電動ミルが数ヶ月前頃から駆動がおかしくなってきていた。だましだまし使ってきたが、とうとううんともすんとも言わなくなってしまった。
少しは電気のことも分かるので、内部にアクセスして見るも、故障箇所は判然とせず、仕方なく「お客様相談センター」へと電話する。
Q:型番○▽のミルが(簡単に経過報告を交え)動かなくなったのですが、どのようなことが考えられますか?
A:使用期間はどれぐらいですか
Q:丁度10年になります
A:もう寿命でしょうね
Q:一般家庭での使用環境ですので、稼働率はさほど高いものではないのですがね
A:しかし家電ですので10年という期間は寿命とお考えください
Q:ということは修理での回復は無理ということですか
A:後継機種の良いものがあります。■▽というものです。どうぞそちらを
Q:はぁ
こんなやり取りで、木で鼻を括るとはまさにこんな時に使うのか、というような感じだった。。
価格は6,000円ほどのもの。
でもボクはケチ。ネットで調べれば4,000円台で入手できるのを確認したが、それでも買い換えには踏み切れない。
コーヒーミルなんて電気製品など単純な機械だ。ただモーターを駆動させ、直結している羽状のカッターを回転させているだけ。
カスタマーサポーターの「もう寿命です」という判断は、主たる部品であるモーターそのものの寿命という評価と考えられるが、これはしかし俄には信じがたい。
電話でのやりとりで、そうした持論を展開するほどの確信などあるわけないので、ただ聞き役だったが、はっきり言って信用などできない。
使われているモーターは単相直巻整流子モーターだろうと考えられる。
初期不良ならともかくも長年快適に使ってきたものなので、わずか10年で簡単にこのモーターそのものが寿命だというサポーターの判定には従いがたい。
コーヒーミル内部
そこであらためて内部をチェックすることにした。
とても狭いところにモーターと配線が巡らされているのでなかなか判明するに至らなかったのだが、ラジオペンチ、テスターなどで1つずつ確認していって、やっとメインスイッチ部分の配線が断線しかかっていたことに気づいた。
コーヒーミルのモーターは、豆をカッターで破砕する時の大きな負荷の衝撃に耐えさせるための振動対策としてゴムの緩衝材を介して駆体に取り付けられている。
このため、スイッチを入れ回転させると配線がわずかながら動いてしまうのだろう。この結果端子に半田付けされたところにストレスが掛かり、断線へと至ったのだろうと考えられる。分かってしまえば簡単なことだ。
しかしその後が大変。とても狭い、奥の深いところにある端子にあらためて配線し直し、半田付けするというのは至難だった。半田コテを先端のみに熱が供給されるような断熱覆いを付け、アプローチすることにし、何度も試みて、やっと成功 !!
(ちょっと駆体を溶かしちゃったけれど、勘弁ね)
これで、もう10年は働いてくれるかな ?
教訓、その1:カスタマーセンターの「もう寿命です」の言葉は信じるに足らない。
日本の家電製品は優秀。
しかしカスタマーセンターの担当は、自社の優秀な製品ほどには優秀ではないかも知れない。(これはユーザーから見れば、と言う話で、メーカー側からすれば買い換えを進める担当の方が優秀なのさ)

名物に旨い物、在り

otabe
京都からの手土産「生八つ橋:おたべ」を頂いた。
江戸の時代から作られてきたという八つ橋だが、生の生地に粒あんを入れた「生八つ橋:おたべ」が開発されて早40年になると言う。
奈良京都に修学旅行に行った中学の頃はまだこうしたものはなかったはず。しっかりと焼かれたニッキ風味のものだった。
さてところでこの頂いた「生八つ橋」、真っ黒だよ。
黒ごまのペーストと食用炭(竹炭)でより黒くしてあるという。
確かに胡麻の香りが豊か。独特の風味と歯触りだね。
今、京都では人気なんだって?
老舗の商品展開というものも難しいものがあるのだろうね。
しかも京都の老舗の銘菓とあっては、伝統をぶちこわすような試みは忌むところだろうし、かといってこの時代、伝統に安住(餡充、なんちゃって (^_^;)するだけでは、尻つぼみだろうし。悩ましいだろう。
でもこの「おたべ」さん、なかなかトレンドを掴むのが上手いようだ。
最初、まずそのパッケージデザインに「やられた ! 」と思ったね。
確かに黒ごまであるから、黒のパッケージというのは明示的で良いのだが、それに留まらず、デザインされたフォント、そのフォント色には黄色をあしらい、ロゴマークは朱色で抜き、そして極めつきは金色のゴム結び。
さすがに優れたデザインには、伝統にあぐらをかかない斬新な企業イメージを表していると見たね。
ボクは普段はほとんど甘いものは食しない。
ジュース類も飲まない。料理でもお砂糖は極力控えめ。もちろんコーヒー、紅茶類もストレート。
こうした甘味を主たる商いとするところは、ボクのような偏屈人間が増加中と言うことでは経営も大変なんだろうな。
本格的な和菓子の需要は減る一方。ありがたく頂くのは茶の湯の世界ぐらい?
おっと、そうでもないようだ。

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魅惑の「Domino」FWW誌に掲載

Domino
昨日定期購読の『Fine Wood Working』誌が届いた。
昔は届くのが楽しみで仕事はさしおいてページを繰ったものだったが、最近ではそうしたこともなくなり、あまり良い読者とは言えない状態が続いていた。
しかし今号はFestool社の「DF500Q DOMINO JOINTER 」の紹介があることが分かっていたので、昔のように仕事ほっぽらかしてページを繰った。
ま、既に発行元Taunton Press社のWebサイトで見ていたので、さほどの違いがあるわけでもないだろうとは思ってはいたのだが、その通りで記事内容は同じようなものだった。若干、編集、およびレイアウトに違いがある程度だ。
しかしあらためて見れば、この新しい道具がとてもユニークで革新的なものであることを一層イメージづける内容となっていることに気づかされた。
貼り付けたページの画像からは読み取れるものではないが(著作権問題もあろうから、この程度の画像に止めた)、Topのサブタイトルからして「INNOVATIONS」と記されていたりするし、

Festool, a German company, stands out for re-inventing a number of old-faithful tools in recent years.
Available in April 2007, this tool is big news.
Overall, the Domino is an impressive tool that could change your woodworking.

Festool社の近年における電動工具の開発(改革)を評価しつつ、
このDominoの発売をビックニュースとして紹介している。
その後詳細な紹介の後、最後は「Dominoはあなたの木工を変えることのできる印象的なツールである」と締めている。

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電子納税なるシステムはは未だ普及せず

確定申告は皆さん済ませましたか?
善良なるタックスペイヤーであるボクは今朝送付手続きを済ませた。
ところで〈e-tax〉なる納税システムについてはご存じの方も多いはず。いわゆる電子納税のことだね。
IT環境ということではそれなりに整備しているボクだけれども、この〈e-Tax〉は使わなかった。
ただ国税庁Webサイトはこの〈e-Tax〉の他「確定申告書作成コーナー」というページで必要事項を書き入れることで、申告書、収支内訳書などが PDF で吐き出されてくるというサービスがあり、これを利用している。
これはこれでなかなか快適に操作でき、計算間違いも無く、ありがたいものだね。
昨年度から利用させて貰っていた。
さてなぜ〈e-Tax〉を使わないかというと、昨年末頃に国税庁からこの〈e-Tax〉の書面での案内があり興味深く読んでいたのだが、使用環境においてMacはサポートしていないことが分かったからだ。
アンケート項目があったので、その旨Macもサポートするようにと記しておいたのだった。
今年になってからニュースなどでもこの〈e-Tax〉が全く普及していないという問題が取り上げられていた。利用率は1%にも満たないと言うではないか。
恐らく膨大な予算を計上しシステムを構築しただろうし、受信態勢、メンテナンスでもかなりのコストを掛けているものと思われるが、この利用率では全く費用対効果ということでは破綻しているということにはならないのか。

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